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2006年7月24日 (月)

憎しみの連鎖

初めての中東暮らしはカタールでした。ちょうどインティファーダ (パレスチナ人の蜂起) の頃で、毎日夕方のニュースでイスラエル治安部隊に投石するパレスチナ人の映像が流れました。治安部隊に捕まったパレスチナ人は、その場に押さえつけられ、投石できないように大き目の石で両肩をゴンゴン叩かれ、骨を砕かれていました。平和ボケした日本から来た私にとっては、衝撃の映像でした。そこで私が何を感じたか正直に言うと、それは押さえようのない怒りでした。明らかにパレスチナ人は被害者だと思ったし「イスラエル許せん!!」と本気で腹が立ちました。職場にもパレスチナ人が何人かいて、彼らとパレスチナ問題の話をしても、そこには「話し合いで」とか「政治的に解決」などという言葉は微塵も出てきませんでした。日本人なら「傷つけられた悲しみは相手を傷つけても癒えない」という仏教的な (?) 考え方が多少なりともあるように思いますが、パレスチナ人にとっては、徹底抗戦とイスラエル殲滅あるのみといった雰囲気が濃厚でした。

ヨルダン勤務の2年間は、毎日新聞やテレビでイスラエル軍によるパレスチナ人殺傷のニュースを見聞きしていました。2、3ヶ月に1度は、職場のパレスチナ系ヨルダン人スタッフの身内がイスラエル軍に殺されたという話を聞きました。そんなスタッフから「家族が殺されたら誰だって銃を取るさ、お前だってそうだろ」と問いつめられた時は、私は黙ってうつむくしかありませんでした。イスラム教の聖典コーランには「敵を見たら殺しなさい」とか「敵のうちでもっとも悪いのは自分の土地を占領する者である」などと書かれています。パレスチナ人にとって対イスラエル戦は完全に正義であり、殉死したなら天国に行くことが約束される「ジハード (聖戦)」なのです。ここのところ連日イスラエル軍によるレバノン攻撃が報道されていますが、パレスチナ人が本気ならイスラエル人も本気です。やはりどちらかが完全に消滅するまで、戦いは終わらないのかも知れません。

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