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2020年5月15日 (金)

タイ映画鑑賞:Nakee 2

「Nakee 2」は2018年のタイの伝奇ロマン映画です (ジャンルはこういう言い方でいいのか不安ですが)。TVシリーズ "Nakee" の続編として、映画が作られました。ラスト20分は怒涛の展開が続き、観終わっても内容が整理できなかったので、あらためてTVシリーズのあらすじを読んでみました (最終話は視聴)。

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“Nakee"(TV版) はタイに伝わるナーガ (蛇神) の伝説をモチーフにした歴史ファンタジーです。出生に謎がある村の美しい娘カムゲーオは、彼女自身も気づいていない不思議な力が備わっていました。

考古学を学ぶ学生トサポンは、"ナーキー" という女神の像を発掘したことにより、 ナーガの魔力で恋に落ち、全てを捨ててカムゲーオの側にいることを誓いますが、この愛は多くの困難に見舞われます。

ナーガの生まれ変わりであるカムゲーオは、3つの魂 (美しい娘、美しい蛇の女王/守護神、恐ろしい蛇の亡霊/破壊神) を宿しており、村の多くの人々がナーキーの力を目の当たりにしたことで、恐れおののき、やがてカムゲーオへの攻撃につながっていきました。

カムゲーオはナーガの輪廻から抜け出そうとしますが、ついにカムゲーオの母親が村人のせいで亡くなると、カムゲーオは巨大なナーガに姿を変え、母殺しの首謀者を次々と殺していきました。結果、トサポンとは永遠に別れることになってしまい、トサポンは仏門に入るのでした”
* * *

さて、"Nakee 2"(映画版)。オープニングは伝説の語りから。村に伝わるナーキーの伝説は、1000年に渡るナーガとガルーダの戦いで始まります。1000年の戦いが終息する間際、殺されようとしていたナーキー (蛇女神) を救ったのは人 (男性) であるチャイヤシンでした。チャイヤシンはガルーダの軍勢と戦い、ナーキーとチャイヤシンは強い愛で結ばれました。

二人の子供は、ガルーダの罰を受けるのを防ぐためナーキーの願い通り白いウナギの姿で生まれましたが、その年、ひどい旱魃が国を襲い、そのため白いウナギが災難の元凶であると非難され、(おそらく) 殺されてしまいました。

愛し合った二人の魂は、1000年の後に生まれ変わって再び出会い、考古学者トサポンと、日蝕の日に生まれたカムゲーオとして再び愛を交わしますが、母を殺され怒りに狂い村人を殺してしまったナーキーは再び罰を受け、1000年の間その魂は眠りについたのでした (TVシリーズはここまで)。

映画の舞台は現代です。ナーキーの伝説が伝わるタイ東北部の村に赴任した若き警察署長ポンは、次々と起こる殺人事件の捜査を進めます。あまりにも異常で恐ろしい殺され方に、村人はナーキーの呪いであると恐れ、日蝕の日に生まれたソイ (スロイ/Sroi) をナーキーの生まれ変わり、つまり彼女が殺人犯と断定しました。

ソイは普段、祖母と一緒にナーキーの像がある神殿 (古刹) で花売りをしており、毎日のようにナーキーに祈りを捧げていました。実はソイも、自分の夢に死体として現れた村人がことごとく殺されたため、自身がナーキーの生まれ変わりではないかと悩んでいました。

捜査に行き詰まったポンはソイから話を聞きます。ナーキーの殺戮は母を殺された怒りから来るものであること。昔、村人のラムジアックが母をナーキーに殺され、トサポンもラムジアックを二度と愛することはなかったため、失意のうちに亡くなったこと。

※急にラムジアックの話が出てきて、ここで言うトサポンがどの時代の人なのかよくわからないのですが、きっとTVシリーズから (ラムジアックの女優さん含め) つながっているのかなと。ソイや村人の話し方から、1000年前の伝説の人という感じはしなかったのですが。。

ヒントをつかんだポンは、今は廃墟となったラムジアックの家に急行します。そこで得体の知れない巨大な何かに襲われるポン。その時、ポンの両目が金色に光ったかと思うや否や、家全体が光りの爆発に包まれました。

村人に捕獲され、火炙り寸前のソイのもとにポンが駆けつけ、犯人はラムジアックだと言いました。ポンにかまわず火をつけようとした村人を制するように、今度は謎の僧侶が出現しました。そして、すべてラムジアックの仕業だと告げるのでした。

村人の前に姿を現したラムジアック。瞬時に僧侶の前に立つと、僧侶の姿も若き日のトサポン (TV版の本人) になりました。出会うべきではなかったと後悔の言葉を口にするラムジアックに対し、これ以上誰かを傷つけるなと言うトサポン。トサポンを心の底から愛していたラムジアックは、ナーキーだけを愛したトサポンをなじりました。

場面転換。時空が変わり、トサポンはナーキー (TV版の本人) に "何があっても出ていくな (正体を晒すな)、呪いの輪廻を終わらせるんだ" と言いました。涙を流すナーキー。果たして現実世界では、ラムジアックが巨大な赤いナーガに姿を変え、トサポンを食い殺してしまうのでした。

時空の中で、ナーキーの目の前で姿を消していくトサポン。ナーキーは泣き崩れました。現実世界ではラムジアックがソイを襲います。必死に助けようとするポン。その時、白いナーガが現れました。時空を超え、ナーキーが姿を変えて出現したのです。

村人を守りながら、赤いナーガ (ラムジアック) と戦う白いナーガ (ナーキー) でしたが、形勢は不利。ナーガに向かって走り出したソイは「お母さん!」と叫ぶと白いナーガに変身し、戦いに身を投じました。

しかし、勝ったのは赤いナーガでした。人の姿に戻り涙を流し見つめ合う二人にとどめを刺そうとする赤いナーガ。そこに現れたのは、炎に包まれた巨大なガルーダでした。赤いナーガをその爪でガシリと掴むと、空の彼方に消えていきました。(ちょっと時間をおいて) ソイの身体を抱きしめるポン。すべてが終わりました。

後日、ソイとポンはナーキーの像の前で、愛を育みはじめるのでした。また別の場面では、TV版トサポンとナーキーそっくりの男女が偶然出会うシーンも。

さて、いろいろつながらないことが多いのですが、たぶん1000年前のTV版のナーキーの魂は、現代においては守護神と破壊神のふたつに分かれて転生したようです (数年あるいは十数年の時差はあったかもしれない)。

ただ、時空の中のナーキーは善悪両方の魂を宿しているわけで、意図的に守護神だけに変身できたのはなぜなのか。というか1000年の時を越えて姿を現せたのはなぜなのか。ソイの母親のことは何も語られていなかったのですが (存在自体まるで無し)、なぜソイは白いナーガを見て母だと思ったのか。

伝説ではナーキーの子供は白いウナギなので、ソイにそれを匂わせるような描写があったかと言うと、それもありませんでした。てっきりソイがナーキーの (善の心の) 生まれ変わりだと思っていたので、ナーキーの娘という設定には驚きました。

また、ポンはトサポンの生まれ変わりだと思っていたらそれも違い、どうやらガルーダの化身だったようで (はっきりとは語られていない)、ラムジアックの家で目が光るまで一切匂わせがなかったのは疑問。

しかも、もともとの伝説ではナーガとガルーダは戦う敵同士でしたから、最後にそこが結ばれたのは一体なぜなのかなと。TVシリーズの決着を無理やりつけた恰好なんでしょうか。いや、決着ついたことになるのかな。。

ナーガの造形などCGはかなりしっかりしていて、殺された村人の描写は相当過激 (肉の塊、下半身食われ内蔵露出、身体縦に真っ二つなど)、ちょっとびっくりしましたが、撮影にはかなりお金をかけた大作ということがわかります。主演二人はもちろん、TV版の二人もいい演技でした。

とても面白い作品でしたが、惜しむらくは映画版だけだとちょっとわかりにくかったことでしょうか。

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