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2006年5月27日 (土)

湾岸危機1

1990年8月2日、イラク軍がクウェートに侵攻しました。その時、私はサウジアラビアにいましたが、国内メディアはそのことには一切ふれず、またCNNなどの衛星放送受信も禁止されていたため、私の周囲では2日ほど何の話題にもなりませんでした。当然、大使館は情報を持っていたはずですが、特にアナウンスもなく、8月4日になって「なんか大変なことが起きてるらしい」というウワサが飛び込んできました。ある日本人が、英国空軍専用の集合住宅に行って衛星放送を見せてもらったら、イラクのクウェート侵攻のニュースで持ちきりだった、と言うのです。私はいまひとつピンと来なくて、「だったらもっとサウジでも話題になるんじゃないか」などとのんびり考えていました。翌日、5日の国内新聞にようやくその関連記事が出ました。アラブ各国の外相が集まり、イラク・クウェート問題について緊急会議が開催されるというニュースでした。この時点でも、イラクの軍事侵攻の詳細はまったく報道されていませんでした。職場のサウジ人にたずねても、「うーん、ニュースが少なくてよく分からない」という返事ばかりでした。

8月7日、ヘッドオフィスから連絡が入り、リヤドのいろいろな役所で勤務する私たちは一同に集められ、緊急会議となりました。その場での報告は私たちの想像を遙かに超えたものでした。クウェートで何が起こっているか、各国、特にアメリカの対応はどうなのか、今後どんなことが起こりえるのか。そして、もっとも驚かされたのが、「日本の商社は9日に○○社と□□社、12日までには他の全ての駐在員が出国します」という報告でした。これには集められた私たち全員が顔を見合わせ「えーーーっ!!」。それまであまり気にしていなかったのに、これで一気に「最悪のシナリオ」をみんなが考え始めました。「私たちはどうなるんだ」「飛行機は手配しているのか」語気を強めた質問が矢継ぎ早に繰り出されます。私たちの仕事は少し特殊で、サウジを出国するためにはサウジ政府と日本の外務省両方の許可が必要です。だから私たちの東京本社 (実際には「社」ではありません) が「帰ってこい」と言っても簡単には帰れません。そんなことが手短に説明され、「出国できるか不透明だがとりあえず飛行機の予約をする」ということが確認され、会議は終わりました。

私たちの出国については、サウジ政府は「首都にまで危機がせまっている状況にはないが、やむを得ない」と理解を示してくれましたが、外務省は「現地からは問題ないと聞いている、出国(避難帰国)は許可できない」というものでした。最終的には「特別休暇」という名目で出国することができましたが、最後まで「避難帰国」という言葉は使えなかったようです。当時、私たちは総勢で30名くらいの大所帯でした。一度に飛行機を確保するのは無理なので、8月15日から18日にかけて出国しました。家財道具や銀行口座もそのまま、このまま帰れなくなったらという一抹の不安はあったものの、とりあえず出国できたことにほっと胸をなで下ろしました。帰国すると日本はお盆の真っ最中。イラクやクウェートの話など、遠い遠い異国の地の昔話のようです。結局日本には1ヶ月ちょっといましたが、平和すぎる日本にほんの少し違和感を持った日々でした。

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