« ラクダ+リャマ=カマ | トップページ | アンマンの雪 »

2006年9月 8日 (金)

自国に戻れない

中東諸国から訓練生をヨルダンに招き、機械系訓練コースを実施した時のことです。パレスチナ自治政府からも参加者を受け入れましたが (当初「国じゃないからダメ」みたいなことも言われましたが…)、彼らは到着早々、ヨルダン政府の当局に呼ばれ、滞在許可を出す代わりに情報収集に協力するよう求められたそうです。彼らは目を真っ赤にしながら「同胞を密告することはできないし訓練コースには参加したいし、どうしよう…」と相談してきました。最終的には無事に滞在許可がおりましたが、まるで映画のような話に数日間緊張しっぱなしでした。もともと懸念していたことでしたが、コースが始まってほどなく、パレスチナ自治区と外部をつなぐ国境がイスラエルにより封鎖されてしまいました。その後も情勢は改善の兆しを見せず、とうとうコースの終了日を迎えても、国境は封鎖されたままでした。パレスチナからは2人の研修生が参加していました。1人はヨルダン川西岸のヘブロン、もう1人はガザからです。ヘブロンはイスラエル軍により完全占拠され、ガザの場合はもともとエジプト経由でヨルダンに入国していましたが、この時はエジプトとガザを結ぶラファハロードが閉鎖されたままでした。結局、しばらくの間彼ら2人はアンマンに残らざるを得ませんでした。なぜ自分の国 (正式には国ではありませんが) に戻ることができないのか。こんな理不尽なことはありません。それにしても、隣国と土地が接していない日本では、考えられない話です。この時も日本の友人に「こんなことがあってねぇ」と説明しましたが、いまひとつピンときていなかったようでした。

|

« ラクダ+リャマ=カマ | トップページ | アンマンの雪 »

旅行・地域 ヨルダン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ラクダ+リャマ=カマ | トップページ | アンマンの雪 »