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2013年5月29日 (水)

そろそろ仏教?

最近ちょこちょこ読んでいる仏教のウェブサイトから抜粋。なんでしょう、なんだかスーッと染みてきます。

*  *  *
人間は観念の動物です。新しいこと、変化することはなかなか肯定しようとはしません。地球は丸いといったガリレオを馬鹿にしたように、海の彼方にアメリカ大陸があると主張したコロンブスを一笑に付したように、それ以上にこの世の無常も、瞬間瞬間の変化しかないこの世の実体も頭から理解しようとしません。ところが、ヴィッパサナー冥想法を実践した人たちは、理屈ではなく実感としてその本質を知ってしまいます。

一般的に言う神仏等は人間が作った概念にすぎず、その概念によって人間は自分をだまし、責任転化して世の中をスムーズに生きられるよう一種の倫理的な規制を敷いたのだと知ることは、観念的人間とし ては非常な精神的抵抗のあるところだとおもいます。苦しいときはだれでも神にすがりたいし、神を存在させることによって罪や罰、正邪の定義の方便として利用してきて今日まで人間の慣習としてとけ込んでしまったのですから。

誤解のないように言っておきますが、仏教は何も神の存在を肯定する宗教を非難しているわけではありません。人を救い、正しい道に導くにはそれぞれの立場、それぞれの素晴らしい方法があり人間の精神向上のために素晴らしい貢献をしていることは否定できません。ですから、いまここで申し上げているのは 次元の違う話なのです。

人間は元来弱い存在なのです。弱い心の持ち主なのです。ですから釈迦尊の教えを知って実践してみて、一時的な気休めとしての心の安 らぎでなく、心の仕組みそのものから変えてしまう強固な心へと自分を育ててほしいのです。
*  *  *

うーん、、、明日来られたら、たぶん壺買っちゃうな。。。

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