2009年3月の40件の記事
2009年3月30日 (月)
2009年3月29日 (日)
リヤドレストラン情報
1月から食べ歩いた記録をまとめてみました。まぁ、これだけ食べたら太るわけです。グーグルマップの画面キャプチャを利用してがんばって地図も作ったのですが、利用規約をよく読んだら二次利用はだめとのことでした。がっかり。ということで地図は載せられませんが、リヤドのレストランの充実ぶりを見ていただくには十分かと。評価っぽいことも書いてありますが、ごく個人的な感想ということで。もちろんこれらはほんの一部で、まだまだリヤドには星の数ほどレストランがあります!
(1サウジリヤル=26円)
お世話になった食堂
この2軒とも職場のすぐ近くにあります。1年以上、お昼ご飯はほぼ毎日どちらかで食べていました (前半はほとんど①、後半はほとんど②)。
①ブハーリーレストランのカレー。安いわりにへたなインドレストランよりずっとおいしくて、何度食べても飽きませんでした。今思えば、珍しく日本のカレーに近かったのかもしれません。とろとろのルーがたっぷりで。大釜で炊いたご飯もおいしかった。
②タイ・フィリピンレストランのライスヌードルとビーフ&ブロッコリー。100種類あるメニューのうち、食べたのはせいぜい10品ですが、その中でも特によく食べたのがこの2品。後半になるともう連日ビーフ&ブロッコリーで、店員も半ば呆れ顔でしたが、こちらも一応恥ずかしいので一瞬考えるふりをして、「うーん、えーと、どうしようかな、よし、ビーフ&ブロッコリー」 といった調子でいつもオーダーしていました。
なんでしょうね、この、同じメニューをくり返し頼み続ける恥ずかしさというのは。「そんなに好きなのかよ!」って思われたくないというか。別に店員は気にしてないのかな?
2009年3月28日 (土)
2009年3月27日 (金)
2009年3月26日 (木)
サウジ国産ハンバーガー
アメリカにマクドあり、そしてサウジにハルフィーあり。Herfy は創業27年、サウジアラビア純国産ハンバーガーチェーン店です。全国に120店舗を展開し、名実ともにサウジアラビアNo.1ファストフード店です。
以前リヤドにいた時もその看板はかなり目にしていたのですが、「何もわざわざハルフィーに」 という失礼な気持ちを抱いていたため、一度も入り口の扉をくぐることはありませんでした。
そして今回、離任まであと数日とせまったこの時期に、「何でわざわざハルフィーに」 と思わないでもありませんでしたが、これを逃せば一生その味にふれることはないと気を取り直し、家から一番近い店にとんでいったわけです。以下、コメント。
■サービス
世界最低レベル。若造がばんばん横入りするし、レジのサウジ人の兄ちゃんはこちらを完全無視だし、この国においてアジア人労働者が置かれている立場が少し理解できました。他のファストフード店よりサウダイゼーション (労働力のサウジ人化) が進んでいるため、こんなことになっているのかも。ほめていいんだか悪いんだか。
ようやく注文を終え頼んだスーパーハルフィーを待っていた時、パキスタン人で使用人とおぼしき男性が、何やら怒りまくってレジに突進してきました。「おい、また品物間違えてるぞ、これで4度目だ、お前らはバカか!」 ブロークンアラビックで怒鳴りちらし、もうとにかくすごい剣幕。どうやらテイクアウトして家に帰って中身を見たら、チキンバーガーの代わりにスーパーハルフィーが入っていたようです。で、主人がこうして交換しに越させた模様。
奥から出てきたマネージャーがどんな対応をするだろうかと見ていたら、まったく表情を変えず、もちろんひと言も謝りもせず、「返金?、それとも交換?」 と冷たい業務口調。パキスタン人が 「チキンバーガーがいるんだ」 と答えると、「じゃあ2リヤル払って」 と当然のように言い放ちました。
予想もしなかった切り返しにパキスタン人はあっけにとられていました。それはそうでしょう、これだけ客に手間をかけさせといて、さらに2リヤル (50円) 請求するとは誰が思うでしょう。彼がアーとかウーとか口ごもっていると、マネージャーはメニューを指さし、「これはいくらだ、言ってみろ、16だろ、こっちは18だ、だからあと2リヤル」
困ったパキスタン人は携帯で主人に電話し、マネージャーと直接話をさせていたようでしたが、結局どうなったのかな。最後までは見届けませんでした。混雑していたわりに、意外と早くスーパーハルフィーが来たので。
……これって、パキスタン人が突っ返してきたやつ?。車に乗り込んでふと悪い予感が頭をよぎり、あわてて中身を見てみました。とりあえず包みを開けた形跡はなし。温度も熱いとは言えませんがそれなりに温か。「まいっか…」 この状況ではそうつぶやくしかありませんでした。
■味
ひどいサービスの割に、味についてはバーガーキングのワッパーに似ていておいしかったです。トマトとマヨネーズがたっぷりで、玉ネギ、レタス、ピクルスも大きめ。パンもこだわりの自社生産で甘味があっておいしいし、とにかく全体のバランスが良い。ビッグマックよりは完全にこちらの方がおいしいと思いました。
ポテトはなんだかコクがなくていまいちだなと思ったら、袋に 「コレステロールフリー」 の文字が。なかなかあなどれません。世界進出もいけるんじゃないんでしょうか。というかそうすれば店員もサウジ人ではなくなるから、絶対にその方がいいでしょう。
■ロゴ
ハンバーガーのようなロゴは、アラビア語の 「H (ハー)」 です。ハルフィーのハ。外人の間ではハーフィーと言うのが一般的ですが、アラビア語の発音はハルフィー。ちなみにスーパーハーフィーではなく、スーバルハルフィー。ボテトとベブシもついてるよ。P音がないってちょっと不便。
2009年3月25日 (水)
死刑執行102人
アムネスティ・インターナショナルが今週発表したレポートによれば、2008年にサウジアラビアが行った処刑は102人。ほとんどが公開斬首だったそうです。お隣のイランは346人。世界全体では2390人が処刑されたそうです。そのうち中国が1718人とあいかわらず群を抜いています (この数字は "少なくとも" だそうです)。実は日本でも15人が死刑に処されていて、これは1975年以来もっとも多い数とのこと。
死刑に凶悪犯罪の抑止力があるかどうかは、難しい問題ですね。こちらだとレイプは死刑ですから、証拠隠滅のために相手を殺めてしまうケースも多いようです。こうなるとむしろ凶悪犯罪を増やしているとも言えるし。陪審員にはなりたくないなぁ。
2009年3月24日 (火)
ヒマなの?
今日は各国の新聞でサウジアラビアのニュースが話題をよんでいます。イスラム指導者35人が連名で、女性はテレビ、新聞、雑誌などの媒体にその姿を現してはいけないと、先月就任したばかりの情報大臣に意見書を送ったのだそうです。当然、各国のメディアは 「何ばかなこと言ってんの?」 という冷ややかな態度です。これに呼応するかのように各紙とも一斉に 「世界でもっともばかばかしいファトワ (イスラム宗教指導者の公式声明)」 というのを載せていたのがおかしかったです。どんなものかというと…。
■サルマン・ルシュディは死刑 (1989年 イラン)
当時世間を騒がせた 「悪魔の詩」 の作者に、イスラムへの冒涜だとして死刑宣告を出したもの。
■性交渉中、裸をさらすのは禁止 (2006年 エジプト)
夫婦であっても互いに裸をさらしてはいけない。少なくとも布団をかぶること。だそうです。
■ポケモン追放 (2001年 サウジアラビア)
ポケモンゲームとアニメを禁止。ユダヤの六芒星などイスラエルのシンボルが出ているのだとか。
■ポリオワクチン禁止 (2007年 パキスタン)
西洋の陰謀だとして禁止。実際、2万4000人の子ども (の親) がワクチン接種を拒否。
■乳兄弟 (2007年 エジプト)
通常、結婚の予定がない未婚の男女が二人きりになって働くことは許されないが、片方の母親が一方の子に対し5回乳を飲ませると、二人は同じ乳を飲んで育った乳兄弟 (兄妹、姉弟) となるので、二人きりになってもかまわない (その代わり結婚はできなくなる)。また、このような関係であれば、女性が男性の前でベールを取り髪を見せてもかまわない。
■ミッキーマウス抹殺 (2008年 サウジアラビア)
イスラム的にはとにかく全然ダメらしい。きわめて悪魔的なんだそうです。
■ビキニオリンピック (2008年 サウジアラビア)
昨年行われた北京オリンピックは、女性アスリートがあまりにも露出度が高い格好だったため、これも悪魔的と断罪。
………いやぁ、本当にご苦労様です。こうやって少しずつ世の中が変わっていくといいですね。(棒読み)
2009年3月23日 (月)
結婚してはいけない間柄
イスラム法では、乳母との結婚 (男性)、乳母の夫との結婚 (女性)、実子との結婚を禁止しています。また、同じ乳母で育った者は乳兄弟であり、そんな兄妹、姉弟は生物学上の血縁関係がなくても結婚は禁止されています (マフラムと言う)。
中東ではいとこ同士など近しい関係で結婚することが多いのですが、乳母が誰であったかを公式に記録する習慣がないため、結婚間近になってあらためて事実が発覚し、結婚を取りやめざるをえなくなったカップルもたくさんいます。
もちろん、結婚前にこのことがわかればまだいいのですが、結婚して何年もたった後、特に子どもができた後にわかると、これは悲劇としか言いようがありません。マディーナのある女性教員は結婚して7年目に、夫の母親 (彼女の叔母) に一時期乳をもらっていたことがわかったため、離婚せざるをえませんでした。
ウム・アブドルは、すでに結婚して30年、9人の子の母親でした。ある日、年輩の男性が夫のもとを訪ね、二人が同じ乳を飲んで育ったことを告げました。このことは他にも知る人がおり、確かな事実であるとのことでした。ウム・アブドルは夫とともに悩み抜いた末、これを子どもたちに隠し、結婚を続けることを決めました。
ウム・フセインは年輩の女性です。彼女はこの30年間に何人もの子に乳を与えてきており、誰が誰だったか今となっては正確には思い出せないそうです。なにしろ自分の子どもが9人、他にも15人の面倒を見てきました。親戚だけでなく、近所の子どももいたのでしょう。
エジプト人のシハームは長年サウジアラビアの病院で働いていますが、サウジ人の友人の子どもたちにも乳を与えてきました。イスラム法でいえば、まったく血縁関係のないサウジ人とエジプト人が、同じ乳母を持つ兄妹、姉弟として結婚ができないわけです。
他にも結婚した後に事実が発覚し、離婚を余儀なくされた上、さらに周囲からの冷たい視線に耐える日々を送っている人も数多くいるそうです (どこか淫靡なニュアンスなんでしょうか?)。生物学的にはいとこ婚よりずっと健全な結婚だと思いますが、これも神様が決めたことですから仕方ありませんね。
2009年3月22日 (日)
ミックススパイス
中東やアフリカで現地人と接していると、彼らのきわめて保守的な食生活に驚くとともに、日本人が世界でもまれに見る雑食民族なんだと実感します。日本人なら誰でも和食、洋食、中華などを日替わりで食べていますし、東南アジアのエスニック料理も定番としてしっかり根付いています。珍しい外国料理を食べる機会に恵まれたら、嬉しいと感じこそすれ、「なんでこんなものをセッティングしたんだ!」 と怒り出す人など滅多にいないでしょう。むしろ外人に招待されて日本食が出たら、がっかりする人の方が多いのではないでしょうか。
エジプトで働いていた時、現地スタッフを食事に招待したのですが、さすがに日本食はハードルが高いだろうと思って、中華料理屋に連れて行くことにしました。メニューも無難なものを選んだつもりだったのですが、みんながみんな、ほとんど料理を口にしません。最初は遠慮しているのかなと思ったのですが、よくよく聞いてみたら、彼らは本気で中華料理など食べたくなかったのです。「ごめんね、じゃあどんな料理だったら良かったの?」 とたずねたら、「私たちはアラブ人なんだからアラブ料理が一番だよ」 と真顔で言われてしまいました。
エチオピアの時も、仕事で頻繁にエチオピア人と食事をしていたのですが、あまりにいつもエチオピア料理なので、「たまには中華でも行く?」 と聞いてみると、決まって 「とんでもない、エチオピア料理がいいんだよ」 と即答されたものです。確かにエチオピア料理はおいしいんですけど、日本人の感覚からすると、時々は毛色の違ったものを食べたくなるわけです。たぶんほとんどのエチオピア人は、一生エチオピア料理しか食べないんだろうなと思いました。もちろん、彼らにとってはそれが最高なんでしょうけど。
ということで、何を言いたいかというと、世界に冠たる雑食民族を擁する我が国日本ほど、世界中の食べ物が集まっている国はないのではないかと、そう思うわけです。ところが、いざスパイスとなると、これがなかなかそろっていません。本格カレーを作るための10~20種の単品スパイスなら今ではわりと簡単に手に入ると思いますが、サウジのスーパーにあるような、ある料理に特化したミックススパイスなどはほとんど皆無でしょう。それはそうです。日本では誰も脳みそカレーなど作りませんから。
写真のミックススパイスはインド風のものと (写真1、2)、サウジ風のカブサを作るためのものです (写真3)。お土産代わりに買ってみました。日本でこれを使って料理するかはわかりませんが。(ブレインマサラは豆腐でいけるかも)
留学は甘くない
サウジアラビア国費留学生の現地生活がかなり苦しいという記事を読みました。ある女性が新聞社に窮状を訴える手紙を出し、その内容が丸々掲載されたものです。この女性は夫が国費留学生に決まったため、自身も私費で修士コースに入ろうと、仕事を休職してスコットランドに同行しました。
夫婦は別居すべきではないというイスラム的な観点から、サウジ政府は家族の随伴を認めており、その分の費用も支給されます。逆に女性が国費留学生に決まった時は夫あるいは父親か兄弟、つまり男性保護者の同行はほぼ絶対条件になるため、現地で何もやることがない男はほとんどが私費で学校に通うそうです。そのうち男の方は帰ってしまうパターンも多いそうですが。
彼女は夫とともに、生後6ヶ月の子どもを両親にあずけてスコットランドに来ました。彼女はまず語学コースに入りましたが、2ヶ月して、両親が子どもを連れてスコットランドにやって来ました。両親はそれから5ヶ月滞在し、その間は子育ての心配をする必要もなく、学校に通い続けました。
語学コースを良い成績で修了したので大学に進めることになったのですが、そこで両親が帰国しなければならなくなり、我が子の面倒を見るため一旦大学に進むことはあきらめざるを得ませんでした。
子どもの養育費としてサウジ政府 (高等教育省) から支給されるのは171ポンドだけなので、ベビーシッターを雇うにはまったく足りません。また、スコットランドの気候はとても寒く厳しいので、ヒーターの電気代もかなりかかります。電気代節約ため、満足にお風呂にも入れない状況なのだそうです。
さらに、サウジと違って家を借りる時も最低6ヶ月借りなければならず、これも負担と感じているようです。以下、彼女たちの1ヶ月の生活費です。
家賃:700ポンド
ベビーシッター:800ポンド
電気代:150ポンド
食費:250ポンド
ミルク代:160ポンド
電話・インターネット:30ポンド
携帯:30ポンド
バス代:82ポンド
テレビ視聴料:11.25ポンド
合計:2,213.25ポンド (31万円)
サウジ政府からの支給額は毎月1,955ポンドなので、毎月4万円弱の赤字です。彼女はベールをかぶっているので、アルバイトしようにもどこも雇ってくれません。仕方なく両親から仕送りしてもらっているそうですが、そういったサポーターを持たない留学生はどうしているのかと、彼女は疑問を投げかけています。
彼女は政府に対して、生活費の支給額が少ないと怒っています。留学生にちゃんと勉強してほしいなら、それなりの手当が必要だと手紙の最後を結んでいます。記事の中には記者のコメントは書いてありませんでしたし、実際の国費留学生である夫の方がどう考えているのかもわかりません。文句を言っているのはおまけでついていった女性の方です。
職場でも、この1年半で何人も国費留学生として旅立っていきました。みんな30代、奥さんも子どももいます。問題、というわけではありませんが、留学生の平均年齢がかなり高いのがサウジの特徴だと思います。キャリアアップ志向があるのは悪いことではありませんが、なんだか現実逃避のように思えてしまうのは自分だけでしょうか。
2009年3月21日 (土)
リヤド国際空港
正式には 「キングハーリド国際空港」。アメリカの HOK (Hellmuth, Obata + Kassabaum) による設計です。湾岸危機~戦争の際は多国籍軍の空軍機補給基地にも使用されました。
写真で窓の向こうに見えるのがサウジアラビア航空機。名前が変わって機体のデザインもおしゃれになりました (旧称:サウディア/Saudia) 。
この空港も、一昔前ととくらべて今はとてもスケジュールに正確になったと思います。リヤド発の国際線は1~2時間遅れるのが当たり前でしたが、この1年半、そこまでの遅れは一度もありません。チェックインでもめる客もほとんど見かけなくなったし、時代が変わったなぁとしみじみ。
2009年3月20日 (金)
2009年3月19日 (木)
おおらか?
バトハの代理店でフィリピン人スタッフと話をしていた時のこと。彼はもう20年リヤドに住んでいて、あと2年で定年退職なのだそうです。そんな彼と交わした会話。
「じゃあ2年後はフィリピンだね」
「あぁ、家族がいるからね」
「子どもはいるの?」
「一人大学で勉強中、上の二人はアメリカの大学を卒業して、そのまま向こうで働いているよ」
「へぇ、お父さん、仕送りがんばったねぇ」
「まあね、本当によく20年も働いたよ、こんな町で」
そんなことを話しながら、それにしてもサウジって生活大変だよねぇ、などと一通りサウジの苦労話をお互いにした後、ふと彼が顔を暗くして、少し低い声で話し始めました。
「でも国に帰るのには問題があるんだよ」
「仕事がないの?」
「まあ仕事はもうね、それよりもさ…」
「ん?、どうしたの??」
「リヤドの奥さんがさ」
「ふんふん」
「マニラの奥さんとさ」
「!!」
ここでしばし絶句。彼はマニラに奥さんと子どもを残しサウジで働いているわけですが、なんとここには第二の奥さんがいるのだそうです。それが同棲なのかちゃんとした結婚なのかはさておき、第二夫人の存在は家族にも話してあって、子どもをサウジに呼び寄せた時にはきちんと紹介もしたのだとか。
「だって20年もやもめ暮らしなんて無理でしょ?」
いや、「でしょ?」って言われてもどう返事をしたらいいのか…。はたして2年後はどうなるのでしょう。穏便解決か、それとも修羅場か、かな~り興味津々。それにしてもさすがフィリピン人、おおらかというかなんというか。
2009年3月18日 (水)
2009年3月17日 (火)
ファドラッカーズ
これまでハンバーガーといえばマクドナルドのようなところでしか食べたことがありませんでしたが、リヤドにもいくつか本格アメリカンハンバーガーの店があって、前から興味があることはあったので、その中でも無難そうな 「ファドラッカーズ」 に行ってみました。
ビザとかグリルもありましたが、やはり目的はハンバーガー。店員におすすめを聞いて、素直にそれを注文しました。肉の大きさは一番小さい1/3ポンド (148g)。小さいといったって、すでにクォーターパウンダー (1/4ポンド) を越えているんですけど…。この上は1/2ポンド、2/3ポンド、そして堂々の1ポンド (453g)。写真を見ても、1ポンドは冗談としか思えない大きさです。(ちなみにホットドッグも長ーい)
注文後はしばらく時間がかかります。これも注文を受けてから肉を焼き始めるからとのこと。その間、ハンバーガーにはさむための野菜をサラダバー感覚で取りに行きます。トマト、玉ネギ、レタスなどがスライスされて大量に並べられていました。もちろんどれだけ取ってもOK。
10分後、テーブルに運ばれてきたハンバーガーは、もうこれ以上ないくらい、見事にカロリーの塊でした。厚い肉の上にとろとろチーズとかりかりベーコン。ご丁寧にパンまで油で焼いてあります。ポテトウェッジにもチリコンカルネとチーズがたっぷり。見ているとそれだけで満腹になりそうでしたが、意外や意外、黒コショウが効いたマッシュルームと絶妙な塩加減のおかげで、最後まで飽きずにパクパクと食べられました。
でもそもそも厚いので、ここにトマトや玉ネギをはさんで食べるのはかなり難しく (ぽろぽろ落ちてしまう)、結局野菜はそれだけで食べました。それにしても、マクドナルドとは別次元の食べ物ですね。ああいうチェーン店のハンバーガーはおやつです。量からしても。こちらはちゃんとした食事という感じ。もちろん、こんなのを頻繁に食べていたらあっというまに太ってしまいますが。
ということで、ちゃんと作ればハンバーガーっておいしいんだなぁと、目から鱗の一食でした。
2009年3月16日 (月)
ワスタ (コネ)
サウジアラビアやヨルダンでは、賄賂を渡して便宜をはかってもらうシステムはありません (システムって変な言い方ですが)。その代わり、「ワスタ」 は積極的に使って良いと社会的に認知されているようです。
アラビア語の 「ワスィート (中間)」 から派生した単語で、物事の間に入って仲介・仲裁をしてくれる人という意味です。アラブの部族社会では富の分配や力関係の均衡のため、伝統的にワスタを重用する文化がありました。
現代のワスタはもう少し下世話な使い方をされていて、交通事故のもみ消しや良い企業への就職 (特に公務員)、外国人もビザの延長や車の登録などをできる限り早く進めたいと、あらゆるコネを使おうとします。
なんでこの言葉を思い出したかというと、最近職場のスタッフが 「転職したいなぁ、でもワスタがないからなぁ」 とよくつぶやいているのを聞くからです。どこの社会も大変ですねぇ。
2009年3月15日 (日)
2009年3月14日 (土)
久しぶりのヨルダン
この週末、ちょっと用事ができてヨルダンに行ってきました。6年半ぶりのアンマンは、それほど劇的には変わっていませんでしたが、着実に発展しているなぁと感じました。
写真1-4: 水曜の夜、木曜の昼夜、金曜の昼と、結局4食全部アラブ料理でした。「ブルージュナー」 のシャンクリシュチーズサラダは、リヤドの 「バールベック」 より断然おいしかったです。「ファハルッディーン」 のヒツジ生肉盛り合わせ (カット肉、ミンチ肉、生クッベ、生クッベスパイシー、レバー、脂肪) は、どれも甘くてヨルダンならではのごちそうでした (あまり他人には勧めませんが)。
「ジャブリー」 のマンサフもぜひ食べたかった一品。この店はやはりジャミードソースの濃厚さが違います。全部ご飯にかけていただきました。ダウンタウンにある 「カイロレストラン」 は、まだやっているのかなぁと思いつつ行ってみたら、フロアが拡張されてだいぶ繁盛しているようでした。ここでは当然、ヒツジの顔。他の店でもあるのかな?。ヨルダン料理なのか、この店だけの特殊料理なのかはわかりません。
写真5: 空港でレンタカーを借りて、滞在中はずっと自分で運転していました。実はまだヨルダンの運転免許証が有効なので (サウジの免許でもいけるらしい)。ちょうど花の季節だったので、イラク・アミールのブラックアイリスが咲いていた場所に、記憶をたよりに行ってみました。どうも今年はまだこれからのようで、ほとんど葉っぱばかりだったのですが、1株だけ、きれいな花を咲かせているものがありました。ラッキー。
写真6: プリンセス・バスマ通りにかかる陸橋。第4サークルからアブドゥーンに行っているのかな?。道路はいろいろと便利になっているようでした。ただし車が増えた分走りにくかったです。リヤドに比べたら道幅もだいぶ狭いし。
ということで、久しぶりのヨルダンはやっぱり良かったです。アンマンは相変わらず暮らしやすそうな町でした。
2009年3月12日 (木)
2009年3月11日 (水)
サウジ人も絶句
3月10日、午前11時頃、それは突然やって来ました。この1年で最大級の砂嵐です。しかも、よく晴れた青空がほとんど一瞬にして砂に覆われました。気持ちの悪いことに、あたりは薄暗いオレンジ色に染まり、まるで異空間に迷い込んでしまったかのようでした。砂嵐には慣れっこのサウジ人もさすがに薄気味悪そうにしていて、窓の外を呆然と眺めつつ 「ヤー、アッラー (あぁ、神よ)」 などとつぶやく人もいました。
1枚目はオフィスの玄関の外。色補正はしていません。なんとも不気味な色です。2枚目、3枚目は新聞の速報に載ったもの。こんな感じで砂嵐が来たなら、確かに一瞬で景色が変わるわけです。数時間、リヤドの空港は飛行機の離発着が停止されたそうです。
ダメだ。頭痛い。気持ち悪い。もう砂嵐は嫌。早く帰りたい。(;ω;)
2009年3月10日 (火)
ジャナードリーヤ⑥ お店
ジャナードリーヤ・フェスティバルにて。
写真1: この看板は 「ファターイルジー」 と読みます。名詞 (商品) の語尾に 「ジー」 を付けて 「○○屋さん」 という意味。ファターイルはファティーラ (アラブ風ピザ) の複数形。ということで、「ファティーラ屋」。
写真2: 「カバーブジー (カバーブ屋)」。エジプトではJ音をG音で発音するので、あちらだと 「カバーブギー (カバブギー)」 と読みます。青字は 「ミンタカ・アルマディーナ・アルムナウワラ」。マディーナ (メディナ) からの出店のようです。上の赤字は 「カバーブ・ビルジャンバリー (エビのカバーブ、もしくはエビ入りカバーブ)」。エビをエジプト風に読めば 「ガンバリー」。「エビを食べて頑張り!」 とおぼえましょう。(←いつ使うの?)
写真3: 「ファーフルジー (壷屋)」。微妙にフスハー (正則アラビア語) と発音が異なるので、サウジ方言なんでしょうか。手許の辞書には 「ファッハール」「ファーフーラ」 が壷として載っています。
写真4: お店がある一角。ジェッダの町を思い出します。
写真5: ヨーグルトを乾燥させたもの。名前は 「イクトゥ」 と言っていたような気がしますが、ちょっと発音が聞き取りにくかったので自信はありません。食べるとなるほどヨーグルト。少し塩辛くてチーズ風味も。でも一袋45リヤル (1200円) は高いような。横で値段を聞いたサウジ人もウーンとうなっていました。
写真6: アサル (ハチミツ)。ヒョウタンに詰めたハチミツが珍しかったので買おうかどうか一瞬迷いましたが、さすがに衛生面が気になり断念。湿度が極端に低いリヤドでは保存も利きますが、日本に持ちかえると湿気でヒョウタンには一気にカビが生えると思います。ヒョウタンカビカビ事件はエチオピア土産で経験済み。ちなみにリヤドで買ったインド製のサソリの標本も日本に持ち帰って数ヶ月でカビが生えてきました。とほほ。
2009年3月 9日 (月)
2009年3月 8日 (日)
ジャナードリーヤ⑤ 地方州の伝統家屋2
ジャナードリーヤ・フェスティバルにて。
写真1-3: バーハ州。岩づくりの家。この地方は岩山が広がっているので、生活道具にもいろいろと石が使われています。石焼きビビンバの器のような石の丼もありました。家の内部は柱の装飾が印象的でした。
写真4-6: ハーイル州。泥づくりの家。アラビア半島内陸部はみんなこんな感じでしょうか。建材としては石でも木でもなくやはり泥 (土)。まぁ泥なんですがカラカラに乾いているので汚いとも思わないし、厚い壁のおかげで内部はいつもひんやりしています。
写真7-9: ジザン州。1枚目はファラサン島の純白の建物。外壁に彫り込まれた精緻な装飾が圧倒的。白と焦げ茶っていいですね。好きです。2枚目の足の長い幅広の椅子は、この地方の暑さ (地面の輻射熱) を避けるためのデザイン。3枚目はティハーマの家。外壁が荒縄で覆われています。なんだかアフリカっぽいですが、それにしても手がこんでいます。
2009年3月 7日 (土)
2009年3月 6日 (金)
2009年3月 5日 (木)
麻婆豆腐・再び
リヤドの中華料理屋では老舗と言ってもいい 「ガルフロイヤル」 には、当時、家から近いということもあって月に1~2回行っていました。料理がどれも甘ったるくて、口の悪い人は 「フィリピン中華」 などと言っていましたが、かといって決してまずいわけでもなく、いいメニューを選べばほどほどにおいしく、それなりに満足できていました。今回、13年ぶりに行ってみようと思ったのは、先日の麻婆豆腐食べ比べ (3店) がどれもいまいちだったからです。
しかし今回の目的は麻婆豆腐。ピリッと辛味の効いた麻婆が食べたい自分としては、かなりの不安を抱えつつお店に入りました。まずは蒸し餃子 (肉&エビ) を注文。味の方はというと、うーーーん、かなーり疑問。肉は細かく挽きすぎていて、さらに蒸しすぎのため旨味が全部抜け出ています。エビの方はあまりにもパサパサで、きっとエビを茹でてから細かく挽いたんだと思いますが、こちらも旨味は何もなく、2個食べても 「鶏肉?」 と思っていたくらいです。
なんだか当時よりもさらにレベルが落ちていたので、麻婆豆腐もどんなものが出てくるのかヒヤヒヤしながら待っていたのですが、テーブルに運ばれてきたそれは見た目にはとても立派な麻婆豆腐でした。少し嬉しくなって、「どれどれ」 とおもむろに豆腐をひとつパクリと口に放り込むと、豆腐自体は今までの3店とくらべても一番おいしい!。が、しかし、味が…、甘い、そして酸っぱい、さらに相当辛い。ついでに言うと深みのない表面的な辛さ。山椒も使っていません。
「コレハナンダ?」 と首をかしげつつ食べ進めていると、しばらくして、ふと、これはタイ料理の味だと思いあたりました。酸味と甘味が強烈で、さながらトムヤムクンのような味つけです。そう考えて食べると、これはこれでアリかなとも思いましたが、でも、決して自分が思い描く麻婆豆腐ではありませんでした。前はフィリピン中華でしたが、現在はタイ中華になったということでしょうか…?
料理というのは常に人々の嗜好に応えなければならない宿命があって、そうでなければ淘汰されてしまうわけですから、当然、味も変わって然るべきだと思います。特に中華料理は世界中に進出して各地で根付いていますから、味の振れ幅が大きくなるのは仕方ありません。たとえサウジの中華料理に不満を感じたとしても、それは料理がまずいのではなく、ただ自分の嗜好に合わないだけです。実際、ガルフロイヤルはもう20年以上続いているし。
なんて理屈をこねて自分を納得させようとしていますが、やっぱりこの麻婆豆腐の味つけはちょっと悲しすぎました。豆腐がおいしかっただけに。餃子はさすがに論外ではないかと。断言する自信はありませんが。
2009年3月 3日 (火)
スシ・フレンチ
リヤドのタハリヤストリートにあるフレンチとお寿司の店 Furusato。なぜお寿司をフレンチと合体させたのか不思議ですが、ヌーヴェル・キュイジーヌとしてとらえれば、フレンチの感覚にはピタリと合うような気もします。お寿司を白いお皿に盛って、ディルとプチトマトを添え、バルサミコ酢とオリーブオイルを点々と垂らせば、立派なフランス料理に見えてきます。(このお店では思いっきり和のテイストで出てきますが)
Furusato ではもちろん同じお皿の上に2種類の料理が載っているわけではありません。料理はそれぞれ単体。メニューをめくっていくと最初にフレンチやスペインぽい料理が続き、突然 「SUSHI」 のページが現れます。なんとも新鮮。
板前さんはフィリピン人。値段はかなり高めなのに、残念ながら外国でありがちなギューッと力一杯握った寿司飯でした。うーん。一度自分に握らせてくれー。
レジの前にあったディスプレイはなんだかダイナミックでした。生エビと生魚がパラパラと氷の上に飾ってあって。微妙に何かを誤解しているような…。
2009年3月 2日 (月)
カレーのシメに砂糖
リヤドにカレー屋は星の数ほどあれど、なかなか自分の好みに合うお店にあたりません。そんな中、最近ようやくピンとくるお店に出会いました。インディアンサマーというインド料理屋で、一度夕方に出かけた時はおいしいけれど少し割高に感じたのですが、毎日お昼はカレービュッフェをやっていると聞き数日後に行ってみると、これがなかなかの大ヒットでした。ほどほどに種類がありどれも味が良く、値段も45リヤル (約1200円) と文句なし。
ただ、お勘定を頼んだらなぜか一緒に粒砂糖と粒チョコが出てきました。インド料理屋だったら最後はクミンの粒が定番なので (ひとつまみ食べると消化にいいらしい)、なんとも不思議な感じでした。たぶんバングラデシュの大使も来ていたのでそれなりの格のお店だと思いますが、まぁ、ある種の贅沢感でしょうか。「おっ、砂糖!」 …いや、思わないか。
世界の法律あれこれ
以前サウジアラビアの統治基本法について書きましたが、世界には例え先進国と言われる国であっても、外国人からしたら何ともおかしな法律があるものです。インターネットで見つけた各国のヘンな法律をいくつか。
■フランス
*ブタをナポレオンと名付けたり、呼んだりしてはならない。
*午前8時から午後8時までの間でラジオで流される音楽は、その70%がフランスの作曲家でなければならない。
*顔が人間ではない人形を売ってはならない。
■シンガポール
*ゴミを捨てることは重罪である。罰金数千ドル、何時間にも及ぶゴミ収集、そしてカウンセリングを受けなければならない。
*聖書を運んだり、イエスについて誰かと話してはならない。
■イギリス
*国会議事堂で死んではならない。国会議事堂で死ぬと王室国葬となってしまう。
*海岸に打ち上げられたクジラは国王のモノである。骨は彼女のコルセットを作るために使われる。
*ヨーク市ではancient cityの壁の中であればスコットランド人を殺しても合法。ただし手段は弓矢に限る。
■オーストラリア
*子供たちがタバコ、コンドーム、アルコールを買うことは禁止されているが、使うことは自由である。
*黒い衣類を着用し、フェルトの靴を履き、靴墨を顔につけて通りを歩いてはならない。これは泥棒の格好である。
*バットマンのコスプレをしてはならない。
■フィンランド
*ドナルドダックはいくらいってもパンツを履かないので、一度追放された。
■アメリカ合衆国
*EDは24の州で離婚の理由になる。
*イリノイ州では英語を話してはならない。公用語は「アメリカン」である。
*オハイオ州オックスフォードでは、女性は男性の絵の前で服を脱いではならない。
*インディアナ州ではロビンフッドに関することをしてはならない。
■タイ
*ゴムを道路に落とすことは違法である。罰金は最高で600ドル。
*下着を履かずに表に出てはならない。
*映画が始まる前に着席したものは、国歌が流れている間は立たなければならない。
……昔バンコクで映画館に入った時は、確かにみんな立っていました。何のことかわかりませんでしたが、とりあえず立っておいて正解だったみたい。
2009年3月 1日 (日)
魚の暗号
以前紹介した 「フィッシュ&チップス」 のお店の看板が、実は秘かに気になっているというお話。
初期キリスト教では、迫害を恐れた信徒たちによって、魚が信仰あるいはキリストを表すシンボルマークとして暗号的に使われていました。Wikipediaの 「イクトゥス」 にも歴史的な経緯が記されています。
このことを知ったのはヨルダンにいた時です。どこかで見た車のバンパーに、2本線で表した魚のようなマークが書いてあって、気になって調べたらキリスト教のシンボルということがわかりました。現代でも欧米では普通に使われているとのこと。
そしてサウジアラビア。イスラム教以外をまつることは一切許されない国です。教会を建てるなど以ての外。多人数で集まってミサをすることも、十字架を外部に向かってディスプレーすることも厳禁です。そんな土地で、思わぬ所で大きな魚のマークを見つけてしまい、一瞬ギョッとしました。
それが 「フィッシュ&チップス」 のお店の看板なのですが、まぁ当たり前といえば当たり前の話です。だって魚が商品なんですから。サウジ当局もそこまで意識して見てはいないのでしょうが、この事情を知ったらいったいどうなるのでしょう。お店の前を通るたびにハラハラしている今日この頃です。
































































































