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2006年7月23日 (日)

四面楚歌

あらためてヨルダンの歴史を振り返ってみると、本当に苦難に充ち満ちていますね。ヨルダン王室がイスラム教の開祖ムハンマドの直系というのが唯一の救いでしょうか。これがなかったら周囲から容赦ない攻撃を受けてとっくに消滅していたと思います。現在も様々な問題を抱えるヨルダンですが、各派との関係をまとめてみました。
■対イスラエル
軍事力ではかなわない。水源も大きく依存。「中東の優等生」として欧米の援助を引き出すためにもイスラエルとの和平路線は必至。しかし仲良くしすぎるとアラブ側が反発。援助停止の恐れも。
■対アラブ諸国
湾岸産油国からの食料・財政援助は国家の命綱。アラブ各国に出稼ぎに行っているヨルダン人労働者からの送金は貴重な外貨獲得源。やはり湾岸産油国には頭が上がらない。
■対パレスチナ自治政府
アラブ寄りだと示すためにもパレスチナ自治政府への支持表明は必要。国内には多数のパレスチナ系住民を抱える。歴史的には国内のパレスチナ武装勢力を何度か国外退去させている。
■対イラク
イラクとの同盟関係は同国の軍事的脅威を取り除くとともに、援助取り付けのためにも必要不可欠であった。湾岸戦争ではイラク寄りの姿勢を見せた結果、世界中から反発を受け、湾岸産油国にいたヨルダン人出稼ぎ労働者の多くが国外退去となりヨルダンに帰還した。イラク経済の復活はヨルダン経済にもダイレクトに影響する。
■対ヨルダン国民
人口530万人のうち、6割 (首都アンマンでは7割以上) がパレスチナ系。ヨルダン王室はサウジアラビアから来た外様。政府はオリジナルのヨルダン人には種々の優遇策を採るが、それがパレスチナ系住民の反発を生んでいる。
■対シリア、クウェート
対イスラエル政策で、穏健派のヨルダンと強硬派のシリアは歴史的に関係が悪い。湾岸戦争でイラクを支持したためクウェートとは今でもぎくしゃくした関係。
■対イスラム原理主義者
パレスチナ系住民のイスラム原理主義組織への支持は根強いが、ヨルダン政府は原理主義者による無差別テロを完全に否定している。政府の姿勢は欧米諸国から高く評価されているが、アラブ諸国からは反発を買うことも。

ふぅ~。しかしヨルダン国王はこんな綱渡り良くやっていますね。これだけ難しい舵取りをこなしているバランス感覚はそんじゃそこらの首相にはマネできないことかも。「明日からヨルダン国王にしてやるぞ」と言われても、たぶん遠慮するなぁ。

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