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2006年8月21日 (月)

食事の作法

ヨルダン人の家に食事に呼ばれると、たいてい食卓にはものすごい量の食事が準備されています。どう考えても呼ばれた人数では食べきれない量です。日本人の場合、お皿に食事を適量取ってそれをきれいに平らげるという食べ方をするので、それがまた彼らのホスピタリティー精神に火をつけるようです。空のお皿を見ると「料理が口に合わないのか」と心配そうな顔をし、「すごくおいしい」と答えると「ならもっと食べてくれ」 …これの繰り返しです。慣れた人は、お皿に食べ物を少し残しておき、それをもって満腹の合図としているようですが、ご飯を残すということに罪悪感を感じる日本人としては、なかなかそれはできません。

逆に、現地の人を自宅に招待すると、なぜだかあまり長居をしてくれません。少し遅れてやって来て、食事をさっと済ませると、礼を言ってすぐに帰っていくということがほとんどです。彼らの家に呼ばれるとそれこそお腹がはち切れるほど食べる羽目になり、食事の後はお茶とコーヒーと甘いものが延々と続くので、そのギャップに悩んでしまいます。そこでコーランを紐解くと、このような一節がありました。「信仰する者よ、預言者の家に呼ばれても食事の準備が完了するまでは家の中に勝手に入ってはならない。だが呼ばれたときは入りなさい。食事が終わったならば立ち去りなさい。世間話に長座してはならない。こんなことが預言者に迷惑であっても、預言者はあなたがたを (退散させることを) 遠慮するであろう」 なるほど、こういう礼儀作法があったのですね。預言者も来客が多くて苦労していたということでしょうか。

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