« ハウスキーパー | トップページ | 入国制限 »

2006年9月 4日 (月)

イスラムと職人

初期イスラム社会の構成人員は、遊牧民と都市・村落の定住民に大きく分けられます。そして職人の定義を高度な手工業生産の技術者とするなら、それは明らかに都市に固有のものでした。当時で言えば、カイロ、イスタンブール、イスファハンなどの大都市に職人がいたと言えます。7~9世紀、職人は都市のバザール地区で同業者ごとに店舗・仕事場をかまえ、緩やかな政府の統制下におかれていました。13~16世紀になると、職人はフトゥワという特定の守護聖者への信仰を核に集まる、一種の宗教組織を作りました。フトゥワは同業者で組織され、加入儀礼を済ますと「徒弟→職人→親方」という順に試験や通過儀礼を伴って昇進していったそうです。この頃がもっとも純粋な職人の時代であったと言えるでしょう。17世紀以降、フトゥワは世俗化し、単に同業組合を示すものになりました。オスマン帝国のもとでは組合の成員資格に制限が加えられ、店舗・仕事場の賃借権に株を設定して排他性を強めるなどした結果、職人世界に世襲の風潮が高まりました。親方の子弟は無条件で組合員、つまり職人になれたのです。19世紀以降、職人のヒエラルキーはくずれ、カイロなどでも親方の地位は家族内で世襲されるようになりました。そのため、職人による伝統的な手工業生産は19世紀後半に衰退したと言われています。

|

« ハウスキーパー | トップページ | 入国制限 »

イスラム文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ハウスキーパー | トップページ | 入国制限 »