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2006年8月 1日 (火)

アメリカ人

イタリアの国内12日間バスツアーに参加したときのことです。約50人の参加者のうち、日本人やアジア人はゼロ。オーストラリアに移住したイタリア人が3分の1、アメリカ人が3分の1、残りは南アフリカ人 (白人) とヨーロッパの人でした。最後はみんなと連絡先を交換しあうほどうち解けましたが、そこに至る過程では、いろいろと艱難辛苦がありました。団体旅行なので、毎日昼と夜は全員で食事を取ります。すると、どのテーブルに座るかで食事が楽しいものにもつまらないものにも変わります。言葉の点から言っても、この団体の中で明らかに浮いていた私に、最初に会話を挑んできたのは年輩のアメリカ人でした。彼は、孫が8人いること、仕事をリタイヤして旅行に参加したこと、イタリアにはマクドナルドがなくて寂しいこと (←これはウケ狙いだ!!) などを、大きな目と長い手足を駆使して話してくれました。私がフンフンとひたすら相づちを打っていると「お前も何か話せ」としきりに催促し、私のつたない英語を時に深くうなずき、時に爆笑しながら丁寧に聞いてくれました。それまでは私との食事の相席をできるだけみんな避けていたような気がしていましたが、翌日からはわりと遠慮なく誰でも私のテーブルに座るようになりました。たぶん「あの日本人はけっこうしゃべれるぞ」とアメリカ人がウワサを流してくれたのかも知れません。だからといって別に会話が弾んだわけではありませんが、「無口で得体の知れない人」から「普通の人」に格上げ (?) されたようです。

旅行中の大型バスの中でも、冗談を言ってみんなを無理矢理笑わそうとしているのはいつもアメリカ人でした。イタリア人も陽気でしたが、この時のイタリア人は移住先からの久しぶりの里帰りということもあって、みんな行く場所見る場所すべてで興奮していました。ナポリの風景に涙を流し、ベネツィアのゴンドラの上では合唱が起こりました。とにかく自分が感動するので精一杯で、他人に興味を持つ暇などないといった感じでした。彼らに比べると、アメリカ人は、とにかく他人にちょっかいを出して「一緒に楽しもうよ」という姿勢が明確でした。年をとったスーザン・サランドンのような怖い顔でいつもするどいツッコミをする女性がいて (そのツッコミがウケていた)、食事が相席になったとき、こちらは何か言われるんじゃないかとけっこうビクビクしていて「だったらしゃべり続けよう」と開き直り、文法がメチャクチャだと思いつつもひたすら自分の話をしました。そしておもむろに彼女が言った言葉は「へぇ、本当にしゃべれるじゃん」でした。口は悪いが気は優しい彼女は、最初の数日、本当に他の人たちが私を「変な人」とウワサしていたことを話してくれました。そして「あんたはもっと話しなさい、その方が良いよ」と言ってくれました。でも、お酒が全然飲めないことを話すと「子供だね (Kids!!)」と言ってそっぽを向いてしまいました。その顔は笑っていましたけど。

他にも、50才くらいの太めのアメリカ人 (男) がいて、いつもバカなことばかり言っていました。ウケを狙って、わざと人の近くでくだらないことをつぶやきます。こちらが思わず笑っても、ツンとすました顔で、ただただウケたことに満足感を覚えていたみたいです。ポンペイの遺跡を見ていたとき、道ばたにたびたび犬の糞が落ちていて、見つけるたびに「ドッグチョコレート」と言ってクックックと笑っていました。周りからは「もうしゃべるな」といつも怒られていましたが、みんな彼のことが大好きでした。両親と一緒に来た25才くらいのアメリカ人女性は、カップルやグループがほとんどの中、独り身だったためよくスナップ写真を頼まれていました。いつも快く引き受けていましたが「I am happy snapper」と自虐気味に言っていたのが印象的でした。なんか気の利いたひと言ですね。ふと思いついたのか、けっこう考えたフレーズか。それまでアメリカは個人主義の最たる国といった思いこみがありましたが、このグループのみんなは他人を喜ばせることに必死でした。正直、アメリカ人をかなり見直しました。もっとも、旅行という非日常世界でしたから、できるだけ他人と関わって、少しでも思い出を作りたかったのかも知れません。

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