2009年9月30日 (水)

オスマン帝国の末えい

オスマン帝国王族の末えい死去 盛大な葬儀営まれる [2009.09.28 CNN]

13世紀から第一次世界大戦まで続いたオスマン帝国の王族の最後の末えいの1人、エルトゥグルル・オスマン氏が23日、腎臓疾患のため97歳で死去し、26日にトルコの商業都市イスタンブール市内のスルタンアフメト・モスクで葬儀が営まれた。

葬儀には遺族のほか、かつて広大な領土を支配した帝国の名残りを王族に見ている大勢のイスラム教徒が参列。政府閣僚や芸術関係者、メディア関係者らは、アフガニスタン王族の末えいである同氏の妻に敬意を表した。埋葬の際には、警官隊が出動して道路を封鎖した。

オスマン氏はアブドゥルハミド2世の孫にあたり、1922年の帝国滅亡を受けて家族と国外に亡命。欧州に数十年間住み、第二次大戦後に米国に移住した。米ニューヨーク市内マンハッタン地区で質素に生活していたが、南米チリの鉱山経営で成功を収め、オペラやカクテルのたしなみもあったとされる。オスマン帝国の王位継承には関心を示さなかった。

90年代前半、トルコ首相の招きで約半世紀ぶりに母国に帰国。2004年には、オスマン帝国の身分証明書に代わるトルコのパスポートを取得した。

………遠い国のお話ですが、なんだか感慨深いものがあります。

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2009年9月25日 (金)

ドバイの超高額ホテル

ドバイの超高額ホテル
ドバイに超高額ホテルがオーブンします。スイートルーム、1泊 13,000ポンド也 (188万円)。世界不況に逆行した設定ですが、はたしてお客は集まるのでしょうか。詳細は以下のリンクから。

http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1060285/Pictured-Inside-800m-Dubai-hotel-boasting-13-000-night-suite-dolphins-flown-South-Pacific.html

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2009年9月12日 (土)

新型インフルの影響 in 中東

新型インフルの影響 in 中東
サウジアラビアのマディーナでは、ウムラ (巡礼月以外に行う巡礼) 客が激減しホテルがガラガラ。

バハレンではラマダン後の新学期をのばすかどうか世論がゆれています。

エジプトではラマダン恒例のチャリティーテーブル (持てる者が持たざる者に夕食を無料でふるまう善行) は屋外でと注文がつきました。

どの国も大変ですね。

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2009年9月 8日 (火)

CNN記事:スーダン

スーダン女性記者のズボン着用めぐる裁判で有罪、罰金刑 (2009.9.07 CNN)

アフリカ・スーダンでズボンをはいていたことなどを理由に逮捕された女性記者が、法律は違憲だとして無罪を主張していた裁判の公判が、7日、同国内の裁判所で開かれた。有罪の場合、ムチ打ち40回の刑となる可能性が指摘されていたが、女性には約2万円の罰金刑が言い渡された。

女性は7月に逮捕されたルブナ・アル・フセイン記者。公判は当初8月初めに予定されたが、当局が延期を発表していた。裁判所前にはこの日、多くの支持者らが集まり、出廷する同記者を迎えた。警察が群衆に催涙ガスを発射する場面もあった。

担当弁護士によれば、同記者は法廷で無罪を主張した。弁護側の証言などは認められなかった。

弁護士がCNNに語ったところによると、本人は罰金の支払いに応じない方針で、代わりに1カ月間の禁固を科される見通し。同記者は憲法裁判所に上訴する構えを示しているという。

同記者は、ズボンとブラウスにイスラム教徒のスカーフを着け、首都ハルツームのレストランで食事をしているところを、ほかの18人の女性とともに逮捕された。ズボンがぴったりし過ぎ、ブラウスは透け過ぎだとして、女性の「みだらな服装」を禁じる法律に違反したと判断された。

同記者は逮捕当時国連の広報部門に勤めていたため、起訴免除となる可能性があったが、自らこの職を退き、あえて裁判を受ける道を選んだ。担当弁護士によれば、「汚名をそそぎ、法律が違憲であるとの判決を得ること」が目的で、公判が延期となった時には「がっかりした」と話していたという。

裁判をめぐっては、国連の潘基文事務総長が「ムチ打ちは国際人権基準に反する」などとして、懸念を表明。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルも「女性に対するこの法律の適用状況は容認できず、ムチ打ちの罰則も恐ろしい規定だ」とする声明を出していた。

………想像力が豊かすぎ。

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2009年2月25日 (水)

ニューシャ・タバコリアン

Newsha Tavakolian:イラン人フォトグラファー。2002年、16才の時にイランの通信社でキャリアをスタート。イラン、イラク、シリア、サウジアラビア、パキスタン、イエメンなどがこれまでのフィールド。彼女の写真はTime、Newsweek、Stern、New York Times Magazine、Le Figaro、National Geographicなどに掲載され、2006年にナショナルジオグラフィック協会賞を受賞するなど国際的な評価が高い。

*Official Site
*Polaris Images
*ナショナルジオグラフィック

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2009年2月20日 (金)

アラビアン・サルーキ

アラブ首長国連邦の新聞にサルーキのレポートが載っていました。犬は尻尾を振って誰にでもついていくのでアラブ人に嫌われている、相手に 「カルブ (犬)」 というのは最大級の罵倒表現だ、と昔教わりましたが、やはりサルーキは特別なようです。以下、新聞記事から抜粋。

*サルーキが描かれた最古のものは、紀元前5300-4300年の北イラク、ハラフ時代の焼き物である。

*サルーキは紀元前7000年頃、人間が猟犬として飼い慣らした最初の犬種であると言われている。

*アラブ首長国連邦には800頭のアラビアン・サルーキ純血種がいる。

*サルーキは最高時速77kmで走ることができる。

*サルーキはそのパワーと俊敏な動きに加え、優れた視覚によって獲物を追い詰める。

*アラブ首長国連邦のサルーキオーナーの1割は外国人、7割は首長家の人々。

*アラビアン・サルーキの原産地はアラビア半島、エジプト、シリア、ヨルダン。

*ベドウィンは所有するサルーキを他人に売ることはしない。特別な贈り物として渡すことはある。

*ベドウィンはサルーキを家族同様に扱っている。

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2009年2月 1日 (日)

レバノン料理②

先に紹介したオルーバロードのレバノン料理店バールベックと同じ並びにあるもうひとつのレバノン料理店が 「ブルジュ・アルハマーム」 です。アラビア語のメニューをもらうと (英語はない)、メインディッシュとしてグリル以外にもスペシャルメニューが書かれています。迷った末にその中からヒツジのマハシを注文しました。マハシというくらいなのでご飯が肉に巻かれているのかなと思ったのですが、出てきたものは写真の通り、ご飯の上に煮込んだヒツジ肉がどっさり載っているものでした (量が…)。

あまりピリッとこない、もっさりしたアラブ料理独特のスパイスが効いた味付けご飯と、トロトロに煮込まれたヒツジ肉、そしてコクのあるグレイビーソースが渾然一体となって、半分くらいはおいしく一気にいただきました。次第に味に飽きてきたところで、今度は一緒についてきたヨーグルトをドッサリかけて食べると、なんともサッパリしてさらに食が進みました。味付けご飯にヨーグルトって相性抜群 (のような気がする)。吉牛とかにも合うかな (←適当)。味も良かったし、英語のメニューがあればもっと外人が来るかなと思いましたが、アラブ人で十分混んでいたので、まぁ、今のままでいいのかもしれません。

ちなみにブルジュ・アルハマーム (ブルジュルハマーム) は 「鳩の塔」 という意味 (ハマーム=鳩)。3枚目の写真のような、アラブ風の鳩の巣箱 (集合住宅) ですね。アカバにも同じ名前のレバノン料理店があったと思いますが、アラブ料理店ではわりと良くある名前です。なお、まったく同じ綴りで読み方をハンマームにすると風呂、スパ、サウナになります。

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2009年1月30日 (金)

シリア料理

リヤドのタラーティーン通りにあるアラブ料理店 「セット・アッシャーム」 に行ってきました。セットはレディー、シャームは北アラブ諸国であるシリア地域の旧称。ということで、店名を訳せば 「シリアの貴婦人」 あるいは 「北国の女」。なんだか演歌みたいなのでやはり前者の方がいいですね。

ここは一昨年オープンしたお店で、店内の装飾品や家具はすべてシリアから輸入したものだそうです。店員もほとんどシリア人でした。ただしサービスのてこ入れかフィリピン人が要所要所に配置されています。やはり実際にサービスを受けてみて、アジア人のきめ細かさには感心させられました。

週末 (水木金) の夜はビュッフェで、この日もシリア料理がずらりと並んでいました。といってもいわゆるアラブ料理なので、特に目新しいものはありません。ただすべてがちょっとずつ平均点を上回っている感じで、素直においしかったです。残念ながら値段が180リヤル (4700円) とシェラトンホテルのレバニーズビュッフェより高いのですが、食材の内容は完全に負けているし、ここでしか食べられない目玉料理もありません。結局、値段の半分くらいはお店の雰囲気とサービス料なのかなと思いました。

実際この日は自分1人なのに、4人用の個室に通されました。部屋の中がアラブの雰囲気満点なのはいいのですが、さすがに1人だと若干の空しさが。もっとも、店員が入れ替わり立ち替わり声をかけてくれてそれほど寂しさは感じませんでした。その代わりみんなどんどん料理を持ってきてくれるので (自分でも取ってきているのに…)、本当にお腹がはち切れそうなほど食べてしまいまた。

ぜひ他の部屋も見てと言われて、6人用と8人用の個室や大人数用のVIPルーム (写真) も見てきました。料理はそこそこおいしいし、こんなムードたっぷりの部屋で食事できるなら4700円も高くないかな? (自分は一食の値段としては今までで最高額でした)。廊下 (写真) がまたいいんです。部屋の扉から電灯まですべてシリア製で。入り口で出迎えてくれたシリア人スタッフ (写真) のソフトな対応も二重丸。

まさに 「一度は行っておきたい店」。(一度で十分…?)

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2009年1月20日 (火)

モロッコ料理③ デザート

普段食べているアラブ料理でもクナーファやオムアリーなどおいしいデザートはいろいろありますが、リヤドのモロッコ料理レストラン 「マラケシュ」 で食べたあちら風のデザートを2品紹介します。

■シェバキヤ (Shebakiya)
デザート盛り合わせの真ん中にある茶色いクネクネしたお菓子。アラビア語を忠実に発音するとシャバキーヤ。「網状の」 という意味の通りのクネクネした形です。ゴマの香ばしさとハチミツの濃厚な甘い香りに加え、爽やかな花の芳香が感じられました。柔らかめのかりんとうといった食感でかなり甘いのですが、香りが良いので 「これ何の匂いだっけ?」 と考えつつ食べていたらあっという間に3個なくなってしまいました。

しかしさすがにこのデザート盛り合わせはお店では食べきれず、シェバキヤの他に2、3個食べた他は包んでもらいテイクアウトしました。ナッツの粉を砂糖で練ったようなものが多く、甘かったですが渋茶と一緒においしくいただきました。甘い粉を固めたようなお菓子はアラブでは一般的ですが、ここのものはひと手間かけてそれを別の生地で包んでいるので、リヤドの極めて乾燥した状態でも中身のしっとり感が損なわれていませんでした。

■ムハンシャ (M'hansha/M'hanncha)
モロッコ方言でヘビの意味 (アラビア語では他にもサアバーン、ハイヤ、アフアー、ハナシュ)。形を見れば一目瞭然ですね。お店で食べた時は中身はココナッツかなと思いましたが、家に戻ってネットで調べてみたら、アーモンドの粉を砂糖や香辛料と一緒に練ったものだそうです。細長いヒモ状で外はパイ生地。蚊取り線香のように巻いて油で揚げた後、ハチミツにひたしてアーモンドをふりかければ出来上がり。これにもやはり花の香りが効いていました。

食感はネットリして重たいしかなり甘いのですが、アーモンドとハチミツと花の香りにつられて一気に半分まで食べてしまいました。結局そこでギブアップしましたが。

■ミントティー
アラブ料理屋ではよくミントティーを飲みますが、紅茶にミントの葉っぱが2、3枚入っているのが普通です。ところがこの店で飲んだものは緑茶がベースで、お茶の色も黄味がかっていました。ミントが主張しすぎず、とても穏やかな味。料理もそうですが、このひかえめな感じがいいですね。お茶を入れる時はできるだけ高い位置からカップに注ぐのがモロッコ流だそうです。この店の場合、カップを左手で持ち、右手のティーポットからお茶を注ぎ始めたら徐々にカップを下げつつポットの方は高く上げていき、最後は1メートルくらいの落差ができるくらいにして注いでくれました。泡だったところがおいしかったです。

■フラワーウォーター
後日、気になってスーパーに行きまずローズウォーターを手に取ってクンクンしてみると、あの時嗅いだシェバキヤの匂いとはちょっと違う感じ (フタ越しなのでよくわからない)。隣にあったオレンジブロッサムウォーターと、せっかくなんで初めて見た Kewra ウォーターと合わせて3本買ってきてあらためて匂いをくらべてみたところ、やはりオレンジだったろうという結論になりました。

一番安いの (どれも1本130円/レバノン製) を買ってきたせいかあまり上等な匂いはしませんが、寝る前に枕元にまいたりしています。ローズウォーターはアラブではおなじみ。日本でも薔薇ガムなんてのがありましたが、あの匂いです。オレンジブロッサムウォーターはその名の通りオレンジの実ではなく花の方の香り。Kewra (Pandanus) ウォーターは何日か前に食べたインド料理屋のデザートもこんな匂いでした。お香に少しフルーティーな酸味を加えた感じで、バンコクのお寺を思い出しました。

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2009年1月19日 (月)

モロッコ料理②

リヤドのモロッコ料理レストラン、マラケシュにて。

■バスティーラ (Bastilla/Pastilla)
ハトや鶏の肉をタマネギ、卵、アーモンドなどと一緒にワルカ (紙のように薄いパイ生地) で包んで焼いたパイ。粉砂糖とシナモンをふりかけて食べるものが有名だそうで、メニューにもハトのバスティーラの写真にはそんな感じの模様が写っていましたが、気分的にシーフードのバスティーラをチョイス。残念ながら見た目はのっぺらぼうの大きなおまんじゅうという感じでしたが、逆にどことなくユーモラスで、ナイフを入れるのが忍びなかったです。

ひとしきり眺めた後、エイヤッと真ん中にナイフを入れると、パリパリッという小気味よい音が小さく響きました。中にはエビとイカと春雨がぎっしり詰め込まれていて、切った途端濃厚なシーフードの香りがフワッと立ち上ってきました。このところ連日アラブ料理を食べていてやや食傷気味でしたが、この香りに俄然食欲が出てきました。見た目はもっさりしていますが、油っこいという感じもなくペロリと食べてしまいました。

■タージン (Tajine)
前回のハムール (白身魚) に続いて、この時はコフタ (ラムの肉団子) のタージンを食べました。トマトソースで煮込んだコフタはまた格別で、塩味も濃いめだったので一緒に出された白いご飯があっという間になくなっていきました。実はテーブルに運ばれてきてフタをとった瞬間はグツグツ煮えていたのですが、フタを元に戻してとりあえずバスティーラから食べていたら、すっかり湯気もなくなってしまいました。写真で見る限りいまいちおいしさが伝わらなくて残念です。

マラケシュレストランには普通のグリルメニューもあってまだまだ楽しめそうですが、スープ、メイン、デザート、お茶を頼むと100リヤル (2600円) 以上になってしまいます。「ブハーリーライス10食分かぁ…」 などとつい貧乏性が頭をもたげてくる自分が悲しくなってきました。モロッコで食べたらクスクスなんてもっと安いんでしょうけどねぇ。

実はその昔カサブランカに旅行したことがあるのですが、料理の値段どころか何を食べたかすら忘れてしまいました。物乞いの女の子に 「チノ、アン・ディルハム」 と言われたことは憶えているのですが。ガイドブックも持たず、どこに何を見に行ったのかもさっぱり。3枚目の写真はどこかの路地をブラブラしたときのものです。

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2009年1月18日 (日)

モロッコ料理①

モロッコ料理については以前こちらに嫌なことを書いていますが、その時の料理がたまたまトラウマになるくらいすごかっただけで、モロッコ料理は本来、レバノン料理やトルコ料理とともに、中東を代表する料理としてつとに有名です。今回サウジに戻ってきて、リヤドのキングファハドロードを走るたびに「マラケシュ (Marrakech)」 というレストランの大きなアラビア語の看板が目に入ってくるのでその存在はずっと気になっていたのですが、ようやく重い腰を上げて行ってきました。もちろん当時食べたのとは別のレストランです。

マラケシュの店内はやや薄暗く、アラブっぽい調度品や壁にかけられたアラベスク模様のタイルなどでシックに装飾されています。ビルのエレベーターで3階に行き、扉が開くと目の前にレストランの入り口が現れるということもあり、なんとなく隠れ家的な雰囲気がただよっています。外から遮断されているので、サラー (礼拝) タイムもあまり関係なさそうでした。

■ハリーラ (豆のスープ)
トマトベースのもったりとしたスープ。ラム肉が少し入っています。スパイスはコリアンダーなどを使っているようですが、ハーブの香りはあまりしませんでした。良く言えばくせがなく誰でも食べられるやさしい味、悪く言えばパンチに欠ける感じ。好きな味ですが、少し塩コショウを入れて食べました。塩コショウ入れがタージン (後述) を模したかわいい陶器だったので、ぜひ使いたかったということもあって。

■クスクス (ラム肉が載ったもの)
「クスクス(Couscousあるいはkuskus)は、硬質小麦の一種であるデュラム小麦の粗挽粉に水を含ませ、調理後の大きさが1mm大の小さな粒になるように丸めてそぼろ状に調整したものである。語源はマグリブ・アラブ語の kuskusu であるが、これはベルベル語の seksu (「良く丸められたもの」という意味) が元になっている。米国では通常パスタの一種として認識されているが、日本を含め他の多くの国では米やコーン、豆などの穀粒と同じように扱われることが多い。飯状に炊いたり蒸したりしたものが肉料理や野菜スープと一緒に供され、これがクスクス料理である。マグリブ地域の主食。 (Wikipediaより)

ということで、おそらくモロッコ料理で一番有名なのがクスクスではないでしょうか。上の説明のようにクスクスはご飯とほぼ同義語なので、クスクスの上に何をかけるかによっていろいろなバリエーションができます。マラケシュレストランのメニューにもラム、チキン、野菜など何種類かありました。いろいろ迷った末にラムを選択。昔食べたクスクスよりはそれなりに味がついていておいしかったですが、シンプルというか素材の持ち味を活かすというか、やはりかなりの薄味。肉、野菜ともにごく少量の塩で茹でただけのようでした。ハーブもほとんど入れてなさそう。

正直、ラムはもうちょっと塩気がほしいと思いましたが、逆に茹で野菜 (キャベツ、ニンジン、ズッキーニ、カブ、カボチャもしくはサツマイモ) の方は野菜そのものの甘味が感じられておいしかったです。この野菜の多さは嬉しい誤算でした。レバノン料理とは趣がガラリと異なりますね。ただ、クスクスはボソボソしがちな食べ物なので、おかずの方はもっとジューシーなものがいいと思いました。これはあらかじめ予想していて、もう一品そんな感じの品 (タージン) を頼みました。

■タージン (土鍋焼き)
エジプト料理でいうターゲンと同じものです (エジプトではJ音をG音で発音する)。ただしモロッコの方は土鍋のフタも含めてタージンのようで、必ず三角にとがったフタをしてテーブルに運ばれ、客の目の前でフタが開けられます。フタを開けた時に料理がグツグツ煮立っている様は、本当に食欲をそそります。今回はクスクスがラムなのでハムール (クエのような白身の高級魚) のタージンにしました。メニューにはラムのタージン8種、シーフードタージン2種、チキンタージン4種がありました。

ハムールとトマトソースの相性は言うまでもなく最高で、やや酸味が強いソースにパプリカとオリーブの風味がマッチしていました。大きめのニンジンとジャガイモはほくほくして甘味が強かったです。あまったソースはクスクスにかけていただきました。トマトソースで食べるクスクスは殊の外おいしく、これが 「世界最小のパスタ」 ということを思い出したりしました。

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2009年1月13日 (火)

レバノン料理

アラビア半島の人々にとって、レバノン、シリア、ヨルダンは料理がおいしい国として認知されています。この3ヶ国の料理はおおよそ共通していて、チーズ、オリーブ、野菜、ヨーグルト、レモン、ゴマ、ハーブ類を使った前菜が充実しているのが特徴です。いわゆるアラブ料理といえば、基本的にはレバノン料理のことをさしているように思います。サウジアラビアのホテルでアラビアンビュッフェを食べる時にどこの国の料理かたずねると、いつもレバノンだと言われますし。そんなわけで、いつも漠然とアラブ料理だと思って食べているものではなく、レバノン料理、つまりレバノンにしかない料理を食べたいと思って、リヤドのオルーバロードにあるレストラン 「バールベック」 に行きました。

これまで何度もシェラトンやメリディアンなど高級ホテルでおいしいアラブ料理 (レバノン料理) を食べていますが、たとえばエジプトのハト料理やサウジアラビアのカブサのように、際だって特徴のあるレバノンオリジナルの料理にはお目にかかったことがありません。実はバールベックにも特別なレバノン料理があるかどうか情報があって行ったわけではなく、ガイドブックにレバノン料理とわざわざ書いてあったことと古くからあるお店なので、もしかしたらと期待を抱いて行ったわけです。どちらかというとバールベックという名前だけで決めたところも。アラビア語以前の神話の匂いを感じさせる品の良い響きがグー。

瀟洒な外観を持つバールベックの店内はいたってシンプル。テーブルが少なく店員も二人だけだったのでいきなり不安になりましたが、案の定、メニューをもらって見てみるとそもそも料理がかなり少なめでした。前菜も15品くらいしかありませんし、メインディッシュも選ぶのに迷う必要がないほどオーソドックスなラインナップです。もちろんどれも食べたことがある料理ばかりでした。アラブ料理、つまりレバノン料理は前菜が命です。この日はもともとメインディッシュには期待していなくて、何か珍しい前菜が食べられればいいなと思っていました。ヨルダンで食べた小鳥の丸揚げ、生クッベ、脳みそフライや、サウジで昔食べたヒツジの足首のスープのように、珍しくてしかもおいしいものを。

しばらく悩んだ末、結局頼んだものはレバノン風ソーセージ、シャンクリシュサラダ、ミックスグリルという平凡なものばかり。シャンクリシュはザアタル (直訳はタイムですがいくつか他のハーブを混ぜたものを言う時も) をまぶして保存するヤギのチーズです。シャンクリシュ、オリーブオイル、トマト、タマネギを一緒に混ぜて食べると、酸味がかったチーズの風味とハーブの香りが渾然一体となって、複雑玄妙な味を楽しむことができます。ただ、この味は地中海料理とも共通していますね。きっとフェニキア商人がその昔地中海諸国にこの味を広めたんでしょう。あるいはいろいろな味を各国から持ち帰って、さらに昇華させたのかも。

レバノン料理はアラブ世界に広く浸透しているだけあって、逆に目新しさがなくなっていてその点はちょっと不利だなと思いますが、いつかもっといいお店を見つけてレバノン料理でしか味わえない味に出会ってみたいと思います。バールベックにはもうちょっと頑張ってほしい。ミックスグリルは冷めていた時点で評価に値せず。

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2009年1月11日 (日)

イラン料理②

リヤドにあるイラン料理の老舗、シラーズレストランにまた行ってきました。今度こそメニューを吟味して、自分なりにイラン料理らしいものを選んでみました。

①バガリ・ポロ (ヒツジの足首の煮込み)
肉料理の中では煮込んだヒツジがかなり好きな方なので、これは本当においしかったです。味付けはシンプル。脂 (ゼラチン?) の部分はトロトロのプルプル、お肉もホロホロとくずれていきました。

②ホレシュト・サブジ (緑野菜のシチュー)
ディル (セリ科の1年草) を使ったシチュー。そら豆と仔ヒツジの肉が入っています。確かヒンディーでもサブジは野菜だったかな。インドといえばインドカレーのパラクパニールがわりと鮮やかな緑色なのに対し、こちらは黒ずんだ緑色。どこかほろ苦いようなオリーブのような味がしました。これがディルの風味なんでしょうか。乾燥レモンが入っていて、トマトの煮込みなどよりはるかにメリハリの効いた華やかな酸味がとても印象的です。アラブ料理で酸っぱいメインディッシュってあまり記憶にないので、これにはちょっと感動しました。いやはや、おいしかったです。

③ポルンベル (イラン風デザート)
お店で対応してくれたスタッフがフィリピン人だったので正確な発音はわかりませんが、生クリームにナッツと乾燥フルーツを混ぜて冷やし固めた、イラン風デザートです。砂糖はたぶん入っていませんが、なにしろ重たいクリームなので、ひと皿食べるのはけっこうしんどかったです。渋味が少なくまろやかなイラン紅茶と良くあいました。

ちなみにこのレストラン、メニューにはキャビアも3種類載っています。ベルーガで1万2000円の値段がついていましたが、はたして量はどれくらいなんでしょう。今度聞いてみようかな。ま、頼まないけど。

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2009年1月 9日 (金)

イラン料理

リヤドのタハリヤストリートを1本入ったところにある、Sheraz (シラーズ) というレストランでイラン料理を食べました。といってもいわゆるアラブ料理なので、普段食べているトルコ料理やレバノン料理とくらべてもそんなに目新しいものはありません。メニューを見つつ、何かイラン料理らしいスペシャルな一品を教えてくれと店員にさんざん聞いたのですが、メニューにわざわざシェフのおすすめと書いてあるペルシャ風キャセロールとか一連の料理にはまったくふれず、普通にケバブとかミックスグリルをしきりとすすめられたので、そうなのかなぁと思いつつ、結局無難なケバブを選んでしまいました。

(注文したもの)
・ホンモス
・クークー (ほうれん草のチーズのせ)
・イラン風キノコスープ
・スルタン風チェロケバブ
・イランティー

普段行くような店より料理の値段は倍以上 (といってもそんなに高くはありませんが)、店内もなかなか高級な雰囲気が漂っています。何よりスープについてきたライムがちゃんとガーゼでくるまれています (種が落ちないように)。こういうお店は本当に久しぶり。ホンモスはきめ細かく口当たりがとてもマイルドで、ほうれん草の上にチーズをのせてオーブンで焼いたクークーも、こういう小技の効いた料理はヨルダン以来かも、などとちょっと嬉しくなってしまいました。

メインのチェロケバブは、普通のお肉とミンチにしたものが2種類。焼きすぎでケバブもコフタもパサパサのお店が多い中で、ここシラーズはちゃんとジューシーな焼き加減に仕上がっていました。定番料理をきちんとおいしく作っているのがいいですね。もう一度行きたくなりました。次はもう少し冒険したいと思いますが。

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2008年12月22日 (月)

アラビックコーヒー (写真)

アラビックコーヒー (ガホワ) についてはこれまでブログに何度か書きましたが (その1その2)、写真を載せたことがありませんでした。今回のサウジ再赴任であらためてガホワの写真を撮ったのでアップします。ポットの中には刻まれたヘール (カルダモン) が見えますが、これがカップにこぼれ落ちないよう、ヤシの繊維を注ぎ口に詰めてあります。コーヒーも独特の色をしていますね。これはリヤドのダウンタウンにあるマスマク城の正面に店を構えるマクハー (喫茶店) のものです。

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2008年12月19日 (金)

実録:目には目を

■女性を酸で失明させた男に 「目には目を」 の刑罰-イラン

女性の顔に酸をかけて失明させた男に対し、テヘラン地方裁判所が被害者の訴えを認め、同じように酸をかけて失明させることを命じる判決を言い渡した被告人の男 (27) は2004年11月、仕事から帰宅途中の女性の後を付け、顔に酸をかけて失明させたとされる。公判で罪を認め、被害者の女性を愛しており、自分のことも愛して欲しかったと主張していた。

女性は何度も手術を受け、スペインでも治療を受けたが視力が回復する見込みはないという。男は公判で今でも女性と結婚したいと語ったが、女性はその申し出を拒絶。「目には目を」 のイスラム法に基づき、加害者に自分と同じ苦しみを与えて 「女性の顔に酸を投げつける権利などないことを分からせてほしい」 と求めた。

判決は裁判官3人の合議で女性の訴えを認め、被告人の顔に酸をかけて失明させたうえ、慰謝料を支払うよう命じる判決を言い渡した。被告人は裁判所の判断に不服があれば、控訴することができる。[CNN.co.jp 2008.12.18]

………こ、怖い。女性の気持ちはわかりますが…。

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2008年12月18日 (木)

1430年/2009年カレンダー

来年のカレンダー (ヒジュラ暦1430年/西暦2009年) によると、ラマダン (断食月) は8月22日から始まります。もし中東に旅行する予定があるなら、是非ラマダンにあわせて行ってほしいですね。ちょうど日本も夏休みシーズンですし。特にラマダン中のカイロは毎日がお祭りのようなにぎわいで楽しいことこの上なし。交通渋滞、夜間の騒音、公共サービスの低下も半端ではないですが、それがまた 「非日常」 を強烈に演出しています。

1430年カレンダー
→過去記事:ラマダンのイフタールカイロのラマダン

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2008年12月17日 (水)

豊饒のシンボル

香港からキャセイパシフィックでリヤドに戻る機中、明らかにアラブ人とわかる女性ふたり組が前の席に座っていました。衣装はふつうの洋服で、途中で立ち寄ったバハレンで降りていったのでやはりバハレン人だと思います。サウジ女性はみんな真っ黒いアバーヤを身につけていました。ちなみにサウジ女性は飛行機に乗り込む時は洋服姿でも、サウジアラビアに近づくとトイレでアバーヤに着替えるのが常です。

実はアラブ人女性も、洋服を着ているとヨーロッパ南部の女性とあまり区別がつきません。顔だけならスペイン人と言われても納得です。ただ、やはりその雰囲気、物腰、化粧、出で立ちなどに、アラブ人独特の 「濃さ」 が現れています。しかしそれよりも何よりも、やはり圧倒的に太いのひと言に尽きます。あのボリューム感はなかなかアジア人には出せません。

もうこれだけみんな太っていると、それが当たり前どころかむしろ太らなくてはいけないといった強迫観念が国民の間にあるのかもしれません。自分もこういう女性を長年見てきたわけですが、最近ではこの丸々と太った姿が、あたかも豊饒のシンボルのような気がしてきました。スリムな女性なんて、きっとアラブ人にはどうしようもなく 「貧相」 に見えるんだろうと思います。

バハレンの女性はふたりとも顔は20代でしたが、そろって見事なくらい 「ヴィレンドルフのヴィーナス」 そっくりな体型でした。しかしけっして不健康なイメージではなく、何とも言えないふくよかで慈愛に満ちた優しい雰囲気を醸しだしていました。そもそも顔は美人だったし。でも、ヴィーナスがエコノミークラスにふたり並んで座るには、相当無理があったみたいです…。

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2008年12月16日 (火)

寄りそうふたり

中東では、男同士で手をつないで歩く姿を日常的に目にします。この動作にはそっち系の特別な意味があるわけではなく、単に仲良しの印という感じです。ただし、これが小指をからめているなんて場合は、ちょっと疑いたくなってしまうわけですが。

今日見たおかしな光景について。ふたりの男性が職場の廊下を並んで歩いていました。その格好ときたら、いわば「A」の字。つまり、互いの右肩と左肩をくっつけ、足はやや外側、体を斜めにして互いに支え合いながら歩いています。手もしっかりつないでいるので、正面から見たらまんま「A」でした。互いの頭をこすりつけ合いながらはにかむふたり。至福の表情。ゲロゲロ…

あぁ、げんなり。

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2008年12月15日 (月)

犬とロバ

ブッシュ大統領の電撃的イラク訪問は、ひとりのイラク人記者により、アメリカに対するイラク人の国民感情が露呈してしまった結果となりました。クツを投げつけ 「犬!」 とののしったそうですが、アラブ世界で犬 (カルブ) は最高の侮辱の言葉だと言われています。学生時代にインドネシア人の友達から、インドネシアでも犬 (アンジン) はひどい侮辱の言葉だと聞きましたから、イスラム圏では全般的に犬はあまり良く思われていないようです。誰彼かまわずシッポを振るところが、イスラム教徒のお気に召さないのでしょうか。もっとも、日本でも犬畜生なんて言葉がありますが。

ただし、これまで長くアラブで生活していますが、実際に犬とののしっている場面に出くわしたことはありません。それよりもよく聞いていたのが 「ホマール (ロバ)」。特にカイロでは日常的に耳にしていました。ロバはエジプト人からあんなにこき使われているにもかかわらず、人間の命令に盲目的に従う様がひどく軽蔑の対象になっています。まったくむくわれませんね。でも、確かにカイロの大通りをてくてく歩くロバ車によって引き起こされる 「ロバ渋滞」 に何度も遭遇し、その度にもうちょっと頭を使って動けよとロバを恨めしく思ったものです (実際にはロバを使う人間の方が悪いんですけどね)。

カイロに赴任してアパートを探していた時のこと、不動産屋の車に同乗して物件を見に行きました。道中はいつものごとく大渋滞。ただでさえ混んでいるのに、右から左から割り込んでくる車が後を絶たず、なかなか前に進めません。不動産屋にイライラがつのっていくのが手に取るようにわかりました。30分ほどのろのろ走った後、少し空いたところで不動産屋がすかさずアクセルを踏み込むと、車は一瞬加速しかけましたが、すぐに右側から車がググッと割り込んできて、中央分離帯の切れ目をめがけて無理矢理Uターンしようとしました。当然そんなに一気に行けるわけもなく、その車はこちらの目の前で真横になったままピタリと止まってしまいました。

不動産屋は40代の品の良さそうな女性で、それまでは車中でも 「カイロは渋滞がひどくて外国人には目が点でしょ」 などと穏やかに話していました。しかしここで怒りがピークに達したのか、やおら窓を開けると左腕を突き上げ 「ホマール!、ヤー、ホマール! (ロバ!、おい、このロバ野郎!)」 と相手をにらみつけ大声で怒鳴りだしたのです。その迫力たるや鬼子母神もかくやという勢い。相手の運転手は肩をすくめただただ正面を見つめるのみ。その車が行きすぎるまで、不動産屋はひたすら罵声を浴びせ続けました。せいぜい1分くらいでしたが、なんだかとても長く恐ろしい時間でした。

サウジアラビアでもやはりロバは禁句です。最近新聞に載っていた話ですが、ある20代の女性が友人の家にいて夫の出迎えを待っていた時のこと、あまりに遅い夫にイライラして何度も携帯に電話をして文句を言っていると、最後に友達に向かって 「本当に夫は要領が悪くて、ホマールなんだから」 と口走ってしまいました。不幸にも、携帯の通話が終わっておらず、その禁句は夫の耳にも入ってしまいました。しばらくして彼女の携帯にメールが入り、そこには 「離婚裁判所で会おう」 という夫からのメッセージがあったそうです。おそらくホマールは離婚の条件になり得るほどの罵詈雑言なんでしょう。

ということで、何よりも名誉を重んずるアラブ人に対して、絶対にホマールやカルブなんて言ってはいけません。ちなみに、エジプト南部 (上エジプト) 出身者のことを 「サイーディー」 といい、田舎者の代名詞になっています。よくノクタ (冗談) の登場人物にされ馬鹿にされていますが、どちらかというと愛すべき存在のようです。悪口なのかどうかはその場の雰囲気によるでしょう。先月リヤドのダウンタウンにあるマスマク城に行った時、エジプト人の入場者にサウジ人の警備員が 「お前はサイーディーか?、ガハハ!」 となんだかえらく陽気に話しかけていましたが、たぶん、親愛の情だったのかなと。

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2008年12月 2日 (火)

どちらが幸せなのでしょうか

イランの女性 vs. イスラエルの女性

なんだかどちらも辛そう…。

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2008年11月16日 (日)

アラブならではの広告

①「何でも検閲して下さい、ビキニ以外なら」
サウジアラビアの検閲制度 (マジックの黒塗り) を自虐的に引用した広告。2008年にジェッダで販売を開始したブランドのもの。しかし実際にこの広告を出せたんでしょうか。サウジ人にはちょっと刺激が強すぎるような。ちなみに、「ヴィクトリアシークレットの最大の顧客はサウジアラビア人」 という話もあるくらいで、ベールの下はさぞかしみんなお洒落なんでしょうね。 (本当はSensorじゃなくてCensorだと思いますが、この辺はご愛敬で)

②「ワンダーブラ、UAEに上陸間近」
こちらはアラブ首長国連邦、ドバイの広告。向こうにもサウジと同じく検閲制度があるそうで、やはりそれを逆手に取ったもの。ポイントは、黒塗り部分の範囲がやけに出っ張っていること。このブラをつけるとかなりのバストアップが期待できるかも、ということらしいです。いずれにしても日本ではギャグとして成立しない、アラブならではの広告でした。

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2008年11月 2日 (日)

アラブのテレビコマーシャル

①マクドナルド
アナー・バヒッブー (I'm lovin' it)

②コカコーラ
エル・ムスタギッディーン (New)

③コカコーラ
スーダンのCM

④コカコーラ
アラブのエレガンス

⑤コカコーラ
ナンシー・アジュラム化粧濃すぎ…

⑥シャンプー
火照った体を…

⑦ジャラスTV
女性のためのテレビ番組

⑧クウェート銀行
アラビアンナイト風

⑨携帯電話 (Mobinil)
サルがしゃべってます

⑩携帯電話 (?)
インパクト大

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2008年10月29日 (水)

中東の水問題

このほどバハレンで行われた、「アラブ環境・開発フォーラム」 で発表された報告書によれば、2025年までにエジプト、スーダン、イラク、シリア、レバノンをのぞくアラブ17ヶ国が、深刻な水不足に見舞われるおそれがあるそうです。それを防ぐためには、各国が節水や砂漠化防止を政策レベルで実行していかなければならないと、報告書は警告しています。

サウジアラビアの西の都ジェッダはこの夏も大変な水不足に陥りましたが、幸い、ここリヤドではこれまでほとんど水不足を感じたことはありません。ちなみにこれまで住んでいたカイロ、アンマン、アジスアベバは水道水がとても臭く (黒カビっぽい臭い)、飲むことはおろか、お風呂のお湯につかっているだけで、臭いで吐きそうになったこともあります。それにくらべたら、リヤドは本当に快適です。赤サビはちょっと気になりますけど。

ヨルダンには、冬の間だけ水が流れ、夏には涸れてしまうワジ (Wadi=涸れ川) があちこちにありました。写真はウムラサスに行く途中のもの。3月23日と6月1日の写真です。この変貌ぶり。

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2008年10月25日 (土)

イラクとアメリカ

■コーラン雌牛章190-192
あなたがたに戦いを挑む者があれば、アッラーの道のために戦え。だが侵略的であってはならない。本当にアッラーは、侵略者を許さない。

彼らに会えば、どこでもこれを殺しなさい。あなたがたを追放したところから、彼らを追放しなさい。本当に迫害は殺害よりもっと悪い。だが聖なるマスジド (モスク) の近くでは、彼らが戦わない限り戦ってはならない。もし戦うのであればこれを殺しなさい。これは不信心者への応報である。

だが彼らが戦いを止めたならば、本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。

………ということで、やっぱりアメリカはイラクから手を引くべきなんでしょうね。絶対に攻撃はなくならないし、ジハードに志願する者は次から次へと現れるでしょうし。でも結局はシーア派、スンニー派、クルド人の三つどもえの戦いに近隣諸国の思惑が重なって、しばらく混乱が止むことはないでしょうけど。

イラクが復活して困る国はたくさんあるんじゃないでしょうか。原油埋蔵量多いし (←産油国)、サッカー強いし (←日本)。

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2008年10月17日 (金)

アラビアのロマンス (←駄洒落)

20世紀初頭、オマーンと日本で海を越えたロマンスが生まれました。タイムールは父王の死後20年ほど国政を執ってきましたが、1931年、イギリスの傀儡であることに嫌気がさし王 (スルタン/首長) の位を息子サイードに譲ると、カラチに居をかまえながら世界を旅する気ままな人生を始めました。

1935年に初めて日本を訪れましたが、翌年6月、神戸のダンスホールで見初めた日本人女性、大山清子と結婚、1937年には娘のブサイナをもうけました。しかし3年後に清子が病死したため、タイムールは幼いブサイナを連れインドに渡ります。大戦後タイムールが亡くなると、ブサイナはオマーン首長家に引き取られ、以来マスカットで暮らすようになりました。

ブサイナ姫は、日本語はまったく話せませんでしたが、日本人の血を引くという出生の秘密は国民に対してひた隠しにされました。異母兄のサイード王によって離宮で長く幽閉状態にありましたが、その後、王子のカブースがクーデターを起こし実権を握って以降、ようやく自由の身になったそうです。

数年後、ブサイナ姫はわずかなお供を連れお忍びで来日し、兵庫県にある母清子の墓参りを果たしました。墓前に花を捧げた彼女は、人目もはばからずに泣き伏したといいます。記憶にはほとんどないであろう、しかし半分は自分の祖国である出生の地を踏んで、ブサイナ姫の胸中に去来したものはいかばかりだったでしょうか。

あの時代にあって 「亜刺比亜オマーンの豪族千万長者」 と結婚した大山清子。その娘にしてただひとり日本人の血が流れるアラビアのプリンセス、ブサイナ。やはり女性は強いなぁ、としみじみ。ちなみに、ブサイナという響きが日本人にはちょっとアレですが、アラビア語の意味は子猫 (Kitty) です。キティーちゃんは中東ではブサイナと呼ばれているのかな? (←未確認)

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2008年10月16日 (木)

ベドウィンの歯ブラシ

毎日の生活におなじみの歯ブラシ。世界各地にその土地特有の歯ブラシがあったりしますが、サウジアラビアでは 「ミスワーク (Miswak)」 が昔から用いられてきました。これはサウジアラビア、スーダン、エジプト南部など乾燥地域に生える特殊な木 (Arak Tree/Salvadora Persica) の根っこで、茶色い表皮をむいて少し歯で噛むと簡単にほぐれ、いかにもブラシといった見た目になります。口に入れるとハッカのようなややピリッとくる風味があって、なかなかオツな味がします。

ミスワークについてはこれまでに世界各地で研究が行われ、実際に虫歯予防や歯垢を落とす薬効成分が含まれていることがわかっています。WHOが虫歯予防にミスワークの使用を奨励していたり (1986年、2000年)、サウジアラビアでも先月キングサウド大学の研究グループが調査結果の発表を行うなど、近年ますますその価値が再評価されています。なんでもミスワークには19の薬効成分があり、歯ブラシに歯磨き粉をつけて使用するのと遜色ない効果が得られるのだとか。歯ブラシと違って奥まで届きやすい形状なのも好ポイント。

写真のミスワークはヨルダン滞在中に買ったもので、値段は250フィルス (40円) でした。サウジアラビアではミスワークをくわえながら出歩く人も多いのですが、アンマン市内ではほとんど見かけませんでした。このようなベドウィンの伝統文化もアラビア半島の周辺国ではすたれつつあるのかなと感じたものです。確かに、日本でも爪楊枝をくわえながら歩いているおじさんの姿はあまり格好の良いものではありませんし。

ミスワークは直径5mm~15mmくらい、長さ15cm前後にカットされて売られています。太さはお好みのものを。ミスワークは歯をゴシゴシこすったり、単にパクッとくわえていたり、まさに爪楊枝感覚で使われます。1日使ったら、ブラシ部分を一晩水につけておけば、翌日はまた爽やかな使い心地が復活しているはずです。中にはローズウォーターにつけると良いという人もいます。2~3日使えばさすがにボロボロになってくるので、ナイフで削って新しい部分を出しますが、柔らかいので簡単に削れます。

ミスワークの効能は他にも口臭予防、消化を助ける、喉の調子を整える、頭痛を和らげる、記憶力を高めるなどなど、いいことずくめのようです。

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2008年9月15日 (月)

ドバイタワーが世界一に

ドバイタワー (ブルジュ・ドバイ) が高さ688メートルに達し、人類が造った建造物のうち史上もっとも高いものになったという発表がありました (9月2日エマール・プロパティーズ)。すごいですねぇ。その高さに必然性があるかどうかはさておき、とにかく脱帽&拍手喝采です。細かい話ですがエレベーターの調整とか難しそうだし、砂嵐の突風や地震で最上部がどれくらい揺れるかとか、いろいろと興味津々です。

早く完成しないかな。というか完成するんでしょうね。お願いしますよ。
公式サイト

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2008年9月11日 (木)

UAEで地震

9月10日午後、イラン南西部の町バンダルアッバースを襲ったマグニチュード6.2の地震は、アラブ首長国連邦の諸都市にも伝わり、かつてない揺れを感じた住民たちはちょっとしたパニックに陥ったそうです。

それはそうと、気になったのはビルの外に非難してきた人々の写真。アラブ人がほとんどいない…。ま、ラマダンだし…。


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2008年8月26日 (火)

中東:支配の歴史

古来、パレスチナを中心として中東地域がいかに諸外国の支配を受け続けてきたかを示すムービーを見つけました (Maps of War)。古代エジプト王国に始まって (といってもこの時点でエジプトはすでに「新王国時代」というのがすごい)、ヒッタイト、古代イスラエル、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、マケドニア、古代ローマ、ビザンチン、ササン朝ペルシャ、アラビア半島で興ったイスラム、セルジュークトルコ、十字軍、サラディン朝 (サラーハッディーン)、モンゴル、オスマントルコ。

近代にはいるとヨーロッパ列強による植民地政策、世界大戦後は勝手に国境線を引かれ、そしてイスラエルの建国へと続いていきます。この地域の人たちが、生きる、あるいは生き残るということに非常にアグレッシブになるのも当然です。また、支配者には逆らわないけれど、言いなりにもならないというしたたかさは、自分もこれまでの生活でひしひしと感じてきました。外国人による過酷な支配もなく独立を保ち (相手にされなかった?)、島国でのんびり暮らしてきた日本人とはわけが違います。

パレスチナ周辺地域では 「明日をも知れぬ命」 という感覚が現実感を伴っていて、たぶんそれが今日をせいいっぱい楽しむという発想につながっているんだと思います。刹那的、享楽的、計画性がない、無茶な大盤振る舞いなどと揶揄するのは簡単ですが、この地域の歴史を考えるとそうなるのも仕方ありません。ヨルダンのパレスチナ人も、なんだかみんなものすごく頑張って 「思い出作り」 に励んでいたような気がします。よく食事に招待されたし、そんな席ではみんなお腹いっぱい食べ、さかんに冗談を言い合って大笑いしていました。

ただ、冗談の合間に、「故郷をいつか孫に見せてあげたい、今は占領されているけど」 とか、「先週、ナブルスの親戚がイスラエル兵に撃たれた」 なんて話しが唐突に飛び出すものですから、その都度ハッと我に返り、彼らの陽気さが実は悲惨な現実の裏返しなんだと気がつかされることもしばしばでした。なんだか 「アリとキリギリス」 の話を思い出します。決まってキリギリスが怠け者だ愚か者だと非難されますが、キリギリスにも辛い歴史があったんじゃないかな、なんて。イヤ、ちょっと違うか……。

余談ですが、グルメにしろ旅行にしろ、若くて感覚が研ぎ澄まされている時に経験した方がずっと感動は大きいんじゃないでしょうか。なので、若い時に無理して贅沢をするという発想は嫌いじゃありません。なかなか実践はできませんが。

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2008年6月20日 (金)

スリランカ政府にとばっちり

ヒューマン・ライツ・ウォッチ (Human Rights Watch) はニューヨークに本部を置く国際人権NGOです。世界各国で社会差別、ジェンダー差別、拷問、少年兵など人権侵害にかかる問題の調査を行っており、その調査報告書は先進国においてはかなりの信頼を得ています。調査される側にしてみれば内政干渉も甚だしいのですが、ある事柄に対する抑止力を生む原動力としては、非常に強力な力を発揮しています (←"力"ばっかりだな)。

正直言うとこういう人権擁護団体というのはどこかうさんくささが感じられてあまり好きではないのですが、ウェブサイトに掲載されている報告書はどれも興味深いものばかりです。その行動力と調査力・取材力には素直に感心しますが、被害者の声として極端なコメントが多いので、そこをどの程度スクリーニングして読むかがポイントでしょう。ほとんど午後のワイドショー的世界ですから (事実は小説よりも奇なりってことでしょうか)。

このHRW、調査報告書に加えて、時々各国政府要人に対してレターを書いています (ウェブサイトで閲覧可能)。それはサウジアラビア国王宛の死刑執行中止の嘆願書だったり、ライス国務長官宛のイスラエルに対する圧力要請 (ガザ国境を封鎖しているため学生が留学することもままならない) だったりします。レターの効力のほどはわかりませんが、これが世論を動かし、時に政府を動かすことがあるのも事実。ヘタをしたら日本政府より影響力があるかもしれません。

さて、そんなレターのうち、スリランカ政府に対する苦情がありました。中東地域で働くスリランカ人 (主にメイド) が極めて劣悪な条件下で酷使されているため、スリランカ政府から各国政府に対し強い態度をもって改善要求をしろと書いてあります。スリランカ政府にしてみたら、「だったら先方に文句を言ってよ」 と言いたいところでしょう。とんだとばっちりです。

フィリピンやバングラデシュもそうですが、数十万人単位、場合によっては一国で100万人もの労働者を受け入れてくれる中東の大国 (金満国) に対して、なかなか強いことは言えません。もし先方政府の機嫌をそこねて、「おたくの国の労働者を来年からは減らす」 とでも言われたら、外貨送金は減るし国内の失業率は上がるしで、まったくいいことがありません。立場的にはどうしても弱くなってしまいます。

ちなみに、HRWがスリランカ人メイド (サウジアラビア、クウェート、レバノン、UAEで働く人たち) が虐待されているとして実態調査を行った報告書に載っていた声は次のようなものです。

「何ヶ月も給料をもらっていない」
「給料をもらったのは結局帰国直前、しかも小切手」
「3年働いたのに1年分しか給料をくれない」
「1日20時間以上働かされる」
「食事をもらえない」
「常にののしられ人間的に接してもらえない」
「外部からの電話を取り次いでもらえない」
「外出や電話が許されない」
「手紙を出させてもらえない」
「個室がなく階段の下で寝かされる」
「物を盗んでいないか常に監視されている」
「テレビやラジオを使わせてもらえない」
「ひどい暴力を受ける」※女主人からという回答が多い
「セクハラを受ける」
「パスポートを取られているので帰国したくてもできない」
「少しは休ませてと懇願したら、"お前は私の靴だ、靴が休むか?" と言われた」
「誰一人として働き続けたいと考える者はいない、みんな国に帰りたがっている」

特に給料未払いの話はリヤドで生活していても何かと耳に入ってくるので、聞く度にこちらも胸が痛みます。スリランカ人メイドの場合、月給の相場は100USドル程度なので、実質労働時間の時給にしたら20円くらい。湾岸諸国の人にとってはたいした金額ではないのですが、お金にシビアというか、支払いに対して最大限の効果を求めるというか、とにかく金払いはあまり良くないようですね。ただし、給料未払いを経験した人は全体の20%とのことですから、想像していたよりはずっと少なかったです。

これまでの経験から、給料未払い (遅配) はほぼ100%の人に起こっているようなイメージでした。アジア各国から来ているワーカーたちも、他人の関心を買うため被害者として自分をアピールしているのかも、なんていう考え方はちょっと意地悪すぎるかな。でも、彼らもホームシックや環境の変化、言葉が通じないストレスで相当まいっているだろうし、サウジ人の悪口を言って少しでも気が晴れるなら、こちらも素直につきあってあげようという気持ちでいつも聞いています。弱者にあえてムチ打つ必要もないし。

ただ、それにしても一番の問題点は、やはりサウジ人が使用人に対して「優しくない」ことだと思います。根は悪い人たちじゃないし、ある意味とても正直というか、それだけにストレートにダメなものはダメと厳しい態度で使用人に接します。出稼ぎのメイドといったって、プロの家政婦などほんのわずかでしょう。大部分は社会経験も少ない普通の女の子です (空港の入国審査でメイドさんの集団を見るにつけつくづくそう思います)。特に女主人 (母親) が時々はメイドに優しい言葉をかけてあげるだけで、だいぶ関係は良くなると思うのですが。

なお、サウジアラビアについては今年になって外国人労働者を保護するシステムが立ち上がり、状況は改善の兆しが見えています。

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2008年6月15日 (日)

愛があれば年の差なんて、とはいきません

カイロからの報道によれば、エジプト法務大臣は先頃、92才のアラブ人男性 (湾岸諸国人/国籍非公開) と17才のエジプト人少女の婚姻届を受理しなかったことを発表しました。エジプト国内法では、自国民女性が外国人男性と結婚する際、二人の年齢差は25才以内と定められているからです。外国人男性側は婚姻届に身分証明や就労証明を、エジプト人女性については出生証明を合わせて提出しなければなりません。これは、男性が女性を経済的に養っていけるかを審査するためと、二人の年齢差を確認するためだそうです。

この法律は、空前の原油高に沸くアラビア湾岸産油国の男性が、エジプトの田舎から貧しい少女を娶る、つまり結婚して合法的に買っていくことを憂慮して定められたものと言われています。

湾岸諸国の年輩の男性がエジプトやシリア、レバノンなどの田舎に出かけ、貧困に苦しむ家族から少女を娶ることは、「セクシャルツーリズム」と揶揄されています。レバノン大学の教授によれば、これは「富裕対貧困 (リッチvs.プア)」の闘いであるが、同時にアラブの民間信仰として、「老いた男性は若い少女を側に置くと若返る」という考え方が背景にあるとしています。10年前はシリアでこういう婚姻が盛んに行われていましたが、このところの好景気で国民が豊かになり、現在は減少しているそうです。

一方、エジプトはあいかわらず貧困にあえいでおり、貧しい農村地域では500USドルから1500USドルで、少女たちが湾岸産油国に嫁いでいく (買われていく) のだそうです。ただ、こうして合法的に夫婦になり夫の国に行ったとしても、妻としての待遇は望むべくもなく、使用人として扱われたり、既婚の夫の妻 (妻たち) から嫌がらせを受けるのが実情のようです。こうした婚姻は数ヶ月で離婚するケースが多く、その際は1万USドル程度の慰謝料が支払われるそうです。これはエジプト人の10年分あるいはそれ以上の収入に相当する額です。

言ってみればこれはビジネスであり、男性側にしてみれば「貧困から救ってあげた慈善事業」くらいの意識しかないかもしれません。冒頭の92才と17才のカップルも、おそらくビジネスとしての結婚でしょうから、二人が合意しているのなら結婚させてあげれば良いのにと思います。家族にはすぐに現金が、女性もしばらく我慢すればけっこうな額のお金が入るでしょうし。エジプト政府にとっても悪い話ではないと思うのですが (税金が取れるでしょうから)、それはエジプト人のプライドが許さないということなんでしょうか。こういうところは真面目だよなぁ、エジプト。貧乏だけどプライドは高い。

………なんて感心していたら、このニュースはBBCなど多くの外国メディアでも報道されていて、実はこの法律にも抜け道があることがわかりました。エジプトナショナルバンクに女性 (妻) 名義で口座を開き、相当額を預金すれば婚姻が認められるケースがあるのだそうです。また、その際は二人の結婚が純粋なものであり、人身売買ではないことを法務省に対し宣誓しなければなりません。エジプト現地紙 Al-Akhbar によれば、昨年は173組の特例が認められ、それぞれ口座を開設して8万USドルを預金したそうです。

うーん、単に値段をつり上げただけかも。で、最終的に銀行預金はほとんど税金として没収とか?

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2008年5月22日 (木)

サソリ

サウジアラビア・サソリ研究センターの専門家によれば、サウジアラビアでは年間28,000件、人がサソリに刺される事故が発生しているそうです。国内ではこれまで20種類の毒サソリが見つかっており、人を死に至らしめる猛毒のものから軽微なものまで様々ですが、いずれにしても刺されると相当痛いとのことです。

サソリの被害者は主に砂漠地帯で任務に当たる兵士であり、このセンターも軍の病院施設の一部として開設されました。2006年の調査では多くのサソリ毒の血清の開発と、いくつかの新種も発見されました。サソリ毒の血清開発の難しいところは、生物学的に同種のサソリであっても、生息地域が違うと同じ血清が効かないことだそうです。

サウジ人と一緒に砂漠にダッブ (トゲオアガマ) を捕りに行った時、初めてサソリを見ましたが、その時のサウジ人の苦々しい顔は今でも思い出します。やはり彼も一度刺されたことがあるそうで (そんなに猛毒ではない種類)、もう二度と刺されたくないと言いながら、ダッブの穴から出てきたサソリを木の棒でバンバン叩いていました。(→過去記事)

ちなみに、2001年にヨルダンで「サソリ事件 (Scorpion Case)」という嘘のような本当の事件がありました。これは、妻が情夫と共謀し、サソリを使って夫を殺害しようとしたものです。ヨルダンでは時に家の中にサソリが入り込むこともあるので、きっと「これだ!」と思ったんでしょうね。以下、当時のニュースから。

「サソリを使って夫を殺害しようとした妻が起訴された。しかし弁護側は、夫の枕元に置かれたのが黒サソリであることに注目した。専門家によれば、黒サソリの毒はそれほど強くないため、大人を殺害することはほとんど無理。よって、妻の行動は殺人未遂にはあたらないと主張した。しかしその後、以前にも妻が情夫と共謀し、夫の車のブレーキに細工をしていたことが判明。妻の明確な殺人意図が立証された。妻には懲役6年8ヶ月、情夫には同10年が求刑されたが、両名とも裁判期間中にすでに5ヶ月拘留されていることや、殺人未遂というにはあまりにも手口が稚拙だったことから、結局2人ともサソリ事件においては無罪となった。ただし、姦通罪が適用されそれぞれ懲役6ヶ月、さらに情夫は過去に徴兵命令を拒否していたことがわかり、プラス3ヶ月の懲役となった」

……沖縄だったら「ハブ殺人事件」なんてのもあるんでしょうか。

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2008年5月 9日 (金)

女性が自転車に乗って平和を訴える…?

5月5日、400名近い女性がヨーロッパやアラブ諸国からレバノンに集まり、自転車でエルサレムまで走りながら平和を訴えようというサイクルツアーが始まりました。ルートはレバノン東部のベカーバレーを起点として、シリア、ヨルダンを抜け、ゴールはエルサレムです。期間は2週間の予定。お題目は "Follow the Women"。おそらく、「男性に任せていたら平和は来ない、だから、女性に続け!」という趣旨なのかなと思いますが、この時期に、なんでこんな無茶な真似を…。発起人はアメリカ人の女性だそうですが、「女性だから」「平和運動だから」、テロや誘拐の標的になったり戦闘には巻き込まれないと信じているのでしょうか。そもそもこれを見た現地のアラブ人女性がどう思うか…。(←アラブで自転車に乗る女性はほとんどいない)

7日からベイルートでは大規模な戦闘が始まったし、各国の国境もさぞ緊張状態にあると思います。現地でツアーの警備に当たっている軍人たちはいい迷惑でしょう (もし警備をつけていなかったらそれこそ自殺行為です)。もちろん、ツアーメンバーのうち誰かが死傷でもしたら、かなりいい宣伝にはなると思いますが。本国の家族も、そこは了解済みなのかな?

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2008年4月12日 (土)

キャメルビューティーコンテスト

■ドバイ皇太子、ラクダ16頭に4億6千万円投じる (CNNニュース)
「アラブ首長国連邦 (UAE)-UAE国営の首長国通信 (WAM) は8日、ドバイ首長の皇太子が遊牧民 (ベドウィン) の伝統を祝う式典、行事に参加させるラクダ16頭を450万ドル (約4億6千万円) で購入したと報じた。ラクダの「容姿コンテスト」に出す270万ドル (約2億7千万円) の1頭を含む。年齢別に実施される同コンテストでは、首、頭部、くちびる、背中のこぶ、足などの形を競うという。

これほどの額によるラクダの購入は前代未聞だが、UAEでの史上最高額かどうかは不明。UAEで、優れたラクダの保持はステータスシンボルにもなっているという。コンテストにはUAEのほか、サウジアラビア、オマーン、カタール、バハレンから1万7千頭以上のラクダが参加する。賞金総額は数百万ドル規模。(2008.04.09 - CNN/AP)」

………だそうです。この金額、もう何が何だか…。UAEでは6年前からこのビューティーコンテストが開かれているそうです。主催者側は、これによって世界の関心がUAEに向けられることを期待しているのと同時に、国民に対しても、砂漠とともに生きるベドウィン文化をもっと意識するよう呼びかけているようです。

確かに、近年のドバイの発展ぶりは目を見張るものがあります。近代的な高層ビルが立ち並び、街には外国人労働者があふれています。ホテルのフロント、レストランのウェイター、スーパーのレジ、タクシー運転手、ガソリンスタンドの店員、病院の看護婦等々、日常生活で接する職種に関してはほとんどすべてインド、パキスタン、バングラデシュ、フィリピンなどからの出稼ぎ労働者です。

また、家庭の中には外国人のメイドや運転手がいるのが当たり前ですから、UAE国民も、「今自分はどの国にいるのか」「自分の文化のより所は何か」などと、アイデンティティーの喪失を感じる若者が増えているのではないでしょうか (そういう危機感があればまだ大丈夫だと思いますが)。

サウジアラビアもカタールも、リッチな湾岸産油国では同じ問題を抱えています。そもそも、赤ん坊が最初に覚える単語がメイドさん (フィリピンやインドネシア) の国の言葉だという笑えない話もありますから。よく考えると、これは戦争よりもたちの悪い文化侵略ですね。まぁ、自業自得と言えばそうなんですが。

21世紀になっても、やはりナショナリズムは必要なのだと思います。そう言った意味では、ドバイ皇太子の行為は賞賛すべきものだと言えるでしょう。UAE国民が、「プリンスがまた道楽に金を使いやがって」などと悪態をつかず、皇太子のメッセージをちゃんと受け止めてくれれば良いのですが。

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トルコ写真

リヤドのタラーティーン通りにあるトルコ料理屋 Assaraya で久しぶりにトルコ料理に舌鼓を打ちましたが、その勢いでトルコ旅行の写真をマイフォトにアップ。カッパドキアとイスタンブールです。カッパドキアって名前の響きがいいですね。耳になじむんだけど、どこか謎めいています。カッパドキアを有名たらしめている奇岩大地、地下都市、岩窟教会なんてフレーズも謎そのもの。そして実際に訪れてみると、そのスケールには圧倒されっぱなしでした。キノコ岩を代表とする不思議な自然の造形にはただただ口をポカンと開けるばかり。大地を掘り抜いて地下都市を形成した先人の、その偏執狂的な熱意には言葉をなくしました。一番驚いたのは、ホテルも岩をくり抜いた部屋だったこと。今まで泊まったホテルのうち、最も感動しました。

トルコはどこで何を食べても料理がおいしいのが良いです。言ってみればアラブ料理そのものなんですが、やはり湾岸アラブ諸国の料理とはひと味違います。イスタンブールなら魚介類から野菜料理まで、さらに料理の選択肢が広がります。残念だったのは、たいていラマダン明けかハッジ (巡礼) の休暇に旅行していたので、同じイスラム国であるトルコも休暇を取る時期ということで、グランドバザールのお店があまり開いていなかったこと。まぁ、仕方ないですね。それでも絨毯 (ヘレケ、ヤフヤライ) は買ったし、トプカプ宮殿なんかも観光できたので良かったですけど。休暇シーズンは子供たちが街をうろうろしていて、日本人に親近感を持っているのか、よく話しかけられたのもトルコを好きになった一因かもしれません。何しろみんなフレンドリーでした。 (→トルコ旅行の過去の記事)

写真は Assaraya の料理。焼きたてで熱々のパンが、香ばしくてモチモチしていて、とにかくおいしい!。パンにホモス (豆とゴマのペースト) をつけて食べるだけで限りなく満足してしまいます。ラムチョップも、お店秘伝のタレに漬け込んでいると見ました。複雑玄妙な味わいに、オスマントルコの歴史と伝統を感じずにはおれません。チキンと野菜を鉢に入れてオーブンで焼いた料理も、アラビア半島のベドウィンには思いもつかない一品です。あ、思い出したらまたお腹が減ってきた。

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2008年4月 7日 (月)

ペルシャ湾がきな臭い?

海外で働く日本人にとって、為替変動は死活問題です。初めての海外赴任はカタール。日本を出た時はまだ1ドル=220円でしたが、3年の勤務を終え、日本に帰国する頃には1ドル=140円になっていました。この時は激しい円高だったので、赴任中に給料が3割カットされました。基本給は円建てなので、円高になると現地で受け取る米ドルが増えてしまうため、本社の方できっちり調整 (節約) されてしまったわけです。

次のサウジアラビア赴任では、湾岸戦争の時に銀行口座から米ドル現金が引き出せなかったり、サウジアラビア発行のトラベラーズチェックが海外で使えなかったり (戦争当事国なので) いろいろな経験をしました。しかし一番失敗したと思ったのは、現地に銀行口座を作ったことです。サウジアラビアを離任する時には、否応なしに全ての貯金を持ち帰らなければなりませんから (主に送金)、その時の円対ドルの換算率を受け入れざるを得ません。例によって、赴任中に円高になった時に給料を何割もカットされていますから、実際相当な目減りでした。

エジプト赴任では多少頭を使って、給料を現地で受け取るのではなく、アメリカの銀行に口座を開設し、そちらを送金先にしました (政情不安定な国に行く人は最初からこうします)。こうすれば、日本に帰国した時も自分のタイミングで送金して円に替えることができます。もちろん、円高の時はできるだけアメリカから送金しなくてもすむよう、倹約生活をしなければなりません。その後も、ヨルダン、エチオピア、そして今回のサウジアラビア再赴任と、アメリカの銀行口座はそのまま使っています。そんなわけで、今年に入ってから一気に加速した円高には、もう毎日の為替ニュースに一喜一憂です。去年の今頃と比べたら、すでに軽く2割貯金が目減りしていますから。

円高、と言うよりもドル安の発端となったアメリカのサブプライムローン問題は、一体この先どうなるんでしょう。なんでもアメリカはこの60年間に12回の住宅不況を経験していて、そのうち9回はそれが原因で景気後退を招いているそうです。アメリカがこれ以上景気後退したら、間違いなくもっと円高 (ドル安) になるでしょう。うぅ、目もあてられない…。ちなみに何もしなくても景気後退しなかったのは1回、あとの2回は戦争による軍需景気が景気後退を食い止めたそうです。こうなると、もはやアメリカはどこかに戦争を仕掛けるしかないのかも…。

なんて空気があり得なくもない昨今 (共和党が勝つには戦争特需しかない!?)、ペルシャ湾岸がまたきな臭くなっています。カタールのウデイド空軍基地で、米軍の戦略爆撃機ロックウェルB-1が着陸後の移動中に出火したというニュースが報道されました。しかし、実はこの時、B-1はイランの核施設を攻撃しに行っていたのではないかという疑惑が持ち上がっています。軍の一部の人間の判断により決行されたこの作戦が、別の人間により阻止されたというものです。自国のF-16戦闘機の機銃掃射で進路をふさがれたB-1は、出火しながらもウデイド空軍基地に無事に帰還したというのですが、果たして真相は如何に。

もしイランに爆弾 (核爆弾?) を落としていたら、やっぱり戦争になったんでしょうか。それでアメリカの景気が回復し、結果として円安ドル高になったとしても、ちっとも嬉しくありませんが…。

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2008年3月22日 (土)

現代のバベルの塔?

旧約聖書の創世記に登場する「バベルの塔」の物語は、世界にさまざまな言語が存在する理由を説明するための物語であると同時に、人々が「石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた」という記述から、古代における技術革新について触れながらも、人間の技術の限界について語る意味があると考えらています。そんな聖書発祥の地にほど近い、ここアラビア湾岸地域では、まさに現代のバベルの塔とも言える超高層ビル建設プロジェクトが着々と進んでいます。

アラブ首長国連邦のドバイで建設中の「ブルジュ・ドバイ (ドバイタワー)」は、すでに台湾の「台北101」を抜き、世界一高いビルになりました。現在は600メートルを超えており、最終的な高さは公表されていませんが、デベロッパーによれば700メートルを超えることは確実視されています。2009年6月30日完成予定。

ドバイタワーに対抗するかのように、クウェートでは「千夜一夜物語」にちなんで1001メートルの超高層ビルの建設計画が公表されました。しかし驚くなかれ、ここサウジアラビアの西の都ジェッダでは、なんと1マイルタワー、つまり高さ1600メートルの超々高層ビルの建設が発表されたのです。お金が腐るほどあるのはわかりますが、それだけの高さのビルを建てる必要が本当にあるのでしょうか。技術革新にはとても意義深いプロジェクトだとは思いますが、実用性があるかと問われれば、果たして…。

ちなみに、エチオピアの首都アジスアベバにも「世界一高いビル」の計画がありました。もともと標高2400メートルなので、それプラス、ビルの高さで言うと、なるほど世界一も夢ではありません。あの新聞発表を見た時は一瞬度肝を抜かれましたが、記事を読み進むにつれ、次第に悲しい気持ちになっていきました…。日本のゼネコンの名前が載っていたけど、どうなったかなぁ。

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2008年2月27日 (水)

ナクバ 1948年

1948年のイスラエル独立戦争を、(結果的に) 被害者であるパレスチナ人は「ナクバ (Al-Nakba=大惨事)」とよんでいます。イスラエル国内では、長らくこのようなパレスチナ人の視点は無視されてきましたが、最近になって、教科書にこのことを載せる動きが出ています。イスラエルの若者も、パレスチナ人の痛みの上に国家が成り立っていることを知る必要があると思います。ただ、イスラエル政府としては、それによって独立戦争の大儀が薄れ、侵略戦争だったのではないかという疑問を持つ若者が増えては、国家の存亡にかかわります。戦争を行った第一世代も次々と亡くなっているでしょうから、次の世代には、憎しみではなく、平和を引き継いでほしいものです。

国の位置当てゲームをやっていて、「ここはもともとパレスチナなんだよなぁ」と思ったので、ちょっと書いてみました。地図はサイズが大きいのですが、アラビア語版 (1.4MB) と英語版 (1.9MB) 両方載せました。地名は英語とアラビア語でほとんど音は同じですが、エルサレムは 英語=Jerusalem、アラビア語=Al-Qudsu です。

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2008年2月26日 (火)

中東・北アフリカ地図クイズ

中東・北アフリカの国の位置をあてるマップゲームを見つけました。下のリンクから飛べるので、ぜひ挑戦してみてください。国名を地図にドラッグするだけと操作はいたって簡単です。自分はトルクメニスタンを間違えました。く~、残念。あと一歩だったのに。

→Rethinking Schools Online

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2008年1月28日 (月)

キリストの顔

ヨーロッパ絵画に見られるキリストは、やはりどこか金髪で色白な西洋人のような雰囲気がただよっています。ダビンチもラファエロも、キリストが中東の人間で、顔立ちが自分たちとは違うということはわかっていたでしょうが、世間の人々が望むものではなくなるということもまた、十分にわかっていたのでしょう。では、一体キリストはどんな顔をしていたのでしょう。数年前、イギリスのBBCがこの問題に答を見いだそうとしました。これまでにパレスチナ地域で発見された、2000年程前の人骨を集め、その平均値、つまり当時もっとも一般的だったと考えられるパレスチナ人の顔を復元したのです。

その復元図を見ると、思わず「いるいる」とうなずいてしまうほど、普通の「アラブ人」の顔でした。現代はもっとホッソリした人もたくさんいますが、こういう少しゴツゴツした感じの人ももちろんいます。でも、さすがにこんなに顔のツヤは良くなかったでしょうね。これでは毎日たらふく食べている人の顔です。キリストだけでなく、当時の人たちはもっと食べ物に困っていたでしょうから。この辺はBBCの恣意的な解釈かなと思いました。もちろん、BBCも「絵画に見られるキリストの顔は実物ではない」ということを、人々に問いかけるのが狙いだったと思います。

ちなみに、サウジアラビア、エジプト、ヨルダンのそれぞれの男性を比較してみると、やはり明らかに違いがあると思います。見ればだいたいわかりますから。ところで、この三国で一番ハンサムなのは、うーん、サウジ人かな?。ヒゲが濃いのはヨルダン人で、体格が良いのはエジプト人(カイロ人)。エジプト人はアスワンの方に行くと色黒で背が高くなり、シナイ半島ではサウジ人と変わりません。なお、エチオピア人は、ザンビア、タンザニア、南アフリカ(この3ヶ国は旅行しました)などのいわゆるアフリカの顔とはまったく異なっていて、どちらかといえばアラブ人の顔立ちをしていました。なにしろソロモンの末裔ですからね。

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2008年1月16日 (水)

ウサギ料理

学生時代、エジプト留学経験のあるアラビア語の先生から「モロヘイヤスープはウサギ出汁が最高」と聞かされていたので、カタールに赴任してからは時々ウサギ入りモロヘイヤスープを作っていました。ドーハのスーパーマーケットでは、冷凍の刻みモロヘイヤも皮をむかれた冷凍ウサギも普通に売られていたので、それらを買ってきてスパイスと一緒に鍋に放り込むと、あっという間にスープができあがりました。

ウサギ肉は脂肪が少なく、歯ごたえや味は獣肉というより鶏のムネ肉に近い感じです。確かにおいしいですが、それを食べながらなんとなく罪悪感を感じることも事実。まぁ、それなりの必然性がない限り、あえて料理にウサギをチョイスすることもないかもしれません。日本に戻ってから「あぁ、ヒツジが食べたい」としみじみ思うことは多々ありますが、「ウサギが食べたい!」と思ったことは一度もなかったし。

スペインはおいしい郷土料理の宝庫ですが、トレドはウサギ料理が名物とのことで、旅行したときにレストランでウサギのローストをいただきました。食べた感想は、野趣に富んでいると言えばそうですが、ちょっと肉がパサパサしていて大味だったかも。もっとソースをかけるか、そもそも煮込んだ方がおいしいような気がしました。記憶の中ではカタールの方がおいしかったですね。

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2007年11月25日 (日)

中東のミスコン

中東の美女を決定する「Miss Arab World」という大会が昨年から始まったのですね。「水着審査のないミスコン」と揶揄されたりもしていますが、意義は大きいと思います。さすがにサウジアラビア代表はいないみたいですが。

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2006年7月16日 (日)

デーツ

デーツ (Date Palm/ナツメヤシ) はアラビア遊牧民にとってなくてはならない植物です。デーツの木は20~30mまで成長し、8年目から実をつけはじめ、30年で成木になります。寿命は100年程度。1房に200~1000個の実をつけ、1本の木で年間200kg以上の実を産出するものもあります。果肉の部分には、約58%の糖分とそれぞれ2%の脂肪、タンパク質、ミネラルがふくまれます。大切な栄養素はほとんど含まれていると言われているように、昔のベドウィンはデーツとミルク (ヒツジorラクダ) さえあれば生きていけたそうです。栄養満点なので、産後の肥立ちにも良いとか。また、デーツの葉と葉柄はかごや枝編み細工、バッグやマットの材料となります。繊維からはロープがつくられたり、コーヒーポットの注ぎ口に詰めてフィルターの代わりにもなります。アラビア遊牧民はデーツがあったからこそ、砂漠地域でずっと暮らしてこれたのです。

デーツの本場と言えばやはりサウジアラビアです。専門店には何種類ものデーツが並び、さらにデーツを使ったお菓子、ジュースなどもあります。ミカンやリンゴがそうであるように、デーツも様々な品種があります。私がリヤドにいた当時、キロあたりの値段が一番高いものは聖地メッカ (マッカ) 産のものでした。粒は6、7cmとかなり大きめ。口に入れただけで歯がズキズキと痛くなるほどの激甘デーツは、大の甘党のサウジ人にはこの上ないものです。自然の果実でここまで糖度が高いものは他にないのではないでしょうか。干し柿などまったく比べものになりません。私がサウジを離れた後、サウジに赴任した知人からもらったデーツは、大きめのサクランボといった感じの丸型でした。初めて見るデーツでしたが、口に放り込むとまるで黒砂糖のように奥深く滋味のある甘みでした。私にとっては今のところ生涯最高の「甘いお菓子」です。なかなか観光では行けないサウジアラビアに比べ、アラブ首長国連邦のドバイは行こうと思えばいつでも行くことができます。ドバイのDeira City Centerでサウジのデーツ専門店「バティール (Bateel)」を見つけた時は喜び勇んで店内に入りましたが、残念ながらこのデーツはありませんでした。個人的にはかなりおいしいと思うのですが、糖度が比較的低いのでアラブ人にはいまひとつ人気がないのかも。あるいは貴重すぎて輸出されていないとか。

逆にサウジ人に一番人気だったのは、ズバリ砂糖という名前の付いた「スッカリー」。普通デーツは十分に熟し、水分がとんで焦げ茶色にならないと渋くてとても食べられませんが、スッカリーは実が黄色くなってくれば十分食べられるほど甘いものでした (ちょっと渋みはあったけど)。また、おそらくどの品種でも良いというわけではないと思いますが、まだ実が黄色いうちに収穫して、冷凍保存しながら熟成させるやり方もあります。こうやってトロトロに熟した甘い実 (黄緑色っぽい) をアラビックコーヒーと一緒に食べるのは最高の組み合わせでした。
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2006年6月16日 (金)

トルコのサバサンド

初めてのトルコ旅行は、まず食べ物のおいしさに驚きました。行く前はアラブ料理とたいして変わらないだろうと思っていたのですが、毎食何を食べようか迷ってしまうほど、バラエティーに富んでいてかつおいしい料理ばかりでした。嬉しい誤算だったのは、新鮮な魚と貝が食べられたことでした。海があるんだから当たり前の話なのですが、トルコはあくまで肉料理主体だと勝手に思いこんでいたのです。特にガラタブリッジのところにある港で売っているサバサンドは、今でも忘れられない味です。港に浮かべた舟の上でサバを焼き、パンにはさんで売っています。お金を払ってサバサンドを受け取るときに、ヨイショとかがんで手を伸ばすことでさえ、何か特別な儀式のような気がして、「トルコにいるんだなぁ」と勝手に感動していました。港には大きなバス停があり、常に人でにぎわっています。そんな人たちのために、ワゴンで貝ご飯が売られていました。ムール貝にピラフが詰められていて、注文すると売り子がパカッと貝殻を開け、レモンをギュッと搾って渡してくれます。開いた方の貝殻をサジがわりにして口に放り込むのですが、魚介類のダシが効いたピラフとレモンの酸味、ムール貝の歯ごたえが渾然一体となって、まさに口福そのものでした。普通はおやつ感覚で2、3個食べるもののようですが、あまりのおいしさに、私はその場で10個も食べてしまいました。正直もっと食べたかったのですが、さすがに売り子があきれ顔になってきたので、その日は後ろ髪を引かれつつその場を離れました。翌日以降も、連日そこに通ったことは言うまでもありません。
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トルコ風呂

初めてイスタンブールに旅行したとき、ブルーモスクでぼんやりと時間をつぶしていたら、よほどヒマそうに見えたのか、現地人に声をかけられました。彼の店で絨毯を買ったり一緒に食事をしたり、安いホテルを紹介してもらったり (ブルーモスクの正面、1泊700円)、結局丸2日にわたって彼と一緒に行動することになりました。中でも、彼の家に招待されたとき、家に行く前にトルコ風呂に連れて行かれたのはラッキーでした。行きたいとは思っていましたが、なかなかそういうことが1人ではできないタチで、あきらめかけていたところに声をかけられたわけです。そこは、市内から少しはずれたところで、門構えはあまり大きくありません。観光客が行くようなところではなさそうです。入浴料+アカスリで800円だったと記憶しています。トルコの物価とか日本の銭湯にくらべたりしたらけっこう高いなと思いました (2人分払ったのかな?)。服を脱いで中に入っていくと、そこはがらんとした広いスペースで、スチームがもうもうと立ちこめています。真ん中には八角形の大きな大理石の台があって、アカスリはそこに寝転がってやってもらいます。初老のおじさんが、雑巾のようなものを使ってグイグイと体をこすり始めました。ほどなく、自分でも「えっ!?」と驚くくらいのアカが出てきました。おじさんも時々「ほぉ~」とか「う~ん」とか声を出しています。もしこのおじさんが日本人のアカスリが初めてだったとしたら、いわば私が日本代表です。「日本人=アカたっぷり」と認識されてしまったら、それは私のせい…。アカスリのあとは、シャンプーして体を洗い流しました。風呂上がりは全身がポーッと火照って本当に気持ちよかったです。
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2006年5月26日 (金)

アップルティー

トルコには2度旅行に行きましたが、行く先々には常に「アップルティー」がありました。バザールで、絨毯屋で、トルコ風呂で、とにかくいつもアップルティーを勧められました。ティーといっても実際はリンゴジュースの粉末のようなもので、粉を小さめのガラスのコップに入れ、お湯を注ぐと出来上がりです。甘酸っぱくて、いつ飲んでもほっとする味でした。どこで飲んでも必ずおいしいかったので、最初はブランドが1つしかないんじゃないかと思っていたのですが、いざお土産屋で買おうとしたらかなりたくさんの種類があって、ちょっと迷ってしまいました。店内でいろいろ飲みくらべてみるとけっこう味に違いがあり、結局店員が勧めてくれたブランドが「いつもの味」だとわかったので、それを多めに買いました。日本に持ち帰ったりして友人にも飲んでもらいましたが、いまひとつトルコで飲んだときの感動がよみがえりませんでした。トルコという非日常的な空気の中で飲んだからこそのおいしさだったのでしょうか。

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トルココーヒー占い

1986年、イスタンブールを旅行したときのこと。ブルーモスクで時間をつぶしていると、トルコ人に声をかけられました。こちらもヒマだったのでいろいろ話をしましたが、そのうち絨毯屋に連れて行かれ、さらに夕方まで雑談を交わしながら、結局絨毯を2枚買うことになりました。もともと絨毯は買おうと思っていて、逆に1日かけてトルコ絨毯のいろいろなことを勉強できたので彼には感謝なのですが、「こんなにたくさん話した (値切った) 日本人旅行者は初めてだ」と変な意味で感心されてしまい (昼ご飯も一緒)、「明日家でパーティーをやるから来い」ということになりました。「もしかしてけっこう高いお金を払った?」と一瞬思いましたが、まぁ彼なりの感謝の気持ちということにして、ありがたく彼の家をたずねることにしました。次の日の夕方、ホテルに車で迎えに来た彼は私の顔をまじまじと眺め、「まずはお風呂、それから床屋で散髪した方がいい」と言ってきました。突然のひと言に面食らってしまいましたが、トルコ風呂なら一度行ってみたかったので、渡りに舟とばかりに二つ返事でついていくことにしました。まぁ床屋はどうでも良かったのですが、お風呂の後そちらもだまって連れて行かれることにしました。(トルコ風呂のことはまた別途)

さて、彼 (アーメド) の家に着くと、まずはお母さんと小さい妹さんが出迎えてくれ、「日本人の友達だ」みたいな感じで紹介されました。今日の主役 (大きい妹さんの誕生日パーティー) は結婚して他に家庭を持っているので、夕ご飯が終わった頃に来るとのことで、すぐに食卓に案内されました。イスタンブールに来てから、毎日トルコ料理のおいしさに感激していた私ですが、アーメド家のお母さんの料理もなかなかのものでした。アラブ料理というとつい肉料理を想像してしまいますが、トルコは野菜料理が豊富で、この日もナス、トマト、カリフラワーなどの温かい料理が山盛りで出てきました。メインは挽肉とナスのオーブン焼きで、スパイスがピリッときいていて絶品でした。食事の後は、居間に移動してトルココーヒーをいただきました。ここでおばあちゃんが顔を出し、昔はジプシーのように国内を転々と移動して生活していた話などをしてくれ、その場は大いに盛り上がりました。急に、「コーヒーは飲み終わったか」と聞かれたので、おばあちゃんにカップの中を見せると、「よしきた」という感じで、カップを渡すよう促されました。何のことかと思っておばあちゃんのそぶりを見ていると、カップをソーサーの上にひっくり返し、しばらくしてまたカップを元に戻しました。トルココーヒーを飲み終わると、カップの底に粉が残ります。それをひっくり返してどんな風にたれるかで、いろいろなことがわかるのだそうです。聞いてみると、おばあちゃんは昔ジプシーの占い師でした。占いの結果は、「あんたは来年結婚する」というものでしたが、それは見事にはずれました。

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アラビックコーヒー

アラビア湾岸諸国では「アラビックコーヒー」なるものがポピュラーです。コーヒーはコーヒーですが、煎った豆を荒くつぶしカルダモンと一緒に煮出したもので、色は緑がかった黄色、いわゆるコーヒーの香りはあまりしません。これを「コーヒー」と言われて出されると、たいていの人は「まずっ!!」と思うようですが、アラビア語で「ガホワ (Qahwa)」」と言われ、ベドウィンスタイルのテントで乳香を炊きながら飲んだりすると、しみじみ「うまいなぁ~」と思います。一度にあまりたくさん飲むものではなく、カップもおちょこのような大きさです。お客さんの前で、アラビア風の金のポットを高々と持ち上げ、できるだけ細く糸のように注ぐのがこちらのスタイルです。一緒に食べるのはもちろんデーツ (ナツメヤシの干した実)。ガホワの渋さとデーツの甘みが口の中で渾然一体となっていく感覚は最高です。まぁ、渋茶に干し柿といった感じでしょうか。ちなみにこのガホワ、「もういらない」と言うときはカップを返すとき空にしたカップを左右にちょこちょこと振ります。これをしないと延々コーヒーをつがれることになりますのでご注意を。

サウジはホテルのレストランなどいろいろな所でおいしいガホワを飲むことができますが、個人的に最高だと思ったのはサウジアラビア航空のファーストクラス。さすがにファーストクラスはいつもほとんどお客がいなくて、なぜか日本人はよく格上げしてもらえたのですが、そこで出されるガホワとデーツはとにかく最高級の味わいでした。あのトロリとしたガホワがまた飲みたいなぁ。ちなみにスーパーではインスタントガホワセットのようなものが売られていて、その粉を煮出すとアラビックコーヒーが出来上がるということでしたが、どうやってもおいしいガホワにならず、いつも粉を余らせていました。けっこう何種類も買ったんですけどねぇ。どれもいまいちでした。

トルコと名がついていますが、中東全般でコーヒーと言えばいわゆる「トルココーヒー」が最もポピュラーだと思います。ヨルダンでも毎日このコーヒーを職場で入れてもらっていました。入れ方は簡単。コーヒーの粉と砂糖をミルクパン (よりもっと小さいコーヒー専用のもの) で煮詰め、カップに移したあと粉が沈むのを待って飲みます。これだけなのですが、何かコーヒー以外の別のスパイスが入っているような、独特の味わいになったものです。もしかしたらカルダモンとか入っていたのかな?。

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2006年5月22日 (月)

チュニジアのカラスミ

カタールからチュニジアに旅行に行きました。カタールも同じように海に面した国ですが、やはりペルシャ湾と地中海の差なのか、どうもチュニスは空気感が違います。海の向こうはヨーロッパという意識がそうさせるのか、どこかキラキラしているような、まぶしさを感じました。カタールの海の向こうはイランだしそりゃ違うよなぁ、などと考えながら、チュニスではいろいろなチュニジア料理を楽しみました。クスクスはもとより、焼きサラダ (グリーンサラダに火を通してある)、ブリック (トマトソースでソーセージなどを煮込んだもの) など、それなりのお店に連れて行ってもらったのもありましたが、どこで何を食べてもおいしいものばかりで、はずれがありませんでした。ヨーロッパが近いと料理も洗練されるのでしょうか。

チュニスは本当に良い印象ばかりでしたが、市内のスークに行ったときも、カタールとは違っていわゆるお土産になりそうなこじゃれた物がたくさんあって、迷路のような小道を歩いているだけでも十分楽しめました。スークを後にして、さて次はどこに行こうかと思ったとき、少し離れたところで何やら人の動きがあるのが見えました。別のスークかなと思って足をのばしてみると、そこは魚スークでした。生の魚もたくさん売っていましたが、気になったのは各屋台の軒先につるしてある茶色いものでした。15センチくらいの細くて平べったい棒のようなもので、見た目にはサラミかタクアンのようでしたが、もしかしてこれがカラスミか、と思って店の人にたずねると、「サマク・ブーリー (ブーリー魚)」と言われました。「ブーリーってブリ?、ボラ?」と一瞬迷いましたが、とりあえず5本ばかり買うことにしました。値段はよくおぼえていないのですが、1本500円から1000円くらいはしたように思います。それを食べたのは、チュニスの後エジプトを10日ほど旅行してカタールに帰った後のことでした。やや堅くなってはいたものの、ねっとりした噛み心地と、鼻にぬける磯の香り、そして口中ににじみ出るおいしさは、まさにカラスミそのものでした。もっとたくさん買ってくれば良かったと、ここまで後悔したものは他にありません。この旅行からちょうど10年後、エジプトに赴任しました。実はエジプトでもカラスミは売っています。「重金属がたっぷり含まれている」などと言われていたこともあってか、チュニスのカラスミよりおいしいとは思いませんでした (思い出は美化される?)。もう一度チュニスに行ってカラスミが食べたいなぁ。っていうかそのお金があったら日本で高級カラスミが買えますけどね。
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2006年5月20日 (土)

アラブの乳製品

アラブは家畜とのつき合いも数千年の歴史がありますから、肉の食べ方、乳製品の作り方には一日の長があります。日本では売られていない、しかし中東ではとても一般的なもの、そんな製品がラクダミルクと羊乳のヨーグルトです。ラクダミルクは、サウジアラビアではパックに入れられていくつものメーカーから製品が出されています。特にラクダだからどうということはなくて、結局牛乳と近い味です。強いて言えば、牛乳よりもちょっと水っぽかったかもしれません。でもなんとなくロマンが感じられます。羊乳のヨーグルトは、これまた普通のひと言です。普通においしかったです。いや、むしろ日本の製品より、コクがあってどっしりとしたおいしさかもしれません。ちなみに、サウジで素焼きの鉢に入れて売られていたあの黄色っぽいヨーグルト、あれはおいしかったなぁ。まるでレアチーズケーキかと思うほどのコク、さわやかな酸味、あれに比べたら日本のヨーグルトは水で薄めたような感じがします。今思えば、あれはいわゆる「本物のヨーグルト」だったんじゃないでしょうか。

参考までに、牧畜の発祥は、紀元前7000年頃のレバント南部、今日のシリアだとされています。歴史に詳しい方であれば、「農耕開始は紀元前8000年ではなかったか、狩猟→牧畜→農耕の順番ではなかったか」と思われるかもしれませんが、近年の動物考古学者の調査により、最初に中東で家畜化を開始した初期牧畜民は、すでに石積みの住居を持ち、小規模ながら麦畑を耕作するとともに、ガゼルの追い込み猟を行っていたことが明らかになっています。それまで「狩猟・農耕」を行っていた人々が、家畜化を通じて「農耕・牧畜」というスタイルに変わっていったそうです。
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私がこれまで外国でどんなお米を食べてきたかというと、カタール時代はおもにエジプト米でした。ただし、パック詰めされたものではなく、ゆえに砂がまじっていたりあまり品質が安定していませんでした。ある時、エジプトから転勤してきた人が、「エジプト米がなんでこんなにおいしいの!?」と驚いていました。エジプトは当時からお米の生産国ですが、良い品は中東諸国への輸出用になっていて、国内消費用には本当にひどいものが出回っていたそうです。次に、サウジアラビアではオーストラリア米を良く食べていました。値段も安く、味もまぁまぁ。リヤドは湿度がほんの数%しかありませんから、お米もすぐに乾燥してひび割れてしまいましたが、根本的にはなんの不自由も感じなかった時代です。次にエジプトに行きました。日本の技術援助によって、お米の品質改良は進んでいましたが、ほとんどは外貨獲得のため輸出に回されていたのであまり市場には出ていませんでした。結局、いつもオーストラリア米を買っていました。良い米は輸出用、安い米を輸入するという方法は、日本もできるかもしれません。ヨルダン赴任前は、国家予算の半分が外国の財政援助だと聞いていたので、まともに食料があるのかと少し不安でした。しかし現地に行ってみれば、スーパーマーケットは輸入品であふれかえっていました。しかもお米の値段も安く設定されています。ここでもオーストラリア米を常食していました。

ここまでどの国でも、短粒米よりもむしろ長粒米の方がたくさん売っていたので、時々は自分も長粒米を買って食べていました。ジャスミンライスなどは良い香りがするものです。あのパサパサ感も、そういうものだと思えば気になりません。次にエチオピアですが、初めて問題にぶつかりました。2003年当時はエジプト米が出回っていたのですが、どの店で買っても異常に臭いのです。輸入管理が悪いのか、機械油のにおいがひどくて、ご飯を炊くときのにおいで何度も吐きそうになりました。しばらくしてイタリアかどこかのお米が輸入され始めたので、数ヶ月はなんとか過ごしていましたが、秋口からそのお米もなくなり、その後半年以上、短粒米が市場から姿を消してしまいました。そうなると、長粒米を買って食べるか、もしくは休暇をとって海外から買ってくるしかありません。長粒米は嫌いではありませんでしたが、やはり私もドバイに行ってお米を何十キロと買ってきました。「やっぱりアフリカだなぁ、中東は良かったなぁ」としみじみ思いました。

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途上国でお米1

日本を離れて暮らしていると、日本の良いところ悪いところがいろいろと見えてきます。中でも、かなり疑問に感じるのは、お米の値段です。サウジアラビアにいたころ、スーパーマーケットには常に長粒米、短粒米がずらりと並んでいました。長粒米はインドやパキスタンから、日本と同じ短粒米はオーストラリアから輸入されたものです。エジプト米も日本の技術援助で品質が上がってきていたので、少しずつですが店頭に並ぶようになっていました。値段はどこのお米もだいたい1キロ50円ほど、高級品種であるバスマティライスやジャスミンライス(長粒米)でも、1キロ100円くらいでした。ここでふと疑問が浮かびます。米を国内生産している日本では、安いものでも1キロ300円はします。なぜ、すべて輸入している中東の国の方が安いのでしょうか。金持ちのサウジ政府がだいぶ援助しているのだということも聞いたことはありますが、国家予算の半分が外国の援助金というヨルダンでさえ、オーストラリア米で1キロ90円程度でした。

農家がそれだけの費用と労力をかけて米を生産していることは認めますが、日本政府がそこまで米の値段を高く保つ必要があるのでしょうか。農家の米離れを防ぎ、食糧自給率を堅持しようという意図はわからないでもありません。確かに、外国米が全面的に輸入解禁になれば、日本の農家はあっという間に価格競争に負けてしまうでしょう。しかし、主食がこんなに高い国は世界中どこにもありません。米を解禁し、安い外国米と、高いがそれなりの品質を持った日本米を、市場で競争させる方がよほど健全です。選択は国民にまかせれば良いのではないでしょうか。ちなみに私は、日本に帰ってくると毎回お米のおいしさに衝撃を受けます。東京駅のお弁当、コンビニのおにぎり、10キロ3800円のお米を家で食べるとき、本当に感動するほどおいしいのです。日本から任地に戻ると、それまでおいしいと思っていたオーストラリア米が、ものすごく味気ないものに感じます。もちろん、しばらくすればまた慣れてしまうのですが…。なので、外国米を輸入解禁しても、決して日本米が全面的に負けることはないという自信があります。本当に、なんとかならないものでしょうか。

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2006年5月19日 (金)

アラブのパン

小麦の栽培は中東を起源とするそうです。数千年の歴史を持ち、よって、小麦から作るパンの形態にも様々なバリエーションがあります。カタールやサウジアラビアでは、「ホブズ」という薄くて平たい丸パンが一般的です。パン種は少し発酵させているそうで、さわやかな酸味と甘みが特徴です。もちろん、焼きたてが一番おいしく、冷えると急速に味気ないものになっていきます。特にリヤドは湿度が数%しかないため、食事を始めてから終わるまでの30分ほどで、テーブルの上に出されていたホブズの表面は堅くなってしまいます。ホブズは中が上下にパカッと割れるので、半円に切るとサンドイッチの具をつめるちょうど良い入れ物になります。本当に良くできたパンです。エジプトには独特の「エーシュ」というパンがあります。見た目はホブズと良く似ているのに、なんだかザラザラ、パサパサした、見事に味気ないパンです。当時1枚1円でしたが、良くロバにやっているのを見ました。さすがに人間は食べないか、とも思いましたが、その考えはちょっと失礼ですね。でも、本当においしくないんです。前に書いたカイロのカバブギーのパンは、エーシュとは全然違って、もちもちとした食感が最高においしかったです。なんでこういうパンをみんな真似しないのでしょうか。もうどこに行ってもエーシュだらけでした。

ヨルダンも、おいしいパンの宝庫です。ヨルダンまで来ると、パン種の中に挽肉やチーズを入れたものやパイなど、その種類の豊富さも世界レベルになってきます。しかし一番おいしいと思ったのは、独特の釜で焼く「ホブズ・イラーキー」というパンです。直訳すれば「イラクパン」。隣国イラクから伝わったものでしょうか。焼き方、見た目はまんまインドのナンです。焼きたての熱々をほおばると、香ばしさとほのかな甘みが鼻腔を突き抜けて、この上ない幸福感に包まれます。初めて食べたとき、あまりにおいしかったので残りを家に持って帰りました。しかし、数時間後に食べたときのやるせなさは今でも忘れません。さっきまであんなにおいしかったのに…。とにかくパンは焼きたてが一番!。
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バミヤ

アラビア語で野菜の名前などほとんど覚えていませんが、バミヤ、すなわちオクラだけは、すぐに覚えたし決して忘れません。初めてバミヤを食べたのは、1985年のカタール。パレスチナ人の家に招待されて、レバノン料理のフルコースをご馳走になったときのことでした。ご主人は短めのオクラをトマトソースで煮込んだ料理を指さし、「レディースフィンガー」だと教えてくれました。「指を食べると思うと残酷だけど、単に形が似ているだけだからね」とご主人は軽口をたたき、しかし一番の大好物だと言いました。食べてみると、こくがあって、トマトとオクラは合うなぁと感心することしきりです。ここに肉を入れる場合もあるそうですが、彼はバミヤだけのシンプルな方が好きだと言っていました。他にもいろいろな野菜料理があって、アラブ料理の中でもさすがレバノンは違うと感動しました。中東では、スーパーに行ってもバミヤはわりと普通に売っています。逆に、オクラという英語名で売っているので、その名前の響きになんとなく日本語的なものを感じていた自分には新鮮な驚きでした。外国から入ってきたものですからOkraで当たり前なのですが、御蔵とか小倉みたいな。

ある年、エジプトに旅行した時のこと。アブーシンベル神殿を見学した帰り、ルクソールに戻る2時間後のフライトをアスワンで待っていました。オールドカタラクトホテルで昼食をとったのですが、4月のエジプトはすでに焼き付くような暑さ。もう脱水症状ぎりぎりで、あまり食欲もありませんでした。何を食べようかとビュッフェテーブルの前をうろうろしていましたが、こんなときに焼きすぎてパサパサになったお肉など食べられるわけがありません。ふと、バミヤのトマトソース煮が目に飛び込んできました。これぞ掃き溜めに鶴、砂漠にオアシス。お皿にめいっぱい盛って、さらに2皿目もバミヤを食べていたら、なんで肉を食べずにそんな安い物ばかり食べるのかと、お店の人にいぶかしがられました。正直に答えても角がたつばかりなので、そこは微笑んでやり過ごしました。

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2006年5月18日 (木)

ヒツジの脳みそ

ヒツジの脳みそは、決してゲテモノではありません。中東では、サラダに、フライに、蒸し焼きにと、普通に食べられています。スーパーの精肉コーナーにも、生のものやゆでたものがパックに入って売られています。確かに、生のものを店頭で見てしまうと、ちょっとげんなりしてしまうこともありますが、ひとたび料理になれば、フグの白子に匹敵するという日本人もたくさんいました(私自身は白子を食べたことがない…)。ゆでた脳みそを薄切りにしてまぜたサラダも食べましたが、それではやはりシワが見えてしまって、ちょっと口に運びづらいものがあります。なんといってもオススメは、フライです。脳みそを軽くつぶし、塩コショウで軽く味付けして揚げたものですが、ヨルダンでこれを食べたときは心底おいしいと思いました。カリカリの衣、フワフワの脳みそ、噛めばジュワッと口に広がるおつゆ(肉汁ならぬ脳汁?←こう書くと気持ち悪い)。中東はもともとオードブルがすごく充実していますが、脳みそもいろいろ形を変えて食卓に彩りを添えています。さすがにアラブ人はヒツジを食べるプロだと感心してしまいます。

ラクダ肉のところで、脳みそハンバーグを作ったことを書きましたが、あれは是非アラブ人に紹介したいですね。けっこううけると思います。香辛料をまぜた挽肉を鉄の串にさして焼いたコフタという料理がありますが、あれにも少し脳みそをまぜたらもっとソフトな食感になっておいしいんじゃないでしょうか。逆に、日本料理にもいろいろと使えそうです。天ぷらはもちろん、すき焼きに入れてもおいしそうです。豆腐の代わりとしてならだいたい大丈夫でしょう。さいの目に切っておみそ汁に入れたりして、これが本当のミソ汁…、って自分で言ってげんなり…。マーボー脳みそなんてのもありですね。ひょっとしたらもう中国あたりでは食べられているかも。
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シャワルマ

鉄の心棒にこれでもかというくらい肉を刺して重ね、バーナーに立てかけくるくると回しながら肉を焼く。ころあいを見はからって長い包丁で肉をそぎ落とし、平べったいパンにくるんでできあがり。これがアラブ風サンドイッチ、シャワルマです。中東ならほとんどの国で食べられますが、国によってソースやくるむパンが変わります。どこのシャワルマが一番かといえば、個人的にはリヤドのYamal Asshamのチキンシャワルマが断然1位です。パンはホブズというやや厚みのあるもの、ソースはガーリックマヨネーズ、キュウリのピクルスとフライドポテトが入り、絶妙のハーモニーを奏でています。本当に何回食べても飽きないおいしさでした。ヨルダンのシャワルマはうすいクレープ状のパンを使い、肉をくるんだあと仕上げに少し焼きを入れます。とても香ばしくて、これも大好きでした。ただし焼きを入れるため2、3分余計に待たなければならず、これは毎回かなり辛かったです。おいしいシャワルマの見分け方は、これはもうとても簡単です。なによりバーナーに立てかけられた肉の大きさがすべてを物語っています。焼いている肉が大きければ大きいほど、その店が繁盛しているという証拠なのです。その意味では、アンマンのアブドゥーンサークルにあるシャワルマ店が、今まで見たどの国のシャワルマよりも大きく、大繁盛していました(写真)。

他に変わり種のシャワルマをいくつか。カタールではチキンやヒツジに加え、エビなどのシーフードが入ったシャワルマがありました。さすが海洋国、なかなかのアイデアだと思いました。カイロにもいろいろな種類のシャワルマがありましたが、他のエジプト料理同様、どれもこれもいまひとつでした。シャワルマは基本的に店の外で肉を焼くものです。その匂いが人をひきつけるのですが、その分ほこりや排気ガスが染みこんでしまいます。カイロのシャワルマは排気ガス臭くてちょっとじゃりじゃりしていました。トルコではイスタンブールなど各地にシャワルマスタンドがありましたが、パンはフランスパンを短めに切ったもの、味もトマトベースで、どことなくヨーロッパの香りがしました。ロンドンなどヨーロッパの大都市に行くと、アラブ人の数も多く、街角で突然シャワルマスタンドに遭遇することがあります。ツーリストを相手にけっこう繁盛しているのですが、食べてみるとやはり味はいまひとつです。本場のシャワルマはもっとおいしいのになぁと少し複雑な気持ちになります。
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