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2007年9月19日 (水)

出張は冒険だ!? (1)

2006年2月、エチオピア南部州(ミザンタファリ、ホサイナ、他)に出張に行きました。いつにも増してアドベンチャー気分満点の旅で、山あり谷あり、苦あり渋ありと、一生の思い出に残るものとなりました。

■出だし快調
朝8時、気心の知れたスタッフのテショメさん、ゲタッチョさんとともにアジスアベバを出発。この時の運転手は職場の中でも一番若い人で、格段に気が楽でした。前回はかなり年配の運転手で、アクセルとブレーキのタイミングがどうしても私とあわず、運転中はかなりイライラしたものです。アジスアベバから南西にのびる道路は、とてもきれいな舗装路で、予定通り10時にはウォルキッテに到着、喫茶店で休憩しながら、今後のスケジュールを確認しました。

「ここからジンマまでは3時間で着くから、今日はジンマの先のボンガまで足を延ばし、明日の午前中にミザンタファリで一仕事終え、明後日は南部州の北西部をのんびりまわろう」などと、南部州出身のゲタッチョさんが地図を見ながら私たちに説明しました。私もふんふんとうなずいてはいましたが、ミザンタファリの後は、方角が反対のホサイナも見て回らなくてはなりません。実のところ、西部地域はできるだけ早く終えたいところでした。

15分ほどでウォルキッテを出発すると、残念ながら、ほどなく舗装路は終わってしまいました。そこから延々と道路工事中で、結局ジンマまでずっとがたがたの迂回路を走るハメになりました。午後2時半、ようやくジンマに到着、遅い昼食をとりました。予定より遅れ気味でしたが、やはりボンガまで進むことに決め、3時半にジンマを出発しました。

■トラブル発生
ジンマを出てからはずっとがたがた道でした。車の屋根には、現地でデモンストレーションを行うためのハンドポンプを積んでいて、もうとにかく車中はガタガタギシギシとずっとうるさい状態でした。5時半頃、少し大きめにガタンゴトンという音がしてきたので、運転手が気になって車を止めました。ポンプの固定ヒモをきつく締め直し、あらためて車を走らせましたが、また5分ほど走ると、今度はさらに異様な振動が車中に伝わってきました。「これはただごとではない」と、あわてて車を止め、みんなで車を降り、エンジンルームを見たり車体の底をのぞき込んだりしました。

しばらくすると、左側後輪タイヤを見て運転手が顔色を変えました。ランドクルーザーの大きなタイヤは5本のボルトで固定されていますが、すでに3つのナットがなくなっています。ナットが残っている2本も、今にもはずれそうな状態で、そのためタイヤががくがくといびつな回転をしていたのです。「もし走っている最中にタイヤがはずれていたら…」そう思うと同乗していた私たちも全員顔が青ざめてしまいました。運転手ははずれそうなナットを締め直そうとスパナを回しましたが、その瞬間、ボルトがグニュッとねじ切れてしまいました。タイヤの回転がいびつだったため、熱をもったか何か、とにかくボルトがひどく劣化してしまったようです。

しばらくみんなで考えた後、他の3つのタイヤから、ボルトとナットを1本ずつ持ってこようということになりました。ボルトは3本残っていますが、劣化している可能性が高く、ナットだけ持ってくるわけにはいきません。そのためには、左後輪タイヤの下に大きな石を置いて浮かせたままにして、他のタイヤをジャッキアップしてタイヤをはずし、さらにブレーキパッドカバーをはずした上で、裏側からタイヤ留めのボルトを抜かなくてはなりません。手間はかかりますが、できないことではありません。

しかしここで、不運にも大雨が降ってきました。エチオピアは「13ヶ月太陽が輝く国」と言われていますが、南部州の西部地域は「8ヶ月雨が降る」と言われています。そのため広大な森林が昔の姿のまま残っており、人々にとっては恵みの雨なのですが、「何もこんな時に」というのがその時の気持ちでした。時間は6時をすぎて、だんだんと薄暗くなってきました。辺りは森と畑が広がっています。民家はぽつぽつ。電柱も見あたらず、街灯などあるはずもありません。懐中電灯がないと作業が難しくなってきました。

■路線バスに乗車
ここでゲタッチョさんが、「私とあなたでボンガに行って、今晩のみんなのホテルを確保した後、まだ彼らが来なかったらレスキューの車をチャーターして帰ってこよう」と言ってきました。「そううまく事が運ぶかなぁ」とやや不安な私。離ればなれになったらその先うまく再会できるという保証もありません。しかし「ボンガは大きな町だから大丈夫」というゲタッチョさんの言葉を信用し、ちょうど来た路線バスに2人で乗り込みました(写真)。ボンガまでは約30kmの道のりです。運賃は1人7ブル(90円)。1時間くらいで着くと言っていたゲタッチョさんでしたが、この日はひとつ村を迂回していくとのことで、結局ボンガに着いた時は8時近くになっていました。

■ホテルがない
ボンガの中心部にあるバスの終点で降りると、ゲタッチョさんはバスの中で仲良くなった地元の人にホテルまで案内してくれるよう頼みました(こういうところが彼の一番の強みです)。しかし「ツーリストホテルに案内してくれよ」と言うゲタッチョさんに対して、地元の人はぽつりと「ツーリストなんかいないよ(ツーリスト・イェッレム)」と低い声で答えていました。ますます私の不安は高まっていきます。私たちは5分ほど歩き、1軒のホテルに案内されました。小さなホテルでしたが、ボンガでは一番良いホテルとのこと。部屋があるかたずねると、残念ながら部屋は満杯でした。南部州はこの時どこの地域でもこぞって大規模な教員研修を行っており、そのホテルも教員グループに占領されていました。

部屋がなくて途方に暮れていましたが、さすが南部州では顔が広いゲタッチョさんです。すぐに何人もの知人に会い、いろいろと情報をもらっています。とにかくみんな良い人で、本当に親身になって心配してくれました。しかし残念ながら、ひとりも車を持っていません。情報によると、町はずれにNGOがつくったロッジがあるとのことですが、そこまでは歩ける距離ではないそうです。ますます困ってしまいましたが、そのうち南部州政府ナンバーのピックアップトラックが通りかかったので、すかさずゲタッチョさんは道に飛び出してその車を止めました。直接の面識はないようでしたが、お願いした結果、まずはそのホテルまで連れて行ってもらえることになりました。

■時間切れ
そのロッジはオランダのNGOがつくったものでした。1泊エチオピア人40ブル、外国人100ブル(1300円)。トイレ・シャワー共同、レストランなしでこんな田舎町にしてはかなり高い値段ですが、とにかく他に選択肢がないので、とりあえず部屋を確保して、同じ車にまた町まで乗せていってもらいました。その後、レスキュー用の車をチャーターしようといろいろ頑張ってはみたものの、結論から言えばそれはかないませんでした。

1台のミニバスが200ブル(2600円)で行ってくれそうでしたが、ピックアップの運転手が「自分の知人(南部州政府職員)がボンガに来ているから、その車(もちろん政府の車)を150ブルでチャーターできるだろう」などとささやくので、ゲタッチョさんもその気になってミニバスとの交渉はやめてしまいました。ま、結局だめだったんですけどね(当たり前だと思う…)。

時間はすでに10時過ぎ。もう車自体ほとんどいなくなり、それにかわって警官の姿が目立つようになりました。ボンガは夜12時で電気が止まり、町は暗闇に包まれます。そのための警備だそうですが、それにしては数が多い。やはり総選挙後の治安維持ということでしょうか。あまりうろうろしていると不審者扱いされそうだったので、仕方なく車のチャーターはあきらめ、夕食をとることにしました。レストランといっても最初に見たホテルしかありませんが、そこもすでに食事は終わってしまったとのこと。果物かクッキーでも買おうと思いましたが、すべての雑貨屋が閉まっていました。その後また町はずれのロッジに行くまでが大変でしたが、とりあえず11時過ぎにロッジに到着しました。

ロッジに入ると、そこにはパンも果物も一切なく、飲み物もビールしかないと言われました。お酒が飲めない私には意味がありません。倉庫の奥の方をさがしてもらったら、なんとか1本のアンボ(炭酸水)を発見し、それを飲んでようやく一息つくことができました。手短にシャワーを浴び、「朝食は準備できるから」という管理人の言葉を胸に刻んで、ベッドに入りました。本当に長い1日でした…。

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