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2008年5月17日 (土)

突然ダンナが外国人に

「エチオピア小史」で記したように、もともとエチオピアとエリトリアはひとつの国でした (近代のほんの一時期という見方もありますが)。それが、1993年のエリトリア独立により、ふたつの国に分かれてしまいました。この時、自分はサウジアラビアにいて、事務所にいたエリトリア人スタッフが「今日からエチオピア人ではなくエリトリア人だ」と胸を張って話しかけてきたのをおぼえています。自らが帰属する国家は、自らのアイデンティティに合致したものであるべきと考えていたので、この時もオメデトウと返答しました。

時は流れ、2003年のアジスアベバ。有名なエチオピアンレストランに連れて行ってもらい、食事のしめに部屋を移動して、ブンナ・ベット (コーヒーハウス) スタイルの小屋でコーヒーを飲んでいた時のことです。アムハラ語ペラペラの知人が、コーヒーを入れてくれている女性に、「見かけない顔だね、新人?」などと話しかけました。その女性が身の上を語ったところによると、旦那さんがエリトリア人ということでした。

彼女は10年前にアジスアベバで結婚し、すぐに子供ができたことがわかり幸せの絶頂にいました。そんな時、エリトリア独立の知らせが入ったのです。エリトリア人はとても勤勉で、アジスアベバでも経済的に成功している人がたくさんいました。彼女の旦那さんもそんなひとりでしたが、すぐにエリトリア人に対して出国命令が出され、財産の処分も、彼女のエリトリア同行も許可されないまま、ふたりは離ればなれになってしまいました。

手紙も届かず、もちろん電話も通じません。その年の後半に男の子が生まれましたが、幼い乳飲み子を抱え、それからの彼女の数年間は経済的困窮と差別の連続だったそうです。旦那さんは未だに消息不明。ぽつぽつと話を聞いていましたが、こういったケースはそれほど珍しいことではないようです。ある日突然、配偶者が外国人になってしまったら、一体どうしたら良いのでしょう。「国」って何なんでしょうね。

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