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2006年5月20日 (土)

アラブボイコット

第二次世界大戦後、イスラエル建国とともに始まったアラブとユダヤの対決。戦争、国交の断絶、経済活動のボイコットなど、両者の関係は今日までぎくしゃくしたままです。では、イスラエルおよびユダヤ資本との経済活動を禁止した「アラブボイコット」とは具体的にはどんなことなのでしょう。まず思い出されるのが、カタールの空港で見た可愛そうなインド人です。カタールも12月になればそれなりに冷え込み、厚手の服がほしくなるときがあります。そのインド人は、おそらくこの出稼ぎのために新調したであろうおニューのセーターを着ていました (「おニュー」って我ながら古い…)。彼は入国審査の荷物チェックのカウンターで、空港の税関職員から「服を脱げ」と言われていました。しかし彼自身はアラビア語がわからないのか、「なんで?」という困惑した顔をするばかりです。そのうち他のインド人仲間が「セーターを脱げって言ってるぞ」と教えてあげたのですが、それを聞いてさらに「どうして!?」という顔つきになりました。私も最初は意味がわからなかったのですが、横で見ていると、そのセーターには大きな星マークがついていて、それが「ユダヤの六芒星」に似ているため、国内への持ち込みは禁止だというのが理由でした。その場にいた人で「えぇーっ!!」と一番驚いたのは誰よりも私でした。しぶしぶセーターを脱ぐインド人。その後も「新品…、新品…」とつぶやきながら入国していきました。万年筆の大手「モンブラン」が中東にはほとんど入っていなかったのも、キャップについている冠雪のマークが同じく六芒星に似ているためとのことでした。

その他、カタールになかったもの。三菱の自動車。早くからイスラエルに輸出をしていたため、アラブボイコットにあったとか。コカコーラ。言わずと知れた大ユダヤ資本。当時アラビア湾岸諸国でコーラといえばペプシコーラのことでした。日本に帰ってきてからお店で「ペプシください」と言ったら怪訝な顔をされました。しかし、政治と経済はまた別物のようで、1994年、GCC (湾岸協力会議) 6ヶ国が対イスラエル経済ボイコット停止を決めると、すぐにコカコーラが市場に出回るようになりました。その頃はサウジアラビアにいたのですが、マクドナルドのアラビア半島第1号店がリヤドにできると、サウジアラビア人の家族連れでいつもかなりのにぎわいを見せていました。きっと物珍しかったんでしょうね。

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