« オランダのバカな政治家が… (1) | トップページ | 嗚呼、憧れのエーゲ海クルーズ »

2008年4月15日 (火)

オランダのバカな政治家が… (2)

世界中で物議を醸している、オランダの政治家が作ったイスラム批判のショートフィルムに対し、真っ先に不快感を表明したマレーシアやインドネシアなどと違って、サウジアラビア政府は比較的静観の構えです。大人ですね。ただし、YouTube にたくさんアップされている動画はしっかりブロックされていて、基本的には見ることができません。政府としては世論を刺激したくないというのが本音でしょうから、おそらく意図的に、これまでニュースとして大々的に報じられることはありませんでした。自分が気がつかなかっただけかな?。でも、職場でも全く話題に上らなかったし。

14日付の現地英字紙 Arab News に、本件に関連した記事が載りました。世界中のムスリムコミュニティーでオランダ製品の不買運動が起きていることや、オランダ人の3割がフィルムを見ていてそのうち2割くらいは制作者の行動を評価したことなどが、現状報告的に淡々と記されていました。また、フィルム制作者の政治家が2月にイギリスの新聞のインタビューを受けた時、以下のように発言していることを紹介しています。ちなみに彼はこの3年間、危険を避けるため警察の保護を受けながら生活しているそうです。

「私はイスラム教の伝統や文化、思想を問題視しているんだ。ムスリム (イスラム教徒) の人たちともめているわけではない」
「オランダでコーランを禁止したい。オランダにこれ以上モスクや神学校、イマーム (イスラム神学者、イスラム指導者) はいらない」
「すべてのムスリムがテロリストではないが、ほとんどすべてのテロリストはムスリムだ」

この発言を読んで、個人的にもっとも相違点があるのが、イスラムとムスリムの評価です。彼は、「イスラム (コーラン) は間違っている。しかし愚かな人間はそれに従ってしまう」と言っているんだと思います。自分の場合は、「イスラム (コーラン) は正しい。しかし愚かな人間は間違って解釈してしまう」というものです。これまでにも何人ものムスリムの友人から、「人間がイスラムの全てを理解することは無理。時には間違った解釈から間違った行動に出る者もいる」と聞いてきました。世界中で13億の人たちがコーランを「絶対的なもの」として信じているわけですから、そこを否定しちゃダメでしょ、と思いますね。少なくとも政治家なんだから。

自分は別にムスリムではありませんが (アダムとイブがムスリムである以上、人類はみんなムスリムなんだそうですが…)、聖書やコーランは読み物としてなかなか面白いので、普段ヒマな時にペラペラとめくったりしています。今回のショートフィルムで引用されている箇所をあげてみると、いかに偏った編集がされているかがよくわかります。一応、ムスリムの名誉のために、補足を記しました。しつこいようですが、コーランはなかなか良いことが書かれているなぁと思う反面、イスラム教徒であまりマトモな人 (人間的にバランスが取れていて尊敬できる人) に会ったことがないので、「コーラン (を読むこと) は好きだけど、イスラム教徒は嫌い」という立場に変わりはありません。 (←ひぇ~)

■戦利品章: 60
「彼らに対して、あなたのできる限りの (武) 力と、多くのつないだ馬を備えなさい。それによってアッラーの敵、あなたがたの敵に恐怖を与えなさい」
(→9.11テロ、スペインのテロ、イマームの過激発言、テロの遺体のシーンに続く)

※実はコーランには、続きの61で以下のように記されています。全編を通じて、基本的には戦いを避けるよう、あるいはムスリムが戦わなくてもすむよう記述されていることは明白なのですが、この辺りが解釈の違いになるんでしょう。

「だが彼らがもし和平に傾いたならば、あなたもそれに傾き、アッラーを信頼しなさい。本当に彼は全聴にして全知であられる」

■婦人章: 56
「本当にわが印を信じない者は、やがて火獄に投げ込まれよう。彼らの皮膚が焼け尽きる度に、われは他の皮膚でこれに替え、彼らに (飽くまで) 懲罰を味わわせるであろう」
(→イマームの過激発言、幼児のユダヤ教徒侮蔑発言、爆破テロ、皮膚が焼かれた遺体、反イスラエルデモのシーンに続く)

※続きの57を読んでも明らかなように、これは敵の皮膚を焼けと言っているのではなく、ムスリムに対して「こうなりたくなかったら真面目にやれよ」と言っているのだと思います。

「だが信仰して善い行いに励む者には、われは川が下を流れる楽園に入らせ、永遠にその中に住まわせよう。そこで彼らは、純潔な配偶を持ち、われは涼しい影に彼らを入らせるであろう」

■ムハンマド章: 4
「あなたがたが不信心な者と (戦場で) まみえる時は、 (彼らの) 首を打ち切れ。彼らの多くを殺すまで (戦い)、(捕虜には) 縄をしっかりかけなさい」
(→テオ・ファン・ゴッホ事件、テロリストによる首切断殺害シーンに続く)

※この4はまだ以下のように続いています。これによって、人を殺さなくてもすむようになっているのですが…。

「その後は戦いが終わるまで、情けを施して放すか、または身代金を取るなりせよ」

■婦人章: 89
「彼らは自分が無信仰なように、あなたがたも無信仰になり、(彼らの) 同類になることを望む。だが彼らがアッラーの道に移って来るまでは、彼らの中から (親しい) 友を得てはいけない。もし彼らが背を向けるならば、ところかまわず彼らを捕らえ、見つけ次第彼らを殺せ。彼らの中から決して友や援助者を得てはならない」
(→アフガンあたりの市民の発言、イマームの過激発言シーンに続く)

※ヨーロッパに移民したムスリムが現地の生活習慣になじまないのも道理です。ただ、欧米で風紀が著しく乱れているのは確かだし、アル中ともヤクザとも等しく友達として付き合え、と言われても、それは無理な話です。それに、続く90には、以下のように記されています。他の箇所と同じように、ムスリムが戦わなくてもすむように。

「だが、あなたがたと盟約した民に仲間入りした者、またはあなたがたとも自分の人々とも戦わないと心に決めて、あなたのところへやって来る者は別である」

■戦利品章: 39
「だから、多神がなくなるまで、また (彼らの) 教えが、凡てアッラーに向けられるようになるまで、彼らと戦え」
(→イスラム教徒による世界征服宣言ともとれる発言をピックアップ)

※この39はまだ以下のように続いています。基本的には、敵対しない限り信仰の自由は保障されているというのがメジャーな解釈です。

「だが彼らがもし (敵対を) 止めるならば、本当にアッラーは、彼らの行うことをご存じであられる」

………以上です。まぁ、なんでしょう、キリスト教徒は潜在的にイスラム教徒が怖いんでしょうか。ユダヤ教徒も含めて、同族ゆえに、逆に軋轢が絶えないというか、近親憎悪というか。それぞれに絶対的なものを持っていますからね、それはもめますよ。日本人みたいに、その都度適当に都合良く解釈すれば良いのに、とつくづく思います。「困った時の神頼み」なんて、素晴らしい言葉じゃないでしょうか?

|

« オランダのバカな政治家が… (1) | トップページ | 嗚呼、憧れのエーゲ海クルーズ »

イスラム文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域 ヨーロッパ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オランダのバカな政治家が… (1) | トップページ | 嗚呼、憧れのエーゲ海クルーズ »