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2008年12月31日 (水)

サウジアラビア恋愛事情/女の場合 (ニューヨークタイムズの記事より)

アシールの家のリビングルームで行われたダンスパーティーは最高潮を迎えていた。集まった女友達は20人以上。みんな10代後半だ。アシールは母親と一緒に忙しそうにお茶とデーツ (ナツメヤシ) をふるまっていた。半分の女の子たちは、ごてごてに装飾されたテーブルと派手なティッシュ箱を前に大げさなドレープのソファーに腰掛けながら、自然と体を小刻みに動かしていた。先ほどまで彼女たちを頭からつま先まで覆っていたアバーヤ (黒い外套) は脱ぎ捨てられ、イスの上に乱雑に積まれていた。

急に音楽が止まり、18才のアリアがおずおずとみんなの前に進み出た。「みんな!、伝えたいことがあるの…」 ハイヒールに体をよろめかせながらアリアは言った。ほんの少し間をおいてから、そうして今度は一気に早口でしゃべった。「私、婚約したの!」 リビングルームに歓声があがった。まるで悲鳴のようなみんなの声を聞くと、他の子がそうするようにアリアもわっと泣き出した。アシールの母親は気を利かせてそっと部屋を出た。こんな瞬間は若い子だけにしておいた方がいい。

彼女たちは中学の頃からの友達だ。アリアの結婚はグループの中で初めてのことだった。アリアの携帯電話には彼女の夫になる男の写真が入っていた。バドルという25才になる軍人だ。携帯が一通りみんなの間を回ると、今度は矢継ぎ早に質問が飛んだ。どんな人なのか、きっかけは、感想は、などなど。これはショーファ (viewing=見られること、査問されること) といって、婚約した女の子にはお決まりの儀式になっている。

男性は結婚を申し込む時、父親の許しを得て女性の普段着の姿を見ることができる。アバーヤを脱いだ姿である。中には女性との会話を許される人もいる。つまり女性が男性からショーファを受けるのであるが、こんなことはまず生涯に一度きりだそうだ。

サウジアラビアにおける男女の分離は、大げさではなく本当に極端だ。女性は車を運転することができないし、外に出る時はいつでもアバーヤで全身を隠さなければならない。彼女たちは自家用車で女子校に通い、レストランや喫茶店ではファミリールームに入る。シングルルーム (男性客用の部屋) とはきっちり壁で分けられているのだ。

女性用のスポーツジム、女性用のブティック、旅行代理店の女性用窓口などがある中で、最近首都のリヤドには男性立ち入り禁止の女性専用ショッピングモールまでできた。ここなら男性の付き添いなく、女性だけでも買い物ができる。アシールとその友達のように活発な女の子たちも、保守的な社会によって普段の行動は極めて制限されている。にもかかわらず、ほとんどの女性はそんなルールに大して疑問を持とうともしない。

若い女性でもみんな、イスラム復古主義であるワッハーブ派の保守的な教義を深く信じている人がほとんどだ。インターネットの自分のフェイスブックに男性を友人登録するくらいかまわないとか、従兄弟の長兄なら女性は顔を見られてもいいのかもしれないなどと時々議論になることはあるらしい。逆に今回は記者 (ニューヨークタイムズ) の方が、サウジアラビア取材を通して出会った男性たちが普段何を考え何をしているのか教えてくれと、彼女たちから質問を受けてしまった。

女性が結婚前に男性と会話してはいけないということは、ある種の都市伝説として広まっている。「ネットの男性用チャットに女性が紛れ込んでいると思ったら、その男性の婚約者だった」 というものだ。友達の友達から聞いた、妹のクラスの子がそうだったなどと、まことしやかに語られている。もちろん、その女性はあばずれと見なされる。子どもの頃からはっきり男性と分離されて育てられた彼女たちは、男性のことを話す時にまるで別世界の生き物のように語っている。

その日、夕食が終わった頃、アリアは電話で婚約者と話すことを許された。二人の初めての会話は次の日に予定されたが、彼女はバドルと何を話して良いかわからず、いくつか質問をリストアップしてみた。「今の仕事が好きか聞いてみたら?、男の人は仕事のことを話すのが好きなんじゃないかな」 友達の一人がこうアドバイスした。「どんな携帯を持っているか、それから乗っている車」 別の友達が提案した。「そうすれば趣味にお金をかける人なのか、しみったれなのかわかるでしょ」 アリアは神妙な面持ちでうなずき、懸命にメモを取った。

アリアはバドルからショーファを受けた日のことを思い出した。父親に呼ばれバドルが待つ部屋にジュースを持って入って行った時、彼女はひどく緊張してあやうくお盆をひっくり返すところだった。バドルの前に立っている間は、まるで拷問を受けているように感じた。バドルが何を話しかけてきたかはほとんど思い出せない。次にセッティングされた電話の会話で、ようやくアリアは少しだけバドルのことがわかったという。

ニューヨークタイムズは2007年12月から3ヶ月かけて、15才から25才の30人ほどのサウジ女性にインタビューを行った。最近のサウジアラビアでは、婚約した男女であれば電話で会話しても良いと考える人が増えてきたようだ。もちろん、保守的な家庭では今でも結婚式前の男女の接触は厳しく禁止されている。

結婚式前にあまり婚約者のことを気にするのは、はしたないことだと考えられている。女性の方から男性に連絡を取るなんて、どんな方法であれ御法度だ。しかしそれでもなお、なんとか内密に婚約者と連絡を取ろうと行動を起こす女性は多い。男性社会の何たるかを知っておくことも重要だ。

実のこの二人、とても近い場所に住んでいる。バドルのオフィスはアリアが学校に通う道沿いにあるし、バドルが親戚と集まっては時間を過ごすマジュリスだってすぐ近くだ。それなのに、アリアにとって男性社会ははてしなく遠い。他の女性にとっても、男性社会は冒険するにはあまりに未知の世界である。

18才のアシールが法律学科1年に在籍するプリンススルタン大学で、2年の女子生徒が記念写真を撮るため男の格好をしたままお茶を飲んでいた。彼女たちは足首まで隠れるトーブ (サウジ男性が普段から着ている伝統的な白い服) を着て、頭にはシュマーグ (男性用のスカーフ) をかぶっていた。一人はペンを使ってあごひげを書き、そうして携帯電話で写真を撮りあったのだ。周りに携帯を見せて回ると歓声が上がった。

「女の子はみんなやっていることよ」 18才のサラによると、みんな兄弟の衣装ダンスから勝手にトーブを持ち出して写真を撮ったりしているのだそうだ。ちょっとした反抗なのかもしれない。彼女たちはマクドナルドの男性用カウンターに平然と歩いていったり、時には車の運転をすることによって、男性社会に挑戦しているのだと言う。

「ただのゲームだけどね」 あっさりとサラは言うが、宗教警察に捕まることを覚悟しなければならない危険なゲームだ。「私はそこまでやったことはないけれど、あの二人 (トーブを着て写真を撮った二人組) はすごいの。お店に入っても他の子より目立とうとするし、顔を出したりするのよ」 サラはヒジャーブ (ヴェール) で顔を隠す仕草でことさら貞淑な女性を装いつつ笑いながらこう言った。隣にいるクラスメートのシャデンも笑っている。

サウジアラビアの新聞では、若者のこういった反抗をしばしば大げさに書き立てている。最近も宗教警察と若者の険悪な対立が報道されたばかりで、こうした社会的制約が最近増えている同性同士の恋愛に結びついているのではないかとも言われている。また、若い男性が、女性が乗っている (と思われる) 車を追いかけ回し、自分の電話番号を教えようとするナンバリング (numbering) と呼ばれるいかれた行動も、都市部では頻繁に見られるようになってきた。

女性がショッピングモールに行く時は、携帯のブルートゥースはオフにしておいた方が良い。さもなければ周りの男たちから嫌というほど写真やらメッセージやらを送りつけられるだろう。若者は出会いを求めているのだ。去年、サウジのテレビ番組で特別な 「電子ベルト」 についてレポートしていた。これにはブルートゥース機能がついていて、腰につけたベルトから自分の電話番号やメールアドレスを相手に送信できるのだが、最近はこんなものを買う若者が出てきたのだそうだ。

サラとシャデンは、彼女たちの学校にも "仲が良すぎる子" がいることを知っている。彼女たちはきっと疑似恋愛をしているに違いないが、トーブを着たり同性愛を楽しんだりすることも、結局はゲームなのだ。誰かとの結婚を親に告げられた瞬間、そのゲームは必ず終わりを迎える。だからこそ彼女たちは友達同士で、男からナンバリングで追いかけ回されたことを大げさに騒ぎ立て、それでいて実際に男の子と連絡を始めた子など見たことも聞いたこともないという、いつもの堂々巡りの話に花を咲かせるのだ。

「もしあなたが男性とチャットしているところを家族に見つかったら、それは電話で直接話すよりは罪が軽いと思う」 サラは説明を始めた。「電話はさすがにダメよ、みんな言ってる。イスラムでは知らない男性に自分の声を聞かせちゃダメなの。チャットだったらテキストを見られるだけでしょ」

「もし家族に話をするのが恥ずかしいと思うことだったら、それはやっぱりいけないことだと自分でわかっているからだと思う」 サラは続けて言った。「しばらくフェイスブックをやっていたんだけど、何人か男性が登録してきたの。自分からメールを送ったことはないけれど、友達になってくれと言われたからそういうふりをしていたわ。でもしばらくして家族のことを考えたら後ろめたくなったの。結局彼らはリストから削除してしまった」

サラとシャデンは二人とも、宗教警察はサウジ社会を守る上で大切な役割を担っていると、尊敬の眼差しさえ浮かべ答えた。シャデンは付け加えて、敬虔なムルタズィムになった兄弟のことを少し自慢げに語った。彼女の家族はこれをきっかけに一層敬虔な信徒になったのだと言う。「彼が9年生 (15才) の時にムルタズィムになったことを神に感謝します」 再びシャデンは優しく言った。

「彼がひげを伸ばし始めた頃を思い出すわ。最初はまだ全然まばらでおかしかった。トーブも丈が短いのを着るようになった」 サウジアラビアの男性は、自分がより敬虔である証としてひげを伸ばしっぱなしにし、足首よりも丈の短いトーブを着る。預言者ムハンマドの出で立ちに習ってのことだ。

「何かあった時はいつも彼に話をしていた。彼はそんなに厳しすぎる方ではなかったし。時々は音楽も聞いていたのよ。で、一度聞いたことがあるの。あなたは正しいことをする人なんでしょ、なんで音楽を聴いているの? って」 彼女の兄弟はこう答えたそうだ。「音楽がハラーム (禁忌) だってことは知ってる。そのうち聞かなくなると思ってるよ、インシャーアッラー (もし神がそう望めば)」 シャデンはすかさずこう言った。「夫になる人があなたみたいだといいな」

シャデンはリヤド郊外にある高い塀に囲まれた大きな家に住んでいる。同じ塀に囲まれた敷地の中には父親の兄弟の家族が家を建て住んでいて、庭とプールは2軒でシェアしている。シャデンは従兄弟たちと一緒に育ったと言っても良い。夏は同じプールで泳いだし、二家族で旅行に出かけることもしばしばあった。現在、シャデンは17才になった。サウジアラビアではもう大人の女性であり、これからは女性の世界にこもらなければならない。その現実が、彼女には時々ひどく寂しい。

「9年生か10年生 (15、16才) までは、庭に絨毯を敷いて従兄弟たちと一緒にホットミルクを飲んだりしていたのに」 彼女は家に招待した何人かの女友達に自分で作った特製ディップをすすめながら話しを始めた。「母親たちがよく思っていなかったのね。それがわかってからはもう集まるのを止めたわ。今でも時々従兄弟とメールをしたり電話で話すけれど、顔を見せたことはその時以来ないな」

「私はよく妹と一緒になって母親に聞くの。なんで従兄弟たちの乳母にならなかったのかって」 彼女によれば、同じ母の乳を飲んで育った子どもは兄弟姉妹と同じであるという。これはアラビア半島に伝わる昔からの習慣であり、今なおそう考える人は多い。シャデンが従兄弟たちとそういう関係であったら、彼らの前で顔を隠す必要もなかったのだ。ただし、いわゆる乳兄弟とは結婚はできないことになっている。

シャデンはキーラ・ナイトレイ主演の映画 「プライドと偏見」 のコピーDVDを示しながら言った。「この映画の舞台は今の私たちの社会に似ている。尊厳があるけれど、少し厳しすぎる。この映画を観るとサウジアラビアを思い出さない?。私は一番好きな映画なんだ」 シャデンは深い溜息をついた。「最後にダーシーがエリザベスの所に来て言うの、"I love you"って。それが私の理想」 (終わり)

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コメント

やっぱりため息しか出ないー!

投稿: marika | 2008年12月31日 (水) 09時12分

そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来るのでしょうか。

投稿: shukran | 2009年1月 2日 (金) 00時39分

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