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2006年5月21日 (日)

ペルシャ湾の天然真珠

1974年の石油ショックとそれに続くトイレットペーパー買い占め騒動は、私もテレビニュースで見た憶えがあります。そこからアラビア湾岸産油国は急激な発展を遂げるわけですが、それ以前は、カタールの首都ドーハであっても、ひなびた漁村のような風情であったと言います。20世紀初頭まで、カタールには産業と呼べるようなものはほとんどありませんでした。人々は遊牧を行う者と漁業に携わる者とに分かれ、そしてペルシャ湾 (アラビア語ではアラビア湾ですが) から得られる最大の産物が天然真珠でした。ペルシャ湾はクウェートの海岸からホルムズ海峡まで約970kmありますが、最大深度はせいぜい100m、ほとんどは20~30mのとても浅い海です。そのため、海底まで太陽光が届き、特にバハレンからカタールにかけては真珠貝の大きな生息地 (真珠堆) がありました。ドーハにある国立博物館では、当時の真珠産業についていろいろな資料が展示されています。カタールはとことん娯楽がないので、この小さな博物館にも足しげく通い、よく時間をつぶしていました。

ある日、博物館でぶらぶらしていると、顔なじみの館長がこちらによって来ました。ちょうど真珠の展示室で、私も「こんなのがあったんだねぇ」などと話しかけると、館長は目をキラリと光らせ、やおら声を荒げ始めました。曰く、「カタールの天然真珠産業を壊滅させたのは日本の養殖真珠だ」「カタール人の年輩者の中には日本が大嫌いな人がいる」というようなことをガンガンまくし立ててきたのです。言葉につまってひと言「アースィフ (ごめんね)」と返しましたが、「ま、石油が出たから良かったけどさ」という館長の顔がそれほど怒っていなかったので、半分は冗談だったのかなと思うことにしました。それにしても、私たちが全然知らないところで、日本という国はけっこう恨まれていたんですね。後年、サウジアラビアにいたとき、あちこちの宝石屋でペルシャ湾の天然真珠があるか調べましたが、あっても形の悪い小粒の寄せ集めネックレスで、指輪にできそうな大粒のものはまったく見つけられませんでした。「そういう逸品は直接金持ちのところに行くから、市場にはめったに出回らないよ」とどの店でも言われました。湾岸産油国に行くと、日本人なんて全然金持ちに見てくれないからなぁ…。

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