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2007年10月 3日 (水)

タナ湖のほとりで考えた (2)

1日目の会議はすべてアムハラ語で行われました。NGOの人から是非にと誘われて来たわけですが、さすがにこれではどうしようもありません。しかも年次総会というだけあって、事前に配布されていた年次報告書 (アムハラ語…) を延々読み上げるだけというかなりハードなもの。現場の活動写真を多用したビジュアル的なプレゼンを多少でも期待していた自分が空しかった。途中でプロジェクターの電源が入り、ようやくパワーポイントが始まったと思ったら、年次報告書のアムハラ語だらけのページが映し出されただけでした…。苦行だ。

ということで、2日目の日曜日は無理を言って車を手配してもらい、現場視察に連れて行ってもらいました。バハルダールから車で2時間、まずはアチャフェル・ワレダのイスマル・カバレに行きました。カバレはワレダ (郡) の下部行政単位です (州→ゾーン→ワレダ→カバレ→さらに小さい単位の村)。カバレオフィスに立ち寄り、地域でのNGOの取り組みについて説明を受けました。アムハラ州はどの村落も衛生観念に乏しい地域ばかりで、彼らは家庭内にトイレ、手洗い場、シャワーなどを設置する衛生改善策を励行しています。彼らが提案した衛生改善に関する項目をクリアーしていたら、その度合いに応じて白、緑、赤の四角い布を家の軒先に吊すように指導していました。住民の意識改革にとってこの小さな布切れがどこまで効果があるかはわかりませんが、布があれば「頑張っている人」、なければ「遅れている人」ということが周囲からもわかるので、貧しくともプライドの高いアムハラの人たちにとっては、意外に効果的な方法なのかもしれません。

イスマルのカバレオフィスを後にして、私たちはグドゥリ村に向かいました。この村では従来からあった天然の湧き水をNGOがコンクリートで覆って給水パイプラインを布設し、共同水栓、洗濯槽、シャワー、家畜用水飲み場を設置しました。7月末は雨期なので湧き水の量が多く、水は泥でにごり、またかなりオーバーフローがあって、水栓の蛇口は常に空けっぱなしでした。見るからににごった水ですが、泉をコンクリートで覆う前に比べればにごり方も少なく、味はだいぶ良くなっていると聞きました。給水施設は完成したばかりで、建設中には村人から1人最低10ブル (130円) の寄付金が集められたそうです。そのため、この時は水の使用料は無料でしたが、新たに組織された水委員会を中心に、来月から料金徴収を始めるべく検討中とのことでした。

給水施設を案内してくれたのは、村の水委員会の女性でした。彼女の家は施設のすぐ近くで、施設の管理 (見張り) をすることによって月額70ブル (910円) の収入を得ています。NGOの指導によって自宅の庭にトイレや手洗い場などを作っているため、庭先には誇らしげに赤い布を垂らしていました。彼女は9人の母。1番上の娘は27才、下は4才です。娘さんたちも子供がたくさんいて、とてもにぎやかな家ですが、それ故、トイレを作る前はみんなが庭の所々でしたい放題だったため、いつも悪臭がただよっていたそうです。トイレを作った後は、まず子供たちがトイレ以外のオープンな空き地で用便をしたがらなくなり、またトイレの後は必ず手を洗うようになったと言います。世界のどの地域でも、大人はいつまでたっても古い因習にとらわれ、逆に子供たちの方が順応性が高いようです。

それにしても、いくらトイレがなくったって、せめて1箇所ですれば良いのに、と思わないでもありませんが、人間とは不思議なもので、他人がした所はどうしても避ける傾向があるようです。雨期にはひと雨くればみな溶けてなくなってしまいますし (それはそれで怖い…)、いずれにしろ庭中ウシのフンだらけですから、まぁ、どこにしたって同じなわけです。しかし毎度のことですが、村に行ってこういう話しを聞くと、エチオピアで一体どれだけ誰かのフンを踏んだことだろうと気が遠くなります。ウシのフン、ロバのフン、ヒトのフン…。「フン、フン、フーン、ヒトのフン♪」 ま、シカのフンならねぇ。ヒトのじゃあねぇ。ホテルに戻ってタナ湖を眺めながら、ふと、悲しい気持ちになりました。

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