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2008年6月の48件の記事

2008年6月30日 (月)

賢い国民

アフリカの貧しい国で天然資源が見つかったらどうなるか。おそらくほぼ間違いなく内戦が起こるでしょう。では、大統領選挙が行われたら?。敵対グループによる暴力の応酬、与党による不正選挙、選挙の無効を訴えるゼネストなどなど、いずれにしても混乱を極めることは想像に難くありません。

ペルシャ湾岸で始めて油田が発見された時代、サウジアラビアはお世辞にも裕福な国とは言えませんでした。しかも建国後間もない若い国でしたから、国家の基盤、国民の団結が揺るぎないものだったとは到底考えられません。さらに、精神風土はベドウィンそのもの、自由闊達な空気が流れていたに違いありません。

つまり、原油を巡ってもう一度戦国時代に突入してもおかしくなかったのです。それなのに、サウジ国民はそれをしませんでした。なぜか?。ずっと考えているのですが、実はこれだという答は見つかっていません。きっと賢い国民なんだろうと想像するくらいです。結果として今日の隆盛があるわけだし。

ひとつヒントになったのは、湾岸戦争です。この時期、幸か不幸かリヤドにいたのですが、「この混乱に乗じてサウジアラビアでもクーデターが起きる可能性はあるか」 とサウジ人に聞いてみました。それまでにも時々王族を批判する意見を耳にしたことがあったからです。しかし、「サウジ人は混乱を嫌うから、それはないだろう」 と全員もれなく答えてきました。

近隣諸国を見てみると、たとえ王制がなくなったとしてもそれに変わるものがイラクのように軍部だったり、イランのように極端なイスラム原理主義者だったりすると、国民にとっては果たしてどちらが幸せなのかと首をかしげざるを得ません。またそれが民主政治であったとしても、「愚かな国民の代表による愚かな政治」 の例は枚挙にいとまがありません。

ということで、結局サウジ人は 「賢い王様による専制政治」 を選んだということなんでしょう。結果を出し続ける限り (国民に富の分配が行き渡る限り)、王制は安泰なのかな。

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2008年6月29日 (日)

サウジのお土産

そろそろ休暇の時期なので、知人にサウジのお土産を買っていかなきゃなと思うのはやまやまですが、あまりいいものがないんですよね、サウジならではのものが。アラブっぽくて、値段もそこそこで、ちょっと気が利いているもの。「あっ、いいのがあった!」 と思うものにかぎって、それはみんなUAE (アラブ首長国連邦) 製だったりします。

写真のお土産はその昔買ったものですが、今でもせいぜいこんなものくらいしかなさそうです。1枚目:ジッポーと湾岸戦争記念時計、2枚目:世界のどこにいてもメッカの方角がわかるコンパス、3枚目:サウジアラビアのクルードオイル (原油)。

あとはデーツ (ナツメヤシ) くらいですが、自分はけっこう好きでパクパク食べるのに、どうもみんな期待したほどには食べてくれません。栄養豊富だしおいしいんですけどね、本当に。激甘だからかなぁ。

ということで、休暇が近づくにつれあせる一方の今日この頃です。

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2008年6月28日 (土)

世界の人種・民族別血液型割合

ときどき 「B型でしょ!?」 と言われることがあります。だいたいそんなにいい意味でないことはこちらも察しがつくわけですが、それにしても血液型占いはなかなか廃れることがありません。自分自身はさほど信じているわけでもなく、「言われてみれば?」 といったレベル。少なくとも血液型をもとに他人の見方を変えようなんてことは考えません。そういったウェブサイトはよくありますけどね (→参考:アタリマッセ)。

少し前のことですが、久しぶりに 「B型でしょ?。やっぱり!」 と言われて微妙な気持ちになった時のことを、なぜか今日また思い出して、やっぱり微妙な心持ちになりました。もう大人なんだから今さら血液型占いでもなかろうにと思ったのですが、一方で、世界の血液型分布と様々な社会統計データ (自殺率とか) に何らかの関連性は見て取れるのかなとも考え、ちょっと調べてみました。

表1:血液型分布図
表2:世界の人種・民族別血液型割合

結論としては、あまりにもデータが少なすぎて何もわからなかったのですが、新たに知ったことがいくつか。

脳が刺激を受けた時
*A型は言語を司る箇所が活発に働く
*B型は行動を司る箇所が活発に働く
*O型は状況を処理する箇所が活発に働く
*AB型はAとBの特徴のどちらかが強く働く

*A型は農耕民族
*B型は遊牧民族
*O型は狩猟民族

真偽は別にして、自分が遊牧民族 (的な性格) と言われるのはちょっとうれしいです。やっぱり中東向きなのかも!

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2008年6月27日 (金)

ヒツジ専門誌

ラクダは日常的に目にする機会が多く、見た目的に 「これはいい」「これはダメ」 というのがそれとなくわかります。ただ、アラビア半島のものは基本的にヒトコブラクダで、全体的なスタイルはどれもあまり変わらないように見えます。白、黒、茶色の区別意外に、外見で 「これは○○種」 と言われても、いまいちピンと来ません。

さて、牧畜先進国サウジアラビアには、ラクダ専門誌だけでなく、当然ヒツジ専門誌もあります。誌名は 「ナワーディル」。「貴重な、希少な」 という意味の通り、誌面にもいろいろな種類のヒツジが登場します。

美しいと形容するしかないヒツジ、見事な角を持つもの、あきらかに異形のもの。ラクダとはうって変わってバラエティーに富んだラインナップは、まるで犬の雑誌を見ているようでした。品評会が頻繁に行われ、チャンピオンには数百万円の値段がつくという話にも納得です。

ヒツジのブリーダーもいいなぁ。(←目指すの!?)

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ラクダ専門誌

日本にも 「月刊ホルスタイン」 とか 「肉牛ジャーナル」 なんていう、一般人にはその存在すら知られていない業界専門誌というものがありますが、サウジアラビアも牧畜に関しては数千年の歴史をもつだけあって、やはりありました、ラクダ専門誌が。

「ザウド」 という誌名は 「守る、保護する」 という意味で、貴重種を保護しようということなのか、あるいはラクダ飼育という伝統を護っていこうということなのかわかりませんが、いずれにしろなかなか含蓄のある誌名です。

内容は、ラクダの飼い主へのインタビュー、品評会の様子、グラビア (?)、ラクダの雑学などです。○○種のラクダの見分け方や、焼き印の意味 (どの部族の所有かを表す) など、興味深い記事が満載でした。定期購読してみようかな。

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2008年6月26日 (木)

99の神の美名

アラビア語で神を意味する単語「イラーフ (Ilah)」に、定冠詞 (The) の「アル (Al)」がつき、ちょっと読みに変化が生じて「Allah (アッラーフ/The God/唯一神)」という単語ができたようです。

「ラー・イラーハ・イッラッラー (アッラーの他に神は無し)」という文句は、「ラー(No)+イラーフ(God)+イッラー(の他に)+アッラー」です。「イッラー・アッラー」が「イッラッラー」になるのは、単語が前から続いてくるときは定冠詞「アル」のAの音が省略されるからです。

また、アラビア語のアルファベットには「太陽文字」と「月文字」という区別があって、定冠詞から続けて読む時にそのまま「アル」のLを読むものと、Lを読まずに単語の頭の音がはねるものがあります。

太陽=アッシャムス (アルシャムスとは読まない)
月=アルカマル (アッカマルとは読まない)

これは単に、「その方が発音しやすいから」ということだそうです。太陽文字は「D、L、N、R、S、T、Z系の音」、月文字はそれ以外です。ただしこれは読みだけであって、書く方は定冠詞「アル」をそのまま書きます。

たとえば、「アッリヤード (リヤド=サウジアラビアの首都)」のアラビア語表記をそのまま英語表記にすると「Al-Riyadh」ですが、読み方からすると「Ar-Riyadh」になります。最近は「Ar-Riyadh」という表記に統一されつつあるように思います。

太陽文字のうち、N以外は小さい「ッ」が入って、アッダウラ (国)、アッラハム (肉)、アッサマク (魚)、アッザイトゥーン (オリーブ) などと読みますが、Nの場合はアンヌール (光)、アンニール (ナイル川) のように「ン」が入ります (この方が読みやすいから)。

また、ファミリーネームの場合は、太陽文字であってもアルとそのまま読むことが多いようです。

アルサウード (Al-Saud)=サウド家 (サウジアラビア王家)
アルサーニー (Al-Thani)=サーニー家 (カタール首長家)

と、前置きはここまでにして、99個あるアッラーの名前です。名前というよりも、唯一神を表す単語として、アッラーを筆頭に他にも98個の形容があると言った方が正しいかもしれません。ただ、一般的には「99 Names of God」と表現されています。

アッラーに続く98個の形容は、アッラーの性質、特性、個性などを言い表したものですが、こう書くとアッラーに実体や人格があるように感じられてなんとも言い方が難しいのですが、とにかくアッラーは慈悲深く、寛大で、偉大で、創造主で、生かす者であり、殺す者でもあり、唯一無二、そして永久不変の者であるということなんだそうです。

ちなみに、「アブドゥッラー (Abdullah)」という名前は、「アブドゥ(しもべ)+アッラー」で「神の僕」を意味し、とてもポピュラーなイスラム教徒の名前です。このアッラーの部分を他の98個のものに変えても、意味はすべて「神の僕」ということになります。アブドゥッラフマーンやアブドゥルアズィーズも頻繁に聞く名前です。

99個の名前のリストと、これをいい感じで読み上げるフラッシュムービー (これはインターネットで拾ってきました) を載せます。興味のある方はどうぞご覧ください。

*99個の名前リスト
*99個の名前読み上げムービー

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2008年6月25日 (水)

レバノンはアイドルの宝庫

久しぶりにサウジアラビアに戻ってきて驚いたことのひとつが、なんだかやけにアラビックチャンネルがきらびやかになっていたことでした。といっても、ずばり 「LBC (レバノン放送)」 なんですが、パッと見て 「イタリアのテレビ局?」 と見間違うばかりにキラキラのハデハデなんです。画面に映るお姉さんは露出の高いドレスに身を包み、ハリウッドセレブも顔負けのアピール、お兄さんもイタリアの伊達男かというくらい小粋なスタイルです。出てくる女性シンガーも以前では考えられないくらい容姿端麗、歌唱力抜群、露出度高め。

一昔前 (いや、二昔前かな) はアラブのエンターテイメント発信基地といえばエジプトでしたが、今はもう完全にレバノンでしょう。全然レベルが違います。何人も有名なレバノン人シンガーがいますが、勢いで言えばミリアム・ファリス (ミリヤム・ファーリス) でしょうか。楽曲はアラブ風のエキゾチックな音色もからめつつ、それこそエイベックスといってもよさそうな洋風のノリ。スタイル抜群だし、アイドルとしてはほぼ完璧です。アラブの若者が熱狂するのもよくわかります。(ちょっとケバイですけど…)

[Myriam Faris: YouTube動画]
*Wahashny Ee 
*La Tes'alny 

他にもレバノンはナンシー・アジュラム、ハイファ・ワハビなどタレントには事欠きません。ちなみにハイファはセクシーすぎるからか、彼女のホームページにはサウジアラビアからはアクセスできません。でもYouTubeにアップされているハイファの動画は、それぞれが何百万アクセスもあって、アラブ男性の熱狂と煩悩がひしひしと伝わってきます。

レバノンはフェイルーズやマージダ・ルーミーなどこれまでにも有名なシンガーを生み出してきましたから、芸能はレバノンの伝統なんですね、きっと。それにこの地域は紀元前の昔から交通・交易の要所で、近隣諸国との混血が進んだおかげか美人が多いことで名高いし、この頃のエンターテイメントの充実ぶりは、当然といえば当然なのかもしれません。


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2008年6月24日 (火)

パペチュアル・マイナー/サウジ女性に対する人権侵害報告 (3/3)

(2/3からの続き)
■身分証明書類
サウジアラビア政府が女性に単独のIDカードを発行するようになったのは、2001年からのことである。それ以前は、女性は父親か夫のファミリーカードの下に登録されていた。法律では、15才以上のすべてのサウジ男性がIDカードを取得することになっているが、女性用IDカードは今でもオプション扱いで、取得にはやはりガーディアンの許可がいる。また、ガーディアンの反対によってIDカードを持てない女性もたくさん存在する。最近、内務省がガーディアンの許可を不要にしたとも聞くが、今のところHRWはそれが明文化された書類を見ていないし、現実に今も女性はガーディアンの許可を求められている。

宗教警察は女性に対して、公共の場では全身を黒い外套で包み隠すよう強制しているが、IDカードの顔写真は警備上の都合でちゃんと顔を出している。役所の手続きに出かけた場合、女性専用セクションがない場所では女性は顔をさらすことができないので、当人かどうか証明する付添人が必要である。そもそも、役所では女性のIDカードをほとんど受け付けていないのが実情である。結果、どんな場合でも、女性が当人であると証明する付添人がいなければ万事が進まない。

顔を隠した女性を当人だと証明する付添人は、社会のあらゆる場面で求められる。たとえば携帯電話ショップも、ガーディアンがいなければ女性に電話を売ることは禁じられている。女性がIDカードを取り出し、ベールをはずして顔を見せても、店員から拒否されてしまう。IDカードがIDとしてまったく認知されていないのである。

■離婚女性および未亡人が直面する問題
離婚した女性や、夫を亡くした女性に対する法的な保護が欠如しているため、夫に代わる協力的なガーディアンを得ない限り、彼女たちがサウジアラビアで生きていくことには大変な苦労がともなう。日常生活のあらゆる場面でガーディアンは必要であり、社会的・経済的困窮は彼女たちに恐ろしい決断を迫る時がある。ある女性は、それを解決するため望まない結婚をした。そして、「私は自分の体を売った。尊厳は傷ついたけど、これで生活は元通りになる」 と娘に話した。これを聞いた娘はショックを受けたが、現実を考えれば母を責めることはできなかった。

当局では、こうした女性たちのガーディアンは通常もっとも近い親族が引き継ぐものとしている。サウジ男性と結婚し、サウジ国籍を取得した外国人女性については、ほとんどが本国に帰るしかないが、子供と離れたくないためガーディアンなしでサウジアラビアに残る者もいる。彼女たちがIDカードの取得や配偶者用から独身者用パスポートへの切り替えを行うためには、いずれも離婚した夫の許可が必要である。しかし、こういった外国人女性はサウジアラビアの社会システムからは逸脱した存在で、「好ましからざる人物」 と考えられている。

■女性の移動の自由の否定
世界中のどの国も、サウジアラビア以上に女性の移動を制限している国はない。内務省は、ガーディアンの許可レターを持たない女性を飛行機に搭乗させることを禁じている。女性がガーディアンなしに旅行する時は、イエローカードに旅行回数と日数をガーディアンの承認のもとに記し携帯しなければならない。また、女性はパスポートを申請する時もガーディアンの許可が必要である。女性と子供は旅行する際、事前に旅行ビザを外務省から取得しなければならないが、それにもガーディアンの承認が必要である。

銀行で5年働き、経済的には完全に自立している35才のある女性は、仕事でジェッダやダンマンに行く必要があっても、ガーディアンの許可がなければ一切できないと不満を漏らした。夫が亡くなり、自分の息子がガーディアンになった女性もいる。息子は遠く離れた町で働いているため、母親が旅行をするたび実家にかけつけ許可レターを書いている。また、45才以下の外国人女性巡礼者は、ハッジ (巡礼) に際して男性の親族を付添人として同行しなければならない。

■女性の運転の禁止
サウジアラビアは、世界でも唯一女性の運転を禁止している国である。この規制は、公共交通機関の貧弱さと相まって、サウジ女性が社会活動に参加することの阻害要因となっている。なお、政府は公式には禁じていないと言うが、女性ドライバーが一人も存在しない現状では、それは禁止されているのと同じである。女性の運転に関する宗教界の見解 (ファトワ) は次の通りである。

「女性に対し運転が許可されていないことは疑いの余地がない。女性の運転は、女性が保護者なしに男性の中に入っていくことであり、様々な恐ろしい結果を招く。また、禁じられている凶悪な犯罪を招くのである」

1990年11月6日、47人のサウジ女性がリヤドのある駐車場で車を運転し、女性の運転解禁を訴えた。すぐに交通警察が彼女たちの行動を止め、全員警察署に連行されたが、ガーディアンが警察に出頭し 「二度と運転はさせない」 という誓約書を書いた後に釈放された。中には公務員もいたが、彼女たちは政府事務所における職務を停止され、パスポートは没収、新聞記者に一切しゃべらないと誓わされた。ある者は、3年間に渡り職務を停止させられた。当時のデモに参加した一人の女性は、あの後に昇進のチャンスが何度も意図的につぶされたと語った。

■結婚における男女平等の否定
サウジアラビアでは、結婚はイスラム法に基づくある種の契約である。女性には自由に結婚を決める権利はなく、ガーディアンの許可が必要である。結婚は、女性の意志ではなくガーディアンの意志によって決めることができる。ただし、女性の意志を確認することが勧められている。2005年4月、宗教界からも、イスラム法の下では女性が望まない結婚はさせるべきではないというコメントが出された。しかし、現行の法律においては、女性の意志を顧みずその結婚に固執するガーディアンの意志を、法的に止めることはできない。

最近のケースでは、ファティマの一件が新聞の紙面を賑わせた。34才のファティマは、亡くなった父に代わりガーディアンとなった異母弟によって、夫のマンスールと強制的に離婚させられた。この弟は、マンスールが姉に求婚した時から、彼の部族が自分たちの部族よりも序列が低く、一族としてふさわしくない結婚であると考えていた。この件が地元の裁判所に持ち込まれた時、ファティマのお腹にはマンスールの子が宿っており、ファティマは離婚したくないと訴えた。

しかし裁判官は弟の主張を認め、2005年8月、二人に離婚を命じた。ファティマの属するアザーズ族にとって、マンスールのティマニ族は階級が低すぎ、社会的に釣り合わないことが決定打となった。裁判所の判決を受け、サウジアラビア東部州の役所も二人を引き離すことを支持した。弟の元に戻ることを拒否した彼女は、しばらくの間ダンマンの留置所に拘束されていたが、2006年4月、彼女は違う留置所に移送された。

2007年2月、ある女性グループが国王宛に二人の離婚判決を再審議するよう嘆願書を提出した。嘆願書の中には、ガーディアン制度の見直しについても申し立てが記されていたが、政府はこの嘆願書に対して正式な回答をしていない。サウジ人権委員会は国王に対し何度も陳情しているが、同時に、イスラム法学者に対してこの判決が違憲か合憲かの論証を急がせている。

■子供の保護者である権利の不平等
サウジアラビア政府は女性からあらゆる決定権を奪っているだけでなく、自分の子供のガーディアンになることも許していない。夫婦が離婚した場合、男子は9才、女子は7才以上であればガーディアンは自動的に夫になる。このケースにおいては、離婚が夫の非によって生じたものであると裁判所が判断すれば、母親は子供を引き取ることができるものの、子供たちの法律上のガーディアンは別れた夫であるため、その後何年間も子供たちは何事につけ彼に許可を請わねばならない。

たとえば子供たちに銀行口座を開いてあげたくても、母親は何もしてやれない。学校の入学もそうであるし、母親が子供たちと旅行をしたい時にも、前夫の許可証が必要となる。わが子の出生証明書ですら母親は単独では取得できないし、子供の銀行口座にお金を積み立てようとしても、そこでも法律上のガーディアンである離婚した夫の許可が必要となる。

このケースの実例として、夫と離婚した後、11才の息子と一緒に暮らしていた母親に起きた出来事がある。2006年12月、医師の薦めにより息子に簡単な手術を施すことを決めた母親は、前夫にガーディアンとして許可を出すよう願い出たが、前夫はこの手術は必要ないと拒否した。母親は手術を実現するため、法務大臣とリヤド州知事に陳情書を送った。州知事オフィスは当初 「何もできることはない」 と言っていたが、2週間後、州知事 (サウド王家プリンス) から手術の許可証が送られてきた。

保健省のガイドラインには、子供の手術にあたっては両親のどちらでもゴーサインを出すことができると規定されている。しかし実際には、父親のものしか認めない医師もいる。法は整備されているが、それを実行する医師たちが法の遵守を妨げている状況である。この点について、医師たちを啓蒙する必要がある。

政府は、責任ある男性が存在しない場合に、女性が未成年者のガーディアンになることができる特例を設けている。ある30代の女性は、10代の二人の異母妹のガーディアンとして法律上も登録されているため、男性ガーディアンと同等の行為が可能である。しかし、自らのガーディアンは叔父であるため、経済的に独立しているにもかかわらず、自身のことについては何一つ決定権限を持たない。これもまた矛盾のひとつである。

(終わり)

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2008年6月23日 (月)

パペチュアル・マイナー/サウジ女性に対する人権侵害報告 (2/3)

(1/3からの続き)
■女性が就業する権利の否定
サウジ女性は相変わらず労働力としてほぼ除外されている。サウジアラビアは世界でもっとも女性の就業率が低い国のひとつで、2004年に国連は世界のジェンダー配慮ランキングを発表し、政治・経済活動という点において、サウジアラビアを75ヶ国中74位にランクした。サウジ女性が国内の就業人口に占める割合は外国人労働者を含めると4%、サウジ人だけであれば10.7%である。

サウジ女性がインテリアデザインを除き技術短大でエンジニアリング分野の教育を受ける機会がないことは、サウジアラビアには自国人の女性エンジニアがいないことを意味している。また、女性裁判官、女性検察官、実務を行っている女性弁護士もこの国には存在しない。キングアブドゥルアズィーズ大学が2008年に女子として初の法学科卒業生を出す一方で、法務省は女性弁護士の実務認可を今後も行わない方針である。

サウジアラビアでは、政府系事務所でも民間企業でも、女性の就業にはガーディアンの許可が求められる。ある女性はHRWのインタビューに対し、教員として就職が決まり必要な書類をすべて整えていたにもかかわらず、学校側からガーディアンの許可証の提出を求められた経験を語った。労働省によれば、女性の教員 (現在の女性就業人口の大部分) については、遠距離を通う者も多いので、就業に際してガーディアンの許可証が必要であるが、医療関係の場合は概ね不要とのことである。

雇用主は、女性スタッフのガーディアンが退職を求めた場合、理由を問わず即刻応じなければならない。2006年に制定された労働法では、職場での男女の分離については特に触れられていないが、現状ではやはり厳然と分離が行われている。この新しい労働法では、「すべてのサウジ人労働者は、国内のあらゆる分野において平等に働く権利を有する」 とうたわれているが、労働法の別の箇所では、「イスラム法を遵守し、女性は天分にあった分野で働くこと」 という相反することが書かれている。

男女分離政策は、雇用主にとっても負担が大きい。つまり、女性専用の施設 (出入り口、部屋など) を作ること、交通手段を確保すること (女性の運転免許取得と運転は法律で禁止されている)、あるいは必要な交通費を給料に上乗せすること、政府事務所においては男性の監督なく女性だけでは業務が行えないことなどである。

2005年に閣僚委員会は女性の就業機会増加を提言した。その中で、女性関連製品を扱う店ではサウジ女性のみが就業できると規定されているが、宗教界からは強い反対を受けている。労働大臣はHRWのインタビューに対し、「我々は女性の就業を推し進めようとしているが、社会的慣行を壊さない方法が必要である。最初は女性の衣服や下着を売る店舗から始め、まず国民の支持を得たいと考えている。このアイデアに猛反発を受けていることに、我々も驚いている」 と語った。

■女性が健康である権利の否定
サウジ女性の健康に対する権利が、ガーディアン制度によって危うくなっている。いくつかの病院では、女性あるいはその子供について、入院、退院、治療の際、ガーディアンの許可を求めている。こういった医療行為についてガーディアンの同意が必要であるという法的な根拠はないが、病院の経営陣に宗教色が強いかどうかで対応が分かれる。法律上、女性が18才以上であれば自らの判断であらゆる医療行為が可能であるが、様々な社会的要因があって、法律の遵守が阻害されている。現在求められていることは、女性が自ら健康である権利を有するのだと人々に啓蒙することである。法律はある。あとは実行するだけである。

サウジアラビアの医療現場をあまねく取り囲んでいるガーディアン制度であるが、すべての医療従事者が法を犯さず (ガーディアンの許可など求めず) その責務を果たすよう、保健省が強い指導力を発揮すべきである。現在、保健省のガイドラインで唯一ガーディアンの同意が必要な医療行為は、不妊につながるものだけである。ある病院で子宮頸ガンが発見された女性がいたが、手術のためにはやはり夫の許可が必要であった。手遅れにならないためにも、女性が自身で即断できることが望ましい。

陣痛を起こしている女性がガーディアンなしに病院を訪れた場合、病院側はそれが正統な結婚による妊娠であるか、不貞の結果あるいは暴行によるものであるか、慎重に判断せざるを得ない。妊婦がガーディアンと一緒に病院を訪れ出産した場合、退院時は誰と一緒でもかまわない (使用人でもよい)。もしガーディアンなしで入院し出産した場合は、それは警察の事件扱いとなり、退院には必ずガーディアンが必要である。もし誰も来なければ、彼女はずっと病院から出られない。

ある病院関係者の話によれば、今から2年前、彼女の病院に陣痛を抱えた女性が訪れたが、それは緊急の帝王切開が必要であった。ガーディアンは海外出張中で許可が出せなかったため、担当医が個人の責任で手術を行った。夫が出張から戻ると病院に駆けつけ、両者の間でつじつまが合うように執刀日の修正 (偽造) を行った。

■女性が暴力にさらされる危険
ガーディアン (主に夫のケースが多い) の暴力を受けた女性を治療しても、病院としては家に戻ってもらうしかない。警察もまたそのようにアドバイスをする。警察は家庭内暴力を表沙汰にすることを好まない。被害者にもそのことを伝え納得させている。

ガーディアン制度がある限り、男性 (夫や父) から女性 (妻や娘) に対する家庭内暴力を法的措置によって是正することは不可能に近い。警察は往往にして女性の被害者に対し、たとえ加害者がガーディアンであったとしても、苦情や保護を受けつける際にはガーディアンの許可を求めている。ある病院で、夫に銃で撃たれ2度入院した女性がいた。それでも警察は夫 (ガーディアン) の許可がなければ事件として扱えないと説明した。この女性は3度目に撃たれて入院し、そのまま病院で亡くなった。

家庭内暴力を犯罪とする法律については未だに立法化されておらず、ガーディアン制度がある限り、常に女性と子供が暴力の危険にさらされていると言わざるを得ない。サウジアラビアで唯一の独立した (と解釈できる) 人権団体の代理人によれば、父親など家庭内暴力の加害者となった男性からガーディアン権限を剥奪することは、この団体が扱う諸問題の中でもっとも難しい法手続きをともなうものであり、これまでにそれが成功したケースはわずか1~2%だけである。父親が娘に性的暴行を加えていたケースでは、ガーディアンを剥奪するまで裁判に5年の歳月を費やした。

5人の娘に性的暴行を加えていた父親のケースでは、娘の1人が耐えかねて警察に相談に行ったが、それを正式に受け付けるためにはガーディアンの同行が必要だと説明され、娘はあきらめて家に戻るしかなかった。この国では暴力から女性を守る法律がない。毎日こういった事件は発生している。病院ができることは治療行為だけである。

また、男女分離政策は、女性が警察に駆け込むことを躊躇させている (警察官は男性ばかりである)。女性が家から警察に電話することさえ、ガーディアンがいない場合は躊躇せざるを得ない。女性がガーディアンなしに警察に歩いていくことなど、実際には無理である。

■法の下に男女が平等であることの否定
世界中のほとんどすべての国の政府は、未成年者および精神的な問題がある者についてのみ、自身で物事を判断し決定する権限を与えていないが、サウジアラビアでは、政府はこの制約をすべての女性に適用している。そのため、サウジ女性はガーディアンなしには裁判所などへアクセスすることさえできない。裁判所は、女性の証言は犯罪の証拠として認めていない。ある女性は、裁判所で女性が声を発することは恥ずべき行為であると戒められたそうである。サウジアラビアの法廷では、通常は付添人が女性の代わりに発言をしている。

法務省は、もし女性がベールで顔を完全に隠していれば、裁判所に出廷し証言することができるとしている。裁判官によってもまちまちだが、女性が証言する時は大声を発したりあまりにも女性的な雰囲気で話すことは慎むべきだとされている。サウジアラビアの裁判所では、全身を黒い外套で包んだ女性が確かに当人であるかを確認するため、男性が付き添わなければならない。これは女性がIDカードを出すだけではだめである。裁判官によっては、女性は信頼性に欠けるためそもそも証言の能力がないと考える者もいる。

ガーディアン制度は、法的なパラドックスを抱えている。女性があらゆる違法行為に関与できるとしながら、女性には一切法的な責任能力が与えられていないのである。実は、サウジアラビアは女性の犯罪責任について下限年齢を設けていない。女性が加害者となる犯罪事件において、その少女が何才から大人とみなされるか法的に定められてない中、宗教界は殺人事件については思春期 (12才) が大人の境目であるという見解を示している。

サウジアラビア政府が、生涯を通じて女性に対し何一つ自ら決定する権限を与えていない状況において、思春期という低年齢時に、彼女たちに行動の責任を負わせることが果たして正しいことなのだろうか。「女性が犯罪を犯せば男性と同じく責任を問われる。しかし女性が自分自身のことや経済活動を行おうとすれば、それはできない」 ある女性はこのように嘆いた。

(続く)

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2008年6月22日 (日)

パペチュアル・マイナー/サウジ女性に対する人権侵害報告 (1/3)

サウジアラビア人女性がガーディアン制度 (女性に対する男性の保護者制度) と男女分離政策により人権侵害を受けているとして、ニューヨークに本部を置く国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ (HRW)」が調査報告書を作成しました。

まず、2006年12月に3週間かけて女性の調査員がサウジアラビア国内 (リヤド、ジェッダ、ダンマン、アハサー) で109人の女性にアラビア語でインタビューを行い、2008年3月、報告書公開に先立ち、サウジアラビア人権委員会の仲立ちを得て、HRWとサウジアラビア政府関係者との間で内容の確認が行われたうえで、この度一般公開されたものです。

報告書のタイトルですが、Perpetual (永久の、終身の) Minor (次位の、二流の、重要でない、未成年) という表現は、まさに現在サウジ女性が置かれている状況をピタッと言い表した言葉だなぁと感心しますが、なかなか良い日本語が浮かんできません。結局、カタカナでそのまま書きました。

この報告書は、決してサウジアラビア政府を批判しているわけではなく、むしろロイヤルファミリーや政府が状況を改善しようと数々の法令の改定を行っているにもかかわらず、実際の運用がなかなか進まない現状をあばいています。保守とリベラルの舵取りの難しさ、もどかしさをひしひしと感じます。以下、報告書の概要を記しますが、英文報告書はHRWのウェブサイトで公開されています。

■女性の権利とイスラム
サウジアラビアはイスラムを国教とし、法律から教育、生活の規範まですべてをイスラムの理念に基づき制定しており、特に公序良俗に関しては勧善懲悪委員会によりコントロールされている。イスラムの宗教的価値観が、概して女性の自立を阻害していると言える。サウジアラビア宗教界は、1994年にカイロで行われた 「国連・人口と開発会議」 を認めていない。会議の議題である 「避妊、中絶、男女平等、男女共学」 が、神の法および自然の法に背いているからである。

サウジアラビア国内で、イスラム法に基づく公式見解 (ファトワ) を発出する機関である科学調査・法見解常設委員会 (CRLO) もまた、女性の権利阻害を助長している。例えば、女性が結婚を遅らせてまで大学教育を受けることが正しいかどうかという件に関して、CRLOは1990年代に次のようなファトワを出している。

「女性が大学教育を通して成長しようとすることは、我々にとって必要ないものと考えられるが、審議が必要な論点である。女性は小学校を卒業し読み書きができるようになれば、神の書物 (コーラン) と預言者の言行録 (ハディース) を読むことができるわけで、それで十分ではないかと考えられる。ただしこれは、その女性が薬学や関連の分野において他者よりも優れている場合は、男女共学など禁じられている事柄を破らない限り、該当しない」

また、イスラム法はどのように女性の就業を尊重しているかという問いに対して、CRLO は次のように回答している。

「神は女性が家庭を守ることを推奨している。女性が公共の場に出ることは、争い (フィトゥナ) が広がる原因である。イスラム法 (シャリーア) は、女性は必要な時のみ、ヒジャーブ (顔を隠す黒いスカーフ) をかぶりあらゆる事態を避けたうえで、家から出ることを許可している。しかしながら、一般的なルールでは、女性は家の中にいるべきである」

このように女性の人格を軽視した考え方は保守的な宗教指導者に多く見られるが、サウド王家は国内保守派とのパワーバランスを考慮しつつ、注意しながら宗教界とは異なる対応措置をとろうとしてきた。サウド外務大臣 (サウド王家プリンス) はHRWのインタビューに対し、「社会構造を壊さない限り、我々はどんな措置でもとる。しかしサウジアラビアはまだ若い国家であり、我々は国民の結束というものに非常に神経をとがらせている」 と答えた。

■ガーディアン制度 (女性に対する男性の保護者制度)
ガーディアン制度は他のどの政策よりも、根本的に女性の立場に影響を与えている。この制度は、次にあげるコーランの婦人章34節を誤って解釈していることから生み出されているものである。

「男は女の擁護者 (家長) である。それはアッラーが、一方を他よりも強くなされ、彼らが自分の財産から (扶養するため)、経費を出すためである。それで貞節な女は従順に、アッラーの守護の下に (夫の) 不在中を守る。あなたがたが、不忠実、不行跡の心配のある女たちには諭し、それでもだめならこれを臥所に置き去りにし、それでも効き目がなければこれを打て。それで言うことを聞くようならば彼女に対して (それ以上のことを) してはならない。本当にアッラーは極めて高く偉大であられる」

多くのイスラム学者が、イスラム世界におけるガーディアン制度成立の歴史を分析しているが、現代社会においてはその必然性は低いと考えている。現代は女性の経済的自立が可能であり、家庭の生活費を夫婦でシェアすることも普通に行われている。女性は男性に比べ、貧困、危険、搾取にさらされる可能性が高いとする意見もあるが、社会が混乱していた時代と違って、政府と権威が安全を保証する現代社会においては、ガーディアン制度はむしろマイナス要因である。

■男女分離政策
サウジアラビアはほぼ完全な男女分離政策をとっている、世界的にも珍しい国である。女性は男女が混在する公共の場では顔をあらわにすることを戒められており、勧善懲悪委員会 (宗教警察) が病院以外のあらゆる職場や公共の場で厳しく目を光らせている。宗教警察が公序良俗に反する行為 (婚姻関係にない男女が食事を共にすることなど) を見つけた場合、彼ら (彼女ら) を警察署に連行することが認められている。CRLOはこの政策の必要性を次のように述べている。

「イスラム社会では、男性が働く場所に女性を招き入れることは破滅をもたらす行為であり、男女を混ぜることは、最も危険な落とし穴 (誘惑) である。ジェンダーライン (男女間のある一線) を越えて男女を自由に接触させることは、不義密通の主な原因であり、モラルの崩壊と社会の破滅を導く」

しかしながら、こうした古い因習を現代社会に適用することは著しく女性の人権を侵害する行為であり、間違っていると言わざるを得ない。

■女性が教育を受ける権利の否定
サウジアラビアはこの50年間で、限定された範囲ではあるが女性の教育について目覚ましい進歩を遂げてきた。国連の報告書によれば、15才以上のサウジ女性の識字率は、1970年に16.4%だったものが、2005年には83.3%にのびている。一方で、「女性の教育はイスラムの知識を与えることと、良妻賢母にならせることが目的である」 という1969年に策定された古いポリシーが生きており、2002年まで女性の教育はすべて宗教指導局が監督していた。看護と教育分野以外、女性の教育は不要なものであるとみなされている。

ガーディアン (父親など男性の保護者) の許可がない限り、女性には進学や学科選択の自由がない。また、たとえそれをガーディアン自身がわずらわしいと感じても、彼らはたびたび学校に顔を出さねばならない。すでに結婚している女子学生の場合、夫は彼女の就学が家事に悪影響を及ぼさないことを証明するため、やはり学校に一筆提出しなければならない。

キングサウド大学の代表は、これは高等教育省のポリシーであって、大学側は女性の就学について何らガーディアンの許可を求めることはないとHRWに説明した。それどころか、男子生徒との接触を心配して女性の就学に反対する父親を、学長が説得したこともあると述べた。

国費留学については、高等教育省は女子学生に対し、留学前に結婚して夫を一緒に連れて行くか、あるいは他のガーディアンを同行させることを求めている。これによって近年、海外留学を希望する女子学生の増加にあわせて、「トラベル・マリッジ」 という現象が増加している。これは留学生の資格要件を満たすためである。

男女分離政策は、女性の教育にも深刻な影響を与えている。大学の女子校舎は、しばしば男子側よりも施設や教育機会において不平等を被っている。たとえばキングサウド大学では、女子学生は古い校舎と貧弱な図書館を与えられている。男子校舎にあるメインの図書館は、女子は週に1日しか利用できない。リヤドにあるキングファハド公共図書館は、女子は入館を許されていない。本を読みたい場合は、事前に申請書を提出し、代理の男性にその本を取ってきてもらうしかない。

大学のカリキュラムも、女子用のものは数と種類が限られている。サウジアラビアの大学卒業生の58%を女子が占める中、そのほとんどは教員養成大学である。政府は大学教育の拡充を図っているが、女子にエンジニアリング、建築、政治学を教える大学はないし、これらを教える男子のクラスに女子が入ることも許されない。名声を誇るキングファハド石油鉱物大学も、今のところ女子学生を入れる予定はない。キングサウド大学では、男子には14ヶ国の外国語教育を受けるチャンスがあるが、女子には2ヶ国語のみである。医科大学でも女子学生のカリキュラムは範囲が限定されている。

大学の女子校舎では、生徒が自分の意志で学校の敷地外に出て行くことは許されない。授業中はゲートが閉められ、認定されたガーディアンか代理の運転手のピックアップがあって始めて女子は外に出ることができる。寮に住む女子学生も同様に、認定されたガーディアンが来ない限り、たとえ病気であっても外出は許されない。つまり、ガーディアンに連絡がつかない限り、女子生徒の急病など緊急事態にも対応ができないのである。

2002年3月には、メッカの女子小学校で火災が発生し、宗教警察がスカーフをかぶっていない生徒が建物から避難して出てくることを阻止したため (と目撃者が語っている)、15人の少女が亡くなるという痛ましい事件が起こった。しかし教育省はこの事実を否定している。

(続く)

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2008年6月21日 (土)

サウジアラビア人女性の本音

サウジアラビア現地英字紙に、今時の女性のインタビュー記事が載っていました。普段、サウジアラビア人女性の生の声を聞く機会は皆無ですから、短い記事ながらとても興味深く読みました。

女性1: Masha (バハレンとのハーフ、若い、金髪)
女性2: Hala (大学の英語の教師、三児の母)

①サウジアラビアはパーフェクトな国ですか。
M:この国で何をすればいいの?。食べて寝るだけ?。動物みたいに?
H:その質問は意味がない。ここは自分の国なんだし。アメリカ人やイギリス人にもその質問をする?。この世界にパーフェクトな国なんか存在する?。

②サウジアラビアの教育についてどう思いますか。
M:たくさんの女性が働いていることは知っている。大学に行って、医者になったり教師になったり。でも自分はそういうことができなかった。とても早く結婚したから。多くの女性が早く結婚しすぎている。だから教育も受けられないし、いろいろ人生に制約がある。
H:私は結婚した後も大学に通い続けて、卒業することができた。今は3人の子供を抱えながらフルタイムで働いている。

③結婚についてどう思いますか。
M:女の子はみんなお金のためにさっさと結婚させられている。昔の話なんかじゃなくて現実に今もそうやって家族はできるだけ早く結婚させたがっている。ベドウィンや生粋のサウジ人は特にそう。
H:サウジアラビアにもいろんな部族があって、結婚年齢も含めて文化や伝統は様々。マハル (男性が払う結納金品) だって出身部族によって全然違う。私は22才で結婚したけれど、私の父は夫が払ったマハルよりも高額のお金をだしてくれて、それで結婚披露宴や新婚旅行をした。

④ショッピングは好きですか。
M:ショッピングが嫌いな女性なんていないでしょ。でも自分はここでは買い物はしない。ショッピングモールに行くと男たちが電話番号を書いた紙切れをカートに投げ込んできたり、携帯電話に無線でメッセージを送りつけてきたり本当に鬱陶しいから。だから買い物は全部ドバイに行った時に済ます。ドバイはいい。オープンだし、みんな人生を楽しんでいる。それからバハレンにもしょっちゅう行く。バハレンなら自分で運転できるし、クラブに行ってライブ演奏を聴くなんて最高。映画館もあるし、バハレンでは本当に楽しい時間を過ごしている。
H:ショッピングモールで女性が携帯電話のブルートゥースをオンにしていて、ちょっと目をひくニックネームをつけていたら、確かに男から安っぽいメッセージが山ほど入ってくるでしょうね。でも私にはそういうことはない。

⑤夏の休暇の過ごし方は?
M:これまでエジプト、ドバイ、モロッコ、ヨルダンなんかに行ったけど、今年の夏はたぶんヨーロッパかマレーシアかな。サウジアラビア?。それはない (笑)。
H:予算次第だけど、ガルフ諸国かマレーシアがビザもいらないしチケットも高くないからいい。サウジアラビア国内の旅行は、この先もたぶんないと思う。観光産業が発達していないし、移動にいちいち制約が多すぎる。

⑥どんな料理が好きですか。
M&H:タイ料理、イタリアン、メキシカン、スシ (Sushi)、それにやっぱりサウジ料理。それからインドカレーも!

感想:「スシ」 はサウジ人にも知られているんですね。ちょっと感動。(←そこかい!)

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こんなところにK-1関係者が

昨年リヤドに赴任して、運転免許の書き換えに3ヶ月ほどかかりました。その間はコンパウンドに出入りのタクシーをよく利用していたのですが、ある日いつものタクシー運転手に電話をすると、「コンパウンドの他の住人と相乗りでもいいか」 と聞かれました。方角も同じだったので特に問題ないと伝えると、30分後、時間通りにタクシーが自宅前までやってきました。

後部座席に乗り込むと、すでに助手席には大柄でスキンヘッドの黒人男性が座っています。挨拶と簡単な自己紹介をすると、「へぇ、日本人か、じゃあイシイさん知ってる?」 と唐突に聞いてきました。「どのイシイさんだろうと」 とちょっと考えていると、「だったらK-1は?」 と続けて聞いてきたので、そこでそれが「石井館長」だということがわかりました。

オランダ人の彼は空手の有段者で、本国では空手のインストラクターをやっていたそうです。一時期、格闘技のトレーナーもやっていて、あのアーネスト・ホーストにも指導したことがあると聞き驚いてしまいました。自分もアンディ・フグが亡くなった時はショックで呆然となったくらい、(初期の) K-1が好きだったので、急に彼に親近感がわいてきました。

一通りK-1の話で盛り上がった後、彼は 「サウジの生活はどう?」 とたずねてきました。西洋人でもアジア人ワーカーでも、外国人がこうやって聞いてくるときは100% 「サウジ人の悪口」 を期待していることは知っています。ただ、自分は本当にサウジ人がそんなに嫌いではないので (もっとつらい国を経験してきたから…)、いつも通り 「礼拝の時お店を閉めるのはちょっとねぇ」 などとあたりさわりのないことを返しました。

こちらの返答が物足りなかったのでしょう、途端に彼は横の運転手に、いかにサウジ人が世界最悪かという話をし始めました。運転手もここぞとばかりに同調しています。エジプトでもヨルダンでもエチオピアでも、どうしてサウジ人はこうも嫌われているんでしょう。いつもながらかわいそうになってしまいます。といってサウジ人をかばう理由もないので、この時もなんとなく聞き流すほかありませんでした。

しかし、このオランダ人が怒っている理由が、やはり給料の未払いでした。彼は細身のアーネスト・ホーストといった風体で見るからにスポーツマンタイプですが、実は経済学を専攻していて、個人投資家アドバイザーとしてこの近隣を渡り歩いているのだそうです。半年前にサウジ人に呼ばれてリヤドに来たのですが、給料どころか約束した家賃すらまともに払ってもらってないと怒っていました。

「今日は最後通告に行くんだ。あいつらマフィアだから、久しぶりに空手を使うことになるかもな」 と言って大きく笑っていました。最後は脅してでも給料を払ってもらうというわけですが、こっちは内心、次の日の新聞記事が心配になってしまいました。個人投資家アドバイザーなんてホワイトカラーの典型みたいな響きですが、けっこうヤクザな商売なんですね。

1ヶ月後、コンパウンドでまた彼に会った時、新しいスポンサーを見つけて今はそっちで働いていると聞き、心からホッとしました。

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2008年6月20日 (金)

スリランカ政府にとばっちり

ヒューマン・ライツ・ウォッチ (Human Rights Watch) はニューヨークに本部を置く国際人権NGOです。世界各国で社会差別、ジェンダー差別、拷問、少年兵など人権侵害にかかる問題の調査を行っており、その調査報告書は先進国においてはかなりの信頼を得ています。調査される側にしてみれば内政干渉も甚だしいのですが、ある事柄に対する抑止力を生む原動力としては、非常に強力な力を発揮しています (←"力"ばっかりだな)。

正直言うとこういう人権擁護団体というのはどこかうさんくささが感じられてあまり好きではないのですが、ウェブサイトに掲載されている報告書はどれも興味深いものばかりです。その行動力と調査力・取材力には素直に感心しますが、被害者の声として極端なコメントが多いので、そこをどの程度スクリーニングして読むかがポイントでしょう。ほとんど午後のワイドショー的世界ですから (事実は小説よりも奇なりってことでしょうか)。

このHRW、調査報告書に加えて、時々各国政府要人に対してレターを書いています (ウェブサイトで閲覧可能)。それはサウジアラビア国王宛の死刑執行中止の嘆願書だったり、ライス国務長官宛のイスラエルに対する圧力要請 (ガザ国境を封鎖しているため学生が留学することもままならない) だったりします。レターの効力のほどはわかりませんが、これが世論を動かし、時に政府を動かすことがあるのも事実。ヘタをしたら日本政府より影響力があるかもしれません。

さて、そんなレターのうち、スリランカ政府に対する苦情がありました。中東地域で働くスリランカ人 (主にメイド) が極めて劣悪な条件下で酷使されているため、スリランカ政府から各国政府に対し強い態度をもって改善要求をしろと書いてあります。スリランカ政府にしてみたら、「だったら先方に文句を言ってよ」 と言いたいところでしょう。とんだとばっちりです。

フィリピンやバングラデシュもそうですが、数十万人単位、場合によっては一国で100万人もの労働者を受け入れてくれる中東の大国 (金満国) に対して、なかなか強いことは言えません。もし先方政府の機嫌をそこねて、「おたくの国の労働者を来年からは減らす」 とでも言われたら、外貨送金は減るし国内の失業率は上がるしで、まったくいいことがありません。立場的にはどうしても弱くなってしまいます。

ちなみに、HRWがスリランカ人メイド (サウジアラビア、クウェート、レバノン、UAEで働く人たち) が虐待されているとして実態調査を行った報告書に載っていた声は次のようなものです。

「何ヶ月も給料をもらっていない」
「給料をもらったのは結局帰国直前、しかも小切手」
「3年働いたのに1年分しか給料をくれない」
「1日20時間以上働かされる」
「食事をもらえない」
「常にののしられ人間的に接してもらえない」
「外部からの電話を取り次いでもらえない」
「外出や電話が許されない」
「手紙を出させてもらえない」
「個室がなく階段の下で寝かされる」
「物を盗んでいないか常に監視されている」
「テレビやラジオを使わせてもらえない」
「ひどい暴力を受ける」※女主人からという回答が多い
「セクハラを受ける」
「パスポートを取られているので帰国したくてもできない」
「少しは休ませてと懇願したら、"お前は私の靴だ、靴が休むか?" と言われた」
「誰一人として働き続けたいと考える者はいない、みんな国に帰りたがっている」

特に給料未払いの話はリヤドで生活していても何かと耳に入ってくるので、聞く度にこちらも胸が痛みます。スリランカ人メイドの場合、月給の相場は100USドル程度なので、実質労働時間の時給にしたら20円くらい。湾岸諸国の人にとってはたいした金額ではないのですが、お金にシビアというか、支払いに対して最大限の効果を求めるというか、とにかく金払いはあまり良くないようですね。ただし、給料未払いを経験した人は全体の20%とのことですから、想像していたよりはずっと少なかったです。

これまでの経験から、給料未払い (遅配) はほぼ100%の人に起こっているようなイメージでした。アジア各国から来ているワーカーたちも、他人の関心を買うため被害者として自分をアピールしているのかも、なんていう考え方はちょっと意地悪すぎるかな。でも、彼らもホームシックや環境の変化、言葉が通じないストレスで相当まいっているだろうし、サウジ人の悪口を言って少しでも気が晴れるなら、こちらも素直につきあってあげようという気持ちでいつも聞いています。弱者にあえてムチ打つ必要もないし。

ただ、それにしても一番の問題点は、やはりサウジ人が使用人に対して「優しくない」ことだと思います。根は悪い人たちじゃないし、ある意味とても正直というか、それだけにストレートにダメなものはダメと厳しい態度で使用人に接します。出稼ぎのメイドといったって、プロの家政婦などほんのわずかでしょう。大部分は社会経験も少ない普通の女の子です (空港の入国審査でメイドさんの集団を見るにつけつくづくそう思います)。特に女主人 (母親) が時々はメイドに優しい言葉をかけてあげるだけで、だいぶ関係は良くなると思うのですが。

なお、サウジアラビアについては今年になって外国人労働者を保護するシステムが立ち上がり、状況は改善の兆しが見えています。

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フィリピン人に感謝せよ

最近、サウジアラビアの現地紙では 「外国人労働者にもっと感謝して丁寧に接しなさい」 という論調の記事が多いのですが、この社説はフィリピン人に特化した記事を載せていました。

ジェッダで花屋を営むムハンマドは、引き留めの説得もむなしくフィリピン人スタッフが国に帰ってしまったため、店をたたむことを真剣に考えました。しかしその後、意を決してマニラまで出かけ、なんとか優秀な人材を見つけることができたため、店を存続することができました。「彼が去ってしまった時、私は両腕をもがれた気分で、一時は仕事をする気力をなくしたよ」 とインタビューに答えています。ムハンマドは過去に別の国のスタッフを雇ったこともありましたが、一度フィリピン人を雇ってしまうと、他のどの国籍も見劣りがしてしまうそうです。

フィリピンにとっても最大の出稼ぎ国であるサウジアラビアは、100万人以上のフィリピン人が働いています。2006年だけでも22万人のフィリピン人がサウジアラビアに渡ってきました。フィリピン人は世界中で働いていますが、特に船員の世界では全体の20%にあたる120万人がフィリピン人なんだそうです。もしフィリピン人がストライキを決め込んだら、海上輸送から何から、世界は相当な混乱に陥ってしまうでしょう。

フィリピン人の強みは、まず英語ができること、そして低年齢時から職業訓練 (職業意識の醸成) を受けることです。道路建設や看護師などはその代表的なものです。特に看護師は世界全体の23%はフィリピン人であると言われており、フィリピン国内には190の認定看護学校があり、毎年9000人の看護師を輩出しています。これら卒業生の多くはアメリカ、イギリス、サウジアラビア、UAE、クウェート、シンガポールなどの外国に渡っていきます。

35才のキャシーは前任地のシンガポールから5年前にサウジアラビアにやって来た看護師です。彼女は4才の頃から病院に連れられていき、現場の雰囲気を体験することから「教育」が始まりました。11才の頃には祖父母の血圧を測るなど、すでにいろいろなことができるようになっていたそうです。また、「これだけ同国人がいるから世界のどこにいてもホームシックにはならない」 とインタビューに答えています。これもフィリピン人の強みなんでしょうね。

社説では、自国の多くの若者が何も勉強しないまま大学まで進んでしまうことを憂慮したうえで、フィリピンのこういった教育システムこそ、サウジアラビアに欠けているものであると賞賛しています。世界経済を支えているフィリピン人に感謝すると同時に、花屋のムハンマドの身に起きたことを思い起こし、我々 (サウジ人) はフィリピンを見習ってもっとちゃんと子供を教育しなければならない、とまとめられています。

なるほどねぇ、最後はやはり子供の教育の話ですか。でも、大人が3K労働を毛嫌いしてすべて外国人に任せている現状では、子供にだけ「勉強しろ」「働け」なんて言ってもまるで説得力がありません。学校で生徒に教室の掃除などさせようものなら、親が血相変えて怒鳴り込んでくるお国柄ですから。まだまだ道のりは長そうですね。

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2008年6月19日 (木)

サウジアラビア人で働いているのはたった2割!?

サウジアラビアでは、未だ信頼に足る国勢調査が行われていないようです。内外にいろいろな情報は出ているのですが、ソースによって値がまちまち、いまひとつどれを信用していいのかわかりません。だいたい途上国であればあるほど統計が定まっておらず、むしろ政府発表が一番信用できないなどという声も聞いたりしますが、サウジアラビアについてはそこまでいい加減ではないと信じたいところです。ただ、今のところ国民から税金を徴収する予定もないし、それほどシビアにやる必要がないのかなと想像しています。それにしても、有名どころでアメリカ国務省の CIA World Factbook あたりと比べると、数字に相当な開きがあります。以下、SA=サウジアラビア政府、US=CIA、JP=日本外務省です。

2007年総人口 (推計)
SA: 23,980,000人 (うち外国人 6,490,000人)
US: 27,601,038人 (うち外国人 5,576,076人)
JP: 24,000,000人 (うち外国人 6,140,000人)

とりあえずここではサウジ政府の統計表を信じるとして、その中で特に就業人口が目をひきました。統計によれば、就業人口の比率 (サウジ人/外国人/サウジ人のみの総人口) は以下の通りです。

2000年: 2,727,500人/3,273,600人/14,830,000人
2007年: 3,584,700人/4,181,600人/17,490,000人

つまり、仕事に就いてるサウジ人は2000年で18.4%、2007年で20.5%。国民のうち働いているのはたった2割です。日本の労働力人口は6,704万人で全人口の52%、うち就業者は6,429万人なので、日本人はちょうど5割の国民が働いていることになります (男女比=58:42)。もちろん、サウジアラビアも外国人労働者を含めれば就業人口としてはそれなりにつじつまが合うし、女性の就業人口がほぼゼロということを考えると、サウジ人男性の失業率がそれほど極端に高いわけではないと思います (おそらく10%以下でしょう)。

お金の力で他人をこき使い、自ら働く必要がないのだとしたら、それはある意味ユートピアなのかもしれません。しかし、それが果たして国家として健全な姿なのか、あるいは人として正しい姿であるかと問われれば、うーん、どうなんでしょう。勤勉は美徳であるとたたき込まれた日本人には、ちょっと理解しがたい世界ですね。

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大学進学か結婚か

サウジアラビアでは今週から来週にかけて、全国一斉に学年末試験が行われています。試験はどの学生にとっても頭の痛い問題ですが、特に高校3年生の女子生徒にとっては、一生を左右する重要な意味を持っており、深刻な重圧になっています。

もし卒業試験にパスできなかったら、あるいは卒業できても成績が悪ければ、ほとんどの女子は親から結婚するよう求められます。つまり、卒業試験の成績次第で大学進学か結婚かが決まってしまう、まさに人生の一大事なのです。縁談の相手は親が決めてきますから、そこで 「終わった」 と感じる気持ちはわかるような気がします。

サウジアラビアの女子の大学進学率は、以前にくらべ急激に上昇しているそうです。大学でまだまだ青春を謳歌したいというのが本音なのかもしれません。もちろん、キャンパスでも町でも男女は隔離されていますから、物理的にも文化的にもボーイフレンドを作るなんてことはありえないのですが。

大学で純粋に学問に没頭したいという女子がどれくらいいるかわかりませんが、女性の就職先が極めて限定されており、女性の実業家もまだ物珍しいこの国では、高等教育を活かすチャンスはほとんど皆無というのが現実です。サウジアラビア人女性は働く必要はないのですが、言い換えれば働く自由を奪われているということにもなります。

社会に貢献したい、あるいは自分の能力を世間で試してみたいと考える女性は決して少なくないはずです。女性の社会進出が高まれば、今以上に国力も上がっていくことは間違いありません。何しろ今は潜在的労働力人口の半分を使っていないわけですから。

ただ、一方で、サウジアラビアの女性はわがままで使いものにならないという声が根強くあったりもします。この辺はやってみないとわかりませんね。というかそれは男も…。

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2008年6月18日 (水)

砂嵐に辟易

昔は春先の砂嵐なんてせいぜい3月から5月にかけての2ヶ月くらいだったんじゃないかと思いますが、今年は本当にしつこく続いています。しつこい上にけっこうひどい。昨日も今日も、職場では20分に一度はパソコン画面から砂をふき取っていました。机もジャリジャリ。もう掃除する気にもなりません。朝、車にはうっすら砂が積もっています。はぁー、気が滅入る。体にも悪そうだなぁ。

414suna

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結婚するのも楽じゃない

6月25日に首都リヤドで予定されている、1000組による合同結婚式の計画が論議を呼んでいます。多くの若者 (男) が高額な結納金や結婚披露宴費用、法外な家賃や家具代など新婚生活をスタートするために必要な資金の工面に悩み結婚をあきらめている中、スルタン王子がスポンサーとなり、この合同結婚式が計画されました。

結婚式に参加するカップルにはいくつか条件があります。双方が初婚であること、夫の月給が6000リヤル (17万円) 以下であることに加え、正しい結婚生活にかかる道徳の授業を受けなければなりません (サウジも最近は離婚が増えているそうです)。しかし条件を満たし合同結婚式に参加した暁には、家具、家電製品、台所用品だけでなく、現金の支給まであるのだそうです。さすがプリンス、大盤振る舞いといったところでしょうか。

このアイデアは多くの賛同を得ている一方で、反対意見も根強くあります。しかし、結婚式 (披露宴) を行う夫側の負担は並大抵のものではなく、こういったやり方は必ずニーズがあるはずです。「合同結婚式は昔からあったし決して恥ずかしいことじゃない。両親が許してくれたら私はすぐにでもこのやり方で結婚したい」 婚期を逃した (←と記事に書かれていました、ちょっと失礼だ) リーム (女性) はそうインタビューに答えました。

結婚費用の高騰は、女性にとってもあまりありがたい話ではありません。女性の家柄や学歴が高ければ高いほど結納金はつり上がっていき、すると女性は適齢期 (たぶん18~22、23才くらい) に同年代の男性と結婚することが難しくなり、必然的に男性が30~40才くらいの年の差カップルになってしまいます。おじさんとの結婚を拒んでいるとそのうち適齢期を過ぎてしまうし、そうなると縁談も少なくなってくるしで、かなり悩ましい問題です。ちなみに自由恋愛はほとんどありません (→過去記事)。文化的にもそうだし、そもそも出会いの場が皆無ですから。

サウジアラビアは日本以上に慣習とか世間体とかいろいろしがらみがありますから、いくら結婚する二人が結納金ゼロ、披露宴なしと言っても、両親や親類縁者から認められることはないでしょう。何より、結婚前に新郎新婦が二人だけで会ってろいろいと打合せをするなど、そうそう自由にできるものではありません。結局親に任せるしかなくて、なんだかんだ派手で豪華で高額な結婚披露宴になるわけですね。どの国の若者も大変だ。

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2008年6月17日 (火)

Eラーニングは万能か?

サウジアラビア現地紙に、サウジアラビアの学校教育に関する社説が載っていました。記者は、現在の学校教育のあり方が間違っているのではないかと問いかけています。曰く、いつになったら教員が本当の意味での教育をするようになるのか、いつになったら学生がまじめに勉強するようになるのか、いつになったら学生の親がもっと学校教育に関心を持ってくれるのか、いつになったら学校が社会に貢献できるようになるのか、いつになったら学校が次世代の教育者を生み出すことができるのか、などなど。

ここまではなかなか良いことを考えているなと思えるのですが、この記者は、これら諸問題の解決策として、先頃サウジアラビア政府が計画を発表した「Eラーニング」が最善策であると主張しています。「それはどうかなぁ」と思わずにはいられませんが、とりあえずこの記者のアイデアをまとめ書きしてみます。

①Eラーニングにより、若者は学校の授業以外に様々な教育コンテンツを無料で自由に利用することができる。
②若者は学校の先生以外からも知識を得ることができる。
③インターネットは膨大な情報が記されたノートブックであり、もはや紙切れに文章を書きつける時代ではない。
④ただしその情報が正しいかどうか自ら吟味しなければならない。また、きちんと目的やゴールを持って情報検索をする必要がある。

まぁ、政府の検閲もあって、インターネット後進国と言わざるを得ないサウジアラビアでは、コンピューターやインターネットがすべてを解決する魔法の杖に見えるのはわからなくもないのですが、ちょっとなんだかなぁというのが正直な感想です。コンピュータの画面で見た情報は自分の手で書いた情報よりも記憶に残りにくいと思うし、いつでも見られるから逆に憶える必要がありません。

また、インターネットは情報が氾濫しすぎていて、正しい情報だけを見ることは不可能です。そもそも正しさなんて視点によって180度変化しますから (例えば9.11)、よほど自分がしっかりしていないと情報に翻弄されるのがおちです。少なくとも、子供には扱いが難しいと言わざるを得ません。

この記者は、21世紀の社会では 「受容性、探求、参加、チームワーク」 という成功をもたらすための4つの基礎的な要因があるとしています。例として、プロクター&ギャンブル社やボーイング社が、こうしてコスト削減や効率促進を成し得たというのですが、そのためには、Eラーニングの導入が必要であると述べています (←なんか無理矢理?)。Eラーニングにより若者は創造力が刺激されスキルを高めるであろうし、これによって伝統的で閉鎖的な教育手法は終わりを迎えるであろう、と社説をしめくくっています。

サウジの初等教育についてはよく知りませんが、大学になると、実際に教鞭をとる教員の9割がたは外国人 (エジプトなど近隣アラブ諸国が多い) です。博士号を持った教授といえど、サウジアラビアよりもずっと低所得国からの「出稼ぎ労働者」ですから、授業を受ける学生との関係においても、いわゆる「先生と生徒」という不文律は成立しにくいのが現状のようです。学生が先生を尊敬できない以上、学業に身が入るとは思えませんし、成績が悪くても 「あのエジプト人教員の教え方が悪い」 と言っていれば親も大学のサウジ人マネージメントスタッフも納得してしまうようなところがあります。もしかしたら外国人教員の方も、サウジ人学生に対して親身に授業を行っていないという可能性も否定できません (イヤになる気持ちもわかりますが)。

もちろん中にはまじめな学生もいて、先生の国籍がどこだろうと関係なく授業に専念する者もいますが、そういう態度を周りの悪友たちが茶化すのもよくある日常の風景です。実は社会全体にこういった傾向があり、サウジアラビアはもう外国人労働者抜きには成立し得ない国なのですが、国籍を問わず誰とでも誠意を持って付き合うサウジ人となると、実際ほとんどいないのではないでしょうか。サウジアラビア人と外国人はあくまで 「雇用主と使用人」 という関係性であって、そこに友情が生まれる余地はありません。(これは大きなテーマなのでまたいつか掘り下げてみたいと思います)

そういった意味では、Eラーニングであれば教える側の国籍を気にすることなく勉強できます。また、学校では勉強に集中できない環境であっても、自宅で好きなだけ知識を得ることができます。うがった見方をすれば、「勉強はしたいけど格下の外国人には習いたくない」 というサウジアラビア人の心理を汲んだうえで、このEラーニング計画が出てきたのかもしれません。もしそうなら策士ですね。尊敬に値します。

いずれにしても、インターネットを含むEラーニングはそれだけですべて解決するほど万能のツールではありません。そもそもサウジ人はそれを「ツール」ではなく「ゴール」だと勘違いしているふしもあります。Eラーニングはあくまで知識を習得するツールのひとつであり、それを使いこなせるかどうかは、やはり誰か賢い人のサポートが必要です。今のところ、その誰かがみんな外国人だというのが一番の悩みどころなのですが。

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2008年6月16日 (月)

イスラムと売春婦

「乞食は淫売と同様にもっとも古くからの職業と考えられる十分な資格がある」 とは、中世イスラム世界の浮浪者や乞食についての研究書 「中世イスラムのアンダーワールド」(1976) でC.E.ボズワースが巻頭に記した言葉です。アラビアにはジャーヒリーヤ時代  (イスラム以前) からカイナという歌い女がいました。都市部にも遊牧民の間にもおり、身分は奴隷で、ある特定の主人の所有物として客をもてなす者や、酒場に所属したり流浪の酒売りに従って歩き、売春婦として身を売る者に大別されました。

彼女たちは通常アラブ人ではなく異境から連れてこられた女奴隷で、白人もいましたが黒人の割合が多かったとされています。イスラム時代になり飲酒が禁止されると、大部分の下級カイナは姿を消しましたが、その後も遊女などがまったくなくなったわけではありません。1824年から7年間カイロに住んだE.W.レーンは、その頃のカイロの警察が遊女たちから税金を徴収していたと記しています。この税収は、当時のエジプト全住民の収入税の10%に等しかったそうです。

現代イスラム世界では、売春を国が管理しているのはトルコくらいでしょうか。サウジアラビアは、たぶん死刑かな?。

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売春は国が管理すべきか

[2008.6.08 ロイター] イタリア政府は、路上での売春客引きの横行に歯止めを掛けるため、「赤線地区」の設置や売春宿の合法化、売春あっせんを終身刑の対象とするなどの提案を検討している。

同国では、昼夜を問わず多くの町でドライバーを対象に路上に立つ売春婦の数が増加している。ある統計によると、国内の売春婦の数は8万―10万人で、半数以上が外国人、65%が路上で客引きをしている。イタリアでは売春自体は禁止されていないが、売春の強制や売り込みは違法。1958年に閉鎖されるまでは国が管理する合法的な売春宿が700軒あった。

衛星テレビ局スカイが行ったある調査では、回答者の8割以上が売春を赤線地区内に限定することに賛成。フラティニ外相は「欧州 (の一部) には赤線地区が存在し、そこでは売春婦は奴隷ではない」と指摘。管理された売春宿のある国は性感染症の予防の面でも効果的との見解を示した。

………難しい問題ですね。「売春は最古の職業」などとも言われますし、これからも世の中からなくなることはないのかもしれません。貧困に苦しむ途上国であればなおさらです。生きていくためにはそれをせざるを得ない人たちがやはり存在するからです。であるならば、国が彼女たちを (プロとして) 認め、中間搾取を根絶し適正な対価を得られるよう、また性感染症の予防を行うよう義務づける方が、現状では人道的にも正しい選択ということになるのでしょうか。オランダやオーストラリア、タイなどはそれで成功しているようですから。

ただし、それ以外に職業選択の余地がないというギリギリの状態であること、強制ではなく個人の意志で行うことなどを審査する必要はあると思います。また、定年制および社会復帰プログラムを設けることも必要でしょう。安易に外国人 (女性) を受け入れるべきではありませんが、本国の社会情勢を考慮し、むやみに強制退去を命ずるばかりではなく人道的配慮をすることも求められるでしょう。ビジネスの後には領収書を発行し、税金がきちんと納められるようにしなければなりません。政府は国民がこのような職業の人たちを差別しないよう、法令の制定や啓蒙活動を行うことも必要でしょう。

などとあれこれ考えてみますが、内容が内容なだけに表だって議論はしづらいでしょうね。「そもそも論」を持ってこられたらぐうの音も出ませんし、「赤線」を作るよりも女性の自立支援センターを、という方がいかにも正論です。また、年間12万人ともいわれる西欧への女性の人身売買 (主に東欧から) を阻止する方が先決かもしれません。それは極めて難しいでしょうが。中途半端に人権尊重とか言っても、確かに貧困は存在するし世の中きれいごとばかりではないし、うーん、考えがまとまらない (←そりゃそうだ)。

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2008年6月15日 (日)

愛があれば年の差なんて、とはいきません

カイロからの報道によれば、エジプト法務大臣は先頃、92才のアラブ人男性 (湾岸諸国人/国籍非公開) と17才のエジプト人少女の婚姻届を受理しなかったことを発表しました。エジプト国内法では、自国民女性が外国人男性と結婚する際、二人の年齢差は25才以内と定められているからです。外国人男性側は婚姻届に身分証明や就労証明を、エジプト人女性については出生証明を合わせて提出しなければなりません。これは、男性が女性を経済的に養っていけるかを審査するためと、二人の年齢差を確認するためだそうです。

この法律は、空前の原油高に沸くアラビア湾岸産油国の男性が、エジプトの田舎から貧しい少女を娶る、つまり結婚して合法的に買っていくことを憂慮して定められたものと言われています。

湾岸諸国の年輩の男性がエジプトやシリア、レバノンなどの田舎に出かけ、貧困に苦しむ家族から少女を娶ることは、「セクシャルツーリズム」と揶揄されています。レバノン大学の教授によれば、これは「富裕対貧困 (リッチvs.プア)」の闘いであるが、同時にアラブの民間信仰として、「老いた男性は若い少女を側に置くと若返る」という考え方が背景にあるとしています。10年前はシリアでこういう婚姻が盛んに行われていましたが、このところの好景気で国民が豊かになり、現在は減少しているそうです。

一方、エジプトはあいかわらず貧困にあえいでおり、貧しい農村地域では500USドルから1500USドルで、少女たちが湾岸産油国に嫁いでいく (買われていく) のだそうです。ただ、こうして合法的に夫婦になり夫の国に行ったとしても、妻としての待遇は望むべくもなく、使用人として扱われたり、既婚の夫の妻 (妻たち) から嫌がらせを受けるのが実情のようです。こうした婚姻は数ヶ月で離婚するケースが多く、その際は1万USドル程度の慰謝料が支払われるそうです。これはエジプト人の10年分あるいはそれ以上の収入に相当する額です。

言ってみればこれはビジネスであり、男性側にしてみれば「貧困から救ってあげた慈善事業」くらいの意識しかないかもしれません。冒頭の92才と17才のカップルも、おそらくビジネスとしての結婚でしょうから、二人が合意しているのなら結婚させてあげれば良いのにと思います。家族にはすぐに現金が、女性もしばらく我慢すればけっこうな額のお金が入るでしょうし。エジプト政府にとっても悪い話ではないと思うのですが (税金が取れるでしょうから)、それはエジプト人のプライドが許さないということなんでしょうか。こういうところは真面目だよなぁ、エジプト。貧乏だけどプライドは高い。

………なんて感心していたら、このニュースはBBCなど多くの外国メディアでも報道されていて、実はこの法律にも抜け道があることがわかりました。エジプトナショナルバンクに女性 (妻) 名義で口座を開き、相当額を預金すれば婚姻が認められるケースがあるのだそうです。また、その際は二人の結婚が純粋なものであり、人身売買ではないことを法務省に対し宣誓しなければなりません。エジプト現地紙 Al-Akhbar によれば、昨年は173組の特例が認められ、それぞれ口座を開設して8万USドルを預金したそうです。

うーん、単に値段をつり上げただけかも。で、最終的に銀行預金はほとんど税金として没収とか?

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2008年6月14日 (土)

あせる犬

1. 見事にスポッとはまりました。
2. 逆にどうやって入れたんだろう?
3. 母犬は生命の危険を感じていたようです。


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サルとアイスクリーム

エチオピアの温泉地、ソドレでのひとこま。木の上でアイスクリームをぱくつくサル。昔、伊豆の波勝崎でサルにチョコモナカを取られたのを思い出しました。ウキーッ!


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2008年6月13日 (金)

サウジアラビアご当地マック

健康生活を目指している時にこんなことを書くのもなんですが、サウジアラビアにもご当地マックがあるのでちょっとご紹介。マックアラビア (McArabia)。コフタを食べるんだったら普通のレストランの方がずっとおいしいと思いますが、これはこれでいつか食べてみたい。

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サウジアラビアで健康生活その2

「7日間脂肪燃焼ダイエット」で有名な野菜スープ。とりあえず週末 (木・金曜日) だけやってみようかなと、スーパーで材料を買ってきました。写真の材料をカットして鍋に投入 (ショウガは別)。これだけで疲れた…。ここに2リットルの水を入れ、30分ほど煮て完成。味付けは軽く塩で。食べる時にショウガや調味料をお好みで入れます。

味は、うーん、今時の野菜はどれもみんな甘くて、軽い塩味と野菜の甘味で、決してまずいわけではない。けれども、なーんか、すぐに飽きてしまう。だって、味気ないんです。究極の味気なさ。食べれば食べるほどお腹が減る感じは、「お、効いてる効いてる」って思いますが、なかなかおかわりがすすまない。

水曜の夜に2杯、木曜の朝と昼に2杯ずつ食べて、すでに食べる気がなくなってしまいました。お腹は鳴っているのに、この野菜スープは断固拒否という信号が脳から出まくっています。夕方になって、思わずコンパウンドのミニスーパーからレタスサラダを買ってきてしまいました。生野菜のシャキシャキ感が恋しくなって。

結局、木曜の夜はカレーうどんスープの素を溶いて食べることにしました。他にカロリーゼロの調味料で、この時の野菜スープ拒否反応を打ち消せるほど強力なものが思いつかなかったからです。カレー味にしたら、もちろん格段においしくなりました。でも、ちょっとした挫折感も感じたりして。

で、カレー味にした野菜スープを2杯食べた後に、「せっかく買ってきたんだし」 とつぶやきつつ、いったんは冷蔵庫にしまったレタスサラダを取り出しました。サラダに付属のドレッシング、粉チーズ、クルトンをかけ、さらにオリーブオイルとレモンをふりかけて、シャキシャキ感を楽しみつつあっという間に完食。生野菜はうまい!

鍋にはまだ丸1日分の野菜スープが残っています。金曜日はどんな味にしようかな。ハァ~、ため息…。

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2008年6月12日 (木)

ピスタチオ

サウジアラビアの職場で、仲の良いスタッフが何かポリポリと食べていたので、「何食べてんの?」 と言いつつ近づくと、「フストゥク (Fustuq=ピスタチオ) だよ」 と教えてくれました。 ついでに、「元気になるんだよね、ゲヘヘ」 と意味深な含み笑いも。なんでも中東では、ピスタチオを食べると男性の主に下半身の方が元気になると言われているのだそうです。横にいた別のスタッフも、「ピスタチオのおかげでうちは子供6人だよ」 と言っていました。

真偽はさておき、ピスタチオが体に良いことは確かでしょう。「カリフォルニアピスタチオ協会」 のホームページ (日本語) で成分表を見る限り、ナッツの中でも特に優れたものだということがわかります。幸い、ここサウジアラビアは日本よりずっと安い値段でピスタチオが買えます。今年はピスタチオで夏バテを乗り切るぞ!?

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サムゲタン (蔘鷄湯)

食べ物の滋養の力はあなどれません。誰にでも経験があるのではないでしょうか。子供の頃、ナッツを食べすぎて鼻血が出たとか、チョコレートを食べて興奮して眠れなかったとか。生まれて初めてウナギを食べた時は、確かに身体に力があふれてくるのがわかりました。中学の時、クリスマスにチョコレートケーキを食べすぎて、後にも先にもたった1回の鼻血を出したことは今でも忘れられません。ロッキーの真似をして生卵を5個飲んだ時は体中がカーッと熱くなり、タマゴのパワーにあらためて驚きました。ただ、年を重ねるにしたがって、身体が慣れてしまうのか、あるいはそれを感じとる力が鈍くなるのか、食べ物を食べて 「ウォー、効くー!」 なんて思うことは滅多になくなってしまいました。

そんなこんなでエチオピア。アジスアベバの生活でも大変なのに、地方出張が重なり心身ともに疲労がピークに達していた時期があり、藁にもすがる思いで韓国レストランにサムゲタンを注文しました。時間がかかるので2日前に予約注文、量が多いので基本はテイクアウト、そしてテイクアウト用に鍋を持参すること、という条件がありました。値段はうろ覚えですが、150ブル (2000円) くらいだったかと思います。10~15ブルあればエチオピア料理が1食食べられますから、相当な高級品です。それまでサムゲタンを食べたことがなかったので、これが高いのか安いのかいまひとつピンと来ませんでしたが、「2000円じゃ高麗人参は入ってないかな」 と思いつつの注文でした。

予約の電話をしてから2日後、指示通り大きめの鍋を持ってお店に行きました。鍋に鶏が丸ごと1匹スープと一緒に入れられ、さらにお粥もついてきました。家に帰って鍋をのぞき込むと、見れば見るほど迫力があります。鶏のお腹を開くと、定番レシピ通りのものが詰め込まれていました。うれしいことに、高麗人参もしっかり入れられています。その味は、コクはありますが決してしつこくはなく、とにかくやさしいのひと言。ほんのわずかに塩味のスープは、飲めば飲むほどお腹が空いてくるようで、食が進むこと!。高麗人参は食べるものなのかどうか迷ったのですが、せっかくなのでいただきました。すごく苦かったです。

その夜はひさしぶりにぐっすり眠り、翌朝、驚くほどスッキリと目が覚めました。アジスアベバは2400mの高地で酸素が薄いため、ほとんどの人は眠りが浅くなりあまり熟睡できません。自分も毎朝4時頃に必ず一度目が覚めていたのですが、エチオピア生活3年半で、この日だけです、こんなに熟睡できたのは。「これがサムゲタンの、高麗人参の滋養の力か!」 とひたすら感動しました。その後も何度かサムゲタンを頼みましたが、やはり1回目が一番効いたような気がします。その時が一番疲れていたし。それにしても、おいしいものを食べて疲れも吹き飛ぶなんていいことずくめです。その後、漢方や薬膳に興味がわいて、「簡単!毎日の薬膳」という本を購入。「いいなー、いいなー」と指をくわえながら読みあさることになりました (さすがにエチオピアでは実践できませんでしたけど)。

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2008年6月11日 (水)

どっちもどっち

フランスで医学を学ぶため大学留学が決まっていたサウジアラビア人女学生が、大学構内でのヒジャーブ (スカーフ) 着用を禁ずると言い渡されたため、留学を取りやめることを決心しました。

フランス大使館によれば、医学系の学校で女子生徒がヒジャーブをかぶることは、フランスの法律で禁止されているんだそうです。病院スタッフも同様にヒジャーブ禁止。もちろん、構内から外に出る時はかまいません。これはイスラム教徒だけでなく、全ての宗教信者に対して適用されます。つまり、医療施設内部ではいかなる宗教色も排除するということで、他にも同様の法律を持つ国はあるそうです。

この女学生は留学のためにこれまで約20万円費やしていますが、お金は問題ではないとしています。「ヒジャーブは私の信仰の一部であり、決して無視することはできないもの。フランスへの留学生が大学構内でヒジャーブを着用する権利が、きちんと二国間で合意され保証されるべき」 とインタビューに答えています。

また別の留学生は、最初にフランスに語学留学した際にこういった問題を知り、大学で薬学を学ぶ現在はヒジャーブの代わりにバンダナを巻いて髪を隠しています。これも彼女に言わせれば「Bizarre (変てこ)」なんだとか。現地のイマーム (イスラムの宗教指導者) は、ヒジャーブを取ることもやむを得ないという勧告を出しましたが、それに反発して留学を中断してサウジアラビアに戻った女性もいるそうです。

フランス留学中の女子学生がサウジアラビア大使館に集団で抗議した際は、逆に大使館スタッフからフランスの法律を遵守するよう諭されたそうです。サウジ大使館の担当官によれば、サウジアラビア人留学生がヒジャーブをかぶらないことによって、何か問題が発生したというクレームは受けていないとのこと。また、医者が病院の中でヒジャーブをかぶることは衛生的にも問題があるので、フランスの法律は守るべきという見解を示しています。

マッカ (メッカ) の勧善懲悪委員会はこの問題を受けて、「これは西洋社会が同性愛も含めて自由を押しつけていることに他ならない。ヒジャーブを禁ずることは彼ら自身の主張に矛盾している」 とコメントしました。…いまひとつ言っている意味がわかりませんが、新聞の英訳がおかしいのかな?。まぁ、何にしろ怒っていることはわかりますが。

サウジアラビアはガチガチの宗教国家で、法律から生活の規範まで、すべてがイスラム教を拠り所にしています。そういう環境で育った国民は、当然自らの信仰を貫くことに全身全霊を捧げることになります。一方のフランスという国は、個人に信教の自由がある反面、国家としての非宗教性についても憲法に明記されています。つまり、フランス国家はいかなる宗教からも独立していなければならない、ということです。このことから、公共の病院や公教育の場では宗教性が厳格に排除されます。

とはいっても、実際には目立たない程度ならいいらしいです。例えば公立学校で十字架のペンダントをしているスタッフもいるそうです。十字架が良くてヒジャーブがダメと言うんだったら、そりぁあイスラム教徒は怒るでしょう。しかも髪 (および身体の魅力的な部分) を隠すことはコーランに書かれている絶対的な神の言葉なわけで、個人の自由云々とは次元が違って、世界のどの国にいようと守らなければならないわけです。

個人的には、女性がスカーフをかぶっているのを見て 「ゲゲッ、イスラム教徒だ」 なんて思うことはまったくありませんし、そこにそれほど強固な宗教性を感じることもありません (見慣れているだけかも)。ただ、スイスのグリンデルワルドで全身真っ黒のアバーヤを着た女性を見た時は、さすがに 「ここまで来てそれかよ」 と少々ゲンナリしました。やっぱり、「宗教を誇示している」 と映ったのかな。

いずれにしても、フランスもたかがヒジャーブでごちゃごちゃ言わなくてもいいのに、というのが率直な感想です。ヒジャーブなんて、全身黒ずくめに比べたら彼女たちだって相当妥協しているんだと思うし。サウジアラビアが在留外国人女性 (非イスラム教徒) にもアバーヤの着用を強制しているのと、結局は同じことです。「脱げ」と「着ろ」の違いだけであって。まぁ、どっちもどっちですね。「脱ぐ権利」と「着る権利」、日本人女性ならどちらを選ぶんでしょう。

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長い夏休み

サウジアラビアの小学校が夏休みに入りました。例年は9月上旬から新学期 (新学年) が始まりますが、今年は特例として10月上旬まで夏休みが続きます。サウジアラビアはヒジュラ暦 (太陰暦) を採用しているので、1年が354日と、西暦とは毎年11日間ずれていきます。今年はラマダン (断食月) が西暦にして9月2日から始まる予定で、子供から大人まで一様に日の出から日没まで飲食を断つこの1ヶ月間は、特に子供にとっては勉強どころではないつらい日々であり、また社会全体に生産公効率が著しく低下する期間でもあります (ついでに交通事故も激増します)。

こういう事情を考えると、「学校の夏休みを延長しよう」となったのもなるほどうなずけます。ラマダン明けには祭日 (イード・アルフィトゥル) があるので、結局、10月10日まで夏休みとなったわけです。来年は11日早くラマダンが始まるので、今年より夏休みは短くなります。2011年には7月31日からラマダンになるので、ここから数年間はちょうど例年の夏休み期間と重なりますが、2020年頃には逆に夏休み開始がぐっと早くなるかもしれません。今のところ、ヒジュラ暦1436年 (西暦2015年) までの学校カレンダーが発表されています。

4ヶ月という長い夏休みは、子供にとってはどうなんでしょう。前の学期に習ったことはほとんど忘れてしまうんじゃないでしょうか。その分どっさり宿題が出るのかな?。少なくとも職場のスタッフはみんな、子供にとっても親にとっても、あまり良いことだとは思っていないようでした。

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2008年6月10日 (火)

サウジアラビアで健康生活

以前「スーパーサイズミー」の感想を書きましたが、DVDのボーナストラックで各社のハンバーガーがどれくらいもつか (腐らないか) という実験をしていて、マクドナルドのフライドポテトが全然腐らなかったのを見てなんとも不思議な感じがしたものです。しかし、ここ数年欧米で規制が広がっているトランス脂肪酸に関連したサイトを読んでいると、それも納得といったところでしょうか。

マーガリンやショートニングを、「ゴキブリも食べない」「食べるプラスチック」「毒」なんて糾弾しているサイトも多いのですが、それはそれでちょっと過剰反応かなとも思います。例えばマーガリンでも製品によってトランス脂肪酸の含有量が全然違うし。ただ、こういった植物油製品について、「バターより健康的」「コレステロールを下げる」などと良いことずくめの宣伝文句ばかりをたれ流してはいけない状況にはあると思います。メーカーの道義的責任として。「消費者が賢くなれば良い」という意見もありますが、少なくともメーカーが必要な情報を開示してくれないと選びようがありません。

トランス脂肪酸をインターネットで検索すると、たちまち関連情報が集まります。1日の摂取量は2g以下が好ましい、日本人は平均1.6g、アメリカ人は平均5.8g、なんて統計もありました。これを信ずるとすれば、日本人も食生活が欧米化したと言われる昨今ですが、まだまだ魚も食べるしファストフード依存もしていないということなんでしょう。そもそもアメリカ人が異常なんですね。とは言っても、マクドナルドなんてすでにアメリカの「食文化」でしょうし、アメリカの低所得者層にとっては「嫌なら食べなければいい」では済まされない、複雑な社会問題があるようにも感じます。

日本で暮らす限り、よほど無茶な食生活をしなければ、トランス脂肪酸を気にする必要はさほどなさそうですが、残念ながら、今のサウジアラビアの生活は健康とはほど遠いものがあります。外食ばかりで野菜が少なく、脂っこいものばかり。しかも断然肉が多い。前任地のエチオピアに比べたら何を食べてもおいしいというのも問題です (つい量が…)。その上、車社会なので長距離を歩く必要もないし、3月から9月までは暑かったり砂嵐だったりと、そもそも外出したいとは思いません。こんな状況なので、気持ちとしては逆に日本にいる時よりも健康に気をつけなければと考えるわけですが、実際はなかなか難しいですね。

もともと運動はしない方なので、せめて食生活の改善をと思い、最近よく聞くトランス脂肪酸に対して、「体に良い油」をテーマにいろいろと調べてみたところ、亜麻仁油 (Flaxseed Oil) がインターネットの各所で絶賛されていることがわかりました。リヤドならあるかなぁと思いつつカルフールという大型スーパーに行ったのですが、2軒目でなんとサウジ国産の亜麻仁油を発見しました。サウジアラビアも肥満が社会問題化する一歩手前ですから、それなりに需要はあるということなんでしょう。ついでに、他にも健康的なものがないか物色してみました。以下、カルフールで買ってきたものです。

亜麻仁油 (120ml/800円、サウジアラビア製)、エクストラバージン・オリーブオイル (UAE製、チュニジア産オリーブ)、ツナ缶 (健康によいキャノーラ油漬け、イエメン製)、ヨーグルトドリンク (脂肪燃焼、サウジアラビア製)、スナック菓子 (トランス脂肪酸ゼロ、サウジアラビア製)。思っていたよりいろいろなものがありました (写真1, 2)。亜麻仁油は450ml/2,000円のボトルもありましたが、熱と光に弱く保存が難しいそうなので、とりあえず小さいのを買いました。変に酸化しているようなことがなければまた大きいのを買うということで。(←いまひとつサウジを信用していない)。

亜麻仁油の効能はインターネットをちょっと調べればいろいろ出てくるのでここでは省きますが、万能薬というかちょっと神格化されつつあるような雰囲気を感じました。すごすぎて逆に「?」マークが浮かんできます。なので、自分としてはそこまであれこれと効能は期待せず、とりあえず「血液サラサラ」を信じて、サプリメントとして亜麻仁油を摂ることにしました。加熱すると酸化してしまうので、サラダにかけたり直接飲むのが良いそうです。

カルフールで買った亜麻仁油をさっそく開封し、スプーンに注ぎ観察してみました。色は黄金色というよりもう少し茶色で、薄いごま油といったところ。そして香りをチェック。タイム (ハーブ) のような強めの香りがあります。かすかに青魚というか生臭い感じも。ひと言で言えば、本場イタリアのアンチョビピザみたいな香りでしょうか (←わかりにくい)。続いて舌先でぺろりとなめてみると、「に、苦い…」 もともと他人より苦みを強く感じる体質のようなので、思わず声がもれてしまいました。「これではじっくり味わうのは無理」と瞬時に判断し、舌の上にスプーンをペタンと載せると、上を向いて一気に喉の奥に流し込みました。

こうすると、ほとんど苦みは感じませんでした。インターネットで読んだ「クルミっぽい味」という表現には納得で、「タイム+青魚+クルミ (渋皮付き)」というのがかなり当を得た味の表現ではないかと思います。良く言えば風味豊か、悪く言えばクセがある。一部の人がネットに書いているような、「まっずーーー!」ということはなかったです。一抹の不安は、サウジアラビアでそんなに細かく生産管理できているとも思えないので、実はかなり酸化が進んでいるのではないかということ。色も濃いめだし苦みも強いし (製造は今年2月)。本当はまずちゃんとしたやつを味わってみたいんですけどね。

さて、亜麻仁油を飲んだらどんな変化が起こるのか。しばらくたったらまた経過報告をしたいと思います。

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2008年6月 9日 (月)

お気に入りCD:沖縄

■決定版 沖縄の民謡
(川田功子、川田靖一、川田朝子、川田房枝)
1. 安里屋ユンタ
2. 鳩間節
3. てぃんさぐの花
4. てんよー
5. 天川節
6. 海のチンボーラ
7. 黒島口説
8. 浜千鳥
9. 谷茶前節
10. 加那よー
11. 国頭じんとーよー
12. 西武門節
13. 遊びしょんがねー
14. 狩俣のいさみが

沖縄の歌はいいですねぇ。特に民謡。あらためてこのCDを聴きながら沖縄民謡の何がいいのか、沖縄のどこが好きなのかを長々と書いてみたのですが、読み返してみたら、なんだかそんなのどうでもよくなってしまいました。理屈ではないですよね。また「ナビィの恋」や「ソナチネ」が観たくなってきた。

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2008年6月 8日 (日)

お気に入りCD:ブルガリアンボイス

■Bulgarian Custom Songs (The Mystery of Bulgarian Voices Choir)
1. First Song on the Road
2. Second Song on the Road
3. We Sing a Song for You (Tebe poem)
4. Cheers (Ai, nazdrave)
5. Cheers to You, Master of the House (Nazdrave ti, chorbadjiio)
6. Beautiful Milka (Houbava Milka)
7. We Sing a Song for You (Tebe poem)
8. A Girl Bragged (Pohvali sa)
9. A Mighty Boy Is Saddling His Horse (Tsarsko momche kon sedlae)
10. Turbid Waters Were Flowing (Protekla e mutna voda)
11. Song on Going Out of the House
12. Oh, Lazar
13. Lazarski Bouenets
14. Lazar Is Coming, Lazar Is Roaming About (Lazar ide, Lazar sheta)
15. There's a Willow, There's no Willow (Vurba ima, vurba nyama)
16. Lazarska Song for the Bride
17. Lazarki
18. Beautiful Girl (Moma houbava)
19. Young Girls Lazaritsi (Malki momi lazaritsi)
20. Well, Aren't We Dancing (Mur shto sme se razigrali)
21. Strapping Nikola, Mother's Only Son (Levent Nikola edin na mama)
22. Lament for Lazar (Zhalba za Lazara)

先に紹介した「決定版ワールドミュージック」の中の「ピレンツェ・ペェ・ゴボリ」でブルガリアンボイスと衝撃的な出会いを果たして以来、CDを購入して愛聴しています。人の声だけのコーラスがこんなに荘厳な響きを持つなんて。人間てすごいですね。ブルガリアの伝統でしょうか、Music Idol というタレントオーディションで2007年 (第1回) に優勝したネヴェナ・ツォネヴァの歌声も目を見はるものがあります。以下、YouTubeで新旧ブルガリアの歌声をどうぞ。

*The Mystery of Bulgarian Voices
*Nevena Tsoneva

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お気に入りCD:フランスの吟遊詩人

■Master Serie (Georges Moustaki)
1. Le Temps De Vivre
2. Les Eaux De Mars
3. Je Ne Sais Pas Ou Tu Commences
4. La Ligne Droite
5. Danse
6. Ma Liberte
7. La Carte Du Tendre
8. La Philosophie Batucada
9. Ma Solitude
10. Le Facteur
11. Marche De Sacco Et Vanzetti
12. Les Amis De Georges
13. Balance
14. Joseph
15. Le Meteque
16. Il Est Trop Tard

20才の頃、音楽好きの友人からジョルジュ・ムスタキを聴かせてもらいました。フランス語の歌詞の意味は分かりませんでしたが、なんだかジーンと心に響くものがあって、とても印象深く記憶に残りました。それから何年かして自分でムスタキのCDを買って以来、浮かれている時、落ち込んでいる時、むしゃくしゃする時、どんな時に聴いてもムスタキの歌はやはり心に響きました。その歌声はポジティブなパワーにあふれていて、何度助けられたかわかりません。おそらくこれからもずっと聴き続けるだろうと思います。

*YouTube: Le Temps De Vivre

-Tout est possible, Tout est permis
-すべてが可能で、すべてが許される

405cd

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2008年6月 7日 (土)

献血するならサウジ大使館で!

■サウジ大使館 「留学生の代わりに献血して」と呼びかけ
「世界献血デー (14日) 、すべての自国民が滞在国で献血をするように」とのサウジアラビア政府の指示に従い、在日本サウジアラビア大使館 (東京都港区六本木1) が留学生たちに献血をさせようとしたところ、多くは英国留学経験があるなどの理由で献血できないことが分かった。大使館は苦肉の策として、「大使館内でごちそうするので、代わりに日本人が献血して」と異例の呼びかけをしている。

同政府は「世界各地のサウジアラビア人が献血し、相手国と友好を深めよう」との試みを各国にある大使館に指示。在日大使館も4月、日本の大学などで学ぶ約200人の留学生にメールなどで協力要請を始めたが、留学生のほとんどはヨーロッパへの滞在・留学経験があった。日本は変異型クロイツフェルト・ヤコブ病への対応で、「80~96年に1日以上英国に滞在した人は献血できない」との献血制限を実施しており、多くの留学生が該当した。

しかし、献血は本国政府の指示のため、日本だけ中止することはできず、大使館に日本赤十字社の献血車を呼び、日本人に献血してもらうことにした。その代わり、特例的に大使館の一部を開放し、昼にはサウジ風炊き込みに肉を乗せた「カプサ」など高級食材のお国料理を振る舞う。外務省によると、大使館がこうした事情で建物を開放するのは例がない。日本赤十字社によると、大使館で献血が行われるのも初めてという。

ファイサル・ハサン・トラッド駐日大使 (52) は「留学生が献血できないことには驚いたが、人類を救うことはイスラムの教え。1人でも多くの日本の方に協力いただきたい」と話している。大使たっての指令で、「金に糸目は付けず最高の素材」(大使館職員) の料理や菓子で礼を尽くすという。受け付けは14日午前10時~正午と午後1~4時。問い合わせは同大使館 (03・3589・5241) (6月7日18時0分配信 毎日新聞)

………だそうです。ビミョーに「なんでそうなるの?」と思わないでもありませんが、サウジ料理が食べられる良いチャンスなので、どうせ献血するならサウジ大使館でぜひ!

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マサラドサが大好物なのだ

最近ブログに書くためにあらためて毎日シタールやインド映画の音楽を聴いていたので、今日は急にカレーが食べたくなりました。そんなときによく行くのがオレイヤ通りの Malaz Restaurnat (旧名 Quality Restaurant)。いつもインド人の客で大繁盛しています。マトンカレーと野菜カレーのプレート (写真) をお店で食べて、ついでにマサラドサ (カレー味のジャガイモを薄いパンケーキ=ドサでくるんだもの) をテイクアウトしました。テイクアウト分を渡された時、ひとつ容器が余分に入っているなぁと思ったのですが、ドサと中身を別々にしているんだと思ってそのまま持って帰りました。

ところが、家に戻ってきて包みを開けたらなぜかマトンカレーが入っていて (写真)、この分きっと誰かのテイクアウトにカレーが入っていないんじゃないかと思うと、ちょっと気の毒になりました。カレーセットとマサラドサ、ペプシ1本とおまけのマトンカレーもついて合計11リヤル (310円)。お得感満載でした。でも、マサラドサはお店で食べた方がはるかにおいしいと思いました。ドサがパリパリで香ばしいんですよね、できたては。お店では3枚目の写真のように三角折りで出てきます。

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お気に入りCD:インド映画

その年にヒットしたインド映画のテーマ曲を集めたテープ、CDは毎年発売されますが、今でも時々聴いているのが1989年の映画「マイネ・ピャール・キャ (Maine Pyaar Kiya)」のテーマ曲「Aaya Mausam Dosti Ka」。「Hits of '89」というCDをiPodにしっかり入れています。この映画はサルマン・カーンとバグヤーシュリーというフレッシュスターの人気をブレークさせ、この年のナンバーワンヒット作になりました。「Hits of '89」には他にもビデオで観た「チャンドニー」とかマドンナのマテリアルガールのインド版 (パクリ?) もあって、全体的にバラエティーに富んだ選曲になっています。

「マイネ・ピャール・キャ」は美男美女が登場し、歌あり踊りあり苦難ありで、最後にはめでたく二人が結ばれるという典型的なマサラムービーです。悪者は徹底的に意地悪く主役の二人に辛くあたるので、劇中こいつらが憎くて仕方ありません。最後は絶対に悪は滅びるとわかっていても、感情移入しまくりです。最後にハトが……、という見事な (あり得ない) 演出もあり、リヤドのアパートでビデオを観ていた自分は泣いたり笑ったり、そして最後は拍手喝采と、それまで観たどんな映画よりも面白いと思ったのでした。(号泣度はマザー・インディアが一番)

YouTubeにもたびたびアップされていて、最近この映画 (の歌の部分) を観た人たちも、好意的なコメントを多数残しています。サルマン・カーン (この時は若い!) がその後順調にキャリアをのばしていったのに比べて、バクヤーシュリーはすぐに結婚してしまったこともあり女優として大成したとは言い難いのですが、本作ではその魅力が爆発しています。以下、YouTube動画のリンクをいくつか。ちょっと画が乱れているのもありますが。

その1: Aaya Mausam Dosti Ka
その2: Kabutar Ja Ja
その3: Kahe Toh Se Sajna

ボリウッドのニューヒーロー、リティック・ローシャンのデビュー作「Kaho Naa Pyaar Hai」は確かに面白いですが、インドの経済発展に合わせるかのように映画のテイスト (特にダンス) も新時代に入ったような感じで、自分としてはちょっと置いけぼりの感があります。もちろん、ビーチに打ち上げられた主人公をヒロインが「大丈夫!?」とばかりに胸をグッグッと押すと、口からピューッと水を吹き出すところなんかダチョウ倶楽部のコントそのままで、こういった伝統芸 (?) はちゃんと受け継がれているんだなぁとホッとしたりもしますが。(→YouTube動画)

ところで、ボリウッド映画といえばプレイバックシンガー。主人公が歌いながら踊る時、実際に俳優が歌うことは稀で、専門のシンガーが歌を吹き替えています。その女王がラター・マンゲーシュカル。最も多くの楽曲を録音したポピュラー音楽の歌手として (なんと3万曲以上!)、ギネスブックにも載っていたと思います。マイネ・ピャール・キャでもその歌声を聴くことができますが、この時はすでに60才、ずいぶん年齢を感じさせる歌声になっています (この年はチャンドニーも)。もっと若い時の歌声は本当にかわいいんですけどね。

ラターのベスト盤CDもiPodに入れていますが、結局、その映画を観ていないといまいちピンと来ません。歌だけならマラヤラムのチトラの方が良かったかな。ケララに行かないとCD入手は困難でしょうけど。でも「リアルタイム・インド」に入っているラターの「慈悲深い聖なるラーマ神を拝みなさい」はとても良かったです。

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2008年6月 6日 (金)

お気に入りCD:カッワーリー Remix

■Star Rise (Nusrat Fateh Ali Khan Remix)
1. Sweet Pain (Joi)
2. My Heart My Life (Talvin Singh)
3. Taa Deem (Asian Dub Foundation)
4. Shadow (State of Bengal)
5. Longing (Aki Nawaz)
6. My Comfort Remains (Black Star Liner)
7. Tracery (Nitin Sawhney)
8. Lament (Earthtribe)
9. Nothing Without You (The Dhol Foundation & Fun-Da-Mental)

カッワーリーはインド、パキスタン、バングラデシュのムスリムの集団歌謡です。これに従事する音楽家はカッワールと呼ばれ、楽団は通常、ハルモニウム担当の主唱者と、タブラー、ドーラク、手拍子などを担当する従唱者で構成されます。本来はイスラム神秘主義 (スーフィズム) にもとづき聖者廟で演奏され、聴衆に陶酔状態、忘我の状態を誘発して、神との神秘的合一体験を獲得させるという目的を持ちますが、昨今では非宗教的な場でも盛んに演奏されるとともに、ビジネス化やポップ化が進み、ワールドミュージックの一翼を担うようになりました。

カッワーリーの巨星「ヌスラト・ファテー・アリー・ハーン」の歌声を聴いたのは、先に紹介した「決定版ワールドミュージック」の中の「アッラー・フー」が初めてでした。ほどなくして、タイミング良く友人から「法悦のカッワーリー 1&2」をテープでもらい、その強烈な歌声とうねるような旋律に圧倒され、「これを何千人かの聴衆と一緒に聴いたら本当に神様見ちゃうかも」などと思ったものです。そんじょそこらのトランスミュージックなど足もとにも及ばない、驚異の人力トランスの迫力をもっと多くの人に知ってもらいたいものです。

もっとも、いきなりカッワーリーというのも最初はかなり取っつきにくいと思います。そこで、このCD。カナダ人ギタリストが先にヌスラトとコラボレートした「Mustt Mustt」「Night Song」の曲を、イギリスのアジアンなミュージシャンたちが思い思いにリミックスしています。1.の強烈な出だしに「この先どうなっちゃうの!?」と嬉しい悲鳴が口をついて出ることうけあいですが、正直、その先は3.と9.を除けばそれほど過激な展開はなく、そういった意味では良質のトランスミュージックとして安心して聴けます。ヌスラトの吸い込まれるような歌声も端々に健在。

でも、やっぱり本家のカッワーリーにはかなわないかな。

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お気に入りCD:シタール

■Anoushka (Anoushka Shankar)
1. Bairagi
2. Tilak Shyam
3. Kirwani
4. Charukeshi
5. First Love (Pratham Prem)

学生時代、よく吉祥寺の羅宇屋でカレーを食べながらシタールを聴いていました。香辛料の匂いとアジアン雑貨に満たされた薄暗い店内は、まるで時間が止まったかのような不思議で怪しげな異空間でした。そこで聴いていた、「ビヨォーン、ピヨョォオン♪」というけだるく優しいシタールの音色が、ずっと耳から離れませんでした。世の中にはこんなに素晴らしい音楽があるんだなぁと地味に感動し、羅宇屋のカレーは微妙に違うんじゃないかと思いつつも、シタールの音色に誘われてよく通っていました。

そんなこんなでカタールに赴任。幸か不幸か町はインド人だらけで、アラビア語なんて使う機会がなかった代わりに、インド人の友達はたくさんできました。彼らに「シタールのいいCDない?」と聞きまわったのですが、彼らの興味は100%インド映画。サントラのテープはいろいろと紹介してくれるのですが、シタールとなるといつも「?」という顔をされていました。自分もインド映画の魅力にはまったくちですが、それはそれとしてシタールも聴きたかったわけです。

シタールといえばラヴィ・シャンカール、ということは知っていたので、自分でもいろいろと探してみましたが、なにしろ大家だけあってとにかくたくさんテープが売られています。もうカンで選ぶしかなかったのですが、見事なくらいカンがはずれまくって、「いいことはいいけど何か違う」というのが続きました。結局、カタールではお気に入りを見つけることはできませんでした。

次に行ったサウジアラビアは、カタールに比べたら大都会で、CD屋もたくさんありました。しかも、店のオススメCDにはシールが貼られていてとても選びやすい。ここでもまずはラヴィ・シャンカールをいくつか購入しました。しかし…。

「Best of Ravi Shankar-Bridges」はほとんどの曲でシタールが構成楽器の一部という扱いで、純粋にシタールを聴きたい自分にとっては正直まるで期待はずれでした。「Tana Mana」はもはやインドという枠を飛び越えたニューエイジ音楽の部類で、これはこれで評価する人はいるでしょうけど、自分としては完全に興味の対象外。「Sounds of India」が一番良くて、特にシタールを勉強したいと思っている人には、ラヴィ・シャンカールが特徴的な旋律を説明してくれているので大いに参考になるでしょう。

カタールで聴いたテープ5、6本とこのCD3枚だけで決めつけるのは良くないですが、個人的な感想を言うと、ラヴィ・シャンカールのシタールの音は主張が強いというか、なんとも鋭い感じがします。一音一音に明確な意図を込めて奏でているということが伝わってくるので (←当然といえば当然ですが)、なんだか聴いているこちらも姿勢を正さないと失礼に当たるような、ちょっと緊張する感覚があります。これは、自分にとってのシタールの原点、吉祥寺の羅宇屋で聴いたゆったりまったり響く音色とは大きく異なりました。

「ラヴィ・シャンカールは自分に合わないのかも」と思って、L・シャンカールの「Who's to Know」、シャヒード・パルヴェーズの「Revelation」も買ってみたのですが、やはり何かが違うと感じました。自分はシタールの切れ味鋭い演奏を聴きたいのではなく、ただつま弾くように紡ぎ出されるシタールの音色そのものを楽しみたかったので、あまりしゃかりきになって演奏しているものはちょっと…。曲調も微妙に好みではなかったし。そんなわけで、ちょっとがっかりしたこともあってそれから何年もシタールを聞くことはありませんでした。そして、数年を経てようやく出会ったのがアヌーシュカ・シャンカールです。

実を言うと、このCDをいつiTunesに入れたのか全然思い出せず、今回CDジャケットを見つけて「こんなだっけかな?」なんて思っているくらいです。なので、これまで誰が演奏しているかなどまったく気にせず、単に「これは今までのと違うぞ」と思いながらかなり気に入って聴いていました。そのシタールの音色は、まさに自分が聴きたかった音そのもの。ゆったりと、「ビヨョョォォオン♪」と響くシタールは、音階の間にも豊かな音を感じさせてくれます。もちろん、音を追うのが大変なくらい早弾きしている曲もあるのですが、そうなっても絶対的に音が優しいというか、耳にとても心地よく伝わってきます。

そうしてここ何年かシタールといえばこのCDを聴いていたのですが、つい最近になって、アヌーシュカの素性を知るに至り激しく驚くことになりました。以下、あるサイトに載っていた彼女の経歴です。

【アヌーシュカ・シャンカール】
1981年、英国・ロンドン生まれ。シタール (インドの古典弦楽器) 奏者。父はインドを代表する古典音楽家であり、伝説のシタール奏者のラヴィ・シャンカール。姉 (異母姉) は世界的シンガーのノラ・ジョーンズ。9歳から父のもとでシタール奏者としての「修業」を始め、10代のはじめには父の演奏ツアーに同行。1998年、17歳の時にファーストアルバム「アヌーシュカ」を発表。さらに2000年には「アヌラグ」、2001年には「カーネギー・ホール・ライブ」と立て続けに2枚のアルバムを発表。いずれも高い評価を博し、名実とともに世界が認めるアーティストとなる。2005年に発表したアルバム「ライズ」では、インド古典音楽とコンテンポラリー・ミュージックの融合に挑み、グラミー賞最優秀ワールド・ミュージック・アルバム部門でノミネートされている。最新アルバムは2007年にEMIよりリリースされた「水の旅」。「ライズ」が更に進化した内容のこのアルバムが、ラヴィ・シャンカールやノラ・ジョーンズ、スティングとのコラボレーションで話題を集めたことは記憶に新しい。現在は父の世界ツアーに同行する一方で、ソロ・ツアーも行うなど積極的な演奏を続けている。

………すごい。本物のサラブレッドだった。17才にしてこんな素晴らしい演奏をするとは。父親ゆずりのテクニックに、その音色は女性ならではの柔らかさを加え、のびのびと気持ちの良いメロディー。しっかりツボにはまりました。願わくば、後年の父親のようにあまりニューエイジ方面に走らなければ良いのですが。

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2008年6月 5日 (木)

お気に入りCD:ガザール 2

ジャクジート&チトラ・シン夫妻に勝るとも劣らない、もう一方のガザールの雄がパンカジ・ウダース (Pankaj Udhas) です (ということがインターネットであちこちに書いてありました)。初めて彼の歌声を聞いたのは、日本で編集された「リアルタイム・インド」というCDの中の「思い出の風が一陣」という曲。これがまたいい!。もちろん歌詞の意味はわかりませんが、泣きのメロディー、印象深いさびのフレーズ、そしてパンカジの味わい深い歌声。すべてが渾然一体となって、世紀の名曲、奇跡の1曲に仕上がっています。アジア的センチメンタリズムの極致、心の琴線に触れまくりです。

「ヤー・ドゥーンカ・エーク♪ ジョーンカー・アーヤー♪ ハムセー・メルレー・バルソーン・バー♪」 こんなに泣けるメロディー、そうはないなぁ。ちなみに、あまりに感動したのでサウジのCD屋で店員おすすめの「Hosh Ruba」というパンカジのCDを買ったのですが、これは最後まで聴いても「???」という感じでした。たぶんガザールは基本的にはとうとうと詩を朗読するような歌なので、あまりメロディーらしいメロディーがなく、歌詞の意味がわからない人にとっては退屈以外の何ものでもありません。逆に、「思い出の風が一陣」のメロディーが奇跡なんだと思います。

パンカジ・ウダースは↓こんな人。別のCDですが。

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お気に入りCD:ガザール 1

■The Latest (Jagjit & Chitra Singh)
1. Woh Kaghaz Ki Kashti
2. Shayad Main Zindagi Ki Sahar
3. Zindagi Tujh Ko Jiya Hai
4. Us Mod Se Shuroo Karen
5. Jis Mod Par Kiye The
6. Badi Haseen Raat Thi
7. Teri Ankhon Mein Hamne Kya Dekha
8. La Pila De Sharab Ai Saqi

カタールの職場に南インドのケララ出身者がいて、彼から「このテープを聴いてくれ、最高にいいから!」となかば強引に渡されたのが「Chitra (チトラ)」でした。若い女性歌手で、自由奔放にコロコロと高く伸びやかに響く歌声は、確かに可愛いのひと言。マラヤラムで歌われる歌詞はさっぱり分かりませんでしたが、心がウキウキしてくるような魅力がありました。一度で気に入り、その後はテープがのびてチトラがジャイアント馬場のような声になるまで、ずいぶん聴き続けました。

カタールから日本に戻って夏を迎える頃、ヒンディー語科の友達がインドに旅行に行くというので、「マラヤラムのチトラのテープをぜひ買ってきて」とお願いしました。しかし1ヶ月後に友達から手渡されたのが、ここで紹介しているもの (テープ版) でした。デリーでずいぶん探してくれたそうですが、やはりマラヤラムのチトラはマイナーなのか、店員からも失笑を買ったそうで、代わりに紹介されたのがこれだと言っていました。デリーの店員おすすめということでしたが、あまり期待せずに聴いてみると、なんと、これがすごくいい!

実はジャクジート&チトラ・シン夫妻はガザールの有名歌手で、デリーあたりでチトラといえばこの人を差すようです。今では他にも何枚か夫妻のCDを持っていますが、聴き比べてみてもこの「The Latest」が一番好きです。なにしろメロディーが良い、歌詞の意味は分からないけれどフレーズが覚えやすく心に染みる、旦那の渋い声と奥さんの透明で澄んだ声の対比が絶妙。実際のところ、夫妻の作品でこれを越えるアルバムはないんじゃないかと思います (たいして量は聴いていませんけど)。

どの曲も頭にメロディーが入っていますが、中でも好きなのが5曲目。ヒンディー語科の友達に歌詞をおこしてもらって、秘かに口ずさんでいたほどです。手元に100枚以上ワールドミュージックあるいは民族音楽とよばれるCDがありますが、聴き込んだ時間ではフェイルーズのベスト盤とこれが双璧です。何年たっても、何百回聴いても色あせない、不滅の名盤。歌詞はこちら。

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2008年6月 4日 (水)

おみそ汁にワサビ

日本からインスタントのおみそ汁をどっさり持ってきました。きのこを食べるみそ汁、野菜いきいきおみそ汁の大革命、超野菜いっぱいみそ汁、きのこと野菜のおみそ汁、野菜の具どっさりのおみそ汁、あおあおほうれん草みそ汁、というラインナップで、毎日違うものを食べています。

ただ、いかんせんインスタントなので、会社は違えど味は大同小異、どうしても飽きがきてしまいます。七味唐辛子、ゴマ油、海苔、卵、パルメザンチーズ、ポテトチップ、ケンタッキーの残りなどいろいろ入れたりして味を変える努力をしてきましたが、それらももうそろそろ限界、ここ1週間ほどはまったく食べる気になりませんでした。

しかし今日、ふと 「ワサビはどうかな」 と思いつき、おみそ汁に練りワサビをやや多めに入れてみたところ、これがなかなかの当たりでした。これでまた当分食べていけそうです。

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お気に入りCD:アラブの歌姫

■The Very Best of Fairuz (1977年)
1. Habbaytak Bissayf
2. Addeysh Kan Fi Naas
3. Zahrat El-Madain
4. Ya Mukhtar El-Makhateer
5. Shady
6. Kaan Azzaman
7. El-Quds El-Atiqa
8. Shayef El-Baher Shou Kbir
9. Ya Ana Ya Ana
10. Aatini Nay
11. Sanarjaou Yawman
12. El-Bint El-Shalabiya
13. Ya Tayr
14. Dabket Lubnan

フェイルーズについてはこちらでふれていますが、自分が生まれて初めて聴いたアラビア語の歌がフェイルーズでした。その昔、上京してアラビア語を勉強し始めたばかりの頃に吉祥寺で買ったフェイルーズのテープ (レバノンの民族舞踊) は、何度も何度も聴いた思い出の1本です。今、iPodに入れているものがCD 5枚分、他にもこれまで10種類くらいはテープで聴いていますが、フェイルーズのアルバムでどれかひとつと言われれば、やはり黄金時代の歌声を収録したこのベスト盤に尽きます。本当に何度聴いたかわかりませんし、今も頻繁に聴いています。

ただ、フェイルーズをあまりにもすごいと思うあまり、他のアラブ歌手をほとんど聴かなくなっているのはダメですね。最近はアイドルから何からいろいろと出ているようですが、まったく把握できていません。ここ何年かで買ったCDはラニア・クルディーのファーストだけだし。でも、何年たっても色あせないフェイルーズのあの荘厳華麗な歌声を聴いてしまうと、他の女性歌手がどうしても安っぽく見えてしまいます。まぁ好みもありますから、これは仕方ないですね。

では、このベスト盤の中でどれか1曲を選ぶとしたら、……うーん、難しい。難しすぎる。どれも本当にいい歌ばかりなんですよねぇ。ザフラトゥルマダーイン、アアティニー・ナーイ、ヤアナー・ヤアナー、ビントゥッシャラビーヤ、サナルジウ・ヤウマン。なんとかこの辺にしぼりこんでも、これ以上はちょっと…。Amazon.co.jpでも買えますから、是非ご自分の耳で確かめていただきたいなと思います。たぶんツタヤにはないでしょう。ちなみにアマゾンの商品紹介は以下の通りで、読んでいるこちらが恥ずかしくなるくらいの大絶賛です。紹介文を書いた人がものすごくファンなんだろうなぁ。確かにそれくらい魅力的な1枚です。

【Amazon.co.jp 内容紹介:ヴェリー・ベスト・オヴ・ファイルーズ】
ファイルーズの黄金時代の大ヒット・ナンバーを収録した最高の編集盤で、作曲はもちろんすべてラハバーニ兄弟。録音は60年代後半から70年代のものが中心だと思われます。彼らならではのポップな作風はますます成熟し、同時進行で成熟の極致を迎えていたファイルーズの歌声をますます輝かしいものにしています。まさに戦後のアラブ歌謡が到達した前人未到の境地。ファイルーズ独自のコブシ回しは、ここで最高の密度を醸し出します。この時代に多かったライヴ音源もまじえて、すばらしく内容の濃い、それでいてリラックスして楽しめる、極上のアラブ歌謡アルバム。女性ヴォーカル・ファンにも十分に楽しめる、極上の歌声をたっぷり聞かせてくれます。

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お気に入りCD:アフリカ

■Hello Africa!
1. Dibi Dibi Rek (Ismael Lo) セネガル
2. Chileshe (Hugh Masekela) 南ア
3. Awa Awa (Wes) カメルーン
4. Yeke Yeke (Mory Kante) ギニア
5. Agolo (Angelique Kidjo) ベニン
6. Without a Smile (Youssou N'Dour) セネガル
7. Untold Story (Sibongile Khumalo) 南ア
8. Soukora (Ali Farka Toure) マリ
9. Soul Makossa (Manu Dibango) カメルーン
10. DJembe (Salif Keita) マリ
11. Matswale (Caiphus Semenya) 南ア
12. Sonegaly (Tarika) マダガスカル
13. Vulan' Amasango (Ladysmith Black Mambazo) 南ア
14. Soni (Kanda Bongo Man) コンゴ
15. Ngcwele (Family Factory) 南ア

何枚か持っているアフリカCDの中で、一番好きなのがこの「Hello Africa!」。非常に多彩な楽曲が集められていて、最後までまったく聴き飽きません。知らなかったけれど、アフリカには素晴らしいミュージシャンがたくさんいるんですね。15曲目のFamily Factory以外みんなWikipedia(英語版)に載っていましたから、欧米にもファンは多いんでしょう。アメリカに本気で乗り込んだらたちまちチャートを席巻するんじゃないでしょうか。リズムは力強いしメロディーは洗練されているし、何しろボーカルの迫力が違います。他のCDに比べてインターネットに情報がほとんどないこともあって、ここで紹介させてもらいました。

「Great Pan-African Trip」もなかなか良いアルバムです。ユッスー・ンドゥールの「Africa, Unite!」というかけ声で始まり、前半は孤独な一人旅を思わせる静かな楽曲構成。中盤からだんだんにぎやかになっていって、アルバムタイトル通りアフリカのその場にいるような気分にさせてくれます。しかし、ラス前にアルファ・ブロンディー、ラストが唐突にブルンジの太鼓のライブ録音と、それまで13曲かけて盛り上げてきた旅気分が、なんだか急に尻すぼみで終わってしまいます。これは残念。ラストは旅の終わりを感じさせる曲でしめてほしかった。

「Africa on Mango」は全編ノリの良い楽曲ばかり。メロディーというよりは、もう完全にリズム重視で選曲されているように思います。踊りたいなら最高なんじゃないでしょうか。でも、例えば1曲を30秒ずつ飛ばしながら聴くと、ずっと同じ調子で金太郎飴を思わせるのも事実。好きか嫌いかと聞かれれば、ちょっと自分の好みとは違います。ただ、そんな中でもやはりサリフ・ケイタの歌は別格で、彼の曲だけはきっちりと聴いています (2曲収録)。声が魅力的なんですかね、どこかミステリアスというか。「コヤン」なんて何度聴いたか分からないほど好きな歌です (このCDではありません)。

「Music Trends Around the World-Africa」は、いかにもアフリカらしい曲ばかり集められています。ただ、それぞれの曲にパンチがないというか、全体を聴いてもいまひとつ心に残る曲がないのは残念なところ。「可もなく不可もなく」というのは、けっして誉め言葉にはなりませんよね。

「Eyes Open」はユッスー・ンドゥールが「The Lion」「Set」に続いて出したアルバム。ちょっと洗練されすぎという気がします。「Set」があまりに衝撃的だったので、比べたらちょっとパンチが弱いですね。声はすごくいいんですけど。ホンダのステップワゴンのCMで流れていた「オブラディ・オブラダ」なんてすごく良かったし。

ということで、独断と偏見であれこれ語ってみました。やっぱりアフリカはすごいなぁというのが素直な感想です。Hello Africa!はCDジャケットが見つからないのでGreat Pan-African Tripのものを。

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2008年6月 3日 (火)

お気に入りCD:南アフリカ

■Zulu Offerings from South Africa
Disc 1:
1. Nkosi Sikilele I'Afrika/Shosholoza (Ladysmith Black Mambazo)
2. Shebeleza (Joe Mafela)
3. Usizi (Izingqungqulu Zomhlaba)
4. Mbube (Mahotella Queens)
5. Thula Baba (Bekithemba Heralds)
6. Vinqo (Shaluza Max)
7. Ungavumi (Jabu Khanyile)
8. Beautiful Mama's (Mbongeni Ngema)
9. Imbizo (Phuzekhemisi)
10. Ayabizwa Amagama (Kwela Tebza)
11. Awuthule Kancane (Mahlatini & the Mahotella Queens)
12. Lengoma (Bhekumuzi Luthuli)
13. Qinisela (Steve Kekana)
14. 1906 (Bambata)
15. Hamba Bhekile (Margaret Singana)
16. Amanyala (Umzansi Zulu Dancers)
17. Skhebereshe (Mpume)
18. Idlozi (Soul Brothers)

Disc 2:
1. Mzilikazi (Dorothy Masuka)
2. Impi (Juluka)
3. Ubuhle Bakho (Shabalala Rhythm)
4. Isisho Sabadala (Old Saying)
5. Ngikwethembe Na? (Lucky Dube)
6. Safa Isizwe (Sarafina Cast)
7. Mmalo-We (Bayete)
8. Ngiyobathola (Sipho Gumede)
9. Mfaz Obga Phesheya (Busi Mhlongo & Twasa)
10. Wozani (Sipho Hotstix Mabuse)
11. Imyeneni (Ipi 'Ntombi Cast)
12. Inkosana (David Hewitt)
13. Vukani (Dark City Sisters)
14. Inkanyezi Nezazi (Ladysmith Black Mambazo)
15. Isonto Lezayoni (Phineas Mkize)
16. Abasebenzi (Nhlanhla Jili)
17. Inyakanyaka (Tu Nokwe)
18. Mngani Wami (Nganeziyamfisa No Khamba Lomvaleliso)

ケープタウンに旅行した時、お土産屋のレジの脇に並べてあったCD。ほとんど何も期待せず「とりあえず」という感じでもうひとつの「Sound Offerings from South Africa」と一緒に買い物カゴに放り込みました。ふたつ合わせると70曲以上もあるし、知っているミュージシャンもいなかったので、買ってから何年も聴かずに放っておいたのですが、去年、手持ちのCDを全部 iPod に入れた時、あらためて一から聴いてみて驚いたのなんの。

まず1曲目のレディスミス・ブラック・マンバーゾで「あれ?」と思いました。「聴き覚えがあるなぁ」と思いつつ2曲目以降を聴いていくと、その雰囲気はまさにポール・サイモンの名盤「グレイスランド」そのまま。しかもそこにもっと「魂」を入れた感じ。グレイスランドは大好きなアルバムで、とにかくよく聴きました。アルバム全体に感じる乾いた風のような雰囲気が、砂漠の道をドライブする時のBGMにぴったりだったので、カタールでもサウジでも、車のダッシュボードにはいつもグレイスランドのテープが入っていました。

このCDを聴くと、あれほど好きだったグレイスランドが、なんだかちゃちに見えてきます。ポール・サイモンは南アフリカの音楽をただ模倣しただけだったのかな、なんて思えて (南アの黒人ミュージシャンの才能を西洋に紹介したという功績は偉大 ←でも自分はグレイスランドをあれだけ聴きながらそのことを全然意識しなかった大馬鹿者…)。それだけこのCDに収録された楽曲はレベルが高いです。多彩なメロディー、力強いリズム、ボーカルの説得力、コーラスの妙。いやぁ、なんだかすごく得した感じ。あの時偶然このCDを手にとって良かった。というかもっと早く聴いとけよ。>自分

それにしてもすごいぞ、南アフリカ!

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2008年6月 2日 (月)

お気に入りCD:イラク最高のシンガー

■Live at Hard Rock Cafe Beirut (Ilham Al-Madfai)
1. Bint El Shalabeyah
2. Ya Atholey
3. Ya Galbi
4. Disaney
5. Mali Shoghol Bil Soog
6. Chobi Part 1
7. Chobi Part 2
8. Khuttar
9. Al Rail Wa Hamad

イラク出身のイルハム・アルマドファイは、イラクのみならずアラブ世界初のポピュラー音楽ミュージシャンと言われています。1960年代にイラクでバンド活動を開始すると、モダンな楽器 (ギター、ドラム、ベース、ピアノ) で伝統的なアラブ音楽を演奏するスタイルでたちまち人気を博しました。数年後にイルハムはロンドンに音楽修行に出かけ、その独特の演奏スタイルはポール・マッカートニーなど多くの英国ミュージシャンの注目を集めたそうです。

1967年にイギリスからイラクに戻ると、スパニッシュギターを使ってイラクのフォークミュージックを奏でるなど、1970年代全般にわたって国民的歌手として活躍します。1979年に様々な事情から追われるように国を離れると、その後は1990年にイラクに帰還するまで、世界各国で演奏活動を続けました。後にバージンレコードから出したアルバムがプラチナセールスを記録することになり、その名声を決定的なものにしました。

このCDはベイルートのハードロックカフェで行われたライブのものです。フェイルーズの名曲を歌う Bint El Shalabeyah もかなりいいですが、最も有名な Khuttar の渋さも捨てがたいです。以下、歌詞の一節。

私の人生を振り返ってみると
幸せとは滅多に訪れない客人のようなもの
もしも素通りされてしまったら
蝋燭に火を灯そう
裏の小道を涙で濡らそう
我が心よ
悲しみはいずこに
私の夢はすべて儚く消え去った

渋いですねぇ。まさに酸いも甘いもかみ分けたいぶし銀の魅力。これほどのシンガーでも日本ではほとんど知られていないんですね。もちろん、日本が誇る北島三郎だって中東ではまったく知られていませんけど。北島ファミリーとイルハムファミリーで共同コンサートでもやってくれないかな。場所はエルサレムあたりで。「はーるばる来たぜ中東~♪」とか歌ってほしい。

それはさておき、ライブCDっていいですね。スタジオ録音にはない独特の緊張感と聴衆との一体感があって。このCDも会場の熱気がひしひしと伝わってきます。名盤。

395cd

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2008年6月 1日 (日)

お気に入りCD:ワールドミュージック2

■Best of the World
1. Scatterings of Africa (Juluka)
2. Maldon (Zouk Machine)
3. Case A Lucie (Malavoi)
4. Oye Come Ova (Tito Puente)
5. La Cologiada (Rodolfo Y Su Tipica)
6. Llorando Se Fue (Kjarkas)
7. Garota de Ipanema (Toquinho & Moraes)
8. Cafe (Eddie Palmieri)
9. A Vava Inouva (Idir)
10. La Camel (Cheb Khaled)
11. Amor de Mos Amores (Paco)
12. Zouk la Se Sel, Medikaman Nou Ni (Kassav')
13. El Condor Pasa (Los Incas)
14. Im Nin' Alu (Ofra Haza)
15. Let Me Cry (Cheb Mami)
16. Bridadier Sabari (Alpha Blondy)

中東、アフリカ、中南米からクールな曲ばかりが集められています。もうどれをとってもかっこいいのひと言。捨て曲なしです。1.は何度聞いても気分が高揚、2.の熱気、3.の大人な感じ、4.のすかしたかっこよさ、5.も熱い、6.はランバダでこういうのもありなんだと感心、7.の渋さ、8.の異様なクールさは何なんでしょう、9.はこのCDの白眉、10.はオリエンタルムードをプンプンと醸しだし、11.でラテンの激しさに胸打たれ、12.になると肩の揺れは止まることを知らず、13.は聞き飽きたはずなのにやはり聞く度泣ける名曲、14.の神秘的な歌声に魂を持って行かれそうになり、15.のおとぼけで耳がリセットされたと油断していると、16.のとてつもない緊迫感にガツンとやられます。

9.のVava Inouvaはまるで透明な水を思わせる繊細なメロディーラインで、Idirはてっきり東欧の人なのかと思ったら、なんとアルジェリア出身でした。歌詞もアラビア語 (アルジェ方言) なのかな?。全然ぴんと来ないけど。14.のオフラ・ハザの曲は日本でも流行りましたね。そりゃ流行るでしょう、この曲なら。16.がまたすごい。コートジボワールのレゲエシンガー、アルファ・ブロンディーによる反体制バリバリの攻撃的な曲。怒りと緊張感がみなぎっています。

ワールドミュージックといってもいわゆる癒し系の民族音楽ではない、パッションに満ちあふれた1枚です。

394cd

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お気に入りCD:ワールドミュージック1

■決定版ワールドミュージック
1. マンバサ宿のバラード
2. マシナ
3. ソテ・トゥリフラヒア
4. アラファ
5. マカーム・イエギャー
6. ピレンツェ・ペェ・ゴボリ
7. アッラー・フー
8. チベット密教の声明   
9. ドゥーン・イン・ラーガ・バイラビ
10. スカール・ジュプン
11. ケチャの登場~序のケチャ
12. 鳥打令
13. 梅花三弄
14. ホーミーのメドレー
15. 白い子馬の伝説 (スーホの白い馬)

ビクターの「ワールドサウンド」のシリーズから15曲を厳選した民族音楽入門篇。アジア、アフリカの曲中心で、ブルガリアンボイスも1曲。このCDを起点にいろいろなCDを集めていくことになりました。思い出の1枚。

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