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2006年6月27日 (火)

エジプト人の性格2

サウジアラビアでは、計画というものは有って無きがごとしでした。これは、計画という考え方がイスラムの教義に合致しないからです。コーラン第18章23~24節には、「何事においても “私は明日それをするのです” などと言ってはならない、”アッラーが御好みになるのなら” と付け加えずには」と記されています。そのため、イスラム教徒は何か将来のことを約束したときには必ず最後に「インシャーアッラー」と付け加えるのですが、これでははなから計画遂行や期限の厳守など望むべくもありません。サウジアラビアでの仕事は、とにかく物事が計画通りに進まず苦労しました。計画が予定通り進まないのは、同じイスラム教国であるエジプトも同じなのですが、エジプト側と一緒に仕事を進めていく上で一番の障害となったのは、エジプト側が負担すべき約束が履行されないことでした。それは人の配置であったり予算の確保だったりしますが、もともと予算が少ないことに加え、なにしろ彼らは「じっと待っていればそのうち事態が好転する」という信念の持ち主です。「待っていればそのうち日本側が全部やってくれる」という考え方になるのは、当然の帰結でしょう。日本人はなんとしても計画の期限を守ろうとするし、また予算も単一年度で使い切らなくてはなりません。我慢くらべをするにしてもこちらの時間は限られているわけで、その辺りのせめぎ合いが本当にストレスでした。

また、エジプトはイスラエルと単独和平に踏み切るなど、欧米諸国にとっては中東の模範生です。さらに、スエズ運河があるためヨーロッパ諸国にとっては生命線とも言える地政学上の重要国家であり、その結果、莫大な援助資金や技術協力が集まって、さながら援助の博覧会でした。黙っていてもエジプトに援助したい国はたくさんありますから、日本がエジプト側に対して最後通告的に「約束を守ってくれないと援助をやめるぞ」と言っても、あまり効果はありません。相手の自立を促すためには、相応の責任分担をしてもらう方が、オーナーシップの醸成という観点からも望ましいというのは良く理解できますが、それがエジプト人相手だと、途端に空論に思えてしまったのも事実です。真に自立の必要性を考えていたエジプト人が当時どれほどいたことか。こうした諸条件の元に「何もせずに待つ」という性格に拍車がかかってしまうことは、長い目で見れば決して得策ではないと思いますが、私の思う「長い目」がせいぜい50年なのに対し、彼らのそれはきっと千年単位でしょうから、最初から勝負になりませんね。

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旅行・地域 エジプト」カテゴリの記事

コメント

援助は自立させるためではなく、依存させるために実施するものですから。

どの記事も面白く拝読させていただいています。

投稿: 通行人 | 2006年6月27日 (火) 14時25分

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