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2006年8月13日 (日)

ペトラの歴史

ペトラ周辺では、約9000年前の新石器時代にはすでに人の集落があった痕跡がありますが、歴史上、この地域の支配者として最初の名を記すのはエドム人です。エドム国は、紀元前1000年頃にはユダヤのダビデ王と争っていたことがわかっています。紀元前500年頃になると、ナバタイ人がこの地に定住をはじめました。この地を通る隊商の安全を保障する代わりに、税を徴収していたそうです。しかしそれから100年ほどすると、マケドニア帝国から分裂したセレウコス朝の襲撃を受け、大きな被害を受けました。紀元前63年にはローマ帝国が派兵、紀元前31年にはユダヤのヘロデ王の攻撃により多くの領土を失いました。西暦106年にはローマ帝国に併合され、そのためペトラには従来のヘレニズム様式とローマ様式両方の建築が残されています。約250年に渡るローマ支配の後、363年におきた大地震によって、ペトラは壊滅的な打撃を受けました。しだいにペトラは人が住まぬようになり、7世紀のイスラム来襲、12世紀の十字軍遠征でわずかにその名を登場させましたが、以降はまったく外界から忘れられた存在となりました。再び世界にその名を知られるようになるのは、1812年のことです。スイス人探検家ヨハン・ルートビッヒが、よそ者を嫌う現地人の目をかいくぐって内部に潜入、世界にその存在を伝えたのでした。(写真:シークを抜け出て姿を現したエルハズネ/ファラオの宝物殿、高さ30mのエルハズネ正面、ペトラ一帯に見られるバラ色の岩)
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