2009年2月15日 (日)

サウジアラビア IKEA

下に書いたイギリス人コミュニティーの情報サイトにスウェーデンレストランというのがあって、「なんだろ?」 と思って興味津々で読んでみたら、IKEA の中のレストランのことでした。実際に行ってみて、ずらりと並んだ数々の料理が果たしてスウェーデン料理なかのはわかりませんでしたが (トレーを持って並ぶ学食スタイル)、少しだけヨーロッパの雰囲気を感じることができてうれしかったです。思っていたより値段が安く、味も悪くありませんでした。ミートボール10個+ポテトで12リヤル (300円)、スモークサーモンサラダ14リヤル (350円)。

*アラビア語のカタログが新鮮 → サウジアラビア IKEA のHP
(アラビア語のページに飛びます)

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フィッシュ&チップス

イギリス人のコミュニティーがウェブサイトを立ち上げてリヤドの生活情報を公開しているのですが、レストランのページにはやはりと言うべきかイギリス料理のレストランはひとつも載っていません。その代わり、「フィッシュ&チップス」 のお店が2軒あったので、その名もずばり 「フィッシュ&チップス」 というまったくひねりのない名前のレストランの方に行ってみました。

お店で頼んだのはコッドフィッシュ (タラ) のフライ (30リヤル=720円)。もともとフィッシュ&チップスは大好きなので、最初こそテーブルに運ばれてきたフライの巨大さに唖然としたものの、マヨネーズやピリ辛のタルタルソース、後半は赤いビネガーをふりかけて、あっという間に平らげてしまいました。さすがに山盛りのチップスはほとんど残しましたが。

端的に言えば、とてもおいしかったです。揚げ方もバッチリ。衣サクサク、身はプリプリ。クセがなく甘味のあるタラの身は、口の中でとろけるおいしさでした。これが揚げすぎていたり古い油を使っていたりすると途端に世界最悪の食べ物になりますが、これはもう100点満点。

…いや、そう言いたいのはやまやまですが、やはり付け合わせの野菜がまったくないのはいかがなものかと思いました。見た目も茶色ばかりだし。キャベツの酢漬けでも添えてくれたらうれしいんですけどね。そうでなかったらせめてパセリかプチトマトをひとつ。格段に料理っぽくなると思います。

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2008年5月29日 (木)

キプロスでがっかり

これまでの海外旅行にたとえ1回でも「ハズレ」があったとは考えたくないのですが、どうもキプロスがそんな感じだったのかなと、時々思い出しては今でも首をひねっています。キプロス旅行に行ったのはエジプト滞在中、ハッジ明けの休暇でした。10日ほど続く休日をどう過ごそうかあまり考えていなかったのですが、ぎりぎりになって「やっぱりどこかに行こう」と思い立ち、カイロから国外に出るのに一番安い飛行機代はどこかとさがしているうちに、キプロスにたどり着いたわけです。

事前に知っていた情報は、以前知人から聞いたキプロス旅行の断片的な話だけ。とりあえず「リマソール」というビーチリゾートエリアにホテルを確保し、あとは特に情報もなく、「陽気は暖かいだろう、シーフードがおいしいだろう、ギリシャ的な雰囲気の景観だろう」などと想像して現地入りしました。しかしまず、空港からタクシーでホテルに向かう道中の風景で「アレレ?」と思いました。なんだか全然アラブを脱出した気分にならないのです。ギリシャの島というよりも、ずっとアラブっぽい景色が広がっていました。

この時は3月末、ちょうどイースターシーズンでもあり、そざかしホテルはヨーロッパ人でごった返しているだろうと思っていたら、ロビーにはほとんど人影がありませんでした。「みんなビーチで寝転がっているのかな」と考えつつ部屋に上がり、さっそくベランダに出てビーチを一望すると、これまたほとんど客の姿が見えません。ここでまた「ん?」。さらに、ベランダで受ける風のなんと涼しいことか。もうだいぶ暖かいと思っていたのに、「ビーチでのんびり」という思惑が外れてしまいました。

5日間キプロスに滞在したのですが、結局毎日涼しい天気が続き、海に入ることはありませんでした。ビーチのデッキチェアに寝ていることすら、あまりの風の冷たさにやる気が起きませんでした。「まぁいいや、とにかく新鮮なシーフードだ」と気を取り直して繁華街に出かけたのですが、ここで激しくガッカリすることになります。完全にあてがはずれました。味はいまいち、しかも冷凍食品ぽいものもちらほら。その店が悪かったということでもなさそうで、結論としては単に「季節外れ」だったようです。

キプロス観光のハイシーズンはやはり夏。7月になればまぶしい太陽の下、きっとどのビーチもレストランも観光客でごった返すことでしょう。港にもたくさん魚があがり、どこで何を食べてもはずれはなさそうな気がします。しかしこの時はホテルも町も、すべてが閑散としていました。「寒い、まずい、寂しい」という三重苦に見舞われ、旅行のウキウキ感はゼロ。ビーチリゾートには真夏に行くべきだなとつくづく思いました。「暑い、旨い、にぎやか」 これがあって初めてリゾートを楽しめるというものです。

シーフードがそんなだったので、せめてキプロスのローカルフードをと思ってメニューを見ると、なんだかアラブ料理と代わり映えしないものばかり。おいしいことはおいしいのですが、エジプトから海外旅行に出かけるからにはアラブを忘れたかったというのが正直なところ。なんだか逆に気落ちしてほとんど写真も撮りませんでした。ひとつだけ、「コマンダリア」という極甘口のキプロスワインだけは、良い旅の思い出として残りました。お酒飲めないんでひと口ふた口でしたが。

■コマンダリア (Commandaria)
キプロスのコマンダリア地方トロードス山麓の村で生産される、琥珀色をした甘口のデザートワイン。収穫したブドウを天日干しして糖度を高めるため、アルコール度数は15度に達する。この製造法については紀元前8世紀の古文献にも見られ、12世紀の十字軍の時代にはすでにコマンダリアの名前を冠していたため、現在も作られているものの中では世界最古のワインと言われる。

コマンダリアの歴史は、美神アフロディーテを祝うためワインを飲む習慣を持っていた古代ギリシャ時代にまでさかのぼることができる。キプロスの天日干ししたブドウから作るワインに関するもっとも古い記述は、紀元前800年のギリシャ語の詩 (Hesiod/Cypriot Manna) である。

12世紀の十字軍の時代、イングランド王リチャード1世、別名「獅子心王 (Richard the Lionheart)」はキプロスで結婚披露宴を催した際、このキプロスワインをいたく気に入り、「王のワイン、そしてワインの王」と讃えたと言われている。この時代にキプロスは他の諸侯 (テンプル騎士団など) に売却されたが、リマソール近郊のワイン生産地だけは手放されなかったという。

13世紀、フランス王フィリップ2世 (尊厳王) は世界初のワインテイスティング大会を開催した。フランスおよびヨーロッパ各国から集められたワインのうち、最優秀に輝いたのはキプロスワインであった (コマンダリアであろうと信じられている)。また、オスマントルコがキプロスを侵略したのは、唯一コマンダリアが目的であった。

コマンダリアはキプロス固有のMavro種とXynisteri種の完熟ブドウで作られる。それぞれ糖度が15~16度、12度になってから収穫されるが、さらに天日干しされ糖度が高められたブドウは、自然発酵でアルコール度数が15度に達する。これらのプロセスはコマンダリア地方の指定された14の村でのみ行われる。

コマンダリアと呼ぶことができるのは、樫の木の樽に最低4年以上寝かされたワインであると法律に定められている。しかしこの熟成工程に関しては、キプロス島の中であれば14の村以外でも行うことができる。同じように高いアルコール度数を持つ甘口ワインが他にもあるが、コマンダリアは完全に自然発酵のみによるものであり、強化ワインではない。

コマンダリアは1879年には年間385,000リットル生産されていた (税金を払った登録品のみの計算)。そのうち231,000リットルはリマソール港から輸出され、うち199,000リットルはオーストリア向けであった (当時のお金で2,075イギリスポンド)。2005年の生産量は年間449,290リットル。

コマンダリアはEU、アメリカ、カナダで原産地呼称保護 (PDO) に登録されている。コマンダリアはトロードス山麓の標高500~900mに広がる Ayios Yeorgios, Ayios Constantinos, Ayios Mamas, Ayios Pavlos, Apsiou, Yerasa, Doros, Zoopiyi, Kalo Chorio, Kapilio, Lania, Louvaras, Monagri, Sylikou の各村で生産されている。

2006年2月、キプロスワイン生産組合は、オーストリア・リーデル社のワイングラスをコマンダリア公式ワイングラスに選定した。

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2008年4月16日 (水)

嗚呼、憧れのエーゲ海クルーズ

ちょうど10年前、エーゲ海クルーズをしました。大型客船に乗って、アテネ近郊のピレウス発→ミコノス島→パトモス島→クシャダシ(トルコ)→ロードス島→クレタ島→サントリーニ島→ピレウス着、というルートを4泊5日でまわるものです。「船旅」、しかも「エーゲ海クルーズ」という言葉にはものすごく憧れを持っていて、カイロに住んでいた当時、たまたま近所の旅行代理店で「こんなのがあるよ」とクルーズのパンフレットをもらったものですから、これはもう行くしかないと思ったわけです。アテネまでの飛行機代はとても安かったし。

輝く陽光を浴びた、エーゲ海の美しい島々の写真がふんだんに使われたパンフレットは、見ているだけでワクワクしてきました。船のデッキでひたすらのんびりと過ごす自分を想像すると、思わず口元がほころびます。自分にとって船旅とは、セカセカと慌ただしく観光地をまわる旅行と違って、いかにも大人のチョイスという感覚でした。もうそろそろこういう旅をしても良いだろうと、そういうデンと構えた感じの気持ちですね (←天狗…)。

そうして、料金プランの検討に入ったのですが、これがなんとも難しい。基本的に値段が高いのもさることながら、下のクラスから上のクラスまで、小刻みにちょっとずつ値段が上がっていきます。こういうのが一番選びにくい。参考までに、当時のプランにかなり近いものを見つけたので掲載します (サイズが大きいので保存してからご覧ください)。このプランを見ると、どのクラスに予約したら良いのか誰もが迷うと思います。窓のない内側は避けたい、窓がある海側でも一番下の階はイヤ、一番上のクラスは高すぎ、などと考えると、おのずと2階の海側か、3階の海側になります。

ただ、3階の2種類の海側の部屋を見比べると、安い方は船体後ろ側でエンジンに近いため、おそらくそれなりの騒音がある、ということで60ドルの差がついていると考えられます。このふたつを比べたら、値段はわずかな差ですから、絶対に前側の部屋の方が良いのですが、2階の部屋と比べると、260ドルの差になり、1室の値段で考えると1.5倍ないしは2倍になるわけですから、けっこう大きな差です。こんなに違うなら下の部屋でも良いかな、などと考え始めると、もう全然アイデアがまとまりませんでした。

そのうち知人が、「船の旅は階によって扱いに大きな差があるよ。極端に言えば緊急時に脱出する順番も、上の階が先だからね」などとアドバイスをくれたので、ますますわからなくなってしまいました。「2階の海側より3階の内側の方が値段が安いのに、助かる確立は高いのか」などと考えを巡らせるようになり、やや被害妄想的になったところで、エイヤと割り切って、結局2階の海側の部屋を取ることにしました。タイタニックのようなことには、まぁ、ならないだろうと自分に言い聞かせつつ。

それにしても、いざクルーズが始まって痛感したのは、船というのは、お金をたくさん出した人に露骨にサービスが良いということ。レストランは2回の入れ替え制ですが、自分のクラスは後回しの方でした。最上階のゴージャスなラウンジはファースト&セカンドクラス専用だったし、あるフロアには目に見えない境界線があって、部屋のタグを見せて「そちらに入れる住人」かどうか確認されました。

それまでの旅行では、ジャパンマネーを存分に謳歌して (というほど贅沢旅行はしたことありませんけど)、旅先で卑屈になることなどなかったわけですが、この時ばかりは貧富の差、身分の差というものをヒシヒシと感じ、ファーストクラスラウンジに出入りする、タキシードやドレスに身を包んだ紳士淑女の皆さんを恨めしげに見つめるしかありませんでした。

もっとも、昼間デッキに出てしまえば、そんなことはあっという間に忘れてしまいました。洋上に群れるカモメ、ひたすら紺碧の海、水平線の彼方には何があるのか…。気分はもう海のトリトンです (←古すぎる…)。島巡りも良かったです。ロバにまたがって山頂に登ったり、紫に色づくサントリーニ島の夕焼けにため息をついたり。時間がゆったりと流れるのを肌で感じました。船旅を選んで、やっぱり良かったです。ということで、当時のことを思い出しながらマイフォトに写真をアップしました。

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2008年4月15日 (火)

オランダのバカな政治家が… (2)

世界中で物議を醸している、オランダの政治家が作ったイスラム批判のショートフィルムに対し、真っ先に不快感を表明したマレーシアやインドネシアなどと違って、サウジアラビア政府は比較的静観の構えです。大人ですね。ただし、YouTube にたくさんアップされている動画はしっかりブロックされていて、基本的には見ることができません。政府としては世論を刺激したくないというのが本音でしょうから、おそらく意図的に、これまでニュースとして大々的に報じられることはありませんでした。自分が気がつかなかっただけかな?。でも、職場でも全く話題に上らなかったし。

14日付の現地英字紙 Arab News に、本件に関連した記事が載りました。世界中のムスリムコミュニティーでオランダ製品の不買運動が起きていることや、オランダ人の3割がフィルムを見ていてそのうち2割くらいは制作者の行動を評価したことなどが、現状報告的に淡々と記されていました。また、フィルム制作者の政治家が2月にイギリスの新聞のインタビューを受けた時、以下のように発言していることを紹介しています。ちなみに彼はこの3年間、危険を避けるため警察の保護を受けながら生活しているそうです。

「私はイスラム教の伝統や文化、思想を問題視しているんだ。ムスリム (イスラム教徒) の人たちともめているわけではない」
「オランダでコーランを禁止したい。オランダにこれ以上モスクや神学校、イマーム (イスラム神学者、イスラム指導者) はいらない」
「すべてのムスリムがテロリストではないが、ほとんどすべてのテロリストはムスリムだ」

この発言を読んで、個人的にもっとも相違点があるのが、イスラムとムスリムの評価です。彼は、「イスラム (コーラン) は間違っている。しかし愚かな人間はそれに従ってしまう」と言っているんだと思います。自分の場合は、「イスラム (コーラン) は正しい。しかし愚かな人間は間違って解釈してしまう」というものです。これまでにも何人ものムスリムの友人から、「人間がイスラムの全てを理解することは無理。時には間違った解釈から間違った行動に出る者もいる」と聞いてきました。世界中で13億の人たちがコーランを「絶対的なもの」として信じているわけですから、そこを否定しちゃダメでしょ、と思いますね。少なくとも政治家なんだから。

自分は別にムスリムではありませんが (アダムとイブがムスリムである以上、人類はみんなムスリムなんだそうですが…)、聖書やコーランは読み物としてなかなか面白いので、普段ヒマな時にペラペラとめくったりしています。今回のショートフィルムで引用されている箇所をあげてみると、いかに偏った編集がされているかがよくわかります。一応、ムスリムの名誉のために、補足を記しました。しつこいようですが、コーランはなかなか良いことが書かれているなぁと思う反面、イスラム教徒であまりマトモな人 (人間的にバランスが取れていて尊敬できる人) に会ったことがないので、「コーラン (を読むこと) は好きだけど、イスラム教徒は嫌い」という立場に変わりはありません。 (←ひぇ~)

■戦利品章: 60
「彼らに対して、あなたのできる限りの (武) 力と、多くのつないだ馬を備えなさい。それによってアッラーの敵、あなたがたの敵に恐怖を与えなさい」
(→9.11テロ、スペインのテロ、イマームの過激発言、テロの遺体のシーンに続く)

※実はコーランには、続きの61で以下のように記されています。全編を通じて、基本的には戦いを避けるよう、あるいはムスリムが戦わなくてもすむよう記述されていることは明白なのですが、この辺りが解釈の違いになるんでしょう。

「だが彼らがもし和平に傾いたならば、あなたもそれに傾き、アッラーを信頼しなさい。本当に彼は全聴にして全知であられる」

■婦人章: 56
「本当にわが印を信じない者は、やがて火獄に投げ込まれよう。彼らの皮膚が焼け尽きる度に、われは他の皮膚でこれに替え、彼らに (飽くまで) 懲罰を味わわせるであろう」
(→イマームの過激発言、幼児のユダヤ教徒侮蔑発言、爆破テロ、皮膚が焼かれた遺体、反イスラエルデモのシーンに続く)

※続きの57を読んでも明らかなように、これは敵の皮膚を焼けと言っているのではなく、ムスリムに対して「こうなりたくなかったら真面目にやれよ」と言っているのだと思います。

「だが信仰して善い行いに励む者には、われは川が下を流れる楽園に入らせ、永遠にその中に住まわせよう。そこで彼らは、純潔な配偶を持ち、われは涼しい影に彼らを入らせるであろう」

■ムハンマド章: 4
「あなたがたが不信心な者と (戦場で) まみえる時は、 (彼らの) 首を打ち切れ。彼らの多くを殺すまで (戦い)、(捕虜には) 縄をしっかりかけなさい」
(→テオ・ファン・ゴッホ事件、テロリストによる首切断殺害シーンに続く)

※この4はまだ以下のように続いています。これによって、人を殺さなくてもすむようになっているのですが…。

「その後は戦いが終わるまで、情けを施して放すか、または身代金を取るなりせよ」

■婦人章: 89
「彼らは自分が無信仰なように、あなたがたも無信仰になり、(彼らの) 同類になることを望む。だが彼らがアッラーの道に移って来るまでは、彼らの中から (親しい) 友を得てはいけない。もし彼らが背を向けるならば、ところかまわず彼らを捕らえ、見つけ次第彼らを殺せ。彼らの中から決して友や援助者を得てはならない」
(→アフガンあたりの市民の発言、イマームの過激発言シーンに続く)

※ヨーロッパに移民したムスリムが現地の生活習慣になじまないのも道理です。ただ、欧米で風紀が著しく乱れているのは確かだし、アル中ともヤクザとも等しく友達として付き合え、と言われても、それは無理な話です。それに、続く90には、以下のように記されています。他の箇所と同じように、ムスリムが戦わなくてもすむように。

「だが、あなたがたと盟約した民に仲間入りした者、またはあなたがたとも自分の人々とも戦わないと心に決めて、あなたのところへやって来る者は別である」

■戦利品章: 39
「だから、多神がなくなるまで、また (彼らの) 教えが、凡てアッラーに向けられるようになるまで、彼らと戦え」
(→イスラム教徒による世界征服宣言ともとれる発言をピックアップ)

※この39はまだ以下のように続いています。基本的には、敵対しない限り信仰の自由は保障されているというのがメジャーな解釈です。

「だが彼らがもし (敵対を) 止めるならば、本当にアッラーは、彼らの行うことをご存じであられる」

………以上です。まぁ、なんでしょう、キリスト教徒は潜在的にイスラム教徒が怖いんでしょうか。ユダヤ教徒も含めて、同族ゆえに、逆に軋轢が絶えないというか、近親憎悪というか。それぞれに絶対的なものを持っていますからね、それはもめますよ。日本人みたいに、その都度適当に都合良く解釈すれば良いのに、とつくづく思います。「困った時の神頼み」なんて、素晴らしい言葉じゃないでしょうか?

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2008年4月14日 (月)

オランダのバカな政治家が… (1)

あーあ、またこんなことやってる…。

■オランダ右派政治家の反イスラム映画、オンラインで物議 (Wired Vision 2008年3月31日)
オランダの右派政治家が制作した問題の反イスラム映画が、3月27日(米国時間)にオンライン公開され、視聴回数300万以上を記録した。続報によると、映画を公開したサイトは28日、公開を停止した。現在、該当ページには「スタッフに対する脅威が深刻なため」掲載を停止するという掲示がある。翻訳時点での閲覧回数は約420万。

物議を醸している映画『XXXX (名前は書きません、サウジ政府にフィルターかけられてブログが見られなくなると困るので)』[アラビア語で「不和」あるいは「試練」を意味する]は、イスラム教の聖典コーランの言葉と、テロリストの攻撃の生々しい映像を並列させている。オランダ人政治家のXXXX氏 (同じ理由で名前は書きません) は、自ら映画監督となって制作した17分の動画を、過激な映像配信で知られるニュースサイトで公開した。

この行為に対して、オランダ政府や多くの国際団体が強い懸念を表明していたが、同氏は耳を貸さなかった。映画を作った同氏は、1月に行なわれたFox Newsとのインタビュー中で、「イスラム文化やそのイデオロギー、宗教には大きな問題がある」と感じると語っている。オランダの首相は映画を非難し、この映画はイスラム教と暴力を同一視するという間違いを犯していると語った。

■オランダ:極右党首の反イスラム発言、裁判所が容認の判断 (毎日新聞 2008年4月8日)
オランダの裁判所は7日、同国の極右政党の党首が、イスラム教をファシズムになぞらえた発言について、「言論の自由」として容認する判断を下した。イスラム教徒が司法判断に反発を強めるのは必至だ。

イスラム移民排斥を訴える同党首は3月末、反イスラムの短編映画「XXXX」をインターネット上で公開。映画は米同時多発テロ(2001年)、マドリード列車爆破テロ(2004年)などの凄惨な映像を多用し、イスラム教の聖典コーランの章句を、過激派によるテロとむすびつけようとしている。イスラム諸国から非難の声が上がり、国連や欧州連合(EU)が批判した。

在オランダ・イスラム教徒団体は映画の公開禁止を求めると共に、イスラムをファシズムと同一視する同党首の発言を「違法」として撤回を要求していた。これに対しハーグ地裁は、「国会議員(である同党首)は見解を表明できなければならない。発言は違法とはみなされない。重要なのは言論の自由の権利だ」として訴えを退けた。

イスラム教と「表現の自由」をめぐっては、2005年にデンマーク紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載。イスラム教徒の猛反発を招き、世界のイスラム教国で激しい抗議デモが行われた。

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たぶん、このショートフィルムの言っていることは、イスラム全体の中のある側面を切り取ったという意味では、決して否定はできません。ただ、イスラム原理主義者に限定して批判するならまだしも、イスラム全体を野蛮な侵略者として印象づけようとしているので、ちょっと大人げないなと思うわけです。コーランを「殺しのライセンス」と言ってみたり、イスラムはナチズムや共産主義と等しい侵略だとか、キャンペーンの標語風に「イスラム化を防げ」とか。イスラム原理主義者の過激なテロ活動は、実は普通のイスラム教徒にとってもはた迷惑な行為ですから (→9.11テロの時の記事)、こんな対立をあおるようなフィルムを作るより、むしろ穏健派 (というより普通の大多数) のムスリムと手を取り合って、テロ撲滅キャンペーンでもすれば良いのにと思います。結局、票集めなんでしょうね。

オランダは移民を積極的に受け入れてきた寛容の国です。現在、約100万人までふくれ上がったムスリムコミュニティーが、オランダの文化や生活習慣をあまり受け入れず、頑なにイスラムの戒律を守ろうとするのは、オランダにとっては計算外だったでしょう (女性のスカーフ着用だけでもヨーロッパでは深刻な対立論点になり得ます)。「おいおい、受け入れてやったんだから、お前らも妥協して少しはこっちに歩み寄れよ」と言いたい気持ちはわかります。2004年のテオ・ファン・ゴッホ事件以来、イスラムに対する警戒感が一気に広まったのも事実です。ただ、憎しみを忘れることはできないにしても、あえて憎しみをあおる必要もないでしょう。←別に中国や韓国の歴史教育を批判しているわけではありませんよ (汗)。早期に事態が収束するよう期待します。

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2008年4月 9日 (水)

スペイン写真

スペイン写真をマイフォトにアップ。マドリッド、トレド、アルハンブラ宮殿、バルセロナ、モンセラートなど。スペインについてはこれまでにも少し書いていますが (1/14=フラメンコと闘牛、1/15=アルハンブラ宮殿)、語り始めたらきりがありません。魅力的なものがありすぎです。もう一度行きたい国 No. 1。ちなみに、ここに2枚アルハンブラ宮殿の写真を大きめにして載せました。デザインがあまりに精緻なので、これくらいで見ないとよくわからないので。

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2008年3月18日 (火)

オランダ写真

オランダの写真をマイフォトにアップ。オランダにはこれと言って観光の目玉があるわけではありませんが (見る人が見たら違うでしょうけど)、その雰囲気は大好きです。アムステルダムを彩る昼と夜の顔。心安らぐ地方の田園風景。景色はどこをとっても絵になるし、食べ物も世界各国のものがあります。何よりアジア人が街を歩いていても、風景にとけ込めるというか、あまり違和感が感じられません。それだけいろいろな人種が街にあふれています。コスモポリタンとはオランダ人のことを言うのではないでしょうか。懐が深いです。飾り窓があったり、大麻まで合法だったりするのは、まぁその、なんと言うか…。

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アムステルダムの「ん?」

何だかおかしいぞ…。

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2008年3月 5日 (水)

イギリス写真

マイフォトにイギリス写真をアップ。ロンドンは食料の買い出しや病院検査のため何度か訪れていますが、ある年、11日間かけてイギリス国内を回るバスツアーに参加したのでその時の写真を中心に載せました。ロンドン→プリマス→バース→ウェールズ→エジンバラ→スカイ島→ヨーク→ロンドン。途中いろいろ立ち寄っていますが、実はこのバスツアーが微妙だったため (ツアーの様子はこちら)、写真を見返しても場所を思い出せないものがけっこうあります。なので順番もごちゃごちゃになっているかもしれません。白黒写真にしたのは、イギリスの重~い雰囲気が伝わるかと思って。

それにしても、観光旅行としてはとても地味なものでした。ベンネビス山とネス湖を見たからもう十分て感じ。旅行から戻ってきてイギリス人の友人に「スカイ島まで行ってきたよ」と言ったら、「そんなへんぴな所に?、すごい!」と驚かれたし。住むんだったら断然ロンドンなんですけどねぇ。観光はなぁ。ちなみにスコットランドで食べたキドニーパイとハッギスは案外おいしかったです。というかかなり好きかも。プリマスのフィッシュ&チップスもグー。さすが港町。でも他の街ではバーガーキングとか食べてました。イタリアと比べちゃいけないんでしょうけど、食べ物はねぇ…。

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