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2006年7月22日 (土)

閑話休題:オートバイ (1)

初めてオートバイに乗ったのは高校1年の頃です。まず、近所の「親分」に連れられ、他の友達2人と一緒に解体屋に行きました。そこには車やオートバイの部品が累々と山積みにされており、その光景を見て私と友達は思わず「ココでナニを…?」とつぶやきました。親分は「オートバイ1台分の部品を集めろ、ただしエンジンは2スト50cc」とつっけんどんに言い、さっさと自分も何か物色を始めました。解体屋なので、もちろん車体が丸々1台まともな形で残っているわけではありませんが、エンジン以外はわりと原型を保っているものもありました。勝手がわからずしばらくウロウロしていると、また親分がやって来て「MR50が良いだろう」と言ってきました。MR50はヤマハの2スト50ccオートバイで、パッと見て10台くらいごろごろと横たわっています。それから30分ほどかけてフレームやハンドル、タイヤなど必要な部品を集めました。問題はエンジンです。それが動くのかどうかは、親分の目利きが頼りです。「これは難しそうだ」「これは良し」などと判断が下されます。他の部品についても「ブレーキが壊れている」「このサスは死んでいる」などとやり直し命令が出て、結局全部そろうまで1時間以上かかりました。部品代は1台あたり5000円から8000円くらいだったと思います。親分のトラックに部品を積み込み家に戻ってくると、その日からオートバイ再生に悪戦苦闘する日々が始まりました。

組み立てそのものは、あまり難しいことはありませんでした。田舎の家なので庭も土地も広く、また農機具の整備のため工具は立派なものがそろっています。3日ほどかけて組み立てとグリースアップを行い、いよいよエンジンの始動になりました。車体からはずされ、野ざらしにされていたエンジンをどうやって始動するかというと、もうあとはひたすら押し掛けをするだけです。ギアを3速くらいに入れ、オートバイを押しまくる。もちろん始動キーはなく直結です。何百回と押し掛けをしていると、そのうち、一瞬エンジンが爆発するようになります。こうなればしめたもので、オートバイを押す手にも思わず力が入ります。そうして、私たちのオートバイは1週間ほどでエンジンがかかるようになりました。エンジンがかかるようになったら、今度はキャブレターの調整です。エンジン音に耳を傾けながら燃料とエアーの調整をして、ようやくアイドリングが安定するようになりました。友達はあっという間にコツをつかんだのに、私はなかなかうまくできずに半ベソかいたりもしました。エンジンの調子が良くなったあとは、マフラーのクリーニングをしました。マフラーを車体からはずしたき火の中に入れると、モヤモヤと大量の黄色い煙が出てきます。煙がなくなるまで待って、マフラーをたき火から取り出しコンコン叩くと黒いカスがボロボロと出てきてクリーニング完了。エンジンのふけ具合も断然調子良くなりました。

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