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2008年2月 3日 (日)

千夜一夜の美女:心の力 (2)

「ガァネム・ベン・アユゥブとその妹フェトナァの物語」より

ガァネムは美しい乙女との満ち足りない戯れ事に苛立たしさをつのらせ、ある夜、次のような行動に出ます。

夜々のうちのある夜、ガァネムは乙女の前に横になり、二人とも酒と満ち足らぬ興奮に酔っていたので、ガァネムは彼女の薄い下着の下へ手を伸ばし、そっと乙女の腹の上に滑り込ませて、震えるなめらかな皮膚を撫で始めた。そして水晶の杯のように口を開いているへそまでゆるゆると手を下げ、指で格好のいいこのひだをくすぐった。触られて乙女はぶるぶるっと身を震わせ、酔いから冷めて身を起こし、さっと手をカルソンにあてて黄金の房のついた紐でカルソンがしっかり結ばれていることを確かめた。これが彼女の気を安めたのだ。彼女は再び半ば眠った状態に戻った。するとガァネムはさらにこの素晴らしい身体の乙女らしい腹にそっと手を滑らせ、カルソンの紐に触った。突然彼は紐を解いて、至上の悦楽の庭が閉じこめられているカルソンを落とそうとぐっと引っ張った。

ここで乙女は目を覚まし、観念して身の上を語り始めます。カルソンの紐には、「我は汝のものにして汝は我のものなり。おぉ、預言者の叔父の後裔よ」 と書かれていました。つまり、この乙女はすでに嫁ぐべき相手が決まっていたのです。しかもその相手とは時のカリフ、ハルゥン・アル・ラシィド。乙女は彼の持ち物であり、乙女の唇の味、そして一体の神秘は彼のために保っておかなければならなかったのです。乙女の名は「心の力」を意味するクゥアト・アル・クルゥブ。幼い頃からカリフの宮殿で育てられた彼女は、その美しさと天賦の才で、いつしかカリフの目にとまるようになりました。そしてカリフとの婚礼が約束されると、これを快く思わぬカリフの妻ゾベイダによって、あやうく生き埋めにされそうになったという訳です。

これを聞いて、一人の信徒としてカリフを敬愛していたガァネムは、その身を引くことを決意しました。彼にとって彼女はもう聖なるものとなってしまったからです。逆に、これまでにさんざん行ってきた、乙女の皮膚に触れるという不埒な行為を思うと、身震いが止まりませんでした。落胆し、青ざめ、目を合わせようともしないガァネムに対し、乙女は彼を慰めようと次のように手を差しのべます。

乙女はガァネムに近づいて、彼を胸に抱きしめ腕を首に回した。彼女は彼を慰めようとありったけの手だてをつくした。ただひとつの事だけは除いて。けれどもガァネムは信徒の長の寵姫の数々の愛撫にはもはや応えようとはせず、抗いもせずに彼女のなすがままに任せていたが、彼の方からは接吻には接吻を、抱擁には抱擁を返しはしなかった。ちょっと前まではあんなにいきり立っていたのに、今は恟々しく相対するガァネムの、こんな急激な変化を思いもうけなかった寵姫は、愛撫と甘い言葉をいや増しに烈しくし、ガァネムの拒絶によって身内に燃えしきって来る熱い情熱にひときわ切なく応えさせようと、手を使って彼を唆そうとした。しかしその間中、ガァネムは何事も聞くまいとした。

なんだか、乙女の態度が変わってきました。それまでは一方的に受け身だったのに、今度はガァネムを積極的に誘っているようです。夜が明けると、ガァネムはこれまでの日々よりもっと豊かにあらゆる物をスークで買い求めます。なにしろ相手はカリフの寵姫なのですから。家に戻ると、乙女の誘惑はさらに激しさを増していました。

彼が部屋に入って来るや否や、乙女は彼の側に近寄ってやるせなげに、情熱のために黒く欲情に濡れた眼をして身をすり寄せてきた。そして唇をほころばせて言った。「アッラーに誓って。何と手間取ったことでしょう。あぁ、私の愛する人。あぁ、我が心の渇望の的よ。あなたが今お留守になさった時間は1時間などではなくて、本当に1年でした。今はもう私は堪えることができないことがよくわかります。私の情熱は烈しくなりまさり、どうにも抑えられません。燃えしきっています。あぁ、ガァネム。さぁ、私を抱いて。抱いて!。あぁ、ガァネム。私は死にそうです!」 けれどもガァネムは、やさしく彼女を押しのけて言った。「おぉ、我が主クゥアト・アル・クルゥブ。アッラーよ、我を護りたまえ。いけません、断じて。犬がどうして獅子の位を奪うことができましょう。主のものは奴隷に属するべからずです」 そして彼は彼女の腕から逃れ出て、片隅へうずくまってしまった。

このようにうなだれるガァネムを、彼女は腕ずくで横に座らせ、昨日までと同じように一緒に食事をとりました。彼が酔うまで酒を飲ませ、彼に身を投げかけると、自分でも知らぬ間に彼の身体にしがみついていました。彼女は恋心が打ち砕かれたと詩を詠い、それを聞いて涙するガァネムとともに涙を流しました。夜の帳が下りると、ガァネムはふたつの床を支度しました。それを見て、彼女は思わず声を振り絞ります。

「あぁ、愛する人よ。そんな時代遅れな道徳は遠くへうっちゃりましょう。過ぎゆく逸楽を楽しみましょう。逸楽は明日はもう遠くへ去り果てましょうから。それに何よりも、起こるべきことはきっと起こるのです。運命に記されたことはいかにしても遂げられるのです。アッラーに誓って、一緒に寝なかったらこの夜は決して過ぎ去りはしないでしょう」

しかしガァネムは「アッラーよ、我を護りたまえ」と言った。

彼女は再び言って、「来て、ガァネム。私は我が身の全てをあなたに開いています。私の欲情はあなたを呼び、あなたに叫びかけています。あぁ、ガァネム。私のお腹の、この花咲ける唇と、あなたの望みによって熟したこの身体をまとってください!」

ガァネムは言った。「アッラーよ、我を護りたまえ」

彼女は叫んだ。「あぁ、ガァネム。私の皮膚は隅々まであなたの望みに潤み、私の裸身はあなたの口吻を待ち受けている。あぁ、ガァネム。私の皮膚の香りはジャスミンよりもひときわ高い。触れて味わって! 酔って頂戴!」

なんとも激しい誘惑です。しかしガァネムの態度は変わりませんでした。このようなやりとりが、なんとその後1ヶ月も続いたのだそうです。ガァネムとクゥアト・アル・クルゥブは数ヶ月を一緒に過ごしますが、ついにカリフに探し出され、二人が密通したと勘違いし激怒したカリフによって彼女は牢獄へ、彼は一切を剥奪され国を追われました。この後いろいろなストーリーが展開し、最後にはカリフの誤解が解け、二人は結婚、さらにガァネムの妹フェトナァもカリフと結婚し、めでたしめでたしとなり物語は結ばれました。

ここでふと、疑問が浮かびます。クゥアト・アル・クルゥブは、実は希代の悪女ではないかと。最初はガァネムが求める者であり、彼女はそれを拒む者でした。上下関係で言えば、完全に彼女の方が上の立場。自分に対して激しく欲情する男を軽くいなすという優越感に、この上ないほどの快感を感じていたことは間違いありません。しかし、彼女が自分の素性を明らかにすると、急に男はそれまでの態度を一変させ、一切何も求めなくなりました。

その後の台詞回しから、この日を境にクゥアト・アル・クルゥブが求める者に変わり男が拒む者に変わった、つまり立場が逆転したようにも見えます。しかし、そう考えるのは早計でしょう。なぜなら、彼女は知っていたからです。どのように露骨に誘惑しようとも、もはや男は自分に触れることさえできないことを。その上で、ひときわ激しく誘惑する。男はますます悩み、もだえ、苦しむ。こんな哀れな男の姿を見て、心の中で高らかに嘲笑を浴びせかけていたのではないでしょうか。「男って馬鹿だ」と思いながら。男の我慢の限界ギリギリを見事に見切って素性を明かしたタイミングも、全てが計算し尽くされていました。

クゥアト・アル・クルゥブがガァネムと過ごした数ヶ月間は、彼女にとって夢のような日々だったでしょう。そしてここでしっかり女王様と奴隷という関係性ができあがってしまったのではないでしょうか。そんな二人ですから、きっとずいぶん甘美な結婚生活を送ったに違いありません。(←妄想デス)

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