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2008年12月の29件の記事

2008年12月31日 (水)

サウジアラビア恋愛事情/女の場合 (ニューヨークタイムズの記事より)

アシールの家のリビングルームで行われたダンスパーティーは最高潮を迎えていた。集まった女友達は20人以上。みんな10代後半だ。アシールは母親と一緒に忙しそうにお茶とデーツ (ナツメヤシ) をふるまっていた。半分の女の子たちは、ごてごてに装飾されたテーブルと派手なティッシュ箱を前に大げさなドレープのソファーに腰掛けながら、自然と体を小刻みに動かしていた。先ほどまで彼女たちを頭からつま先まで覆っていたアバーヤ (黒い外套) は脱ぎ捨てられ、イスの上に乱雑に積まれていた。

急に音楽が止まり、18才のアリアがおずおずとみんなの前に進み出た。「みんな!、伝えたいことがあるの…」 ハイヒールに体をよろめかせながらアリアは言った。ほんの少し間をおいてから、そうして今度は一気に早口でしゃべった。「私、婚約したの!」 リビングルームに歓声があがった。まるで悲鳴のようなみんなの声を聞くと、他の子がそうするようにアリアもわっと泣き出した。アシールの母親は気を利かせてそっと部屋を出た。こんな瞬間は若い子だけにしておいた方がいい。

彼女たちは中学の頃からの友達だ。アリアの結婚はグループの中で初めてのことだった。アリアの携帯電話には彼女の夫になる男の写真が入っていた。バドルという25才になる軍人だ。携帯が一通りみんなの間を回ると、今度は矢継ぎ早に質問が飛んだ。どんな人なのか、きっかけは、感想は、などなど。これはショーファ (viewing=見られること、査問されること) といって、婚約した女の子にはお決まりの儀式になっている。

男性は結婚を申し込む時、父親の許しを得て女性の普段着の姿を見ることができる。アバーヤを脱いだ姿である。中には女性との会話を許される人もいる。つまり女性が男性からショーファを受けるのであるが、こんなことはまず生涯に一度きりだそうだ。

サウジアラビアにおける男女の分離は、大げさではなく本当に極端だ。女性は車を運転することができないし、外に出る時はいつでもアバーヤで全身を隠さなければならない。彼女たちは自家用車で女子校に通い、レストランや喫茶店ではファミリールームに入る。シングルルーム (男性客用の部屋) とはきっちり壁で分けられているのだ。

女性用のスポーツジム、女性用のブティック、旅行代理店の女性用窓口などがある中で、最近首都のリヤドには男性立ち入り禁止の女性専用ショッピングモールまでできた。ここなら男性の付き添いなく、女性だけでも買い物ができる。アシールとその友達のように活発な女の子たちも、保守的な社会によって普段の行動は極めて制限されている。にもかかわらず、ほとんどの女性はそんなルールに大して疑問を持とうともしない。

若い女性でもみんな、イスラム復古主義であるワッハーブ派の保守的な教義を深く信じている人がほとんどだ。インターネットの自分のフェイスブックに男性を友人登録するくらいかまわないとか、従兄弟の長兄なら女性は顔を見られてもいいのかもしれないなどと時々議論になることはあるらしい。逆に今回は記者 (ニューヨークタイムズ) の方が、サウジアラビア取材を通して出会った男性たちが普段何を考え何をしているのか教えてくれと、彼女たちから質問を受けてしまった。

女性が結婚前に男性と会話してはいけないということは、ある種の都市伝説として広まっている。「ネットの男性用チャットに女性が紛れ込んでいると思ったら、その男性の婚約者だった」 というものだ。友達の友達から聞いた、妹のクラスの子がそうだったなどと、まことしやかに語られている。もちろん、その女性はあばずれと見なされる。子どもの頃からはっきり男性と分離されて育てられた彼女たちは、男性のことを話す時にまるで別世界の生き物のように語っている。

その日、夕食が終わった頃、アリアは電話で婚約者と話すことを許された。二人の初めての会話は次の日に予定されたが、彼女はバドルと何を話して良いかわからず、いくつか質問をリストアップしてみた。「今の仕事が好きか聞いてみたら?、男の人は仕事のことを話すのが好きなんじゃないかな」 友達の一人がこうアドバイスした。「どんな携帯を持っているか、それから乗っている車」 別の友達が提案した。「そうすれば趣味にお金をかける人なのか、しみったれなのかわかるでしょ」 アリアは神妙な面持ちでうなずき、懸命にメモを取った。

アリアはバドルからショーファを受けた日のことを思い出した。父親に呼ばれバドルが待つ部屋にジュースを持って入って行った時、彼女はひどく緊張してあやうくお盆をひっくり返すところだった。バドルの前に立っている間は、まるで拷問を受けているように感じた。バドルが何を話しかけてきたかはほとんど思い出せない。次にセッティングされた電話の会話で、ようやくアリアは少しだけバドルのことがわかったという。

ニューヨークタイムズは2007年12月から3ヶ月かけて、15才から25才の30人ほどのサウジ女性にインタビューを行った。最近のサウジアラビアでは、婚約した男女であれば電話で会話しても良いと考える人が増えてきたようだ。もちろん、保守的な家庭では今でも結婚式前の男女の接触は厳しく禁止されている。

結婚式前にあまり婚約者のことを気にするのは、はしたないことだと考えられている。女性の方から男性に連絡を取るなんて、どんな方法であれ御法度だ。しかしそれでもなお、なんとか内密に婚約者と連絡を取ろうと行動を起こす女性は多い。男性社会の何たるかを知っておくことも重要だ。

実のこの二人、とても近い場所に住んでいる。バドルのオフィスはアリアが学校に通う道沿いにあるし、バドルが親戚と集まっては時間を過ごすマジュリスだってすぐ近くだ。それなのに、アリアにとって男性社会ははてしなく遠い。他の女性にとっても、男性社会は冒険するにはあまりに未知の世界である。

18才のアシールが法律学科1年に在籍するプリンススルタン大学で、2年の女子生徒が記念写真を撮るため男の格好をしたままお茶を飲んでいた。彼女たちは足首まで隠れるトーブ (サウジ男性が普段から着ている伝統的な白い服) を着て、頭にはシュマーグ (男性用のスカーフ) をかぶっていた。一人はペンを使ってあごひげを書き、そうして携帯電話で写真を撮りあったのだ。周りに携帯を見せて回ると歓声が上がった。

「女の子はみんなやっていることよ」 18才のサラによると、みんな兄弟の衣装ダンスから勝手にトーブを持ち出して写真を撮ったりしているのだそうだ。ちょっとした反抗なのかもしれない。彼女たちはマクドナルドの男性用カウンターに平然と歩いていったり、時には車の運転をすることによって、男性社会に挑戦しているのだと言う。

「ただのゲームだけどね」 あっさりとサラは言うが、宗教警察に捕まることを覚悟しなければならない危険なゲームだ。「私はそこまでやったことはないけれど、あの二人 (トーブを着て写真を撮った二人組) はすごいの。お店に入っても他の子より目立とうとするし、顔を出したりするのよ」 サラはヒジャーブ (ヴェール) で顔を隠す仕草でことさら貞淑な女性を装いつつ笑いながらこう言った。隣にいるクラスメートのシャデンも笑っている。

サウジアラビアの新聞では、若者のこういった反抗をしばしば大げさに書き立てている。最近も宗教警察と若者の険悪な対立が報道されたばかりで、こうした社会的制約が最近増えている同性同士の恋愛に結びついているのではないかとも言われている。また、若い男性が、女性が乗っている (と思われる) 車を追いかけ回し、自分の電話番号を教えようとするナンバリング (numbering) と呼ばれるいかれた行動も、都市部では頻繁に見られるようになってきた。

女性がショッピングモールに行く時は、携帯のブルートゥースはオフにしておいた方が良い。さもなければ周りの男たちから嫌というほど写真やらメッセージやらを送りつけられるだろう。若者は出会いを求めているのだ。去年、サウジのテレビ番組で特別な 「電子ベルト」 についてレポートしていた。これにはブルートゥース機能がついていて、腰につけたベルトから自分の電話番号やメールアドレスを相手に送信できるのだが、最近はこんなものを買う若者が出てきたのだそうだ。

サラとシャデンは、彼女たちの学校にも "仲が良すぎる子" がいることを知っている。彼女たちはきっと疑似恋愛をしているに違いないが、トーブを着たり同性愛を楽しんだりすることも、結局はゲームなのだ。誰かとの結婚を親に告げられた瞬間、そのゲームは必ず終わりを迎える。だからこそ彼女たちは友達同士で、男からナンバリングで追いかけ回されたことを大げさに騒ぎ立て、それでいて実際に男の子と連絡を始めた子など見たことも聞いたこともないという、いつもの堂々巡りの話に花を咲かせるのだ。

「もしあなたが男性とチャットしているところを家族に見つかったら、それは電話で直接話すよりは罪が軽いと思う」 サラは説明を始めた。「電話はさすがにダメよ、みんな言ってる。イスラムでは知らない男性に自分の声を聞かせちゃダメなの。チャットだったらテキストを見られるだけでしょ」

「もし家族に話をするのが恥ずかしいと思うことだったら、それはやっぱりいけないことだと自分でわかっているからだと思う」 サラは続けて言った。「しばらくフェイスブックをやっていたんだけど、何人か男性が登録してきたの。自分からメールを送ったことはないけれど、友達になってくれと言われたからそういうふりをしていたわ。でもしばらくして家族のことを考えたら後ろめたくなったの。結局彼らはリストから削除してしまった」

サラとシャデンは二人とも、宗教警察はサウジ社会を守る上で大切な役割を担っていると、尊敬の眼差しさえ浮かべ答えた。シャデンは付け加えて、敬虔なムルタズィムになった兄弟のことを少し自慢げに語った。彼女の家族はこれをきっかけに一層敬虔な信徒になったのだと言う。「彼が9年生 (15才) の時にムルタズィムになったことを神に感謝します」 再びシャデンは優しく言った。

「彼がひげを伸ばし始めた頃を思い出すわ。最初はまだ全然まばらでおかしかった。トーブも丈が短いのを着るようになった」 サウジアラビアの男性は、自分がより敬虔である証としてひげを伸ばしっぱなしにし、足首よりも丈の短いトーブを着る。預言者ムハンマドの出で立ちに習ってのことだ。

「何かあった時はいつも彼に話をしていた。彼はそんなに厳しすぎる方ではなかったし。時々は音楽も聞いていたのよ。で、一度聞いたことがあるの。あなたは正しいことをする人なんでしょ、なんで音楽を聴いているの? って」 彼女の兄弟はこう答えたそうだ。「音楽がハラーム (禁忌) だってことは知ってる。そのうち聞かなくなると思ってるよ、インシャーアッラー (もし神がそう望めば)」 シャデンはすかさずこう言った。「夫になる人があなたみたいだといいな」

シャデンはリヤド郊外にある高い塀に囲まれた大きな家に住んでいる。同じ塀に囲まれた敷地の中には父親の兄弟の家族が家を建て住んでいて、庭とプールは2軒でシェアしている。シャデンは従兄弟たちと一緒に育ったと言っても良い。夏は同じプールで泳いだし、二家族で旅行に出かけることもしばしばあった。現在、シャデンは17才になった。サウジアラビアではもう大人の女性であり、これからは女性の世界にこもらなければならない。その現実が、彼女には時々ひどく寂しい。

「9年生か10年生 (15、16才) までは、庭に絨毯を敷いて従兄弟たちと一緒にホットミルクを飲んだりしていたのに」 彼女は家に招待した何人かの女友達に自分で作った特製ディップをすすめながら話しを始めた。「母親たちがよく思っていなかったのね。それがわかってからはもう集まるのを止めたわ。今でも時々従兄弟とメールをしたり電話で話すけれど、顔を見せたことはその時以来ないな」

「私はよく妹と一緒になって母親に聞くの。なんで従兄弟たちの乳母にならなかったのかって」 彼女によれば、同じ母の乳を飲んで育った子どもは兄弟姉妹と同じであるという。これはアラビア半島に伝わる昔からの習慣であり、今なおそう考える人は多い。シャデンが従兄弟たちとそういう関係であったら、彼らの前で顔を隠す必要もなかったのだ。ただし、いわゆる乳兄弟とは結婚はできないことになっている。

シャデンはキーラ・ナイトレイ主演の映画 「プライドと偏見」 のコピーDVDを示しながら言った。「この映画の舞台は今の私たちの社会に似ている。尊厳があるけれど、少し厳しすぎる。この映画を観るとサウジアラビアを思い出さない?。私は一番好きな映画なんだ」 シャデンは深い溜息をついた。「最後にダーシーがエリザベスの所に来て言うの、"I love you"って。それが私の理想」 (終わり)

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2008年12月30日 (火)

サウジアラビア恋愛事情/男の場合 (ニューヨークタイムズの記事より)

ナデルは肩をふるわせ拳を握りしめると、「若者の使命を果たそう」 とつぶやいてから、患者もまばらな歯科クリニックのロビーに入っていった。受け付けの女性から電話番号を聞き出すためである。

女性に電話番号を聞くことはどんな国であれ若者にとって大きな関心事である。しかし宗教上の理由からあらゆる場面で男女が厳重に分離されているサウジアラビアでは、男性が親族以外の女性に話しかけることは即逮捕されることを意味し、場合によっては鞭打ちを科されたりもする。

そんなサウジのルールよりもっとナデルが恐れているのは、従兄弟のエナドにこの行為が見つかることである。ナデルはエナドの17才になる妹のサラと婚約しているのだ。ナデルは 「エナドには絶対に言わないでください。彼に殺されてしまう」 と言った。

ナデルがクリニックに入った時、すでに太陽は傾いていた。中に入ると、ナデルの決心は急速にしぼんでいった。肩を落とし、震える声でつぶやいた。「今日は日が悪い、帰ろう」

一瞬きらめいた彼の反逆心は、あっという間に消えてなくなった。西側諸国では、大体において青春とは権威に反抗する時期である。しかしこれまでサウジアラビアで行った数十人の男女に対するインタビューを通じてわかったことは、イスラム世界で最も保守的なこの国に住む若者たちが、イスラムの教義と慣習を完全に受け入れていることだった。

おそらく若者たちは保守的な社会ルールに苛立っているだろうし、時にルールを破ろうとするに違いないが、その壁は彼らの前にあまりにも厚く立ちはだかっている。そうこうするうちに、今度は誰もが自分の子どもに対して同じようにルールを受け入れるよう伝えていくのだ。

サウジ人が個々に家庭のレベルで次世代に伝えようとしているイスラム復古主義は、昨今のオイルマネーの世界的な広がりとともに海を渡ろうとしている。ムスリム (イスラム教徒) が本来どのように信仰とともに生きていくべきかを、各国のムスリムたちに示しているのだ。

ナデルやエナドもそうだが、サウジアラビアの若者は、男性は家族の名誉を守らなければならないと厳しく教えられている。特に女性が不謹慎な行為をして家族の名誉を傷つけることは絶対に避けなければならない。これは遊牧民の伝統がイスラムの信仰と結びついた典型的な例とも言える。

最も重要なアラブの伝統は 「名誉」 であるとエナドは言う。「もし妹が町に出かけひどい暴言をあびても、彼女は自分を守れないでしょう。男性は本質的に女性よりも頭がいいものです。二言三言話せば、その男性が何を目当てに女性に話しかけているかがわかります。常に女性は保護者である男性と一緒にいなければならないんです。例えば私が誰かに声をかけた時にもしも女性が答えを返してきてしまったら、私は謝らなければなりません。これは重大な問題であり背徳行為だからです」

エナドはいたずら好きで激しい気性を持つ20才の警察官である。ナデルは22才。穏和な話し方でいつも笑みを絶やさず、人を引っ張るよりはついていくタイプ。この二人は従兄弟以上の関係と言える。子どもの頃から一緒に遊び、どんな秘密も打ち明けられる親友になった。親類縁者が多く一族の絆が強いサウジアラビアでは、こういった関係性は珍しいものではない。

彼らはごく平均的な若者である。中流家庭に生まれ、信仰心も普通に持ち合わせている。ただし、彼らの住む町はサウジアラビア保守層の拠り所である首都リヤド。オイルマネーで潤う整然とした500万都市には、オーバーサイズの四輪駆動車が道にあふれているが、若者に対するエンターテイメントの場所は極めて限られている。映画館は1軒もなく、いくつか運動施設があるだけである。もし男性が結婚していないのであれば、女性が買い物を楽しむショッピングモールにも行くことはできない。

ナデルはホテルの喫茶店のソファーに深く身を沈めた。オレンジジュースをちびちびすすりながら、携帯電話に目をやった。もしサウジの若者にひとつだけ自己主張のためのアクセサリーがあるとしたら、それは携帯電話である。ナデルの携帯はインターネットからダウンロードしたきれいな女性シンガーや女優の写真で一杯である。着メロはアラビア語のラブソング。「自分はロマンチックなんです。アクションよりはロマンチックな映画が好きで、一番好きなのはタイタニックかな。やっぱりロマンス、ラブなんです」 ナデルは少し照れながら言った。

それから3日後、ナデルとエナドは近所のレストランで一緒に食事をとっていた。ナイフとフォークを使っていたため、普段のように右手を使って食べるのと違って少し集中力が必要だった。突然、二人は食事の手を止めた。女性が一人でレストランに入ってきたのだ。彼女はアバーヤ (黒い外套) とヴェールで完全に身を包み隠していた。

「あのバットマンを見ろよ」 ナデルはニヤニヤしながらあざけるように言った。エナドは席に着こうとした彼女に向かって、火のついたタバコを彼女に投げつけるふりをした。突然の女性の出現は、二人のぎらついた若者を苛立たせた。

「彼女、一人だぜ。男がついていない」 エナドは言った。なぜ彼らが苛ついているかというと、彼女自身の不謹慎な行為はもちろん、本来彼女についていなければならない男性の保護者が誰もいないからだった。

ようやく一人の男性 (おそらく夫) がやって来て彼女のテーブルに腰を下ろすと、彼女は顔のヴェールをはずした。それはますますナデルとエナドの心に火をつけることになり、二人はカップルに向かって挑戦的なハンドゼスチャーや小言を繰り返した。そしてそれはカップルが席を変えるまで続けられたのだった。

移った先のテーブルで女性はヴェールをかぶり直し、食事を口に運ぶ時はいちいち煩わしそうにヴェールをたくし上げていた。「神に感謝します。我々の女性は守られました」 エナドは天に向かってつぶやいた。

ナデルとエナドは1日5回礼拝をする。何をしている時でも、礼拝の時間になればその近くにあるモスクに向かう。サウジアラビアでは礼拝は義務であり、礼拝中は店舗も商売を中断しドアを閉めるよう宗教警察が見張っているが、ナデルとエナドにとって礼拝とは、コーヒーを飲みに行くくらい簡単で当たり前のことである。

二人にとって礼拝は同じように欠くことのできないものであるが、信仰については考え方の違いもある。エナドは、ジハード (聖戦) は他に手段がある場合にはそれほど良いやり方ではないが、イラクやアフガニスタンなど実際に戦闘が行われている一部の地域では妥当な手段であると考えている。ジハードは犯罪ではなく、ムスリムに科された当然の行いであると、普段の会話でもよく話している。

「もし誰かが家に入ってきたら、あなたは突っ立ったままか、それとも戦うか」 エナドは片膝に手を乗せそう言うと続けて、「アラブ、あるいはムスリムの土地は、ひとつの家のようなものだ」 と言った。彼は戦いに行くのだろうか。「ただしジハードには親の承諾が必要だと思う」 エナドは最後にそう付け加えた。

ナデルは、「その質問は聞かないでください、政府が怖いから」 と言った。彼が言うのも道理である。それほどジハードという原理主義的な考えは国民の心に深く埋め込まれている。狂信的な人間と衝突したくないという気持ちの現れだろう。警察官のエナドに対し、実はナデルも軍事施設の事務官なのである。

二人とも月給は4000リヤル (11万円) くらい。親元を離れ独立して生活するには足りない額だ。ただし、彼らの両親は子どもが結婚して新居を構えることには惜しみない援助を与えるだろう。子どもに高等教育を続けさせるよりも、金銭的援助を与えさっさと結婚してもらうことの方が、親にとっては大事な努めだと考えられている。

サウジ人の若者は口ひげやあごひげをたくわえている。そしてほとんどの時間は伝統的なトーブという衣装を身にまとって過ごしている。ナデルはいつも白くて足首まで隠れるトーブを着ているが、エナドはベージュが好きだと言う。

それが週末になると、彼らは派手な色のジャージにティーシャツ、ベルクロがいっぱいついたスニーカーという今どきな出で立ちに変身する。ただし、洋服を着た彼らは小柄でぽっちゃり体型が目立ってしまう。「運動しないから」 ナデルは短く答えた。

エナドは両親の家で8人の兄弟と一緒に住んでいる。第二夫人も一緒だ。アパートには家具が少なく壁には何もかかっていない。兄弟はリビングに集まり、床に敷いたカーペットの上に寝そべってテレビを見ている。母親と姉妹は閉じられたドアの向こうにある同じような部屋で過ごしている。

この家はエナドと従兄弟たちにとって安らぎの場所である。しょっちゅう集まっては一緒にテレビを見て過ごしている。タバコをくゆらせながらアラビックコーヒーや紅茶をすすり、アラビア語の字幕がついたオフラ・ウインフリーショーなんかを見ている。

ナデルとエナドはいつも一緒にいたが、ナデルがサラと婚約してからその関係が微妙に変化した。エナドの父親はナデルに、4人の娘から結婚相手を選ぶことを許した。ナデルはサラを選んだ。彼女は長女ではなかったけれど、子どもの頃に見たその顔が可愛かったと記憶していたからだ。

彼らはすぐに結婚の契約書にサインした。二人は法的に夫婦となったが、伝統的な習慣から、来春行われる結婚式の日までは別々に暮らしている (この記事の時点で1年後)。この期間、二人は互いに顔を見ることはできないし、一緒に過ごすこともできない。

ナデルは、花嫁の顔を初めて見るのは結婚式の後、夫婦の記念写真を撮る時になるだろうと言った。その結婚式も、サウジアラビアでは男女別々なのだが…。「花嫁のルックスが知りたかったら、兄弟の顔を見ろ」 という諺があるらしい。子どもの頃の記憶を頼りに花嫁を選んだナデルは、いずれにしろ伝統を守る気でいる。こんな時の彼は 「ロマンチック・ナデル」 ではなく 「トラディショナル・ナデル」 だ。

ナデルの携帯が鳴った。メール受信のマークだ。彼は顔を赤らめて少し舌を突き出すと、隠すようにしてメールを読んだ。送り主は "My Love"。実はナデルはサラとメールのやりとりをしている。サラから着信があると携帯に "My Love" の文字がハートマークとともに点滅するようになっている。

これは珍しいケースである。これもエナドのおかげなのだ。ナデルが彼女のために買った携帯電話を、エナドが親に内緒でそっとサラに渡してくれた。こういった未婚の男女のやりとりは本来タブーであり、親にばれたら両家の関係に亀裂が入ってもおかしくないほどの大問題である。

二人のコミュニケーションは秘密のやりとりだ。そしてエナドは秘密を守ってくれている。しかしナデルは、将来の彼との関係をどうしようかと秘かに悩んでいる。一人の男として、家庭を守る者として、年下のエナドに対する自分の立場をはっきりさせなければならないだろう。

エナドがナデルに冗談を飛ばす。「何年かしたら妹はひげ面の男と一緒にキッチンに立っているかもな」。「そんなことないさ」 ナデルは反論した。「俺だって男だから」

他にも問題が出ている。新婚旅行だ。ナデルはサラを連れてマレーシアに行くつもりだが、エナドも一緒に行くと言い張っている。「だって貸しがあるだろ、連れてってくれなきゃ」。そういうエナドはどこかいたずらっぽいのだが、ナデルは彼の本心をはかりかねている。「エナドは冗談がきついんです。もちろん彼は来ないと思いますよ。どう考えたってダメでしょう」。後でこっそりナデルが言ってきた。

ナデルはリヤド育ちだが、エナドは14才まで田舎に住んでいた。リヤドから西に560km離れたナジュフ村で過ごした祖父との生活は、彼の性格に強い影響を及ぼしている。この村は、エナドにとって今でも一番安らぐ場所である。久しぶりにここを訪れた。

祖父の家は荒れた土地にぽつんと建っている。一番近い隣家でも6km以上離れている。コンクリート造りの平屋で、寒い冬の間は暖炉で火をたく。家の中はガランとしていて、いくつかのクッションと礼拝用の小さなカーペットが床に置かれているだけ。この家に来ると、みんなゴミなど窓の外にポンと投げ捨ててしまう。家の周りのことは住み込みのインド人のボーイがすべてやってくれるのだ。

エナドは祖父が一緒の時はタバコを吸わない。父親の前でもそうだ。従兄弟の一人がまた別の従姉妹のアルアティのことを話し出すと、エナドはだまってしまう。22才の彼女はエナドに興味津々だと言うのだが、これは別の従兄弟であるライドがアルアティに結婚を申し込んで断られたという話から伝わってきたことだ。

男女の色恋沙汰は様々な問題を引きおこし (男らしさとは、愛とは、家族の関係とは…)、風のように噂は広まり、そして今エナドが当事者としてそこにいる。アルアティはまず妹に、エナドに対する好意を話した。そして妹が何人もいる従姉妹たちにこの話を伝えると、噂はたちまち従兄弟たちの間を駆けめぐり、ついにこの噂はエナドの耳に届いたのだった。「男性に対する好意をおおっぴらに話すことは禁じられています」 アルアティの言葉である。

エナドはアルアティのことを聞かれてもポーカーフェイスをくずさなかったが、内心嬉しくてしょうがなかった。なんとかアルアティと連絡を取りたいと考え、ある時彼の家を訪れた親戚の女性にそのことを頼むと、しばらくして彼女から好意的なメッセージが届いた。エナドは自らの信条として、男は女性の好意を裏切ってはいけないと考えていた。

ひとつ問題があった。従兄弟のライドである。なぜ彼女がライドの求婚を断ったのか。それよりも本当に彼女は断ったのか。エナドは彼女の兄弟に頼み込んで、ライド本人からその点を確認することができた。「こういうことは秘かにやった方がいい」 エナドは小声で話した。「恋愛は危険なもの。自らの評判を傷つけてしまうこともあるから」 アルアティは妹を横にしてこう言った。

この時エナドが村に滞在したのはわずか2日間だけだった。アルアティのことが気になって、リヤドに戻った彼はちょっとした興奮と胸苦しさに襲われていた。その週の終わりに、エナドはナデルと一緒にリヤド郊外の砂漠に出かけた。宗教警察も煩わしい隣人もいない、自由な空間だ。若者は砂丘でジープを駆り、大いに羽を伸ばす。二人は砂の上に敷いた毛布に寝転がった。

ナデルが口を開いた。「俺、ロマンチストなんだ。でも、ロマンスがないんだよ」

ナデルが言いたいことはつまり、サウジアラビアには若い未婚の男女の出会いがまったくないということである。もちろん、こっそりと若者がデートする話や恋に落ちる話はたくさん聞く。でも誰もそれを親に打ち明けることができないのだ。二人がどうやって知り合ったのかはファミリーの名誉にかかわる極めて重要な問題であるが、そもそもここサウジアラビアでは男女が知り合えるわけがないのである。一組の若いカップルがいる。彼らは2年間秘かにデートを重ね、本気で結婚を考えた末、仲介する人間を雇い二人が知り合った嘘の理由を整えてから親に報告し結婚の承諾をとったそうだ。

ナデルの気持ちはエナドには理解できない。「ロマンスがないだって?。そんなことあるものか」 エナドは少し怒ったように目をつり上げて話す。「結婚して、妻にロマンチストであればいいんだよ。それとも道ばたに立っている女とのロマンスを求めてるのか?」

この言葉にナデルはあわてて 「違う違う、そういうことじゃなくて…」 そう言いかけるとエナドは、「俺を納得させてみろ、そうすればお前が正しいんだろう」 と再び語気を荒げナデルにつかみかかった。「単にロマンスがないって言っただけだよ」 ナデルはエナドの手を払うように言った。

エナドは興奮して従兄弟につかみかかったままだった。エナドの荒々しい息の下でナデルはこう言うしかなかった。「エナドはなんでも知っている」 その言葉を聞くと、エナドは落ち着きを取り戻した。「よし、ロマンスはあるんだ」 そう吐き捨てると、ばつが悪そうな顔をしながらその場を離れていった。 (終わり)

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2008年12月29日 (月)

サウジアラビア-石油王国の素顔

これまでも噂には聞いていたのですが、表題にあるドキュメンタリー番組をようやくニコニコ動画で見つけました。ギリシャのテレビ局が2006年に制作したもので、2007年にNHK-BSで紹介されたようです。サウジアラビアで生活した人なら、「よくぞここまで」 と誰もが感心するほど突っ込んだ取材をしています。時間は50分とかなりの長編ですが、必見です。なお、ニコニコ動画を視聴するためにはアカウントが必要です (登録無料)。

*NHKの番組説明
*ニコニコ動画リンク

【番組の流れ】
①プロローグ
マジュリス (国民の国王への直接の陳情の場)。対話はサウジアラビア人の基本姿勢。建国の略史。近代化を望むリベラル派と改革に反対する保守派の対立。

②今どきの若者
サウジアラビアは20世紀に最も発展した国のひとつ。週末の夜、若者は女性との出会いを求めて町に繰り出す。車の窓に携帯電話の番号を大きく張り出す。万が一コンタクトをとれてもデートは御法度。宗教警察に見つかれば即逮捕、鞭打ち。失業率20%。外国人労働者550万人。労働力のサウダイゼーション (サウジ人化) を進めたい政府。仕事を嫌う若者。サウジ人スタッフだけのカフェを紹介。娯楽がない。衛星放送は秘かな楽しみ。ビルのオーナーに内緒で衛星アンテナを設置する人が多い。

③サウド家と保守派
アブドルアジズ (後の初代国王) は復古主義的イスラム改革運動を進めるワッハーブ派の民兵 (イフワーン) の力を借りてアラビア半島内で勢力を延ばす。両者に益。1932年、サウジアラビア王国 (サウド家のアラビア王国という意味) 建国。サウド家が王家たる根拠はワッハーブ派のお墨付きがあってこそ。当初から政治と宗教を分離させることは不可能だった。今でも政策決定には宗教界の同意が必要。石油が出て以降、近代化を進め国を富ませたいサウド家に対し、欧米の石油メジャー (=異教徒) との接触を快く思わない保守派との対立が浮き彫りに。1979年、急進派 (イフワーン) の反乱。18日間にわたるモスク占拠事件。逮捕されたイフワーンは処刑。サウド家の腐敗が保守派から糾弾され、サウド家は保守派に対するアピールとして宗教的締め付けを強める。結果、女性の自由が奪われた。

④女性と人権
湾岸危機の最中、リヤド市内で車を運転した女性グループメンバーへのインタビュー。女性たちはほどなく逮捕されるがすぐに釈放。一時は職を失うが国王に嘆願し職場に復帰。コーランに女性が車を運転してはいけないとは書かれていない。当時は車など存在しなかったから。当時の女性はラクダに乗っていた。女性が運転しないのは習慣であって教義ではない。他国のイスラム教徒の女性は運転している。女性は教育やビジネスなどあらゆる場で差別を受けている。法律上も男性がいなければ何もできない半人前。麻薬なども含めてすべて自由な国などない。自由には制限があるもの。改革を求め国王に書簡を送った作家グループが逮捕される事件があった。

⑤大富豪アルワリード王子
サウジ人初の女性パイロットの雇用主は世界第4位の大富豪、アルワリード王子。リヤドのキングダムタワーのオーナー。タワー内にあるオフィスでは直属の部下のうち半分は女性。もちろんアバーヤ (黒い外套) など着ていない。アルワリード王子は砂漠の「基地」で数百人から陳情を受け付ける。お金の無心や結婚の後押しなど。金持ちは責任を果たさなければならない。

⑥首切り広場
ジェッダの首切り広場。今でも金曜日に公開処刑を行う。麻薬の売人、婦女暴行犯、殺人犯は死刑。誤って人を殺した場合、遺族が広場に呼ばれ処刑の直前まで犯人を許すかどうか問われる。許した場合、広場は歓喜に包まれる。斬首の場面。

⑦オサマ・ビンラディン
幼なじみが語るオサマのイメージ。子どもの頃はケンカの仲裁などしていた。指導者的な才能。ソ連のアフガン侵攻前から来るべき日に備え射撃練習などしていた。1979年、アフガンでジハード (聖戦) に参加。そこから性格が攻撃的になった。湾岸危機で米軍のサウジ駐留を目の当たりにし、オサマは別人のようになった。聖地から異教徒を放逐しサウド王家を転覆することを誓う。オサマに共感する若者も少なくない。アルカイダメンバーの父親へのインタビュー。9.11でアルカイダはサウド家とサウジアラビアの名声を傷つけた。

⑧エピローグ
現在のサウジアラビアは本来のイスラムの姿からはずれている。教育が二の次になっており若者は働きもせず堕落。傲慢にイスラムを押しつけるやり方は国民の反発を招き、サウド家はリベラル派への締め付けを緩めた。人はそれぞれの信条がある。近代化・西洋化に反対する人も多いが、一部の保守派が考え方を押しつけてはいけない。政治と宗教は分離されなければならない。

………本当によくぞここまで。ギリシャのテレビクルーに拍手。それにしても、リベラルに移行したくてもそれができないサウド家のジレンマがよく見て取れました。国民あっての国家ですが、今のところ、国民にしわ寄せが行ってるのかなぁ。

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2008年12月28日 (日)

マンボウ

この前地元の回転寿司屋に行った時のこと、「マンボウが入りました、珍しいですよ!」 という威勢のいい声につられ、マンボウの握りをひと皿取ることにしました。見た目は杏仁豆腐のような白濁してツルツルした白身。箸でつまむとプルプルと震えます。醤油の小皿にちょこんとつけてからパクリと口に運ぶと、「ん?」 というちょっとした違和感が。ひと言で言うと、味がない。そしてやたらとブヨブヨグチャグチャしていて歯ごたえもなんだか魚とは言い難い食感でした。噛んでも噛んでも旨味が感じられず、水っぽい汁があふれるばかり。

「こ、これは、マズイ…」。いい感じの見た目に反してあまりの味気なさにしばらく目が点になってしまいました。最後はお茶でごくりと飲み干したくらいです。なんでしょう、この感じ。曲がりなりにも寿司ネタにしているわけですから、万人ウケはせずともそれなりの味わいがあって当然と思うのですが、そもそも味がありません。良くいえば淡泊でクセがないので、たとえば醤油をたっぷりつければおいしいかもなどと思ったりもしますが、噛んでいて楽しい食感ではないし何しろ水っぽいので、寿司ネタとしてはなんとも残念な結果でした。確かに、お店の人も 「珍しい」 とは言っても 「おいしい」 とは言ってませんでしたけど…。

ここで、「マンボウ ハ マズイ」 と機械的にインプットすることもできたのですが、しばらくして今度はマンボウの唐揚げが回ってきた時、迷いに迷ってもうひと皿マンボウと相まみえることを決心しました。「もしかしたら」 という一縷の望みです。そして、これが近年まれに見る大ヒットと相成りました。あのプルプルで頼りない白身が、火を通した途端、極上の一品に大化けです。極めて柔らかい鶏の唐揚げといった感じのシコシコの食感。ジュワーッとあふれる肉汁。余分な水分が落ちて旨味がギューッと凝縮されています。でもトータルではあっさりテイスト、とても上品な味でした。

魚の揚げ物はこれまでフグの唐揚げが一番おいしいと思っていましたが、マンボウの前ではその地位も危うくなりました。それほどマンボウの唐揚げはおいしいと思います。イギリスのプリマスで食べたフィッシュ&チップスもなかなかでしたが、ボリュームがありすぎて最後の方は飽きてしまいました。もし魚の揚げ物の 「匂い&ひと口選手権」 があれば、コッドフィッシュ (タラ) にたっぷり衣をつけて揚げたフィッシュ&チップスは強力なライバルになるでしょう (ロンドンのは全然おいしくなかったですけど)。アナゴの天ぷらも好きですが、匂いの惹きはあまり強くないかな。

ちょっと思い出しましたが、シーフード料理が壊滅状態の内陸国エチオピアにあって、アジスアベバのデサレンホテルだけは妙においしいフィッシュ&チップスを出していました。あれは本当においしかった。エチオピアで魚といえば普通はテラピアしかないので、タラ (冷凍物) を使っていたデサレンホテルは際だっていました。そう言えば何人かでエチオピア国内出張をした時、あるホテルのレストランで 「えっ、テラピアじゃなくてナイルパーチがあるの?。ラッキー!」 と嬉しそうに注文していた人がいました。エチオピアで魚を味わおうとは思っていなかったので、このひと言には目から鱗でした。

…話がそれました。年を重ねてそれなりにおいしいものを食べるようになると、食に関しては年々感動が薄れていくわけですが、マンボウの唐揚げは久しぶりの衝撃でした。握りの方も別の意味で衝撃的でしたが。でも、結局その日一番おいしかったのは生サンマの握り (130円) だったりするんですけどね。なんて安上がり。

写真は別の日に撮った釜揚げシラスの軍艦。大盛りすぎて笑ってしまいました。やっぱり清水はお寿司がおいしいなぁ。

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2008年12月27日 (土)

死海を守れ (Red to Dead Project)

海抜マイナス400メートルという世界で最も低地にある湖、死海。この50年間の農地・宅地開発によって死海に注ぎ込むヨルダン川など周辺河川の水量が著しく減っており、100年前にくらべて水位は25メートル低下、現在は年間80センチから1メートルもの水位低下に見舞われています。そのため、紅海 (Red Sea) から運河をつくり1日500万トンの水を死海 (Dead Sea) に注入する大プロジェクトが計画されています。計画はイスラエル、ヨルダン、パレスチナの三者で合意されており、各国の企業や調査機関によりすでに関連調査が開始されています。見込みでは、180キロに及ぶ運河の建設費用は50億ドルに上るのだとか。

運河が完成すれば死海の水位低下は阻止され、死海経済圏の保護は約束されます。しかし、環境に対するネガティブな影響が無視されていると訴える学者も後を絶ちません。運河は地震が観測されるシリア~アフリカ地溝帯に位置するアラバ渓谷を通る予定ですが、膨大な海水が地下に染みこみ、真水の帯水層を浸食する可能性が指摘されています。この渓谷にはイスラエル側にもヨルダン側にも集落がありますが、彼らは飲料水や農業用水などをすべて地下水に依存しています。運河の海水の地中への染みこみを100%防ぐことは不可能であり、アラバ渓谷以外にも各地の帯水層に与える影響が懸念されています。

また、これまでアカバ湾が紅海の北の端、どん詰まりだったわけですが (シナイ半島の西側にはスエズ運河がありますが)、ここに運河をつくることにより潮汐や生態系にどのような影響が出るかはまったくの未知数です。さらに、これまで真水しか注がれていなかった死海に大量の海水を入れることは、死海の水の化学組成を変えてしまうことになります。他にも、水位が予想以上に上がってしまうこともあり得ます (蒸発量と注入量の計算ミス)。そうなると、現在死海の波打ち際につくられているホテルや工場はどうなってしまうのでしょう。

これらの問題を懸念する専門家は、むしろイスラエル、シリア、ヨルダン政府が、ヨルダン川とヤルムーク川の死海への流入量確保について平和的に合意すべきであると主張しています。水位の復活まで数百年を要するでしょうが、これが最も環境に影響を与えない唯一の方法です。

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2008年12月26日 (金)

白×赤=クリスマス?

リヤドの道路はたいがい設計が悪くて事故を誘発するような場所が多いのですが、写真の交差点も角に大学があって朝晩よく混むわりに、未だに信号機もなく無法地帯といった感じです。ここは自宅からすぐ近くにあって、朝晩の通勤ではいつもひやひやしながら通っています。

朝は本道①Aから本道③に左折するのですが、側道②から側道①に無理矢理Uターンする車が多いため、本道②Aの直進車が止められて毎朝ほぼノンストップで左折できます。西側の道路がもう1年以上も工事中のままで、側道①が本来の進行方向だけでなく逆走が当たり前になっており、側道①からの車が本道②Bや本道③にも行くため、余計に本道②Aの車は立ち往生してしまうわけです。この交差点は直進より曲がる車の方が多いことが、事故多発の原因でしょう。

つい昨日も仕事帰りに、本道②Aから直進してきた車が本道④からの左折車と衝突していて、若者が白いトーブ (サウジの民族服) を真っ赤な血で染めていました (大破した車から出され道ばたでうずくまっていた)。クリスマスだし夕飯に何かおいしい料理でも食べに行こうかなと思っていたのですが、ちょっと気分が萎えてしまいました。白と赤のクリスマスカラーとはいっても、雪とサンタならぬトーブと鮮血ですからね。(←不謹慎。でも明らかに若者の無謀運転が原因なのであまり同情はしない)

ということで、クリスマスの夜はYouTubeでフェイルーズのクリスマスソングを聴きながら家で過ごしました。

*Lailat Eid (ジングルベル)
*Sawt El-Eid (清しこの夜)

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2008年12月25日 (木)

長ッ!!

タラーティーン通りのトルコレストラン Assaraya。ホモス、ムタッバル、ババガンヌーグなど前菜から、ラムチョップやシシコフタなどメインディッシュまで何を食べてもおいしいですが、実は一番おいしいのはパンだったりします。焼きたて熱々のパンは本当に感動するくらいおいしいです。昨日、珍しく大人数で行ったところ、驚くほど長~いパンが出てきました。1.5メートルくらいあったかな。店員の洒落っ気が最高。どんな釜で焼いてるんだろう。

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女性には辛い社会

サウジアラビア勧善懲悪委員会 (宗教警察) はこのほど、ランジェリーショップにおける女性の就業を禁止しているわけではないと釈明しました。2005年に労働省が女性の雇用促進のため同様の店舗で女性が就業することを承認したにもかかわらず、ほとんど状況は改善されていませんでしたが、宗教警察に言わせると、ショッピングモールの女性専用フロアであればかまわないのだそうです。キングダムタワーのモールなどがそれに該当しますが、事実上、ほとんど禁止と同義語になっています。

頭のてっぺんからつま先までアバーヤに身をつつんで体のラインを出さない女性に対し、男性店員が適確なサイズの下着を販売することが可能だとはとても思えません。女性もサイズを伝えるのは恥ずかしいでしょうし (店員はほぼ外国人ですが)。なんだか国をあげてセクハラしているような気が…。世の中にはサウジ人男性と結婚を考えている日本人女性もいるでしょうが、実際のところこちらの生活は相当ストレスがたまると思います。

以下のリンクは、JETRO (日本貿易振興機構) がオンライン放送しているサウジアラビア経済に関するショートフィルムです。リヤドのショッピングセンターの様子も一瞬出てくるので、興味のある方はどうぞ (たぶん期間限定)。

http://www.jetro.go.jp/tv/internet/

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2008年12月24日 (水)

エチオピアのクリスマス (ゲンナ)

クリスマスの飾り付けやカードの販売すら禁止されているサウジアラビアではまったくクリスマスネタがないので、エチオピアのクリスマスカードをご覧下さい。といっても、エチオピアの場合1月7日なんですけどね、クリスマスが。
(→参考:エチオピア文化情報)

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サウジで映画館解禁か

世界的な大富豪、アルワリード王子が今月初め、ジェッダで一般向けにコメディー映画を上映しました。公共の場での映画上映が禁止され、国内に映画館が1軒もないサウジアラビアでは画期的な 「事件」 です。おそらく当局に対して相当根回しをしたのでしょう。当初は宗教界のお偉方も 「映画は邪悪である」 と厳しいコメントを発していましたが、国民の声に配慮したのか、ここ数日は 「すべての映画が悪いわけではない」 とかなり軟化した態度を見せています。そのため、サウジアラビアで30年ぶりに映画館が解禁されるのではないかと、欧米のメディアは軒並みこのニュースを報道しています。

ちなみに、サウジアラビアではレンタルビデオ店が繁盛し、衛星放送で外国映画は普通に見られますから、今さら映画館を禁止する意味はないのかもしれません。どちらかというと 「集会の禁止」 に抵触するのかな。

ついでにもうひとつ、最近欧米のメディアが騒いでいるサウジのニュースを。

■8歳の女の子と58歳の男との離婚を裁判所が棄却
サウジアラビアで8歳の女の子が父親によって58歳の男と結婚させられ、女の子の母親が裁判所に結婚の破棄を申し立てていた事件で、裁判所は 「母親に起訴する権利はなく、女の子が自分で訴えられる年齢になるまで待たねばならない」 と母親の訴えを棄却したそうです。58歳の男性は口頭で 「少女が18歳になる10年後までは、結婚を保留する」 と言っており、女の子は今は母親と一緒に住んでいるとのこと。父親は金に困っており、約60万円の持参金を条件に娘を男と結婚させたそうで、結婚させる意思に変わりはないと法廷で述べているそうです。

欧米人が抱くサウジアラビア人のイメージって、ずいぶんひどいでしょうね。まぁ、そう思われても仕方ないかなぁ。

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2008年12月23日 (火)

女性は男性二人分

サウジアラビア労働省はこのほど、女性の雇用機会をより多く創出するための、特別な措置を発表しました。国内の民間企業に対する通達で、サウジ女性を雇用した場合、サウジ男性二人分に相当するというものです。

サウジアラビアは、公務員をのぞく国内の主要な労働力を、かなりの部分外国人労働者に依存しています (現在の人口比:サウジ1700万人/外国人650万人)。この状況は、大量に安い労働力 (即戦力) が必要だったオイルショックの頃 (1970年代) に始まり、今に至っています。外国人労働力はサウジアラビアという国の基盤を支える、なくてはならない存在なのですが、逆に自国人の労働意欲の低下と高い失業率を生みだしていることも事実です。

政府は、これら外国人労働力を自国人に置き換えるため、サウダイゼーション (サウジ人化) 政策を20年以上前から進めています (技術教育および職業訓練の拡充など)。にもかかわらず、教育など一部の分野をのぞけば置き換えは遅々として進んでいません。それもそのはず、民間企業にしてみたら、ずっと安い給料でもっと優秀な外国人が雇えるのにわざわざサウジ人を雇うメリットはないからです。
(→サウジの職種別労働人口.PDF)

そこで、サウダイゼーションのてこ入れとして、「社員の○○%はサウジ人でなければならない」 という規制が導入されました (職種によって割合は異なる)。外国人にくらべて給料が高く、そのわりに技術力も労働意欲も低いサウジ人を何人も雇わなくてはなりませんから、利潤と効率を追求する民間企業にとっては頭の痛い問題です。中には会社に来ても迷惑なだけというサウジ人もいるらしく、給料だけもらって出勤が強要されない幽霊社員がかなりいると聞きました。

ここであらためて今回の労働省の発表意図を考えてみます。 ①どうせ幽霊社員なら企業も負担が半分ですむ女性を積極的に雇うだろう (女性1人が男性2人にカウントできる)。 ②企業の負担を減らせばサウダイゼーションが一気に進むかもしれない (数字上は半分の人数で同じ割合が叩き出せる)。 ③世界最低レベルであるサウジ女性の社会進出率が向上して国際的イメージが良くなる。 ④女性の方が労働意欲が高いので経済の活性化が期待できる。 ⑤これにあせった男性が真面目に働くようになるかもしれない。

などなど、すべて勝手な想像ですが、なんだか良いことずくめのような気がします。この措置を考えた人は相当な策士なのかも。

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2008年12月22日 (月)

アラビックコーヒー (写真)

アラビックコーヒー (ガホワ) についてはこれまでブログに何度か書きましたが (その1その2)、写真を載せたことがありませんでした。今回のサウジ再赴任であらためてガホワの写真を撮ったのでアップします。ポットの中には刻まれたヘール (カルダモン) が見えますが、これがカップにこぼれ落ちないよう、ヤシの繊維を注ぎ口に詰めてあります。コーヒーも独特の色をしていますね。これはリヤドのダウンタウンにあるマスマク城の正面に店を構えるマクハー (喫茶店) のものです。

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2008年12月21日 (日)

電線だらけ

ジェッダ歴史地区はとにかく建物がゴチャゴチャと密集しています。おそらく改築を何度も重ね、電線と電話線を何度も引きなおした結果でしょう。写真のように線の束がむき出しで壁をつたっています。雨の日は大丈夫なのかなと心配になりますが、見ている分には攻殻機動隊に出てくる近未来のサイバー空間を想像させ、ちょっとだけワクワクしてきます。ま、自分で住むのはイヤですけどね。

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サンゴの家

ジェッダ旧市街は歴史地区として保存が行われています。アラベスクをかたどった木製のバルコニーが据え付けられた建物は異国情緒がただよい、見る者を当時にタイムスリップさせるような感覚を与えます。ただ、近年は建物の老朽化が進み、傾きかけたものもちらほら見かけます。ジェッダ市も建物倒壊の危険性を憂慮して、そんな建物の取り壊しを進めています。

ジェッダに残る古い建物は、ブロックがわりにサンゴを使用しているため強度が低い、あるいはコンクリートに砂利のかわりにサンゴを混ぜているため強度が低いと聞いたことがあります。写真のボロボロになった壁 (基礎) の中に、確かに貝殻が見て取れますから、この話は本当だったようです。サンゴでできた家なんてちょっとロマンチックな響きですが、塩分もあるでしょうし、建築資材としてはあまり適当ではなかったかもしれません。

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2008年12月20日 (土)

ヘンナ・カレンダー

以前紹介した The Henna Page というウェブサイトで、2009年のカレンダーがアップされていました。あいかわらずきれいです。

*カレンダーダウンロードのページ

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反骨のイラン人女性アーティスト

ファテメ・ゴシェ。1961年、イラン生まれ。世界にはまだまだこういう戦いをしている人がいるんですね。

*Saatchi Online
*Official Site

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2008年12月19日 (金)

実録:目には目を

■女性を酸で失明させた男に 「目には目を」 の刑罰-イラン

女性の顔に酸をかけて失明させた男に対し、テヘラン地方裁判所が被害者の訴えを認め、同じように酸をかけて失明させることを命じる判決を言い渡した被告人の男 (27) は2004年11月、仕事から帰宅途中の女性の後を付け、顔に酸をかけて失明させたとされる。公判で罪を認め、被害者の女性を愛しており、自分のことも愛して欲しかったと主張していた。

女性は何度も手術を受け、スペインでも治療を受けたが視力が回復する見込みはないという。男は公判で今でも女性と結婚したいと語ったが、女性はその申し出を拒絶。「目には目を」 のイスラム法に基づき、加害者に自分と同じ苦しみを与えて 「女性の顔に酸を投げつける権利などないことを分からせてほしい」 と求めた。

判決は裁判官3人の合議で女性の訴えを認め、被告人の顔に酸をかけて失明させたうえ、慰謝料を支払うよう命じる判決を言い渡した。被告人は裁判所の判断に不服があれば、控訴することができる。[CNN.co.jp 2008.12.18]

………こ、怖い。女性の気持ちはわかりますが…。

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香港B級グルメ②

香港の空港で思わぬ舌鼓を打ちました。

①豚モツ入りお粥、豚肉入りライスロール、豆乳のセット (珍満粥)
香港のお粥はおいしいですねぇ、本当に。しみじみとうまい。サウジを夜12時に出発して香港の空港に着くといつも時差ボケでフラフラですが、そんな時でも優しく胃に流れ込んでいきます。よく見れば安い材料ばかりですが、出来上がるのはこの上なく上品な料理。中華料理職人の魂を感じます。甘い醤油をつけてツルリといただくライスロールもおいしかった。

②水餃子入りラーメン、魚の皮のフライのセット (陳福記)
このラーメン、見た目はどんくさいですが、実は手延べ麺だったりして空港のレストランにしては本格的すぎる一品。しっかり最後の一滴までスープを飲み干しました。魚の皮がまたカリカリでおいしかった。どうしたらこんなにカリカリに揚げられるのか不思議。

香港B級グルメ万歳!

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香港B級グルメ①

尖沙咀、厚福街の「桂記」で「招牌雲呑麺」を食べました。ピンポン玉をふた回り大きくしたくらいの立派なエビ雲呑が4個も入っています。桂記の雲呑はこれまで香港で食べた中でもひときわ大きく、3回くらいに分けて食べないととても口に収まりきれません。プリプリの食感、口中にあふれるエビの旨味。なかなかの人気店と聞きましたがそれも納得です。しかしおいしいのは雲呑だけではありません。スープはコクがありながらもきれのある味わい、細麺は噛むとプチプチと小気味よく切れていく絶妙のゆで加減で、トータルバランスも申し分なし。これで19HK$ (250円) なんだから文句のつけようがありません。またひとつお気に入りの店ができました。

厚福街でもう一軒、「正仁利潮州菜館」に行きました。ちょっと奮発してフカヒレスープを頼み、あと一品何にしようか迷っていると、店主からしきりにカニをすすめられました。横のテーブルのカップルも食べていたのできっと名物なんでしょう。でもそんなにお腹が空いていなかったので、結局潮州焼きそばをひとつだけ頼みました。フカヒレスープは濃厚のひと言。焼きそばは素朴な味。料理と一緒にだされた小さい茶碗にいれられた苦いお茶が、口の中の油をさっぱりと流してくれました (工夫茶というのかな?)。最後に何か甘い物がほしくなり、漢字のメニューから「潮州ナントカ芋」というのをオーダー。ホクホクに揚げられた少し甘味のある芋を砂糖でカリカリにコーティングした熱々のお菓子で、見た目はいまいちですが後を引くおいしさでした。

いやはや、満足満足。

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2008年12月18日 (木)

クレオパトラ

さるエジプト学者がクレオパトラの顔をCGで再現し、これがほぼ実際の顔であろうと太鼓判を押しました。確かにこれまでにもクレオパトラは、美貌というよりはその教養をもってローマの敵将を虜にしたと言われていましたから、まぁ、こんなものなのかもしれません。でもちょっと、やっぱり微妙に残念感が。西洋絵画に見るクレオパトラが美化しすぎなんだとわかってはいても。

ちなみに近年のミスエジプトはレベルが高い!、としみじみ思う今日この頃。

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1430年/2009年カレンダー

来年のカレンダー (ヒジュラ暦1430年/西暦2009年) によると、ラマダン (断食月) は8月22日から始まります。もし中東に旅行する予定があるなら、是非ラマダンにあわせて行ってほしいですね。ちょうど日本も夏休みシーズンですし。特にラマダン中のカイロは毎日がお祭りのようなにぎわいで楽しいことこの上なし。交通渋滞、夜間の騒音、公共サービスの低下も半端ではないですが、それがまた 「非日常」 を強烈に演出しています。

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→過去記事:ラマダンのイフタールカイロのラマダン

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2008年12月17日 (水)

豊饒のシンボル

香港からキャセイパシフィックでリヤドに戻る機中、明らかにアラブ人とわかる女性ふたり組が前の席に座っていました。衣装はふつうの洋服で、途中で立ち寄ったバハレンで降りていったのでやはりバハレン人だと思います。サウジ女性はみんな真っ黒いアバーヤを身につけていました。ちなみにサウジ女性は飛行機に乗り込む時は洋服姿でも、サウジアラビアに近づくとトイレでアバーヤに着替えるのが常です。

実はアラブ人女性も、洋服を着ているとヨーロッパ南部の女性とあまり区別がつきません。顔だけならスペイン人と言われても納得です。ただ、やはりその雰囲気、物腰、化粧、出で立ちなどに、アラブ人独特の 「濃さ」 が現れています。しかしそれよりも何よりも、やはり圧倒的に太いのひと言に尽きます。あのボリューム感はなかなかアジア人には出せません。

もうこれだけみんな太っていると、それが当たり前どころかむしろ太らなくてはいけないといった強迫観念が国民の間にあるのかもしれません。自分もこういう女性を長年見てきたわけですが、最近ではこの丸々と太った姿が、あたかも豊饒のシンボルのような気がしてきました。スリムな女性なんて、きっとアラブ人にはどうしようもなく 「貧相」 に見えるんだろうと思います。

バハレンの女性はふたりとも顔は20代でしたが、そろって見事なくらい 「ヴィレンドルフのヴィーナス」 そっくりな体型でした。しかしけっして不健康なイメージではなく、何とも言えないふくよかで慈愛に満ちた優しい雰囲気を醸しだしていました。そもそも顔は美人だったし。でも、ヴィーナスがエコノミークラスにふたり並んで座るには、相当無理があったみたいです…。

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2008年12月16日 (火)

寄りそうふたり

中東では、男同士で手をつないで歩く姿を日常的に目にします。この動作にはそっち系の特別な意味があるわけではなく、単に仲良しの印という感じです。ただし、これが小指をからめているなんて場合は、ちょっと疑いたくなってしまうわけですが。

今日見たおかしな光景について。ふたりの男性が職場の廊下を並んで歩いていました。その格好ときたら、いわば「A」の字。つまり、互いの右肩と左肩をくっつけ、足はやや外側、体を斜めにして互いに支え合いながら歩いています。手もしっかりつないでいるので、正面から見たらまんま「A」でした。互いの頭をこすりつけ合いながらはにかむふたり。至福の表情。ゲロゲロ…

あぁ、げんなり。

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2008年12月15日 (月)

犬とロバ

ブッシュ大統領の電撃的イラク訪問は、ひとりのイラク人記者により、アメリカに対するイラク人の国民感情が露呈してしまった結果となりました。クツを投げつけ 「犬!」 とののしったそうですが、アラブ世界で犬 (カルブ) は最高の侮辱の言葉だと言われています。学生時代にインドネシア人の友達から、インドネシアでも犬 (アンジン) はひどい侮辱の言葉だと聞きましたから、イスラム圏では全般的に犬はあまり良く思われていないようです。誰彼かまわずシッポを振るところが、イスラム教徒のお気に召さないのでしょうか。もっとも、日本でも犬畜生なんて言葉がありますが。

ただし、これまで長くアラブで生活していますが、実際に犬とののしっている場面に出くわしたことはありません。それよりもよく聞いていたのが 「ホマール (ロバ)」。特にカイロでは日常的に耳にしていました。ロバはエジプト人からあんなにこき使われているにもかかわらず、人間の命令に盲目的に従う様がひどく軽蔑の対象になっています。まったくむくわれませんね。でも、確かにカイロの大通りをてくてく歩くロバ車によって引き起こされる 「ロバ渋滞」 に何度も遭遇し、その度にもうちょっと頭を使って動けよとロバを恨めしく思ったものです (実際にはロバを使う人間の方が悪いんですけどね)。

カイロに赴任してアパートを探していた時のこと、不動産屋の車に同乗して物件を見に行きました。道中はいつものごとく大渋滞。ただでさえ混んでいるのに、右から左から割り込んでくる車が後を絶たず、なかなか前に進めません。不動産屋にイライラがつのっていくのが手に取るようにわかりました。30分ほどのろのろ走った後、少し空いたところで不動産屋がすかさずアクセルを踏み込むと、車は一瞬加速しかけましたが、すぐに右側から車がググッと割り込んできて、中央分離帯の切れ目をめがけて無理矢理Uターンしようとしました。当然そんなに一気に行けるわけもなく、その車はこちらの目の前で真横になったままピタリと止まってしまいました。

不動産屋は40代の品の良さそうな女性で、それまでは車中でも 「カイロは渋滞がひどくて外国人には目が点でしょ」 などと穏やかに話していました。しかしここで怒りがピークに達したのか、やおら窓を開けると左腕を突き上げ 「ホマール!、ヤー、ホマール! (ロバ!、おい、このロバ野郎!)」 と相手をにらみつけ大声で怒鳴りだしたのです。その迫力たるや鬼子母神もかくやという勢い。相手の運転手は肩をすくめただただ正面を見つめるのみ。その車が行きすぎるまで、不動産屋はひたすら罵声を浴びせ続けました。せいぜい1分くらいでしたが、なんだかとても長く恐ろしい時間でした。

サウジアラビアでもやはりロバは禁句です。最近新聞に載っていた話ですが、ある20代の女性が友人の家にいて夫の出迎えを待っていた時のこと、あまりに遅い夫にイライラして何度も携帯に電話をして文句を言っていると、最後に友達に向かって 「本当に夫は要領が悪くて、ホマールなんだから」 と口走ってしまいました。不幸にも、携帯の通話が終わっておらず、その禁句は夫の耳にも入ってしまいました。しばらくして彼女の携帯にメールが入り、そこには 「離婚裁判所で会おう」 という夫からのメッセージがあったそうです。おそらくホマールは離婚の条件になり得るほどの罵詈雑言なんでしょう。

ということで、何よりも名誉を重んずるアラブ人に対して、絶対にホマールやカルブなんて言ってはいけません。ちなみに、エジプト南部 (上エジプト) 出身者のことを 「サイーディー」 といい、田舎者の代名詞になっています。よくノクタ (冗談) の登場人物にされ馬鹿にされていますが、どちらかというと愛すべき存在のようです。悪口なのかどうかはその場の雰囲気によるでしょう。先月リヤドのダウンタウンにあるマスマク城に行った時、エジプト人の入場者にサウジ人の警備員が 「お前はサイーディーか?、ガハハ!」 となんだかえらく陽気に話しかけていましたが、たぶん、親愛の情だったのかなと。

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2008年12月13日 (土)

1429年 (2008年) ハッジ

今年のハッジも無事に終わったようです。250万人の巡礼者を、800台の監視カメラと6000人の警備員でコントロールしたのだとか。お疲れ様です。サウジをふくめ各国の様子を写した写真はこちらをどうぞ

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2008年12月 3日 (水)

三日月

1日の夕方、マグリブのサラー (日没の礼拝) で店を閉め出され、駐車場に停めた車の中でぼんやりと空を見つめていたときのことです。この日、なんだかやけに月がきれいでした。月の横にひときわ大きく光る星がふたつ並んでいます。「夕暮れ時ってこんなにきれいだっけ!?」 そう思わずつぶやいてしまうほど、紺色の空に浮かぶ新月と星が美しい光を放っていたのでした。

翌日の新聞で、この日数年ぶりに月と金星と木星が同じ位置で見られたということを知りました。これで納得。どおりできれいだったわけだ。次は2012年だそうです。写真撮っておけば良かったなぁ。

サウジはハッジに入ります。イード・ムバーラク!。ということで、イスラムといえば三日月。そんな広告をふたつ。

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2008年12月 2日 (火)

どちらが幸せなのでしょうか

イランの女性 vs. イスラエルの女性

なんだかどちらも辛そう…。

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王族の治療は命がけ

サウジアラビアのさるプリンセスを治療した際、痛み止めとしてモルヒネを使用した結果そのプリンセスが薬物中毒になってしまったことから罪を問われ、懲役14年と鞭打ち1500回を言い渡されたエジプト人医師がいます。鞭打ちは週に1度、70回ずつ打たれるそうです。

このニュースが世に出てからすでに1ヶ月以上たちます (鞭打ちも始まっています)。エジプト医師会や人権擁護団体がサウジアラビア政府に抗議を続けていますが、未だに解決をみていません。それどころか、メディアがサウジアラビアを非難するキャンペーンを行っていることに対して、逆にエジプト政府は 「メディアがそのようにするべきではない」 と極めて消極的な姿勢を示しています。

サウジアラビア国内で働くエジプト人は100万人以上。医療従事者も15万人に上ります。出稼ぎ労働者からの外貨送金がGNPの多くを占めるエジプトにとっては、サウジアラビアを含むアラビア湾岸産油国は大事なお得意様ということになります。怒らせては損だということなのでしょうか。しかも今回は王族がらみです。

プリンセスは乗馬の最中に馬の背中から落ち、背中 (腰) を痛めたのですが、アメリカでもこのエジプト人医師が行ったのと同じような治療が施されていたそうです。医師が独自に始めた治療ではないので、医師に罪がないことは明白であるとサポーターたちは主張しています。また、サウジアラビアでは公正な裁判が行われていないと憤りをつのらせています。

今回のケースが医療ミスによるものなのか、あるいは最善を尽くした結果なのか真相は闇の中ですが、それにしてもこんなに重く残酷な罰を科すようでは、この先サウジの王族を治療する医者が誰もいなくなってしまうのではないでしょうか。なんとか寛大な措置が下されることを祈ります。

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2008年12月 1日 (月)

肩こりが治った?

1年前、親知らずを一度に3本抜くという荒技を敢行しました (→過去記事)。そうして噛み合わせとか何かそういったものが矯正されたのか、なんとなく、それまでのひどい肩こりがなくなったような気がします。肩胛骨もだいたいいつもちょっと出っぱるようになったし。昔は鉄板のようなガチガチの肩と背中で、時にうめくほどの痛みを感じていましたが、この1年、ほとんど肩こりを意識した記憶がありません。

うーん、やっぱり抜いて良かったのかな?

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