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2008年12月30日 (火)

サウジアラビア恋愛事情/男の場合 (ニューヨークタイムズの記事より)

ナデルは肩をふるわせ拳を握りしめると、「若者の使命を果たそう」 とつぶやいてから、患者もまばらな歯科クリニックのロビーに入っていった。受け付けの女性から電話番号を聞き出すためである。

女性に電話番号を聞くことはどんな国であれ若者にとって大きな関心事である。しかし宗教上の理由からあらゆる場面で男女が厳重に分離されているサウジアラビアでは、男性が親族以外の女性に話しかけることは即逮捕されることを意味し、場合によっては鞭打ちを科されたりもする。

そんなサウジのルールよりもっとナデルが恐れているのは、従兄弟のエナドにこの行為が見つかることである。ナデルはエナドの17才になる妹のサラと婚約しているのだ。ナデルは 「エナドには絶対に言わないでください。彼に殺されてしまう」 と言った。

ナデルがクリニックに入った時、すでに太陽は傾いていた。中に入ると、ナデルの決心は急速にしぼんでいった。肩を落とし、震える声でつぶやいた。「今日は日が悪い、帰ろう」

一瞬きらめいた彼の反逆心は、あっという間に消えてなくなった。西側諸国では、大体において青春とは権威に反抗する時期である。しかしこれまでサウジアラビアで行った数十人の男女に対するインタビューを通じてわかったことは、イスラム世界で最も保守的なこの国に住む若者たちが、イスラムの教義と慣習を完全に受け入れていることだった。

おそらく若者たちは保守的な社会ルールに苛立っているだろうし、時にルールを破ろうとするに違いないが、その壁は彼らの前にあまりにも厚く立ちはだかっている。そうこうするうちに、今度は誰もが自分の子どもに対して同じようにルールを受け入れるよう伝えていくのだ。

サウジ人が個々に家庭のレベルで次世代に伝えようとしているイスラム復古主義は、昨今のオイルマネーの世界的な広がりとともに海を渡ろうとしている。ムスリム (イスラム教徒) が本来どのように信仰とともに生きていくべきかを、各国のムスリムたちに示しているのだ。

ナデルやエナドもそうだが、サウジアラビアの若者は、男性は家族の名誉を守らなければならないと厳しく教えられている。特に女性が不謹慎な行為をして家族の名誉を傷つけることは絶対に避けなければならない。これは遊牧民の伝統がイスラムの信仰と結びついた典型的な例とも言える。

最も重要なアラブの伝統は 「名誉」 であるとエナドは言う。「もし妹が町に出かけひどい暴言をあびても、彼女は自分を守れないでしょう。男性は本質的に女性よりも頭がいいものです。二言三言話せば、その男性が何を目当てに女性に話しかけているかがわかります。常に女性は保護者である男性と一緒にいなければならないんです。例えば私が誰かに声をかけた時にもしも女性が答えを返してきてしまったら、私は謝らなければなりません。これは重大な問題であり背徳行為だからです」

エナドはいたずら好きで激しい気性を持つ20才の警察官である。ナデルは22才。穏和な話し方でいつも笑みを絶やさず、人を引っ張るよりはついていくタイプ。この二人は従兄弟以上の関係と言える。子どもの頃から一緒に遊び、どんな秘密も打ち明けられる親友になった。親類縁者が多く一族の絆が強いサウジアラビアでは、こういった関係性は珍しいものではない。

彼らはごく平均的な若者である。中流家庭に生まれ、信仰心も普通に持ち合わせている。ただし、彼らの住む町はサウジアラビア保守層の拠り所である首都リヤド。オイルマネーで潤う整然とした500万都市には、オーバーサイズの四輪駆動車が道にあふれているが、若者に対するエンターテイメントの場所は極めて限られている。映画館は1軒もなく、いくつか運動施設があるだけである。もし男性が結婚していないのであれば、女性が買い物を楽しむショッピングモールにも行くことはできない。

ナデルはホテルの喫茶店のソファーに深く身を沈めた。オレンジジュースをちびちびすすりながら、携帯電話に目をやった。もしサウジの若者にひとつだけ自己主張のためのアクセサリーがあるとしたら、それは携帯電話である。ナデルの携帯はインターネットからダウンロードしたきれいな女性シンガーや女優の写真で一杯である。着メロはアラビア語のラブソング。「自分はロマンチックなんです。アクションよりはロマンチックな映画が好きで、一番好きなのはタイタニックかな。やっぱりロマンス、ラブなんです」 ナデルは少し照れながら言った。

それから3日後、ナデルとエナドは近所のレストランで一緒に食事をとっていた。ナイフとフォークを使っていたため、普段のように右手を使って食べるのと違って少し集中力が必要だった。突然、二人は食事の手を止めた。女性が一人でレストランに入ってきたのだ。彼女はアバーヤ (黒い外套) とヴェールで完全に身を包み隠していた。

「あのバットマンを見ろよ」 ナデルはニヤニヤしながらあざけるように言った。エナドは席に着こうとした彼女に向かって、火のついたタバコを彼女に投げつけるふりをした。突然の女性の出現は、二人のぎらついた若者を苛立たせた。

「彼女、一人だぜ。男がついていない」 エナドは言った。なぜ彼らが苛ついているかというと、彼女自身の不謹慎な行為はもちろん、本来彼女についていなければならない男性の保護者が誰もいないからだった。

ようやく一人の男性 (おそらく夫) がやって来て彼女のテーブルに腰を下ろすと、彼女は顔のヴェールをはずした。それはますますナデルとエナドの心に火をつけることになり、二人はカップルに向かって挑戦的なハンドゼスチャーや小言を繰り返した。そしてそれはカップルが席を変えるまで続けられたのだった。

移った先のテーブルで女性はヴェールをかぶり直し、食事を口に運ぶ時はいちいち煩わしそうにヴェールをたくし上げていた。「神に感謝します。我々の女性は守られました」 エナドは天に向かってつぶやいた。

ナデルとエナドは1日5回礼拝をする。何をしている時でも、礼拝の時間になればその近くにあるモスクに向かう。サウジアラビアでは礼拝は義務であり、礼拝中は店舗も商売を中断しドアを閉めるよう宗教警察が見張っているが、ナデルとエナドにとって礼拝とは、コーヒーを飲みに行くくらい簡単で当たり前のことである。

二人にとって礼拝は同じように欠くことのできないものであるが、信仰については考え方の違いもある。エナドは、ジハード (聖戦) は他に手段がある場合にはそれほど良いやり方ではないが、イラクやアフガニスタンなど実際に戦闘が行われている一部の地域では妥当な手段であると考えている。ジハードは犯罪ではなく、ムスリムに科された当然の行いであると、普段の会話でもよく話している。

「もし誰かが家に入ってきたら、あなたは突っ立ったままか、それとも戦うか」 エナドは片膝に手を乗せそう言うと続けて、「アラブ、あるいはムスリムの土地は、ひとつの家のようなものだ」 と言った。彼は戦いに行くのだろうか。「ただしジハードには親の承諾が必要だと思う」 エナドは最後にそう付け加えた。

ナデルは、「その質問は聞かないでください、政府が怖いから」 と言った。彼が言うのも道理である。それほどジハードという原理主義的な考えは国民の心に深く埋め込まれている。狂信的な人間と衝突したくないという気持ちの現れだろう。警察官のエナドに対し、実はナデルも軍事施設の事務官なのである。

二人とも月給は4000リヤル (11万円) くらい。親元を離れ独立して生活するには足りない額だ。ただし、彼らの両親は子どもが結婚して新居を構えることには惜しみない援助を与えるだろう。子どもに高等教育を続けさせるよりも、金銭的援助を与えさっさと結婚してもらうことの方が、親にとっては大事な努めだと考えられている。

サウジ人の若者は口ひげやあごひげをたくわえている。そしてほとんどの時間は伝統的なトーブという衣装を身にまとって過ごしている。ナデルはいつも白くて足首まで隠れるトーブを着ているが、エナドはベージュが好きだと言う。

それが週末になると、彼らは派手な色のジャージにティーシャツ、ベルクロがいっぱいついたスニーカーという今どきな出で立ちに変身する。ただし、洋服を着た彼らは小柄でぽっちゃり体型が目立ってしまう。「運動しないから」 ナデルは短く答えた。

エナドは両親の家で8人の兄弟と一緒に住んでいる。第二夫人も一緒だ。アパートには家具が少なく壁には何もかかっていない。兄弟はリビングに集まり、床に敷いたカーペットの上に寝そべってテレビを見ている。母親と姉妹は閉じられたドアの向こうにある同じような部屋で過ごしている。

この家はエナドと従兄弟たちにとって安らぎの場所である。しょっちゅう集まっては一緒にテレビを見て過ごしている。タバコをくゆらせながらアラビックコーヒーや紅茶をすすり、アラビア語の字幕がついたオフラ・ウインフリーショーなんかを見ている。

ナデルとエナドはいつも一緒にいたが、ナデルがサラと婚約してからその関係が微妙に変化した。エナドの父親はナデルに、4人の娘から結婚相手を選ぶことを許した。ナデルはサラを選んだ。彼女は長女ではなかったけれど、子どもの頃に見たその顔が可愛かったと記憶していたからだ。

彼らはすぐに結婚の契約書にサインした。二人は法的に夫婦となったが、伝統的な習慣から、来春行われる結婚式の日までは別々に暮らしている (この記事の時点で1年後)。この期間、二人は互いに顔を見ることはできないし、一緒に過ごすこともできない。

ナデルは、花嫁の顔を初めて見るのは結婚式の後、夫婦の記念写真を撮る時になるだろうと言った。その結婚式も、サウジアラビアでは男女別々なのだが…。「花嫁のルックスが知りたかったら、兄弟の顔を見ろ」 という諺があるらしい。子どもの頃の記憶を頼りに花嫁を選んだナデルは、いずれにしろ伝統を守る気でいる。こんな時の彼は 「ロマンチック・ナデル」 ではなく 「トラディショナル・ナデル」 だ。

ナデルの携帯が鳴った。メール受信のマークだ。彼は顔を赤らめて少し舌を突き出すと、隠すようにしてメールを読んだ。送り主は "My Love"。実はナデルはサラとメールのやりとりをしている。サラから着信があると携帯に "My Love" の文字がハートマークとともに点滅するようになっている。

これは珍しいケースである。これもエナドのおかげなのだ。ナデルが彼女のために買った携帯電話を、エナドが親に内緒でそっとサラに渡してくれた。こういった未婚の男女のやりとりは本来タブーであり、親にばれたら両家の関係に亀裂が入ってもおかしくないほどの大問題である。

二人のコミュニケーションは秘密のやりとりだ。そしてエナドは秘密を守ってくれている。しかしナデルは、将来の彼との関係をどうしようかと秘かに悩んでいる。一人の男として、家庭を守る者として、年下のエナドに対する自分の立場をはっきりさせなければならないだろう。

エナドがナデルに冗談を飛ばす。「何年かしたら妹はひげ面の男と一緒にキッチンに立っているかもな」。「そんなことないさ」 ナデルは反論した。「俺だって男だから」

他にも問題が出ている。新婚旅行だ。ナデルはサラを連れてマレーシアに行くつもりだが、エナドも一緒に行くと言い張っている。「だって貸しがあるだろ、連れてってくれなきゃ」。そういうエナドはどこかいたずらっぽいのだが、ナデルは彼の本心をはかりかねている。「エナドは冗談がきついんです。もちろん彼は来ないと思いますよ。どう考えたってダメでしょう」。後でこっそりナデルが言ってきた。

ナデルはリヤド育ちだが、エナドは14才まで田舎に住んでいた。リヤドから西に560km離れたナジュフ村で過ごした祖父との生活は、彼の性格に強い影響を及ぼしている。この村は、エナドにとって今でも一番安らぐ場所である。久しぶりにここを訪れた。

祖父の家は荒れた土地にぽつんと建っている。一番近い隣家でも6km以上離れている。コンクリート造りの平屋で、寒い冬の間は暖炉で火をたく。家の中はガランとしていて、いくつかのクッションと礼拝用の小さなカーペットが床に置かれているだけ。この家に来ると、みんなゴミなど窓の外にポンと投げ捨ててしまう。家の周りのことは住み込みのインド人のボーイがすべてやってくれるのだ。

エナドは祖父が一緒の時はタバコを吸わない。父親の前でもそうだ。従兄弟の一人がまた別の従姉妹のアルアティのことを話し出すと、エナドはだまってしまう。22才の彼女はエナドに興味津々だと言うのだが、これは別の従兄弟であるライドがアルアティに結婚を申し込んで断られたという話から伝わってきたことだ。

男女の色恋沙汰は様々な問題を引きおこし (男らしさとは、愛とは、家族の関係とは…)、風のように噂は広まり、そして今エナドが当事者としてそこにいる。アルアティはまず妹に、エナドに対する好意を話した。そして妹が何人もいる従姉妹たちにこの話を伝えると、噂はたちまち従兄弟たちの間を駆けめぐり、ついにこの噂はエナドの耳に届いたのだった。「男性に対する好意をおおっぴらに話すことは禁じられています」 アルアティの言葉である。

エナドはアルアティのことを聞かれてもポーカーフェイスをくずさなかったが、内心嬉しくてしょうがなかった。なんとかアルアティと連絡を取りたいと考え、ある時彼の家を訪れた親戚の女性にそのことを頼むと、しばらくして彼女から好意的なメッセージが届いた。エナドは自らの信条として、男は女性の好意を裏切ってはいけないと考えていた。

ひとつ問題があった。従兄弟のライドである。なぜ彼女がライドの求婚を断ったのか。それよりも本当に彼女は断ったのか。エナドは彼女の兄弟に頼み込んで、ライド本人からその点を確認することができた。「こういうことは秘かにやった方がいい」 エナドは小声で話した。「恋愛は危険なもの。自らの評判を傷つけてしまうこともあるから」 アルアティは妹を横にしてこう言った。

この時エナドが村に滞在したのはわずか2日間だけだった。アルアティのことが気になって、リヤドに戻った彼はちょっとした興奮と胸苦しさに襲われていた。その週の終わりに、エナドはナデルと一緒にリヤド郊外の砂漠に出かけた。宗教警察も煩わしい隣人もいない、自由な空間だ。若者は砂丘でジープを駆り、大いに羽を伸ばす。二人は砂の上に敷いた毛布に寝転がった。

ナデルが口を開いた。「俺、ロマンチストなんだ。でも、ロマンスがないんだよ」

ナデルが言いたいことはつまり、サウジアラビアには若い未婚の男女の出会いがまったくないということである。もちろん、こっそりと若者がデートする話や恋に落ちる話はたくさん聞く。でも誰もそれを親に打ち明けることができないのだ。二人がどうやって知り合ったのかはファミリーの名誉にかかわる極めて重要な問題であるが、そもそもここサウジアラビアでは男女が知り合えるわけがないのである。一組の若いカップルがいる。彼らは2年間秘かにデートを重ね、本気で結婚を考えた末、仲介する人間を雇い二人が知り合った嘘の理由を整えてから親に報告し結婚の承諾をとったそうだ。

ナデルの気持ちはエナドには理解できない。「ロマンスがないだって?。そんなことあるものか」 エナドは少し怒ったように目をつり上げて話す。「結婚して、妻にロマンチストであればいいんだよ。それとも道ばたに立っている女とのロマンスを求めてるのか?」

この言葉にナデルはあわてて 「違う違う、そういうことじゃなくて…」 そう言いかけるとエナドは、「俺を納得させてみろ、そうすればお前が正しいんだろう」 と再び語気を荒げナデルにつかみかかった。「単にロマンスがないって言っただけだよ」 ナデルはエナドの手を払うように言った。

エナドは興奮して従兄弟につかみかかったままだった。エナドの荒々しい息の下でナデルはこう言うしかなかった。「エナドはなんでも知っている」 その言葉を聞くと、エナドは落ち着きを取り戻した。「よし、ロマンスはあるんだ」 そう吐き捨てると、ばつが悪そうな顔をしながらその場を離れていった。 (終わり)

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コメント

おもしろいですね。

投稿: A.N. | 2012年3月14日 (水) 20時44分

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