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2013年5月27日 (月)

憎しみの連鎖、あるいは悲しみの

初めての中東暮らしはカタールでした。ちょうどインティファーダ (パレスチナ人の蜂起) の頃で、毎日夕方のニュースでイスラエル治安部隊に投石するパレスチナ人の映像が流れました。

運悪く治安部隊に捕まったパレスチナ人は、その場に押さえつけられ、投石できないように大き目の石で両肩をゴンゴン叩かれ、骨を砕かれていました。平和ボケした日本から来た自分にとっては、衝撃の映像でした。

そこで自分が何を感じたか正直に言うと、それは押さえようのない怒りでした。明らかにパレスチナ人は被害者だと思ったし、「イスラエル許せん!!」と本気で腹が立ちました。

職場にもパレスチナ人が何人かいて、彼らとパレスチナ問題の話をしても、そこには「話し合いで」とか「政治的に解決を」などという生ぬるい言葉は微塵も出てきませんでした。

日本人なら、「傷つけられた悲しみは相手を傷つけても癒えない」という仏教的な(?)考え方が多少なりともあるように思いますが、パレスチナ人にとっては、徹底抗戦とイスラエル殲滅あるのみといった雰囲気が濃厚でした。

それから10年。ヨルダン勤務の2年間も、毎日新聞やテレビでイスラエル軍によるパレスチナ人殺傷のニュースを見聞きしていました。2、3ヶ月に1度は、職場のパレスチナ系ヨルダン人スタッフの身内がイスラエル軍に殺されたという話を聞きました。

そんなスタッフから、「家族が殺されたら誰だって銃を取るさ、お前だってそうだろ」と問いつめられた時は、ただ黙ってうつむくしかありませんでした。

イスラム教の聖典コーランには、「敵を見たら殺しなさい」とか「敵のうちでもっとも悪いのは自分の土地を占領する者である」などと書かれています。

パレスチナ人にとって対イスラエル戦は完全に正義であり、殉死をしたなら天国に行くことが約束される「ジハード(聖戦)」なのです。パレスチナ人が本気ならイスラエル人も本気です。両者が消耗しつくし完全に戦意を失わない限り、戦いは終わらないのかもしれないと感じました。

そしてまた10年。2013年の現在も、中東情勢は解決に近づくどころかますます混迷の極みです。何がいけないのか、どうすればいいのか、もう誰にもわかりません。誰が敵でなんのために戦っているのか、何をどうすれば「終わり」なのか。。。

神のみぞ知る? いいえ、神さえいなければ、とっくの昔に終わっていたはずです。歴史上、神に命を救われた人よりも、神の名において殺された人の方が圧倒的に多いでしょう。

神はずるいです。自分では殺さず、人に殺させる。そんなの、あんまりです。あんまりにも救いがない。救いがないから人は人を恨む。憎しみの連鎖が続く。このままでは、未来永劫に。

無理を承知で言いますが、勇気を持って、忘れることはできないものでしょうか?

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コメント

おひさしぶりです。
昨年度の今頃(ナクバのイベント)で、
書いた記事です。

パレスチナ難民の女子校で勤務していた私ですが、
生徒たちがこういった絵や考えをするたび、
自問自答していました。


投稿: | 2013年5月27日 (月) 23時39分

悲しいことですよね。今、シリアで、イラクで、なぜアラブ人がアラブ人を殺さなければならないのでしょう。それすらも「ユダヤ人のせい」なんでしょうか。。。

投稿: shukran | 2013年5月28日 (火) 13時36分

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