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2008年2月21日 (木)

死霊の盆踊り -考察-

「死霊の盆踊り (原題:Orgy of the Dead)」は、1965年に製作されたアメリカ映画です。原作・脚本は「アメリカ史上最低の映画監督」として知る人ぞ知るエド・ウッド。日本では1986年に公開されましたが、平凡な演出、ダイコン演技、物語の不在、信じられないほどのバカバカしさが全編を貫くため、「史上最低のハリウッド映画」「Z級ホラー」などと酷評されました。しかし逆に、その異常なまでのつまらなさが一部で人気となり、伝説的なカルト映画として有名になった、いわくつきの作品です。(Wikipediaより引用)

ストーリーは、「ある真夜中、売れない小説家のボブは、恋人のシャーリーとともに小説のネタ探しをするために墓場へドライブに。しかし車の運転に失敗し、2人は車ごと崖に転落してしまう。その頃、墓場では夜の帝王と闇の女王が死霊たちの宴を開いており、死霊となった女たちが踊っていた。その様子を物陰から見ていたボブとシャーリーは途中で見つかってしまい、縛り付けられて踊りを鑑賞させられる。夜明け近くに2人は闇の女王に襲われそうになるが、その瞬間に朝日が差し込んで死霊たちは骨になり、2人は救急隊によって救出された」 というものです。死霊と言ってもみんなスタイル抜群の美女。それっぽいメイクもなく、普通にきれいにお化粧しています。そんな美女 (死霊) たちが、パンイチでくねくねダンス、ぷるぷるダンスを延々と披露していきます。

さて、Amazonの視聴者批評でも辛口の一つ星コメントがほとんどを占めるこの作品。無理を承知でなんとかその素晴らしさを語ってみようと思います。なぜか?。自分が最初にこの作品を観たのは1988年。その時は「なんだこれ?、お金損した!」と思ったのですが、その後もずっと記憶に残り続け、昨年はDVDをレンタルし、何度も観返すに至りました。良くも悪くも印象に残る映画なことは確かで、ということは、やはりそれなりのパワーがあるのかなと思うわけです。この映画が好きか嫌いかと言われれば、むしろ好きな方かもしれません。少なくとも5回観たし。では、「死霊の盆踊り」に何を見いだすのか。

注目したいのは、製作された時代です。本作は、日本公開に先立つこと実に20年、1965年に製作されています。1986年あるいはそれ以降にこの映画を観たら、内容から言って「最低」というレッテルを貼られるのは仕方ないかもしれません。しかし、1965年という時代の空気の中でこれを観ていたら、またひと味違っていたのではないでしょうか。それには、第二次世界大戦以降の、アメリカの近代史を見ていくことが必要です。

1950年代は、朝鮮戦争で幕を開けました。この戦争はその後の米ソ冷戦時代、軍拡競争の始まりとなります。1952年にはアメリカが、翌年にはソ連が水爆実験を成功させます。両国とも新型長距離爆撃機の開発に躍起になり、1957年にはICBM (大陸間弾道ミサイル) が実用化されるに至りました。また、共産主義への恐怖は、マッカーシー議員による赤狩りという名の現代の魔女狩りを横行させ、ハリウッド映画人にもその魔の手が下りました。マッカーシー議員は1954年に失脚するものの、50年代後半まで赤狩りの恐怖の記憶は人々の脳裏に残ったと言われています。

1950年代はまた、アメリカにとって人種差別撤廃への厳しい試練の時代でした。黒人の公民権運動はしだいに活発になり、1955年、アラバマ州モンゴメリーでキング牧師が差別撤廃の大規模なバス・ボイコット運動をよびかけ、公共輸送機関の差別を撤廃することに成功しました。南部諸州では、食堂や公共施設での差別撤廃を求めて座り込みが行われるなど、人種平等会議などが積極的な運動を展開、その結果、1957年に公民権法が成立することになります。しかしその中で、キング牧師暗殺という不幸な事件も起こりました。一方、1958年からアメリカは深刻な国内不況に見舞われます。失業者数は第二次大戦後最大となりました。

1960年代に入ると、アメリカは共産主義陣営に対抗する資本主義陣営の盟主として、「自由と民主主義の保護」の美名の下、ベトナム戦争やグレナダ侵攻など世界各地の紛争に積極的に介入するようになります。ベトナム軍事顧問団の完全撤退を進めようとしていたケネディ大統領は、志半ばで暗殺という悲劇に見舞われました。1965年2月、アメリカ軍はベトナム北爆を開始。その後、泥沼にはまっていく様は、数々の映画や小説の題材ともなりました。アメリカ政府が突き進める国の形は若者たちには受け入れられず、1960年代後半になると、「ロック」「ヒッピー」「アメリカンニューシネマ」など新しい価値観が次々と生み出されていきました。ちなみにこの時代、日本は全共闘運動のまっただ中です。世界的に、体制への反逆という時代の空気が流れていました。

そこで「死霊の盆踊り」です。「物語の不在」は、赤狩りの時代に自主規制という名で自ら表現の自由を捨てた映画人への決別のメッセージ。「平凡な演出、ダイコン演技」は、旧態依然としたハリウッド映画へのアンチテーゼ。「信じられないくらいのばかばかしさ」はまさに平和の象徴そのもので、1960年代後半の若者が反戦意識の裏返しとしてLSDやサイケデリックアートにのめり込んだように、1965年の「死霊の盆踊り」は、反戦映画としてあえてまったく意味のない映画を装ったのではないかと考えられます。この時期、全共闘運動の日本で、5月革命のフランスで、スチューデントパワー運動の西ドイツで、もし本作を上映していたら、それこそ熱狂的に支持されたのではないでしょうか。

ここまでシュールで意味なさげな映画をあえて作るということは、よほど秘めたる信念があるか、自らの天賦の才に気付いていないか、あるいは本当にアホなのか…。いずれにしても「表現しない」というのは、ある種究極の自己表現だと思います。うーん、アバンギャルド。ということで、本作ならびにエド・ウッドは、いずれ再評価される日が来るに違いないと秘かに思う今日この頃です。

ちなみに、エド・ウッドのファンと公言している映画監督 (Wikipediaより) の映画で自分が観ているものをあげてみると、こんなテイストの映画がけっこう好きだという傾向が見て取れます。もともと「死霊の盆踊り」を受け入れる素地はあったのかも。

■ティム・バートン
ビートルジュース、バットマン、シザーハンズ、バットマンリターンズ、ナイトメアビフォークリスマス、バットマンフォーエバー、マーズアタック、猿の惑星、チャーリーとチョコレート工場

■ジョン・ウォーターズ
ピンクフラミンゴ

■デヴィッド・リンチ
エレファントマン、砂の惑星、ブルーベルベット、ツインピークス、ワイルドアットハート、マルホランドドライブ

■サム・ライミ
死霊のはらわた1-3、XYZマーダーズ、スパイダーマン1-3

■クエンティン・タランティーノ
レザボアドッグス、トゥルーロマンス(脚本)、パルプフィクション、ナチュラルボーンキラーズ(原案)、ジャッキーブラウン

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