2019年6月24日 (月)

スアンプルーモスク

スアンプルーモスク (Suan Phlu Mosque) はBTSポーニミット駅の北側を走るローカル鉄道の線路沿いに建っています。信者はタイ系、アユタヤ朝時代に移住してきたマレー系、そしてインド系ムスリムとのこと。モスクの歴史は18世紀末にさかのぼり、改築が重ねられてきましたが、建物の一部には当時のものも残っているそうです。ここもやはり中には入れませんでした。モスクは金曜日に来ないとだめかなあ。

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2019年6月 2日 (日)

トンソンモスク

バンコクには200近いモスクがありますが、中でも最古と言われているのが、チャオプラヤー川西岸トンブリー地区に建つトンソンモスク (Tonson Mosque)。創建は1688年、アユタヤ朝ナライ大王の時代にまでさかのぼります。

当初の名前は Kudi Yai (Kudi Bangkok Yai)。もともと建物は木造 (チーク材) で作られていましたが、ラーマ2世の時代にレンガ造りに、1952年には鉄筋コンクリート製に変わりました。この時正面に松の木 (=トンソン) が植えられたことから、現在の名前になったそうです。

アラベスク模様が美しい
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ルアンコチャ・イスハーク・モスク

古い倉庫や問屋が立ち並ぶバンコク中華街の流通通り、ソーンワットロード (過去記事はコチラ)。その少し奥まったところに、ルアンコチャ・イスハーク・モスク (Masjid Luangkocha Is-hak/Luang Kocha Itsahak Mosque) が静かにその佇まいを見せています。

ミナレットやドーム、アラベスク、緑色といったモスク特有の外観はなく、黄色い2階建てのコロニアル風の西洋建築は、一見これがモスクだとは思えません。けれどもこの界隈に残る100年前のモダン建築群と並べてみると、当時このスタイルで建てられたことも案外すっきり納得できたりします。

その名にあるルアンコチャ・イスハーク (イツァーク) は、当時この地でさかんに行われていたイスラム交易においてマレー語の通訳を行っていた官吏です。周辺に礼拝所がないイスラム商人のために、彼が土地を手に入れこのモスクを建てたのだそうです。

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ちなみに、中東はもちろん、アジアでもインドネシアなどのイスラム圏だと、モスクはもっとオープンな雰囲気をもっています。24時間扉は開いているし、必ず誰かたむろしているので、そういう人たちに挨拶をして、中をのぞかせてもらうこともよくありました。

タイにおいてはイスラムはかなりの少数派 (人口の5%弱) だからか、どのモスクに行ってもあまり人の姿を見ないし扉も閉まっていることがほとんど。もちろん、土日にしか行かないこともありますが (金曜日はもっとにぎやかなはず)。

仏教寺院にくらべると、モスクの敷居はちょっと高いかなあ。

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2018年11月 9日 (金)

バーンルアンモスク

ワット・カンラヤナミットの少し南側に、ムスリムコミュニティーの居住区画があります。その昔往来していたマレー系イスラム商人が住み着いたのが始まりで、ラーマ2世に仕えていたイスラム教徒の高官ルアン・コチャ・イツァークの子孫、ビンアブドゥッラーとサマンタラット・ファミリーもまだ居を構えているそうです。

ここにあるバーンルアンモスク(Bang Luang Mosque)は、世界でも珍しい(世界で唯一の)、タイ風に作られたモスクです。たしかにタイのお寺のような外観ですね。屋根は緑色ですが(緑=イスラムを象徴する色)、壁は純白。地元民からは「クディ・カオ(白い建物)」と呼ばれているのだそうです。

この区画は建物が密集し、かろうじてバイクが通れるくらいの道幅しかありません。この凝縮感がイスラムっぽいなと思う一方、仏教徒が大勢を占めるバンコクにおいて、イスラム教徒はこうした狭い一角に閉じ込められているのでは、と勘ぐったりもします。タイのお寺のゆるい雰囲気とは違って、どこか空気がピンと張り詰めていたように感じました。

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2017年6月24日 (土)

イード・ムバーラク!

ラマダンが明けました。ジャカルタの町は車もまばらで、普段の渋滞が嘘のようです。いつもこんなだったらとっても住みやすい町なのに。

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2017年5月28日 (日)

ラマダン・カリーム!

夕方、日本から戻ってきました。1週間前と違うのは、昨日からラマダン(断食月)に入ったこと。

5時過ぎに空港に着いて、入国審査は短時間でクリアしたものの、荷物がほんの少しずつしか出てこなくて結局1時間待ったのは、やはり間に日没が入ったからでしょうか。

そりゃみんな作業そっちのけでご飯(ブカ・プアサ=Breakfast)を食べるでしょうね。。

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2017年5月18日 (木)

アート

アート、芸術ってなんなんでしょうね。こんな(写真の)やつとか。イスラムの国でこれを展示するのがすごいとか?そうなるともうアートというより思想・主義主張だけど。

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2016年12月13日 (火)

ライラとマジュヌーン

アチェの本屋で「ライラとマジュヌーン」のインドネシア語版を見つけ、サウジアラビアのことを懐かしく思い出しました (過去記事はコチラ)。

「ライラとマジュヌーン」は中東地域で広く親しまれている悲恋物語です。詩才豊かな主人公カイスは、恋人ライラの名前を詩の中にうたってしまったため、先方の家柄を傷つけたとして求婚を拒否されてしまいます。ライラは他人に嫁ぎ、癒されぬ心の傷を抱いたカイスはやがて精神に異常を来します。マジュヌーン(気がふれた)と呼ばれ、砂漠をさまよい恋人の幻影を追い求めるカイスでしたが、ライラもまた恋人への想いと夫への忠節のはざまに苦しみ、やがては衰弱して死んでしまいます。この恋物語はアラビアの砂漠的環境に生まれ、その純愛と悲恋、詩のすばらしさなどから広く中東文化圏に伝えられ、時代時代で作品化されています。いわば、中東版ロミオとジュリエットなのです (ロミオとジュリエットがライラの物語を引用したという説も)。

ピンとくる方もいるかもしれませんが、エリック・クラプトンの「いとしのレイラ」は、当時ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドに恋をしてしまったクラプトンが、友人から聞いたこの物語と自分を重ね合わせたことから生み出されたのだそうです。

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2016年6月 9日 (木)

デーツ

ラマダンということでどのスーパーでもデーツがたくさん売られています。ちょっと嬉しい。

そういえば初めて中東に出た時は1ヶ月の断食に挑戦しちゃんとやりとげました(過去記事)。なんとなくムスリムの気持ちがわかったような気になったので(あと思っていた以上に何も悟らなかったので)、その後はやっていませんが。

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2016年6月 6日 (月)

2016年ラマダンスタート

ラマダン・カリーム!

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