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2008年1月24日 (木)

日本語の発達

日本語が国語としてだんだんとその形をかためていく過程は、万葉集などから見て取れるそうです。

■柿本人麻呂
「天海丹 雲之波立 月船 星之林丹 榜隠所見」
(あめのうみに くものなみたち つきのふね ほしのはやしに こぎかくるみゆ)

倭語の単語を意訳した漢字(当て字)を、倭語の語順にしたがって並べていますが、動詞の変化語尾や助詞は表記しておらず、まだ漢文の一種といった段階。

■天武天皇/万葉集
「紫草能 尓保兵敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾恋目八方」
(むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに われこひめやも)

動詞の変化語尾や助詞も含めて、漢字(当て字)が使われています。ただ、この頃はまだ助詞などが表記されないことも多かったようです。

■山上憶良
「世間乎 宇之等夜佐之等 於母倍杼母 飛立可祢都 鳥尓之安良祢婆」
(よのなかを うしとやささしと おもへども とびたちかねつ とりにしあらねば)

一部意訳漢字で、それ以外の倭語はすべて一音節に漢字一字を当てて音訳しています。

■東歌あずまうた
「可豆思加乃 麻万能宇良未乎 許具布祢能 布奈妣等佐和久 奈美多都良思母」
(かづしかの ままのうらみを こぐふねの ふなびとさわく なみたつらしも)

名詞とそれ以外の品詞の区別はなく、倭語の一音節ごとに漢字一字を当てて音訳しています。このように、日本語は漢字を使いながらも、中国語から独立して独自の国語となっていったとのことです。そして、さらに簡単に音を表すため、平仮名と片仮名が開発されたというわけです。

■日本書紀
「破夜歩佐波 阿梅珥能朋利 等弭箇慨梨 伊莵岐餓宇倍能 娑弉岐等羅佐泥」
(はやぶさは あめにのぼり とびかけり いつきがうへの さざきとらさね)

これは元々「隼鳥昇天兮 飛翔衝搏兮 鷦鷯所摯焉」という漢文で意訳した句が、その後の日本語の発達によって、本来の音で採録されたものだそうです。まぁ、なんだかかえって難しくなっているような気がしないでもありませんが。しかし単語を一音ずつ当て字で表すというルールがあったからこそ、朝鮮半島渡来の言葉より以前から存在していた南方系あるいは北方系の言葉を、日本語として柔軟に採用することが可能になったのかもしれません。あるいはそのための音訳ルールだったのかも。

また、漢字には名詞と動詞の区別がなく、語尾変化もないため、字と字の間の論理的な関係を示す方法がありません。一定の語順がなく、文法的に自由度の高い漢文を基礎として、その訓読という方法で日本語の語彙と文体を開発したため、日本語はいつまでも文法的に不安定なままで、論理的な散文の発達が遅れたそうです。「ありをりはべりいまそかり」なんてとにかくリズムだけで覚えた、古文はつらかった、なんてことを思い出しました。

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コメント

今、読ませてもらいました。たまたまGoogleで「倭国」で出てきたサイトをしらみつぶしに読んでいての事です。日本語が出来上がった経緯が 良くわかって とても参考になりました。私は 岡田英弘さんの「倭国」とか「倭国の時代」を最近 読んで、日本とか 日本語に 興味を持ち出している団塊の男です。再度、有難う御座いました。

投稿: 窪田 | 2009年6月 9日 (火) 14時49分

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