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2008年2月17日 (日)

ケンパーク

マイケル・ムーアの「アホでまぬけなアメリカ白人」まで一通り見た後、さらに「アメリカの陰」的な社会の実態を描く映画はないかなと探し、「ケンパーク」を見つけました。「さまざまな問題を抱える3人の少年とひとりの少女を中心に、出口の見えない彼らの日常生活を赤裸々に描いた衝撃作。かつてないリアルな映像表現のあまり、各国で公開延期が続いた話題作 (by Amazon)」ということだったので、ふむふむと思いながら見始めました。登場する10代の若者はみんな家庭環境に問題があります。たいがい親がどうしようもない。自殺したり殺人にいたる者、不純異性交遊 (←言い方が古い) に励む者などそれぞれですが、はたしてこれらはアメリカ中産階級家庭 (やや下層) の子供たちのあるひとつの実態を写し撮っているのでしょうか。見終わって、どうも腑に落ちない点が。

ラリー・クラーク監督は若者から「この感覚あるある」と言われることを目指したそうですが、確かにストーリーは中学生 (特に男子) が妄想しそうなことばかり。「付き合っている彼女の美人ママと内緒でエッチしたい」「あいつむかつく、殺したい」「もうダメだ、死にたい」「刺激的なエッチがしたい」「とにかくひたすらエッチしたい」などなど。別にアメリカ人でなくても、世界中の若者が妄想していることでしょう。しかも中学生レベル。別に隠された内面を暴いたわけでもないし、逆に中学生の頃はもっと (純粋すぎて) 残酷な一面があったと思うし、わざわざ映像化する意義はあったんでしょうか。田舎町は世界が狭い、という感覚は個人的にはよくわかりますけどね。

「完全な避妊薬を使いながら1日15回エッチしてそれが一生続くんだぜ、ある意味ユートピアだよ」なんて台詞は、監督としてはけっこう意味を込めたつもりかもしれませんが、ちょっと安っぽいなぁ。子供がこういう考え方をすることの愚かしさ、という逆の意味を込めているとしても、底が浅いような気が…。もしこの映画を中学生が撮ったんだとしたらそれなりに意味が見つかるかもしれませんが (何しろR-18だし)、実際には作り手はいい大人なわけですから。まぁ、アメリカの若者というより、世界中の中学生の妄想をつぎはぎ的に映像化したような映画でした。でも子役はみんな良かった (雰囲気が)。これで素人?。やっぱりアメリカは層が厚い。

もしこの映画を子供目線ではなく親の目線で見たらどうでしょう。「親だからって子供よりマトモだなんて思うなよ」みたいな。そっちを掘り下げた方が救いがなくて面白いかも。それにしても、アメリカ映画は画面がきれいです。のっぺりと平坦にきれい。おかげでこちらに伝わってくるものがすべて3割減て感じ。

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