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2006年8月13日 (日)

天国で会いましょう

職場でパソコンの画面をにらんでいたとき、ある年配のスタッフがひょっこり顔を出しました。曰く「あなたはいつも難しい顔をしていて見るに耐えない、1時間働いたら10分休憩しなくてはいけない、ついては、私の話を聞いてはくれまいか」とのこと。どうも彼は、イスラムのことを話したいようです。「あなたはいい人だ。私の話をわかってくれると思う。最後の審判の時に、あいつは同じ職場にいたのにイスラムのことを何も教えてくれなかった、なんてことを言わないでほしいんだよ。あいつはイスラムを教えてくれた、いい奴だったと証言してほしいんだ。そうしたらまた天国で会えるからさ」。その後、少しイスラムの話が続きました。彼の顔は真剣でした。真剣な割には動機が不純なような気もしますが。

コーランにはこの世の終末が生々しく描写されています。本来、人間はすべてイスラム教徒であり、最後の審判の日、人類は1人残らず墓からあばき出され、生前の信仰や行為によって天国行きあるいは地獄行きを宣告されるそうです。そのため火葬は厳禁。お墓に土葬され、じっと最後の審判を待つわけです。地元の人のお葬式に行ったときは、この復活思想も手伝ってかとてもさっぱりしたある意味和やかな雰囲気さえ漂っていました。死は終わりではなく単なる通過地点なのでしょうか。ただ、実際のところみんながどこまで本気で信じているのかやや疑問に感じたので、何人かにたずねてみました。すると「コーランに書かれているからそうなんだ」「みんな信じているからたぶんそうだろう」「よくわからないがウソだとは誰も言えない」などと、肯定的とは言わないまでも、否定的な意見はありませんでした。なお、コーランの中では天国 (ジャンナ) について「こんこんと湧き出る泉のほとり、緑したたる木陰でうるわしい乙女にかしずかれ、おいしい食べ物やお酒を存分に味わい、そして神の姿を見る」と記されています。これを文字通りに解釈する人と、比喩表現ととらえる人と、様々な立場があるそうです。いずれにしても、なんとなく「男性天国」といった趣があるような…。

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