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2006年8月17日 (木)

ジェラシュ

アンマンから北に走ること45km、中東・北アフリカ地域に建設されたローマ都市としては最も壮麗と言われるジェラシュがあります。紀元前64年に、ダマスカス、ペラ、ウム・カイスなどの10都市からなるデカポリスに加えられました。1世紀になると、ローマ帝国はさらに南部のペトラやアカバまで勢力をのばします。そのため中継地点となったジェラシュは交易により繁栄し、劇場や神殿などが建てられ、人口は2万人を越えていたそうです。現在でもそれらの建造物は比較的きれいな状態で残っており、当時の栄華を容易に想像することができます。4世紀になるとローマ帝国がキリスト教を国教に定めたことにより、ジェラシュの神殿もキリスト教会に転用されました。その後はビザンチン帝国のもと、さらに300年の繁栄を見ましたが、614年にペルシャ軍が襲来、636年にはイスラム軍に完全に制圧されました。8世紀に大地震が起こり、建物の多くが崩壊、徐々に衰退に向かいました。12世紀に一時十字軍が駐留しましたが、その後は19世紀までほとんど忘れられた存在となっていました。

ジェラシュの入り口、大きな凱旋門をくぐり、教会と競技場を左手に見ながら300mほど歩くと、レストハウスと観光案内所があります。案内所の先には南門がありますが、この門は形の関係なのか、いつも風の通り道になっています。これといって日差しを遮るもののないジェラシュの遺跡ですが、太陽に焼かれてヘトヘトになって南門に戻ってくると、ここで涼しい風に吹かれてようやくほっと一息つくことができます。それにしてもローマ帝国というのは、やることが大きいですね。そして賢い。このように水道が完備された衛生的な町で、しかも劇場、闘技場、浴場など人々の娯楽施設も整っている。神殿は巨大で壮麗、ここまでやられたら、人々は「征服された」とは思わないのではないでしょうか。ローマの一都市になった誇りすら感じたかもしれません。3000人を収容できる南劇場はほぼ完全な状態で保存されており、毎年夏にアラブ人歌手のコンサートが開かれます。
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